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    本当の主人公 6章45話「旅行行こうぜ!」46話 旅行47話 虫の知らせ48話「自分らしさ」49話「龍馬のために」50話「50話」51話「ただ帰る家が変わっただけ」52話「性別」53話「開花」45話「旅行行こうぜ!」



    「なぁ朱里!旅行とか行きたくない?行こうぜ!」
    …突然だな。晶は。いつも。

    期末テストが終わってもうすぐ夏休み。
    晶がお父さんに「テストめっちゃ点数良かった!」と自慢したのは知ってる。
    お友達達と勉強した結果だと知って、晶大好きなお父さんが大泣きしてたのも知ってる。
    その結果「晶ちゃん良かったな!おっちゃんがご褒美やるわ!ここで友達と泊まり!!」と、一週間くらいお父さんの知り合いの知り合いが小さな民家を貸してくれる事になったのも知ってる。

    誘う人が私達しか居ないのも知ってる。
    見張りがあろうことか冴木君と宮神という事も知ってる。

    まぁ確かに冴木君と宮神が晶の推しCPなのは知ってるけど、でも…でも……じゃん。

    「何故私と冴木が…。」
    ほら宮神が困ってる!綺麗な顔歪ませて困惑してる!!
    「いいじゃないですか!たまには!ね!」
    冴木君は相変わらず能天気だし…ねえ…?相性悪いんじゃないの…?

    「ねえ、やっぱ冴木と山ノ江とかの方が良かったよ!!あの子だったら荷物とか持てるし筋肉かっこいいから龍馬君喜ぶよ!?それに宮神はお仕事忙しいでしょ!?ね!?」
    「いーやーやー!うちは冴木とミヤがいーーいーー!!」
    「ごねるな!!!みっともないでしょ!!!」

    冴木君と宮神の腕を引いて唸る晶に、私と晶の顔色を窺ってる宮神さんと、私に向けて「今回だけなんで…」と頼む冴木君。


    「…お父さんは?なんて?」
    「お父さんは「ミヤやったら安心や~連れて行き~!」って言うてた。」
    「…まぁ、お父様はそう仰って当然でしょうね。」

    わ…宮神が断れないショックで何かを諦めた顔してる…。
    美形は諦めた顔も綺麗だな…。

    「ごめんね…今度の休みは一人で過ごせるように私からお願いしておくから…。」
    どこか遠くを見つめている宮神にそう言うと、何回か頷いてから「ありがとうございます。」とお礼を言ってくれた。

    「でも!こんな顔してますけどさっきまで武文さん「楽しみだ」って言ってましたよ。」
    「そっか……へ?武文?冴木ミヤのことそう呼んでんの?」
    「え?あっ」
    「ぶっ殺すぞ冴木ィ!!!!!!!!」





    「と、いうことで旅行に行こうという話になりました。」
    「すまん晶、微塵も意味が分からん。」
    「「ということで」じゃないよ晶さん…。」
    「七月の中盤から夏休み始まるやん?」
    「こいつ微塵も話聞いてねえな。」
    「諦めろ智明、この馬鹿に人の話を最後まで聞く脳はない。」
    「やから8月の頭から一週間くらい一緒に旅行できたらええな~って思ったんやけどどう待って明人さっきめっちゃ酷い事言わんかった?」

    晶の話では…知り合いの知り合いが民家を貸してくれたんだっけ…?
    なんか…関係遠くね…?

    なんて一人で考えていると、姉さんが僕の顔を見て
    「明人は行きたい?明人が行くなら行こうかなって思ってたんだけど…。」
    と言いながらこっそり龍馬さんと晶を指差した。

    …え…?僕が行くなら…行く…?

    「仲良しやな~!ええやんええやん!あっきーどうする??」
    相変わらず晶は能天気だし…。
    「明人君一緒に行かない?どうせならみんなで行った方が楽しいと思うんだ。」
    龍馬さんは優しい上に可愛いし…。

    …どうしよう。
    夏休みか…課題山ほどあるけど…一週間出来なくてもそれ以外で何とかすればいいし…絵も画材持ってけばそれなりに描けるかな…?
    最悪メモ帳とペンを買えばいいし…いやそれなら持ってったほうが金使わなくて済むか…あ、ついでに課題も持っていくか?でも僕だけ持ってって浮きたくないし、かと言って今「あっちで課題出来るかな」とか言ったら空気読めないとか思われそうだしそれに風呂は?誰と入るんだ?
    一人でなんて入れないだろうし待ってトイレは?ここ何か月かは気分的に男子トイレに入れなくて外では全然行ってなくて…ていうか学校のトイレがクソみたいに汚いのが問題の始まりなんだよなー掃除したくないのか汚いのが嫌なのか掃除当番のやつサボりまくってるしこの前なんか「今日トイレ掃除だ~ラッキー!」とか言い出すバカもいてああもうなんか腹立ってきたな「ちょっと男子~!?」って言いながら男子トイレに突入してやろうかな…そういえば高校で思い出したけど学食で新しく出たゼリークソ不味いらしいけどどれくらい不味いんだろう…ちょっと気になるな…あれ待って僕何考えてたっけ?

    「ねぇ晶…明人君何考えてるのかな…。」
    「分からん…三分くらい黙ったままやな…大丈夫かな…。」

    あぁあぁ思い出した思い出した!夏休みだ!
    とりあえず「行きたいけど不安な事が沢山あって悩む」って言えばいけるかな、よし、これで行
    「あ…明人君大丈夫?ほっぺにちゅーしようか…?」
    「行きた待ってなんて言いました!!!!!!!!!!??????????」
    「俺明人のこんなでかい声初めて聞いた。」
    「うちも。」
    「…で、明人君?明人君はどうしたい?」

    …取り乱した。
    ていうか…この髪長い女凄いな…大声出したのに全然驚いてない…名前なんだっけ?忘れた。ごめん。

    …僕が、どうしたいか…か。
    トイレに行きたくない?風呂は一人がいい…?課題?絵?
    ……うわ、ただのわがままじゃん…全部…。

    …。

    「…ねえさん。」
    「ん?どうしたの?」
    「…泊まる時、姉さんと」
    「うん。」
    「…同じ部屋にしてくれるなら、行く。」




    「じゃあ詳細はまた送るわ!しばしお待ちを!」
    「うん!また今度ね!」


    帰り道。
    僕の隣を歩く姉さんの横顔を見ていると、僕が見ている事に気付いたのか、姉さんが優しい声でこう問いかけてきた。

    「明人、旅行楽しみ?」
    …楽しみか…って、そりゃあ…。
    「…うん、僕旅行とか行った事無いから…楽しみ。」
    ニコニコと微笑んでいる姉さんにそう言うと、少しだけ考えてから一度手を叩き、懐かしむような表情でこう呟いた。

    「あーそういえば…小学校の修学旅行インフルになって行けなかったね…。」
    「うん…姉さんと沖縄行きたかった。」
    「その頃は学校違ったじゃん…。」
    「いや、姉さんの小学校と行く場所も時期も被ってた覚えがある。」
    「本当?」
    「うん、だから行きたかった。」
    「可愛い事言うなぁ…。」
    「その頃は姉さんの事大好きだったから…。」
    「今は?」
    「……いや、今はそんな話じゃないじゃん。」
    「確かに。ごめん。余計な事言った。」

    ……。

    「…ねぇ、姉さん?僕があの時、さ?」
    「うん。」
    「「行かない」って言ったら…本当に姉さんも行かないつもりだったの?」
    「?うん。」
    「…なんで。」
    「また発作が出たとき一人だったら困るでしょ?」
    「……確かに…困る…かも。」
    「それに…もう明人が居ない旅行なんてしたくない。」
    「……うん。」
















    「…あれ…?」
    「龍?どした?電話誰も出ないのか?」
    「うん…お父さんもお母さんも出なくて…仕事が忙しいのかな。」
    「あー…そうかもな。」
    「どうしよう…一週間なら大丈夫かな?」
    「大丈夫だと思うけど?もし怒られそうになったら俺も一緒に謝りに行くよ。」
    「智明…ありがとう…。」
    「一応俺からも連絡しておこうか?俺の言葉なら龍のお父さんお母さんも文句言えないだろ。」
    「お願いできる…?ほんとに色々ありがとね、智明。」
    「おう、気にすんな。」
    46話 旅行





    「詩寂ちゃん最近隣のクラスのイケメンと良い感じになってるらしいよ。」
    「マジ?うちは詩寂の正体がきんぴらごぼうってことしか知らんわ…。」
    「お前マジで何言ってんの?」
    「な…うちマジで何言ってんのやろ…楽しみすぎて寝れへんかってん…。」

    意味分からん事言ってる晶と…何故かゴシップに超詳しい彩ちゃん…。

    「あと狭山先生がこの前喫煙所でコーラ1リットル一気飲みしてたって朱里ちゃんのお友達が言ってた。」
    「なんで喫煙所で…?普通に職員室で飲めばいいのに…。」
    「邪魔されたくなかったんだって。」

    分かるよ。
    『ねえ智明?他の子達はどこへ?』
    『他の人は?何で晶、彩、智明の三人だけがいるの?』
    そんなこと俺が聞きたい。
    旅行する!ってなって嬉しくてウッキウキで行ったはいい。
    おめかししてる明人見てみんなほくそ笑んでたのもいい。
    みんな幸せそうで「これから一週間楽しみだ!」なんて思ってた。
    思ってた。
    思ってたんだよこっちは。
    これから6人でさ?向かう道までも楽しくて…ほら?景色と横顔見比べて「綺麗」って言って?「どっちに言ったのかな?」みたいなくだらねえラブコメごっこしたいかもな~?みたいなのを考えてた。
    考えてたのに。

    突然晶が「せや!くじ引きしよ!」と言い出してチーム分けされて?
    この三人になって?なんかゲームもして?ボロ負けして?あの温厚な三人が?晶の知り合いの車で移動して?
    俺らは?電車を乗り継いで?いかなきゃいけなくなって?

