隠れ家2
客が皆帰り、キャストも帰った、店長がアリスを信頼して任せてくれたこのお店で、アヤと二人きり。
「神足さん神足さん、あそこのモップ掛け誰かやってたっけ」
「私がやったよ」
「本当に?あー…ごめんね、俺の担当なのに」
「いいのいいの、気にしないで!」
アリスにとっては、唯一の、大切な、弟のようなアヤ。
アリスがそんなアヤの頭を撫でると、嫌そうに眉間に皺を寄せ、アリスの手を振り払った。
「俺は犬じゃないよ」
「ふふ、そうだね」
そんなことを話しながら、のんびりと二人で、誰もいないフロアを見つめていた。
ふとアリスの視界に入るカラオケ機材。
その中で、ひときわ、目を引く、マイク。
昔は、自分の相棒だった、自分の一部だったマイク。
アヤはアリスの視線を追い、その先にある物を察した。
「了解!まってて!」
アヤは突然立ち上がり、いそいそと、机に脇腹をぶつけながらバックヤードへ入っていった。
「おまたせ!」
数分後、アヤは椅子に肘をぶつけながら戻ってきた。
バックヤードに宝物としてしまい込んでいる、アリスがバイト代で買った、古い中古のギターを持って。
「アヤにはそれをあげればよかったかもな」
と頭の隅で思いながら、アリスはゆっくりと、数年ぶり
いや、嘘をつくのはもうやめよう。
いつものように
いつも、しているように、マイクを手に取った。
『月を見上げた 貴方の事を思いたくて
貴方を思う被害者に成りたくて
星を見上げた 存分に悦に浸りたくて
貴方を思う加害者に成り果てて
叶わないなんて理解していて
ただ私は ただ私は
ああ
貴方が月なら私はそれを隠す雲
貴方がアダムなら私は蛇
追放されてもいい?
嘘はいいの、いいよ、大丈夫
私には貴方しかいないけど、貴方はそうじゃない
貴方には太陽があって、貴方にはイヴがいる
嘘はいいよ、いいんだ、大丈夫
私は蛇 貴方はアダム
貴方は月 私は曇
私がいなければ貴方は輝けない
貴方がいなければ私は罰せない』
アリスの歌声は、まるで季節だった。
春、夏、秋、冬、そして春。
永遠に続くと思わせてくれる。
例えそれがでまかせだとしても、それでも構わないと思わせてくれる。
このまま何もかもが終わって良いとさえ、思わせてくれる。
アリスの歌声は、まるで「死」だった。
アリスの歌声が死なら、アリスはさながら死を操る死神だな。
アヤはギターを弾きながらそう思った。
歌い終わり、大きく息を吐くアリス。
アヤは、そんなアリスの横顔を見つめた。
「……夢が、叶いました」
「…え?」
震えるアヤの声に、泣いたのかと思い焦るアリス。
アヤは首を横に振り
「この曲を歌ってるアーティストが好きで、この曲を弾くためにギターを始めたから」と答えた。
「そ、そうなんだ…私の歌に感動して泣いたのかと思った」
「確かに泣きかけたけど…そうじゃ、なくて」
アヤは笑い、ギターを置いてからアリスを抱き締めた。
「……よく歌えたね、偉いね」
アリスはアヤの背に手を回した。
アヤの背に、固いマイクが当たった。
絶対に離さないと、絶対に別れない、絶対に、自分を見失わないというアリスの決意を感じたアヤは、涙を流した。
アリスも、昔より逞しくなったアヤを感じ、同じように、涙を流した。
二人とも、泣いていた。
「…アヤ、計画、進められる?」
「……うん、あいつを煽っておいたから、今すぐにでもアリスさんの事を襲うはずだよ」
「包丁は用意した?」
「うん、したよ」
「ありがと…これで、失敗して、例え私が死んだとしても…いい」
「……どうして心残りがないの?」
「最後に、ファンに歌を聞いてもらえたから」
「……俺、もし、アリスさんを殺したら」
「その時は自首してお巡りさんにお世話になりな、きっと10年も経たずに出てこれるよ」
「……アリスさん」
「うん」
「アリスさん死なないで」
「…うん、死なないよ、私は」
「……」
「私は死神、でしょ」