    なんで?
    なんで言い出しっぺの晶が負けてんだよ。

    「みてみて、あの山なんか形卑猥じゃない?」
    「わーほんとだ!写真撮ろ!写真!」

    なんでこんな状況で盛り上がれんの?
    さっきから何時間も同じような景色見てんのになんで?
    一週間分のクッソ重い荷物引きずって電車乗り継いでんのになんで?

    「あ、次降りなあかんのや。」
    「晶ちゃん見てあの雲マッシュルームみたい!」
    「ほんまや!!」

    ……シンプルにすごいな、こいつら。

    「でさ智明?朱里と何があったん?」
    「は!?は!?何?何か?何か仰いました!?」
    「智明君ここで降りるよ。」
    「いや朱里って何?誰?」
    「降りるってば智明君!聞いて!聞いて!」
    「分かってる!分かってんだよこっちは!!」
    「早よ降りるって!降りんねんあ"ーーーー!!」
    「智明君の馬鹿!!!!間抜け!!!!色ボケ星人!!!!」
    「俺悪くねえし!!!!言っとくけど俺がこうなったのは彩ちゃんが原因でもあるからな!!!!????」









    「告白された後逃げた!!??」
    「た、多分ね多分…智明に「付き合お」って言われて…それで…気付いたら自分の部屋に居たの。」
    「…帰ってから智明に連絡した?」
    「してない。」
    「…い、一応聞くけど…万引きはしてない?ちゃんと商品のお金払った…?」
    「してないっぽい…レシートあったし。」

    こんにちは。
    今、僕は明人君と朱里さんと僕の三人で待ち合わせ場所付近の綺麗なカフェに居ます。
    じゃんけんの結果のせいで智明達が苦しんでる今、僕は綺麗なカップでコーヒーを嗜んでいます。

    「で、でもね?次の日智明と会ったら普通だったの!だから気にしてないんじゃないかって!」
    「んなわけないだろ、気にしてないフリしてんだよ馬鹿女。」

    りんごジュースを飲みながら恋愛マスターみたいな雰囲気で朱里さんにアドバイスする明人君に、眉を下げて見たこと無いくらい猫背でしょんぼりしてる朱里さん…。

    ……朱里さんには申し訳ないけど…こればっかりは智明の肩を持つよ。

    「あのね朱里さん?幼馴染的にはね?智明は朱里さんの事大好きなんだと思うよ?」
    紅茶を一口飲み、下唇を噛み締めている朱里さんにそう言うと、一度大きく頷き
    「分かってる…私だって大好きだし…。」
    と言い、また紅茶を一口飲んだ。

    …好きなら…なんで…。

    「…じゃあ、どうして智明から逃げたか分かる?」
    甘味が足りなかったのかガムシロップを追加し、ストローでかき混ぜている朱里さんにそう尋ねると、少しだけ考えてから、首を横に振った。

    「……分からない…。」
    ……そっか…なんか、複雑な話になりそうだな…。

    僕の隣に座っている明人君をそっと見てみると、何かを察したのか一度だけ頷いてから朱里さんにこう質問した。

    「…じゃあ、確認の為に最初から聞くぞ、智明の事は好きなんだよな?」
    「…うん。」
    「一緒に居たい?」
    「……うん。」
    「じゃあ智明の事エロい目で見れる?」
    「あ、明人君…!?それはちょっと立ち入りすぎじゃ…!」

    それに今の時代セクハラとか厳しいんだし気を遣わなきゃ!!と怒ろうとした時、朱里さんが見たこと無いくらい純真な目でとんでもないことを口にした。

    「実は出会った瞬間からそういう目で見てる。」
    「えっ。」
    「ずっと「可愛いお尻だな~」って思ってた。」
    「キモ。」
    「……聞かなきゃよかった…次智明見る時お尻見ちゃいそう……。」
    「……ちょっと分かります。」

    ……まぁ、そういう事に対しての嫌悪感があって、男の子が怖いってわけでも…智明に不満があるわけでもないのかな?
    …だとしたら、なんで…?
    確認しなきゃ分からないな……よし、一番気になってた事聞いてみよ。

    「じゃあ…根本的なこと聞くよ?智明と付き合いたい?」
    「…………。」
    「……あ、朱里さん?」
    「…………付き合いたくないのかも。」
    「あ…そういう、あー!そっちか!!そういう話になるのか!!」








    「智明君は朱里ちゃんの事大好きなんだよね?」
    「あぁ。」
    「付き合いたい?」
    「そりゃあ勿論…付き合いたかったから告白したし…朱里も俺と同じ気持ちなのかと思って…。」

    駅のホームの椅子で真剣に話し合う智明と彩ちゃん…。

    …朱里から事情は聞いてるし…一応幼馴染やからアドバイスは出来るけど…した方がいいんかな。
    ……するか。
    朱里には幸せになって欲しいし。

    「…あー、あのさ?なんとなく思ったんやけどさ、朱里は智明との関係が変わるのが怖かったんじゃない?」

    自販機で買ったジュースを二人に渡しながら、なんとなーく思い付きでそう言った風を装ってアドバイスしてみると、納得したのか智明が小さい声で「あー」と呟き、腕を組んで唸った。

    「…だとしたら悪い事したな。」
    …よし、あともう一歩や。

    「悪い事したって思えてるだけマシよマシ!これから末長く深~~い付き合いをしたいんやったら!そうやって少しずつでも相手の意味不明な考えやったり趣味やったり性癖やったりも受け入れていかな。」
    「……確かに、そうだよな。」
    「そうそう。」
    「俺もう一回朱里に話してみる。」
    「なんでやねん!!!!!!!!」
    「!?」

    しまった。思ったよりでかい声でた。
    めっちゃ回りの人に見られてる。
    なんか修羅場やと思われてんのか関西弁が珍しいのかめっちゃ見られてる、怖い。

    ……覚悟決めろ晶。
    このままこのテンションで貫き通せ!!!

    「さっきからわしが言うてんのはな?朱里には朱里の事情があるんやしお前にはお前の事情があるんやろ!?やからと言って話し合いでなんでも解決しようとせんと!朱里ん中で考えがまとまって朱里が「よし!話そ!」ってなるまで待て言うてんねん!!」

    『それまでにお前も考えをまとめておけ』と最後に付け足し、智明の隣に座りながらさっき自分で買った小さいペットボトルの甘いミルクコーヒーを一口飲む。

    「そうか……。」
    「そうや!彩ちゃんもなんか言うたり!!」
    話したいことがあるのか、さっきからそわそわとコーヒーのペットボトルの蓋を開けたり閉めたりしている彩ちゃんにそう言うと、一度大きく頷いてから蓋を強く閉め、
    「話し合いで解決するのは朱里ちゃんが話したくなってから!それから話し合うの!」
    と言いながら智明の左肩を右手で優しく掴んだ。

    せや、せや彩ちゃん!
    「そうや!分かったか!?」
    「朱里ちゃんはみんなの想像の300倍は繊細なの!ガラス細工なの!」
    「乱暴に持ち上げてどっかにぶつけたらどうすんねん!高いんやぞ!学生で弁償できんのか!?無理やろ!!??」
    「持ち上げる時は爪で傷付けないように手袋をつけて回りに物がないか確認!!」
    「あったら持つな!持つなら誰もおらんしなんもないとこ!それまでは大切にガラスケースに入れて保管!」
    「二人の為に私達がガラスケースになるから!いい!?」
    「わ、分かりました…。」
    「「よし!!!!!!」」






    「怖いからって言って告白現場から逃げるのは違うだろ。」
    「……うん、分かってる。」

    確かに、関係が変わるのが怖いからと言って…あのとき私が智明から逃げたのはダメだった。
    味のしない紅茶を一口飲みながら、ストローで氷を突いている明人君に
    「…これから、どうすればいいかな。」
    と相談してみると、「あ……」とか細い声を漏らしてからこう答えてくれた。

    「…次会った時にお前から「話がある」って言って智明に謝って、それから自分の考えを言えば良い。」
    ……そう、か。そうすればいいんだね。

    「分かった…ありがとうね、二人とも…。」
    二人に向かってお礼を言うと、龍馬君が頷いてから私に向かって
    「いいんだよ朱里さん…あのね、智明は明るくて強い人に見えるかもしれないけど、意外と繊細なとこがあって傷付きやすくて…一人で悩んじゃう事が多いから、それだけは気を付けてあげてね。」
    と言ってくれた。

    「…分かった。」
    「……それに、朱里さんの好きな人以前に僕の大切な幼馴染でもある。」
    「……うん。」
    「智明は僕にとって大切な存在なの、朱里さんにとっての晶さんくらい。」
    「……。」
    「だから…また少しでも智明の事傷付けたら承知しないから。」
    47話 虫の知らせ






    「朱里~!会いたかった~!!!」
    「私も会いたかったよ晶~!!!」
    「私も混ぜて!私もハグしたい!!」

    ……仲良いな。
    何て思いながら三人をボーッと見ていると、髪の長い雅とばっちり目が合い、ふと準備していたアレの事を思い出した。

    「なぁ雅、アレもう出していい?」
    きゃいきゃいと騒いでいる雅にそう言うと、思い出したのか「あ!」と声をあげ、鞄から準備していたアレを取り出した。

    「?なにそれ?」
    「旅のしおり!予定は私も知ってるし、明人君がお絵描きできるって聞いたから作ってみようかな~と思って!」
    「旅のしおり?普通合流したときに出さへん?出すん遅ない?」
    「晶が勝手にチーム分けして晶が自分のペースで話進めたせいで2グループに分かれたんだから仕方ないじゃん。」
    「ごめん。」
    「交通費の無駄だし。」
    「ごめんなさい。」
    「時間の無駄でもあるよな雅。」
    「そうだよ、反省して。」
    「申し訳ありません。」

    …責められてる晶って新鮮で面白いな。
    『次はなんて言ってやろう』と考えていると、姉さんが僕の肩を軽く叩いてからこう言った。

    「まぁまぁ…こっちはそれなりに楽しかったしいいよ?ね、智明君!」
    「おう!写真も500枚くらい撮ったしな!」

    …いいな、楽しそう。
    でもこっちも龍馬さんのおかげで楽しかったからいいけど…。

    「私達だってめっちゃ映える写真撮れたよ?見て?ケーキを食べたいけど我慢しちゃうかわいい明人君!」
    「いつ撮ったんだ消せ馬鹿女。」
    「僕のも見て?かわいいチワワの置物の写真を撮ろうか迷うかわいい明人君!」
    「…それ後で送ってください。」


    それからしばらくお互いに撮った写真を見せ合ったり送り合ったりしてから、すっかり忘れていたしおりの話題になり、しおりを読みながら、これからの予定を話し合うことにした。


    …自分で言うのもなんだけど…結構綺麗に作れたんじゃないか?
    なんて思いながら読んでいると、龍馬さんが表紙や目次を読みながら沢山褒めてくれた。

    「わ…地図も貼ってある!おすすめのお土産とかも書いてある…綺麗だな…すごいね二人とも!!」

    …マジでかわいいな…龍馬さん…。

    「あ…ありがとうございます…。」
    頭を下げお礼を言うと、智明が割り込みこんな事を言い出した。

    「なぁ、誰かこの禁止事項に書いてある龍が巻き付いた妙なキーホルダーお揃いで買おうぜ!」
    「変なお土産を買ったら朱里ちゃんポイント100貯まるよ、500ポイントでスタンプ一つ!スタンプ2つでプレゼントあげる!」
    「へー、プレゼントって何くれんの?」
    「僕が長所であろうが個性が0であろうが粗を探して罵るサービス。」
    「…ちょっと貯めたいかも。」






    「お兄ちゃん久しぶりーーーー!!!!」
    「晶ちゃん久しぶり!すっごいお母さんに似てきたね…今何歳だっけ?」
    「16!」
    「そっか…おっきくなったね…。」

    …なんか、晶が年上の誰かに甘えてる姿見るの新鮮だな。
    大はしゃぎでお兄さんと話している晶のうしろ姿を見ていると、ふとお兄さんがずっとこっちを見ていることに気が付いた。

    「?どうされました?」
    と声をかけてみると、お兄さんが俺の髪を撫でながらこんな事を呟いた。

    「……さとしくん…。」

    …誰だ、さとしって。

    「…どうしました?」
    「…。」
    「あ、いや…この子が昔の知り合いの子供に似てて…。」
    「あー、成る程!この子は『智明』って名前なので別人ですね。」
    「そ…っか…別人…なんだ。」
    「そうですよ?多分人違いだと思います。」

    …龍馬……。

    「なんでそんな悲しそうな顔するんです?」
    「…さとしくん…十年位前に事故で亡くなって、さ。」
    「…あぁ…。」
    「…さとしくんは生きてるって…信じたくて。」






    「お風呂場見に行こ!」
    「ここ景色めっちゃ綺麗なんよな…!」

    大はしゃぎの朱里と晶の背を見ながら、あのお兄さんの事を考える。
    夜になってもあのお兄さんの言葉が頭にこべりついて剥がれない。
    さとしが…死んだって…。

    …ふと、晶に手渡されたあの拳銃の事を思い出した。

    …楽に、死ねたのかな。
    せめて、苦しまずに死ねていたらいいな…なんて。
    …澁澤の親父さんが聞いていたらどう思うんだろう。
    死んだと決まったわけでもないのに。

    …さとし…。
    ……俺だって会いたいよ。
    会いたいに気まってる。
    だって…俺の、恩人だから。
    俺の、人格を作ってくれた。
    幼い頃ずっと側にいてくれた。

    …俺の…代わりになってくれた。
    さとし。
    さとし。
    さとし。


    電話が鳴った。
    あの女からの着信だ。

    あいつらは今風呂の場所とか景色が綺麗な場所を案内してもらってる。
    …今しかない。
    今しか、こいつと話せない。

    「…もしもし。」
    『久しぶり、色々大変みたいだね。』

    相変わらず掴みどころのない声色で、何かを確認したいのか、それとも…何か言わせたい単語があるのか…分からないけど。
    …俺の思ってる事全部が、正解のような、そんな事さえ思ってしまう声。

    でも、いつもより声がはっきり聞こえるような…気がする。

    「…お前が何を知ってる。」
    『全部知ってるよ、君の過去も龍馬君の事も』
    「…明人の、事も?」
    『うん、ぜーんぶ。』
    「…だから、あの時…。」
    『?』
    「…晶が、彩ちゃんと一緒に不良に絡まれたとき…龍が助けに入るって…予言したのは…。」
    『予言じゃないよ、晶ちゃんは巻き込まれ体質だからそれくらい分かる。』

    …。
    「…お前が、巻き込まれるように…仕組んだのか?」
    『そうかもしれないね?』

    …あの場にいたのは…彩ちゃんと、晶と…明人と、俺と…龍。
    まさか、いや、最初っから分かってた筈だ。
    言わないようにしてただけ。

    …この女が誰なのかを確認しなきゃ。
    じゃなきゃ、俺は…。

    「…お前の、名前は?いつもみたいに「分からない」とか「どうだろうね」で誤魔化さずに答えてくれ。」
    と言うと、しばらく黙り込んでからこう答えた。
    『…智明君はもう分かってるんでしょ、言う必要ある?』
    「確認したいだけだ。」
    『そっか、言ってみて?』

    よし、言おう。
    間違ってたとしてと、この女なら…全部許してくれる。






    ……待て。
    ダメだ、言っちゃいけない。
    言ったら…もう…もう…全部終わってしまうかもしれない。

    何故か、そんなことを思った。
    ダメだ、と…本能のような、虫の知らせのような…。

    気付いたら、大声でこんな事を言っていた。

    「ち、直接言う!お前かなって奴に直接!だからまだ切らないでくれ!合言葉的なの考えて言うから!切らないでくれ!頼む!」
    『…え?』

    俺の頼みに驚いたのか、焦った声を出す女。
    …初めてだ、こいつが焦るの。

    「まだ話したい事があるんだ。」
    そう言うと、女は少し黙ってから了承してくれた。

    …俺が、一番知りたい事を…聞こう。

    「…さとし。」
    『うん?』
    「…さとしは、生きてるのか?」
    『それは…君が一番知ってるんじゃない?』
    「……。」
    『…さとし君は、智明君の一番の友達なんでしょ?』
    「……うん。」
    『…さとしくんは、生きてる?』
    「…いや、殺した。」

    48話「自分らしさ」




    「お風呂どうする?課題やってから入る?」
    晩御飯を食べ終わり、みんなで課題をしようかと話し合っていると、朱里さんが時計を指差しながら僕達にこう訪ねた。

    …確かに、そろそろ入った方がいいかもしれないな。

    「それより…課題やる前にパッと入って…それから課題した方が良いんじゃない?」
    僕がそう言うと、彩さんが二回頷いてから
    「そうしよ、じゃあチーム分け決めようか!」
    と言ってくれた。

    チーム分けか…女の子男の子で分かれればいいんじゃないの…?
    あー、でも…明人君と僕の事を気遣ったりしてくれてるのかな。

    なんて事を考えていると、晶さんが明人君の頭をわしわしと撫でながらこんな事を言い出した。

    「明人、うちと入ろっか。」

    …大丈夫かな。
    まぁ、そんな事を気にするような人には思えないけど…でも、なんか…ちょっと妙な気持ちになってしまうというか…。
    でも明人君嫌がるんじゃ…。

    「分かった。」
    「分かったァ!!??」

    い、意外かもしれない。
    明人君は晶さんが相手なら大丈夫なんだ…。

    「明人大丈夫?晶ちゃんに身体触られたら大声出してね、助けに行くから。」
    「そんなことせえへんわ!!!!!」

    こういう時「覗くなよ」とか「セクハラするなよ」って注意されて、一番可能性があるって思われるのが男の子の明人君じゃなくて女の子の晶さん…っていうのが…なんというか、らしい感じがするな。

    なんて変な事を考えていると、明人君が僕達5人を交互に見ながらこんな事を言った。
    「セクハラしたら僕が殴るから大丈夫、ただ…晶相手なら智明とか朱里よりかは気分的にマシってだけ。」

    なるほど…ん?

    「私は?」
    「姉さんと僕昔入ってたじゃん、だからギリギリ大丈夫。」
    「僕は?」
    「入った瞬間僕が目を潰すので大丈夫です。」
    それ明人君が大丈夫じゃないじゃん…。

    「私と智明が大丈夫じゃないのは何で?」
    「智明と入ったら朱里が嫉妬するし朱里と入ったら智明が嫉妬するだろ。」
    「あー……え?それどういう意味?」
    「僕が可愛くてかっこ良いのが問題。」
    「あー……え?それどういう意味?」








    「龍馬君お待たせ!次どうぞ!ごゆっくり!」

    壮絶なじゃんけんの結果、トップバッターは晶さんと明人君に、その次は朱里さんと彩さんに決まった。

    「智明行こ。」
    「おう。」
    …久しぶりに、智明と二人きりで過ごす気がする。
    まぁ休みの日にたまに出掛けたりはするけど…でも、なんか…こんな狭い場所で二人になるのは久しぶりだ。

    ……あれ、なんか僕緊張してる?
    なんでだ。

    「龍、入ろうぜ。」
    「うん…。」

    ……お風呂場は、なんか、綺麗で…シャワーの下にリンスとシャンプーとボディソープ…が置いてある。
    よくドラッグストアに売ってるあの青っぽいなんかあの、安いやつ。なんか失礼なこと言ってるな僕。

    「……。」

    シャワーの音。
    手でシャンプーを泡立てる音。
    髪の毛を洗う音。

    「…なあ、龍、大丈夫か?」
    「……大丈夫。」

    …なんでこんなに緊張してんの、僕。
    昔一緒に入ったことあったじゃん。
    なんで?

    ……なんでだろ。






    「めっちゃ広いなここ。」
    「……だね。」

    …いや、なんか、なんでだ。
    なんでこんな…。
    今までこんなことしなかった。

    広い浴槽で智明に触らないように配慮する…なんてしたこと無かった。
    なんで今…。

    「…龍、大丈夫か?のぼせた?」
    「……違う。」
    「…そっか、体調悪いなら早く上がって休めよ?」
    「大丈夫…。」

    ……。

    「……。」
    「……あ。」

    …外から、彩さんの声が聞こえた。
    何かを怒ってるみたいな声。

    「なんか…彩ちゃん怒ってね?」
    「だね…。」
    「明人がなんかしたのか?」
    「そうかも…。」
    「…なあ、変な事言っても良いか?」
    「いいよ?」
    「俺と彩ちゃんって似てね?」
    「へ!!??」

    …しまった、大声が出た。

    「おお、そんなに似てないか?」
    身体の方向を変えて僕の方を向く智明。
    お湯が大きく揺れてバシャリと音を立てた。

    「似てない…と思う。」
    「俺の推理を聞いてから判断してくれよ。」
    「最近弁護士のゲームにハマってるからってそれを僕に押し付けないで。」
    「いいからいいから!」

    濡れた髪をかき上げ、ニコニコと微笑む智明。

    「まず俺には華奈が居て、彩ちゃんには明人がいるな?それにあとー…ほら、意外と仕切りたがり!」
    「智明は意外じゃないよ…。」
    「マジか……んー…。」

    唇を尖らせて悩む智明。

    …無理だ。
    無理。
    なんで無理か分かった。
    行き道の車で朱里さんと明人君がずっとBLトークしてたからその余韻が残ってるんだ。

    「でも面倒見良いとこは似てね?」
    「そこは似てるかも」
    「なんでそんな棒読みなんだよ。」

    ……。

    「そういえばさ、晶がこの前…」
    「僕もう上がる!!」
    「え、なんで。」
    「なんでもない!!お前ムカつく!!!」
    「ええ……?」










    「彩ちゃん?明人君を怒る前にまず自分の事!髪全然乾かせてないよ?私がやったげるね。」
    「あ…ありがとう…。」

    彩ちゃんの髪を撫でる。
    ケアしてない筈なのにサラサラで羨ましい。
    染めてないからツヤツヤなのかな。
    私は染めちゃったから嫌でも痛んじゃうのかな。

    なんて事を考えながらドライヤーで彩ちゃんの髪を乾かす。
    いい匂い。
    そういえば彩ちゃんシャンプー持ってきてたな。
    いつもの彩ちゃんの香りがする。
    柑橘系の香りのシャンプー。

    そういえばなんかの記事で読んだっけ?髪に良いシャンプーがありますよ、っていう…記事。
    それで紹介してたシャンプーなのかな。
    確かその最高のシャンプー「柑橘系の香り」って書いてたな。
    それ使ってるのかな?だとしたらこのツヤツヤも納得できるかも?

    …なんでこんな良いシャンプー使ってるのかな。
    まぁ普通に髪の毛綺麗だったらテンション上がるもんね。
    それとも大好きな龍馬君のため?

    ……ああ
    待って
    私、最低だ
    何言ってんだろ

    「…乾かせたよ。」
    「ありがとう…!凄い!見て見て明人!私いつも乾かした後髪の毛広がるじゃん!全然広がってない!」
    「だから僕がいつも言ってんだろ、ちゃんと髪の流れ意識して乾かせって。」
    「今納得した、納得!」

    ……彩ちゃんは褒め方にイヤらしさ0で。
    ぜーんぶ本心で言ってくれてて。
    私とは大違いで。

    ……
    「みんなごめん、ちょっとトイレ行って来るね。」
    「うん、行ってらっしゃい!」







    気持ち悪くなってきた
    私が女だからなのか、何なのかは分からないけど
    女として見られるのに疲れてしまった
    お風呂に入った時、彩ちゃんに綺麗だと言われた
    無理に痩せようとしている私を気遣っての言葉なんだろうけど
    嬉しかったんだけど
    何なんだろ、この気持ち
    女でいるのが嫌なわけじゃなくて、疲れてしまった

    生理キモくて面倒だし
    一回何も食わないダイエットしたら来なくなって「ラッキー」とか思って
    食生活戻った時また来て
    めっちゃ重くて
    めっちゃ吐いて
    婦人科行ったらみんなにチラチラ見られて売女って顔されて

    最悪
    生理は軽くなった
    けどキモさは変わらない

    こんなんだったらもうこんな臓器無くなってくれていいよ
    子供なんてほしくないし
    智明とは結ばれたいけど子供なんてほしくないし

    セックスの事なんて考えたくもないし
    まあ一回考えたことはあるけどね
    たのしかった
    面白くてドキドキした
    晶と彩ちゃんと「智明はこんな感じかな」なんて言って盛り上がったりもした

    ドキドキして、メモ帳に残したりもした
    最低など下ネタが並んだ文字を見て嫌悪感に襲われたりした

    でも智明なら笑って許してくれるのかななんて

    でも痩せるのは智明のためじゃない
    もう二度と来ないように殺してやりたくて
    栄養が足りなくて、点滴で補給しなきゃいけなくなるくらい不健康になりたくて



    晶に、なりたくて



    意味もなく涙が流れた。
    元々私の涙に意味なんてなかったなって思った途端また頬に伝った。
    涙が。
    涙。

    体の栄養素全部流れてる
    ミイラになりそう
    なりたい
    死にたい
    死にたいよ
    私だって愚痴くらい言うし下ネタだって言うし
    中一ん時に一回セックスしたし
    あとオナニーだってする
    女だから、とかそんなんじゃないし
    この年だからとか盛んな時期とかそんなんじゃない
    普通の人間なんだからそれくらいするよ
    私がこんなんで幻滅されたって構わない
    余計な奴が近付いて来ないようにする為なら何回だって下ネタ連呼してやるよ
    普通にトイレだって行くし見た目で人を判断したりもするし好きなアーティストのアンチを何十個も持ってるアカウントで何回も運営に報告したりするし裏垢で嫌いな奴を名指しで批判したりもする
    自撮りだって撮るし胸だって足だって撮ったし送ったことだってある
    たまに面倒で風呂に入れない日だってある
    深夜にごはん食べたりもするし死にたいって思ったりもすれば怒鳴ることもあるし思い通りにならなかったら暴れたりもする
    死にたいよ?死にたい
    毎日死にたいって思ってる
    あーでもこんなこと言ったらどうせ文句言われるんだろうなーー
    「生きたくても生きれない人の気持ち考えて」って
    「メンヘラマジで嫌いなんだよな」って
    嫌いならもう話しかけてくんなよウザイんだけど
    死にたいって思う事が法律に反するなら私は今頃犯罪者で死刑囚になって今頃死ねてるね
    よかったよかった
    マジで
    クソが
    地獄に堕ちろ
    全人類地獄に堕ちろ
    一回でも私を見下した奴らみんな死んでしまえ
    死ねよ
    ほんと死んで
    死ねってマジで

    どうせ誰も助けてくんない
    こんな私の事なんて
    みんな見放す
    私が髪切ったら
    私がメイクやめたら
    私が体型に拘らなくなれば
    学校サボったら
    私がみんなの思う私じゃなくなったら
    みんな私を避けるようになる
    どうせ

    あきら
    でも
    あきらはちがう










    ねえ晶


    「……どした。」

    外からこんな声が聞こえた。
    優しいのか、怖いのか分からない子の声。

    「明人君……?」
    「なんか気になって……どした。」

    …いや、明人君は優しい子だな。本当。

    「ちょっと…その、色々。」
    「…体調悪い?」
    「それは大丈夫…。」
    「……智明の事?」
    「違うよ…まぁ、最終的には…そこに行き着くけど…直接の悩みじゃないから。」
    「じゃあ何?」
    「……。」

    …明人君を、困らせちゃうかな。

    「気にせずに言って、僕お前に関心無いから。」
    ……何それ。
    …………何、それ。





    「…あの、ね、私、何も食べたくないって思う時があるんだ。」

    気付いたら、口から言葉が滑り落ちていた。

    「うん。」
    トイレのドアにもたれかかっているのか、さっきよりも声が近くなってる。

    「……それを、智明の…ためだと、思われたくない。」
    「お前が拒食症になるのがなんで智明の為になる?」
    「…痩せて、綺麗になるためだって思われそうで。」
    「……あぁ…。」

    …私と同じような気分になっているのか、悲しんでくれているのか、呆れているのかは分からないけど…さっきよりも声のトーンを落としている明人君。

    「…あと、もう一個悩みがあってね。」
    「……うん。」
    「…私、景色見た時、頭で一回考えてから…綺麗って言うんだ。」
    「……それが?」
    「…本能で、綺麗って…思えないような、冷たい人間な気が、して…私は普通の人間だって、思えなくて。」
    「…そっか。」
    「それに私…私ね……?」
    「……うん。」
    「……何回か、しようとしたことがあって。」
    「?何……って、ごめん…それか。」
    「でも毎回晶に見つかって怒られて。」
    「…そうなんだ。」
    「…うん。」

    ……絶対に困らせた。
    絶対に。
    ごめんね、面倒な女で。

    「もう帰っても良いよ」「ごめんね」と言いかけた時、明人君がこんな事を言ってくれた。

    「僕は怒らないよ、お前がいなくなると晶とか姉さんが寂しがるけど…お前の人生だから、どこで終わらせるのもお前の自由だと思う。」
    「……明人君…。」
    「それに僕も寂しいだろうから…お前が死んだら僕毎日見に行ってやるし、毎日花供えるし、毎日…ケーキとか、お前が食べれなかった物色々置きに行くよ。」
    「……食べれないの、嫌だな。」

    涙が口の中に流れ込んできた。
    声が震えて、泣いてるってバレてるだろうな、いや、もう最初っからバレてるか。
    ……なら、もう、いい…か。気にしなくても。

    「食べれないの嫌ならさ、今のうちに食べればいいじゃん。」
    「……?」
    「だって、どうせお前いつか死ぬんだろ?なら「へー?良いんですね?私死にますよ~死んでやる~」くらいの精神でいれるじゃん。」
    「そっ、か…ありがとう、ありがとね…明人君……」
    「うん…それに、景色とかを無理矢理綺麗って言わなくて良い、普通に「あの山の形ちんこみたい」とか「あそこにあるの邪魔じゃね?」とか、夜景見て「こん中でセックスしてるとこあるかな」とか言っていい。」
    「…うん。」
    「それに…誰かが綺麗になるのは誰かのためとか思うのは仕方ないと思う。」
    「……なんで?」
    「だってさ?「こうだ」って決めつけて言ったら…なんか老害みたいでキモいじゃん。」
    「……。」
    「「「女が綺麗になるのは男の為」って言う奴はおかしい」って言うのもおかしいじゃん、その為に綺麗になった人達をディスることになる。」
    「…うん。」
    「だから、何が言いたいかっていうと。」
    「……。」
    「…お前は、何もおかしくないよ。」
    「……明人君…。」
    「好きな人が居て、身体の事で悩んで、色々困る事も沢山あるし死にたいって思ったりもする…普通の女子高生。」
    「…うん。」
    「だから、朱里は…大丈夫だよ。」
    「…やっと、名前呼んでくれたね。明人君。」









    「…もう起きてんのか。」
    ふと思い立って、日の出を見に行くことにした。
    自然豊かなここだったら良い景色が見れるんじゃないかと思って。
    音を立てないように抜け出して外に出たら、なんか、昔に戻ったみたいで嬉しかった。

    すると、同じ事を思ったのか既にそこには晶が居た。

    「…晶も見たかったのか?」
    「まあな…朝日好きやねん、うち。」
    「俺も好き。」

    昔から好きだった。
    怖くて寝れなかった時、ふと外から光が差している事に気付いてこっそり抜け出した。
    そして朝日を見て…いつか、こうやって光が差して、暖かい結末を迎えられたら良いなと…子供ながらに思ったっけ。

    「…なんかさ、洗われる感じがするの分かる?」
    晶がぼそりとこう呟いた。
    ……洗われる感じ…か。

    「ちょっと分かるかも。」
    「うん、なんか…全部を肯定してくれてるような…冷たいけど暖かい感じが…ほんまに始まりって感じがして…いつでも初めて見たような感覚になるっていうか…。」

    ……へえ。

    「お前、なかなかポエミーな事言うんだな。」
    いつもの「うっさいわ!」とか「黙れや!」とか騒いでる晶からは想像もつかないような暖かい言葉に驚き、そう伝えると晶が俺の方を見てこう言った。

    「…うちらしくないやろ?」
    ………。
    ……らしさ、か。

    どこか寂しそうに、悔しそうにそう呟く晶が…見てて辛くなった。
    まるで昔の俺を見ているような、そんな感じで。

    「…らしさなんて当てにならねえよ。」
    「……え?」
    「俺は、好きに生きて、あとからついてくるものが「らしさ」なんだと思う。」
    「……。」
    「晶は…誰にどう思われるか気にして生きてきたんだろ?」
    「……うん。」
    「…誰にどう思われるか気にしまくって生きてきた俺らにはあんまり響かないかもしれないけど。」
    「……。」
    「…晶らしさなんて誰にも分からねえよ、だから、分かって貰えるように好きに生きればいいんだ。」

    ……なんて、クサすぎたか。

    「……ありがとう、ちょっと…頑張ってみるよ。」
    「おう、頑張れ!」

    ぎこちなく微笑む晶の肩を叩き、二人で朝日を見てみる。

    「……綺麗だよな。」
    「うん…初日の出も見に行きたいな。」
    「いいなそれ…じゃあ年末は予定開けとくわ。」
    「朱里にも確認取ろっか。」
    「どうせなら6人で見に行こうぜ?」
    「ええなそれ…シジャクとパラも誘いたい。」
    「いいじゃん、みんなで行こうぜ。」







    49話「龍馬のために」



    2日目の昼。
    これからみんなで観光らしい観光をしようという話になった。
    その結果、まずはここのご当地グルメなるものを食べてみたいなという結論になったんだよね?

    ここは海産物が有名だから、行くとしたらそういう場所かなっていう話になった。
    でもある問題が起きた。それは龍馬君。
    龍馬君が魚介類苦手で食べれないんだよね…。
    でも貝とかはギリギリ食べれるらしいけど、今まで散々私達に合わせてくれた龍馬君に恩返しをしようっていう…流れになったんだ。

    「でもこのあたりでお魚出さないチェーン店以外のお店ってあるかな?」
    彩ちゃんのその発言から地獄が始まった。
    無い。
    どこにも無い。
    魚出すとこしかない。
    定食屋でも魚。というか定食屋閉まってるし。

    肉を出すお店あると思ったら値段が高すぎて入れない。
    その上土地勘が0なせいでうろうろしてたら路地裏みたいなとこ入ってキャッチに引っ掛かって明人君が泣いちゃう始末。

    もう終わった。人生終わり。

    「せっかくの旅行なんだしチェーン店っていう逃げ道は作らないでおこうぜ!」
    っていう智明の地獄みたいな提案に、地図だったりお店だったりを調べまくったせいで全員の携帯の充電が切れるという非常事態。
    最悪。最低。生き地獄。

    重いかなと思ってポラロイドカメラ持ってこなかったせいで景色も撮れないし。
    昼に出たのにもう夕方。
    オレンジ色に染まった夕日が意味分かんないくらい綺麗。
    最悪。

    「あー!もう!なんでないねん!こんなとこに電柱置くなや!!なんで電柱あって店無いねん!!!!」
    まぁ錯乱して電柱に喧嘩を売る晶を見れたのは良かったけど。
    面白いし。

    「僕お魚出すとこでもいいのに…。」
    「俺らに合わせてくれてる龍に申し訳ないだろ?」
    「…それは気にするのに何時間も歩かせてる事は気にしないんだ。」
    ヴッ
    龍馬くんって結構痛いとこつくな。
    ど正論。

    「なあ、僕正直昼飯よりも携帯充電する場所が欲しい。」
    明人君…確かにそうかも。みんなスマホ中毒だから禁断症状出てるもんね。
    「推し実況者が新シリーズ始めるんだよ、観なきゃ生きてけない。」
    なるほど…それは早く観たいね(モバイルバッテリー持ってきなよ)。

    なんて思っていると、智明が知っているのか明人君にこう質問した。

    「あー、前言ってた最近結婚した人か?」
    え?嘘…明人君の推しと言ったらあの人だよね…心当たりあるな…。
    「え!あの人結婚したの!?あの…一回めちゃくちゃ炎上した人だよね?」
    気になった私も明人君に質問してみると、明人君が二度頷きこう答えてくれた。
    「そうそうデキ婚らしい、でまた炎上してる。」
    「なんで?愛があるならいいんちゃう?」
    「というかギリギリまで私と結婚すると思ってた。」
    「私も思った!」
    「一回リプ返貰っただけで何言ってんの?うちフォロバ貰ったで。」
    「不倫してるじゃん。」
    「最低男。」
    「ファンやめます。」

    …しまった、龍馬君を置いてけぼりにしちゃった。

    「龍馬君、龍馬君は好きな配信者さんとかいる?」
    私達の後ろでにこにこしながらお話を聞いていた龍馬くんにこう尋ねてみると、顔を上げ、何かを思い出しながらこう答えてくれた。
    「んー…智明と晶さんがおすすめしてくれた配信者さんを観るくらいで…推しとかはいないかな…。」
    「あの配信者さん面白いやろ?頭良さそうな話し方やのに実はめっちゃビビりというか…そんな感じのとこが可愛いんよ!」
    「だよね…早く続き観たいから電波良い所行きたいのにな…。」
    ……申し訳ない、本当に。
    でも食べる場所が本当に何処にも無くて…。

    そんな時、彩ちゃんが龍馬君や私達の顔を見ながら唸っている智明へ、何処かを指差しながらこう言った。

    「智明君…もう最後の手段しかないよ…。」
    彩ちゃんが指差した場所には…私達がいつも行っているファミレスが。

    「でも…せっかくの旅行なのに…。」
    「智明、もういいよ…お腹すいたし早く行こ…?いつものファミレス…。」
    「……そう、するか…。」




    ため息が出た。
    運ばれてきた料理の香りが素晴らしくて。
    みんなで一斉に手を合わせ、いただきますと言ってから、それぞれがそれぞれの頼んだ料理を口に運んだ。

    智明はステーキで龍馬君はハンバーグ。
    晶はアサリのスープパスタ、彩ちゃんは小さめのマルゲリータとサラダ。
    明人君はドリアとコーンスープ、私はミートソースのパスタ

    久しぶりだ。食べた瞬間食べた事を後悔しないの。
    いつもだったら嫌悪感というか…顔が腫れたようなそんな感じがして嫌だったのに。

    トマトソースのパスタが美味しいと感じる。
    麺が太めのなのが良い…モチモチしててソースとよく絡む。
    自然と笑みがこぼれてくる。
    美味しい。美味しすぎる。

    「…うめぇ…ここの飯ってこんな美味かったっけ…。」
    「パスタもなかなかいけるで、頭おかしくなりそう。」
    「私もうダイエット辞めたから食べ終わったら絶対デザートも食べる…。」
    「僕も食べたい…プリンあったっけ…?」
    「明人これも食べな、美味しいよ。」
    「…ほんとだ、なんかめっちゃ味濃く感じる…。」

    …いいな、ご飯食べれるって。

    パスタを完食し、追加で頼んだアイスを食べていると、ふと明人君と目が合った。
    みんなにばれないよう少しだけ頷いてみると、明人君が少しだけ微笑んでからすぐに目を逸らした。

    …優しい子だな、明人君は。
    ……本当。
    私なんかの愚痴を聞いて…その上心配までしてくれて…喜んでもくれて…。




    …明人君みたいに優しい子が、龍馬君に嫌われたいなんて理由で襲ったりするかな。
    明人君がもしそんなに自分勝手な子だったら…自分中心で生きてるんだとしたらあの時の私の愚痴なんてそれなりに誤魔化してしまうんじゃないかな。
    確か龍馬君は自分の恩人と龍馬君が似てて…そんな理由で好きになった自分に嫌気がさしたし、申し訳ないと思ったから、嫌われるために襲ったんだよね?
    …でも、でももし…私だったらどうする?

    私だったら…きっかけがそれだからって、そんなに考え込むかな?
    今の明人君は龍馬君が好きなんでしょ?だったらそれで終わってよかったのに。
    そういう思いがあって襲った明人君が今も龍馬君の側にいるのはおかしいよ。


    …そういえば何で龍馬君と明人君は仲良くなったの?
    大人しい姿で近付いたんだっけ?でも今の二人を見てたら素のままの明人君でも仲良くなれてたと思うんだけど。
    …いや、よく考えてみたら素の明人君と龍馬君が4月に会ってたら仲良くなれたかどうかは分からないな。

    大人しくておっとりしてたから龍馬君は話しかけられたし智明とも仲良くなれたのか。

    …最初は弱い姿で近付いて、本性を出しても変わらず仲良くしてくれる環境を作った?
    襲ったとしてもずっと仲良く…いや、友達以上に親密な関係になれるような…きっかけさえあれば…それさえ作れれば明人君が襲った事実を揉み消せる…?
    いや…まず襲う事も想定内?
    そうか。
    明人君が優しい子で人の痛みに敏感なんだとしたら龍馬君を襲うなんて事するわけない。
    龍馬君は襲われることを何とも思ってない?
    むしろ嬉しかった、喜んでいたと仮定したら?なんでそれが分かる?分かる人が身近にいる?

    …明人君はどうしても龍馬君と付き合いたい理由があった?それともどうしてもセックスがしたかった?二つ目は絶対無いな。
    …作戦を思案した人にとって邪魔な存在がいて…それを消す為に明人君を利用したとかそういう説はあるかな?

    明人君と龍馬君を付き合わせた上に邪魔な人を除外するには…何がいる?
    二人の仲を取り持つ何か…今までしてきた行動で何か無いかな。

    いや、今までの行動じゃない。


    …旅行だ…。
    行き道ではずっと側にいた。邪魔者は無しで…。

    …待って、明人君と龍馬君の仲を取り持つために不必要な存在って誰だ?
    明人君のお姉ちゃんの彩ちゃん?パラ?晶?私?シジャクちゃん?
    …智明か?
    龍馬君の側にずっといる人間といえば智明だ。

    智明を除外するとしたら…私の存在は必要不可欠だ。
    だからわざとチームを分けた…?

    …待って、恩人に似てると言われた時の龍馬君から聞こえた警報は…?
    それ以外にも何度も何度も鳴ってる。
    全部智明に関係がある時だ。
    智明が嫌い?好き?コンプレックスの塊とか…智明と自分を比べられた?
    智明に似てると言われたのがトラウマ?

    …何か、智明の事で…それとも、誰かに似てるという事が龍馬君の地雷なんだとしたら…。
    …それを癒す力が明人君にあるんだとしたら…あのときわざと「恩人に似てる」と言わせた?
    …龍馬君の傷口を抉ってでも二人をくっつけようとしてる人がいる?
    もしいるんだとしたら。

    …あの人しかいない。
    あの人の…伝説になったあの人の…娘しか。


    「…朱里?どしたん?」

    この女は今私の心を読んでない。
    少し前はずっと読んでいた。
    なら龍馬君の考えも明人君の考えも分かってるはず。

    …賭けに出るか。

    「ちょっと…BL漫画の事思い出してただけ。」
    「へぇ…どういう漫画?」
    「高校生の恋愛。」

    興味津々でこっちを見てる晶と彩ちゃんにこう言ってみると、彩ちゃんは「どんな話だった?」と食いついてくれた。

    晶は…彩ちゃんに乗っかって質問してきたな。
    「うちも気になる…作者さん誰?後で読ませて!」

    ……うん、はっきり聞こえたよ、アラーム。
    はっきりと。

    …高校生、男の子同士の恋愛に心当たりがあるんだね、晶。
    分かったよ。

    「…あ、ちょっと待って、晶…トイレ行きたい、ついてきて。」
    「いいよ、場所分からへんの?」
    「そう…早く来て。」

    もし晶が明人君と龍馬君二人を苦しめるつもりなら…私は…。





    「じゃあうちここで待ってるわ、行って来……ッ!!」
    いつも通りのテンションでのんびりとしている晶の腕を引き、女子トイレの個室へ押し込んでから思い切り壁に押さえつける。
    「痛……。」
    めんどくさそうに、顔を横に振って乱れた前髪を適当に直す晶。

    「晶…今何考えてんの?龍馬君と明人君の事利用してるでしょ?」
    眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をしている晶にそう問いかけると、軽く…まるで自分の行動が正義であるかのようにこう答えた。

    「?うん、やったら何?」

    …信じられない。
    人の人生がかかってるのに、なんでそんな…。
    ……晶だって、どうしようもなく不安な筈でしょ。
    自分の非力さで人が死ぬところを何回も見てきた筈なのに。
    もし晶が失敗してあの二人を追い詰めたら……!?

    「今度は龍馬君の人生まで壊す気?萌奈さんの時から何も学習してないの!?」
    ……あっ。
    叫んでから後悔した。
    晶の胸ぐらをつかみ、つい大声で怒鳴ってしまった事を。

    すると、晶が一瞬驚いた表情をしてから大きく息を吐き、私を睨みつけぼそりとこう呟いた。

    「あのな?朱里はさ、そんな大した経験してないやろ?やのになんでうちにそんな派手なこと言えるん?」

    …!
    大した経験……して……ない…。
    ……確かに、晶に比べたら…私の、苦労なんか……。

    ……

    晶の言葉が妙に心に張り付き、晶を押さえつけていた手から力が抜ける。
    すると、晶が力の抜けた私の手を払いのけ、少し乱れた服を直しながら、また、ボソボソと囁くように話し始めた。

    「……うちはまだガキやから世の中のことはわからんよ、でも…お前よりかは分かってるって自信あるぞ?」
    「…晶…私は…晶を」
    晶の言葉に何かを返そうとすると、晶の細いけどゴツゴツと骨ばった手で口を抑えられる。

    「黙れ朱里……お前は女子高生の真似でもして普通に暮らし、お前はうちに比べりゃまだ普通なんやから。」

    …晶……。




    …ねえ、晶。
    普通って、そんなに大切なの?
    私達には…普通に生きることより大切な事があるんじゃないの…?

    晶の骨ばった手を握り、どこか不安げな顔をしている晶へ
    「私は、晶と生きたいよ。」と伝え、教えて欲しいと態度で示すと、見た事の無いくらい怯えた表情をして30秒程悩んでから…私の耳へ唇を近付けこう囁いた。

    「朱里、龍馬はな」


    ……



    ……。

    空っぽになった頭の中にアラームが響き渡った。
    私と晶、そして…ある人のアラームが。響いた。

    …。


    「…次は、どういう事するの?」
    「……旅行が終わったら、嫌な事が起こりそうな予感が……する…やから…何をしてもいいから監視していて欲しい。」
    「晶の勘は当たる、晶の為なら何でもする、私と晶は二人でひとつ。」
    「……頼ってごめん、朱里が居なうち生きてけへん。」
    「気にしないで、私もそうだから。」



    50話「50話」





    「旅行楽しかったな~!」
    一週間の旅行ももう終わり。
    いやー、濃い一週間だった!
    3日目の夕方にあった明人君大暴れ事件や4日目早朝の朱里さん大覚醒も最高だったな…。

    「なあ晶、5日目のあれ覚えてる?龍馬さんが大活躍したやつ。」
    「あー、スパイのやつ?あの龍馬の推理めっちゃ面白かったよな…。」
    「『犯人は猫なんだよ!!』か!いやー、あれが間違いじゃなかったのは凄かった!」
    「家に着いたら動画送るねー!」
    「おう!彩ちゃんありがと!」

    …みんな楽しんでたな~…僕まで幸せな気持ちになっちゃうよ…。
    思い出話に花を咲かせ、楽しそうに笑っているみんなを見ながら僕も想い出に浸っていると、突然朱里さんが何かを思い付き、僕達5人にこう尋ねた。

    「6日目の夜の肝試しあったよね、あの時くらいしか自由行動出来てないじゃん?だからこれから帰るまで時間あるし…これからしおり通り自由行動にする?」

    あー、確かに、それもいいかも。
    帰るまでまだまだ時間あるしね。

    朱里さんの言葉に同意してから「僕は何処に行こうか」と悩んでいると、智明が何処か遠くを指差しながらこう言った。

    「そうするか…俺あそこにあるCD屋行きたくてさ…。」
    「帰ってからでも行けるじゃん…。」
    「あそこにしか売ってないもんがあるかもしれないだろ?」
    「無かったらどうすんの?」
    「そん時はそん時だ!」

    ……あれ?わ、朱里さんと智明自然と二人行動してる。凄い。めちゃくちゃ自然。陽キャ怖い。
    …僕は、どうしようか。

    彩さんを誘おうか、明人君を誘おうか、晶さんを誘おうか、それとも一人で行こうか。
    一人で行ったら空気読めないとか思われちゃうかな。
    でも……どうしようか…。

    なんて一人で唸っていると、晶さんが僕達3人に向かってこう言ってから僕達に背を向けた。
    「…うち一人で回るわ、三人で行っといで。」

    あ、晶さん…!かっこいい…!背中がおっきく見える…!
    晶さんの言葉に感動し、僕もいつかはこんな感じで言えたらいいなーなんてふんわり思っていると、明人君が晶さんの肩を掴み、引き留めた。

    「晶一人で大丈夫か?迷わないか?結構広いし…キャッチに捕まったら…。」
    「大丈夫やって!この辺は前も来たことあるし!じゃあな!」

    …かっこいいな、晶さん。
    心配してる明人君優しい…。

    「…じゃあ、三人で…回ろっか。」
    「そうだね!二人はどこ行きたい?」
    「どこでもいい…二人に任せる。」
    「僕も…二人に合わせるよ。」
    「……そっか…。」

    「「「……」」」

    ……進まないな、僕達三人だと。

    僕がどこに行きたいか言わなきゃな、なんて悩みながらも言えなくて悶々としていると、彩さんが突然大声を出した。

    「あ!!!」
    「うっわビックリした…何?」
    「あそこのお土産屋さん来た時から目付けてたんだ!行こ行こ!」
    「分かった、行こっか…明人君。」
    「……はい…。」
    「じゃあ私先行ってるから二人も追い付いてきてね!」
    彩さんはそう言い残し、僕達二人を置いて走り去ってしまった。。

    …6人で出掛けた時にも思ったけど…彩さんって意外と強引なところあるよね。

    「…彩さんって意外と強引だよね。」
    呆れながらお土産屋に向かう明人君へそう言ってみると、少しだけ微笑んでからこう答えてくれた。
    「確かに…まぁ、でも…ああなるのは姉さんがテンション上がった時だけなので…。」

    …なるほど、それ以外の時は強引じゃないんだ…。
    それに強引なのは強引だけど、誰か一人を置いていくわけじゃないから…不思議と嫌な気分にはならないんだよな。

    …確かに、彩さんはちょっと智明に似てるかも。



    お土産屋さんでストラップやお菓子を買ってから、これからどこに行こうかと話し合っていると、明人君が僕と彩さんの肩を軽く叩いてから、どこかを指差しこう言った。

    「喉渇いたのであそこで何か買いたいんですけど…龍馬さん何が良いですか?」
    「え?あそこって……。」
    明人君が指差した場所は女の子達が好んで行くようなコーヒーショップだった。

    わー、明人君おしゃれ…。
    「なら中入って一緒に選ぼうよ、中涼しいし…。」
    確かに彩さんの言うとおりかもな、なんて思いながら明人君の方を見てみると首を横に振り、
    「景色が綺麗だから外で飲みたい…。」
    と言った。
    ……それもわかる…僕意思めっちゃ揺れるな…。

    「あー、確かにそれはそうかもね…なら僕も一緒に行くよ、コーヒー三つも持たせられない。」
    コーヒーショップをじっと見つめている明人君にさう言ってみると、少しだけ眉を下げ、首を横に振った。

    「…二人で、過ごしてください。」








    「……」
    「……」

    ……静か、だな。
    仕方ないか…お互い無口だもんね…。

    でもこのままだとつまらない男だと思われる…どうしよう…。
    そうだ、僕と彩さんの共通の話題と言えば一片の報いだ!よし!

    ベンチで座りながら明人君がいる方向をじっと見つめている彩さんへ
    「この風景、アニメオリジナルのシーンで…ラフと雪がアリスを探しに二人で抜け出したときに見た景色と似てない?」
    と言ってみると目を見開き、何度も頷いてくれた。

    「それ!私も思った!あのシーン良いよね~!私雪推しで龍馬君はラフ推しだからちょうど良いよね!」
    彩さんが楽しそうだ…嬉しいな。

    ……よし、勇気出せ松田龍馬。

    「あの…嫌だったら良いんだけど…二人で写真撮らない?」
    と言いながらスマホを取り出すと、彩さんが少しだけ悩んでから了承してくれた。

    「あの、すみません…写真お願いできますか…?」
    通行人のお兄さんにそう頼んでみると、「いいですよ!」と笑顔で答えてくれた。
    わ、この人めちゃくちゃイケメンだな…。

    彩さんに出来る限り近付き、僕なりの自然な笑顔を作ると、お兄さんがにっこりと微笑んでから「撮れました」と携帯を返してくれた。

    「ありがとうございます…!」
    「いえ…観光ですか?楽しんでくださいね!」
    「はい!ありがとうございます!」
    「成る程…カップルで旅行か…。」
    「違います!」
    「じゃあ…夫婦?」
    「違う!違う違う違います!」





    「……。」
    「何考えてんの。」
    「…晶、僕もう無理だ、出来ない…龍馬さんと姉さんが…。」
    「お前だけの為じゃないねん…龍馬の為でもあるし…彩ちゃんの為にもなる、結果的にお前にも良い事が起こるんやから。」
    「でも無理だ、今考えればお互いのために龍馬を襲えっていう指示すら意味不明だった…なのに…もうお前の事を信頼できない。」
    「…龍馬の事、知ってるか?」
    「…トイレから聞こえた、龍馬さんの秘密をあんな場所で朱里に言うなんて狂ってるとしか思えない。」
    「……あのな明人、うちがお前にさせた行動全部に意味がある、一つでも崩れたら龍馬の精神は崩壊してしまうんや、いいな。」
    「……次は何すんの、夜這いでもしろって?」
    「…大好きな龍馬と彩が待ってる、行け。」
    「…………クソ晶」


    51話「ただ帰る家が変わっただけ」

    明日、学校が始まる。
    その前にどうかうちの計画を進めようと彩ちゃんと明人の家へ遊びに行くことにした。

    暖かく出迎えてくれる彩ちゃん。
    リビングの机の上には懸命に課題をしていた痕跡が。
    可愛い。

    「彩ちゃん、課題進んだ?」
    「進んだよ!ほら見て!あとここ書けば終わる!」
    「…邪魔しちゃった?」
    「いや?大丈夫…ほら!終わった!」

    文字で埋め尽くされたノートを広げて微笑んでる彩ちゃん。
    …エゴ。
    旅行はただのエゴだった。
    彩ちゃんと過ごしたい…うちのエゴ。
    せめて高校を卒業するまでは私でいたいというただのエゴだった。

    朱里はそんなうちを、私を笑った。
    「協力するよ」と微笑んでくれた。

    あの時…彩ちゃんに「君を好きになっていいか」と変な事を口走ったあの日から、ずっと悩んでる。
    彩ちゃんはあの時「あはは!いいよー!」と軽く流してくれた。
    その言葉すら素敵に思えて、大好きになってしまった。
    私は意外とちょろい人間なんだな、なんて笑って…笑えてきて、嬉しかった。


    彩ちゃんが注いでくれたジュース。
    味のしないオレンジジュースを一口飲み、コーヒーにガムシロップを3つ、キャラメルソースをスプーン3杯入れている彩ちゃんをボーッと見つめる。

    「……ドン引きでしょ。」
    「ふふ…いや?うちもそれくらい入れて飲むよ。」
    「ほんと?仲間だね、糖尿病予備軍の!」
    「……それくらい入れへんかったら…味せえへんもんな…うちら能力者は。」
    「……うん。」

    甘過ぎるコーヒーを飲んでいる彩ちゃん。
    オレンジジュースに入った氷がカラリと音を立てた。
    静まり返る室内。

    「…彩ちゃん、あのさ。」

    ふと、顔を上げる。
    思いを伝えようかと。
    デートに誘おうか、と。
    その時目に入った漫画本。
    見覚えのある、肌色の、黒髪の青年が描かれた、漫画本。

    「……彩ちゃん?」
    「?」
    「あの……」
    漫画、何。と言いかけてやめた。
    もし彩ちゃんが読んで…明人の事を思い出したらどうする。
    それを明人が…知ったら。

    「……あー、あの本?なんかポストに入ってたんだよね……嫌がらせかな?」

    ……ざわりと、鳥肌が立った。
    そんなことをするのは…私の、人生を壊す存在は。
    私に……家一筋で生きろと強いる存在は。
    ……あれしか。
    私の家しか……あり得ない。

    「……彩ちゃん、あの本うちが預かってもいい?」
    「良いよ、心当たりあるの?」
    「ある。」
    「誰?」
    「聞かないで。」
    「でも……」
    「いいから!!!!」
    「その本のモデル明人でしょ?」




    犯罪者という単語。
    届かなかった連絡。
    母性が湧いたのか、なんて単語が耳を突き刺して、僕の脳みそをかき混ぜてる。

    智明の声。
    強く抱き締められる。いい匂いだな、なんてバカなこと思った。

    おじさん。僕に似すぎてるおじさん。
    お父さんとお母さんが僕を一人暮らしさせてくれた理由。

    智明が号泣してる。謝ってる。
    なんで謝るのさ。なんでお前が。
    知ってても言えるわけないよ。お前は優しすぎるから。

    「いいんだよ智明。」
    「ほんの少しの変化じゃないか。」
    「ただ、ただ。」
    「ただ………









    52話「性別」



    学校が始まってからも、僕はずっと悩んでいた。
    龍馬さんの事、姉さんの事、晶の事、そして、自分の事。

    「明人、なんか元気無いね。」
    「……パラ。」

    パラには何もかも見透かされる。
    いつも一緒に居るようになった、大切な友達。

    「……色々、悩んでて。」

    ずっと色んな事を考えている、と伝えると、誰もいなくなった教室の中、オレンジ色に染まる僕の机へパラが腰かけた。

    「能力の事?」
    「違う…それ以外の、話。」
    「……何?」

    と言いながら僕の前髪を耳にかけ、顔を覗き込むパラ。

    ……
    「重い話だけど聞いてくれる?」
    「聞くよ。」
    「…自分の性別、色々、悩んでて。」
    「あー、重くてデリケートな話。」
    「……。」
    「聞くよ、教えて。」

    パラの綺麗な目にじっと見つめられると…なんか、心の奥まで見透かされたような…そんな感覚に陥る。

    「……昔、色んな事があったんだ…それで、男でいるの…嫌かもって思って。」
    「…何があったか、話せる?」
    「……池崎明人って検索したら出てくる。」
    「…検索しても…いい?」
    「いいよ。」




    「…明人、先生に…心まで乱暴されたの?」

    「……された。」

    「……名前、全部出てるね。」

    「……出てる。」

    「…これが、原因?」

    「記事の、コメント読んで。」

    「…読めない。」

    「…漢字読めない?」

    「読みたくない。」

    「……読んで。」

    「分かった……『大袈裟』」

    「…頭おかしいだろこんなん書いた奴。」

    「うん、おかしい。」

    「……死にたくなった。」

    「…これはこの記事が悪い…細かく書くのもダメだけど…明人が誘惑したって書いてある。」

    「……してない。」

    「うん…見て、この記事は正確だし明人の事守ってる。」

    「……コメント読んで。」

    「…全部の記事読んだんだね…でも…明人を批判してる人が居る…けど、それを怒ってる人もいっぱい居るよ。」

    「…その守るコメント、投稿されたのいつ?」

    「……半年前。」

    「批判してるコメントは?」

    「……三年前。」

    「二年半、二年半もこのコメントに怒る人間が居なかったんだぞ。」

    「……うん。」

    「……なあパラ。」

    「……うん。」

    「僕が、女の子だったら…みんな守ってくれたのかな。」

    「………明人…ぼ……僕ね……。」

    「……。」

    「……こ…この、コメント、酷いなって思うよ?それは明人が友達じゃなくても思っただろうなって…思うよ?」

    「……ありがとう。」

    「…明人、もうすぐ、能力が……開花するよ。」

    「…………唯一の良い出来事だな。」

    「でも、僕はそれが正しいとは思えない。」

    「…………。」

    「……家族に、相談するのも一つの手だと思う、でも、家族じゃなくても…カウンセラーだったり友達だったり…頼れる人には頼った方がいい。」

    「……ありがと、一回行ってみるよ。」

    「うん…明人の事、大切に思ってるから、それは分かってね。」

    「……さすが親友。」

    「でしょ。」

    53話「開花」





    龍馬さんや自分の事で悩んでいると、久しぶりに父の姉…つまり彩の母親、僕の叔母さんから連絡がきた。
    「何か悩みがあるなら言いなよ!」
    という懐かしい声を聞いて、叔母さんの家に行き、龍馬さんの事や自分の考えについての相談をする事にした。









    「男より女の子にしなさいよ」
    「そんなの一時の気の迷いよ」
    「彩と一緒に病院行ったら?」
    「お父さんもきっと孫の顔が見たいはずよ」
    「明人くん結構モテるらしいじゃないの!」
    「良い子見つかるといいわね!」


    と、彼女の優しさ溢れる言葉を聞いて…心に封印していた氷のようなものがゆっくりと溶けていく気がした。




    叔母さんの家を出て、駅に向かう。
    その間も、ずっとあの人の言葉が頭から離れなかった。

    「男より女の子にしなさいよ」?
    「一時の気の迷い」?

    優しさ溢れる言葉?バカ言え。
    あの人はただ僕に…僕達に普通でいてほしいだけだろ。
    そりゃあそうだ。
    ただでさえ僕みたいなじめじめした男が男と付き合いでもしたらただでさえ悪い評判が更に悪くなる。
    僕みたいな男が。男の僕が。

    普通ならそう言うだろう。
    これ以上家を、 いや、自分を悪く見られたくないだろうしな。




    足に力が入って。
    目がジリジリと霞む。
    想いや考えがベリベリと剥がされ、脳に直接「こうすればいい」と
    誰かが指示を出してくる。
    なにかがザクザクと崩れていく音がする。
    例えるのなら、雨に打たれる砂の城のように。
    懸命に作り上げたものが、勝手な都合や環境で崩されていく。


    「つまらない。」


    立ち止まり、そう言葉に発した瞬間、空模様が先程と打って変わって大粒の雨が降り出した。
    天気予報を裏切り、いきなり降り出した雨に周りの人間は焦り近くの店に駆け込む。

    だけど、僕は焦らなかった。
    それどころか、駅という目的地を諦め、自宅という道を選んだ。

    言わずとも分かっているだろうが、いや言わなければ分からないだろうが…電車を乗らなければ帰れないほど、叔母の家と彩と僕の家はかなり遠い。
    だけど、今は歩きたい気分だった。

    雨に抵抗するように、何か薄い壁のようなものを粉々に叩き割れるように、足に、身体に、全てに力を入れて歩く。
    雨水を吸って肌にべたりと張り付くシャツを脱ぎ肩にかける。
    そして、ビショビショに濡れた髪をかきあげる。

    …負けるものか。


    どうしてあの人の言う通りに動かなければいけない。


    どうして誰かの言う通りに動かなければいけない。


    どうして普通に生きなければいけない。


    どうして僕だけが夢を見られない。


    あいつ如きに言われた程度で諦めるものか。


    拒絶された程度であきらめるものか。


    どんな手を使っても手に入れてみせる。


    どんな事をしてでもあの人を僕のものにしてみせる。


    どんな事をしてでもあの人を救ってみせる。


    智明に言った言葉の意味がやっと分かった。


    文句を言いたいのなら好きに言え。







    正ちゃん








    ただ見てるだけのお前なんかに、僕達の意思は曲げられない。




    正ちゃん Link Message Mute
    2022/09/01 19:00:00

    本当の主人公 6章

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #一次創作 #BL表現あり #HL表現あり #本当の主人公

    more...
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