環 四章二十二話「百々からの告白」
珍しく、百々が放課後に私達全員を、百々と初めて会った中庭に呼び出した。
「…あ、来てくれた、本当に来た、来るとは思わなかった、どうしよう、困るな」
私達を呼び出しておきながら、何故か動揺している様子の百々。
「なんなんだよ…呼び出しておいて…」
「あはは、ご、ごめんなさい…来てくれてありがとうございます、本当に…」
私の言葉に、百々は困ったように笑いながら眉を八の字に曲げ、私達全員の顔を見比べてから、大きく溜め息を吐いた。
「……華菜さん…」
私の隣に立つワキノブ。
横顔を見るに、どこか不安げな様子だ。
そんなワキノブの背を撫でると、百々がワキノブと私を見つめてから、恐る恐る口を開いた。
「忍君の決意と、澁澤さんの優しい言葉と、華菜さんを見ていると、自分が今している事へ不信感を抱き、そして、不誠実だと思いました」
そう言い、大きく息を吐いてから、しっかりと私の顔を見つめ、こう続けた。
「佐鳥晶に命じられて、皆様の情報を彼女に横流ししていた事を、ここで謝罪させてください」
百々はそう言い、私達に向けて頭を下げた。
「はじめちゃん…貴方が…スパイだったんだね」
菜那さんの残念そうな声。
「はい、そうです…額塚さん。晶のスパイとして動いて、みなさんにご迷惑をおかけして、心から、申し訳ありませんでした」
百々は頷き、菜那さんに向けて頭を下げた。
「大丈夫だよ、もう謝んなくて良いから」
「華菜さん…」
「大丈夫だよ気にするな。百々がスパイなんだろうな~ってみんな心の中で思ってたから」
「えっ?」
「こ、こら、華菜ちゃん!」
澁澤と私のやり取りを聞いた百々は不思議そうに首を傾けた。
「…スパイだなって、分かってるのに、私と仲良くしてくれてたんですか?」
その言葉を聞いたてつが頷いた。
「そうっすよ!だって"疑わしきは罰さず"って言うじゃないっすか!」
それを聞いた百々は、私達一人一人の顔を見、そして、悔しそうに俯いた。
「……今になって思いますけど、何で晶に協力していたんだろうって思っちゃいます…本当今更って感じなんですけどね…」
さっきまで黙っていた艮が百々の言葉を聞き、身を乗り出してこう尋ねる。
「まずさ、創君が晶さんに協力しよう…って思った、理由とかきっかけはなんだったの?話を聞く限り晶さんに脅迫されて仕方なく、ってわけじゃ無いんでしょ?」
百々は一瞬黙り込み、照れ臭そうに、でもどこか悔しそうに答えた。
「……か」
「か?」
「…顔が、物凄く…タイプだったんです…」
しばらくの沈黙。帷子は百々の顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……まぁ、晶さんって飛び上がるくらいの美人だもんね…」
それを聞いて考えてみた。高い鼻にぱっちりした目、長い睫毛、綺麗な髪の毛にモデルのようにスレンダーな体型。
「……うん、それは…分かるわ…あの美人に言われたら断れないかも…」
「…確かに、あの人にお願いって頭下げられたらな…」
「……利用されても良いかも、って思っちゃうかもな…」
同意する艮、レン、てつの男性陣、そして私。
「それにめっちゃいい匂いするしな…」
私の言葉を聞き沈黙するみんな。
「なんで華菜さんが一番変態っぽいコメントするんですか」
ワキノブの強めのツッコミ。
「そうなんです…あの、華菜さんの言った匂いの件以外の要因と…」
「なんで私を変態扱いすんだよ」
私がそう言うと、皆が気まずそうに目を逸らし、百々に「続きを話せ」と促した。
百々はそんな私を見てから、困ったように笑い、こう続けた。
「断ったら、殺されるような気がしてしまって」
少し震える百々の声。
「……まあ、確かに、晶って怖いからね…」
環が、俯く百々の背を撫でながらそう言うと、百々は不思議そうに顔を上げ、同意した。
「え?いえ、あの、そう、そうです…晶さんに殺されそうで…晶さんが怖いから…」
「だよね、怖いっすもん…」
「どどくん、うちあけてくれてありがとうね…」
「さて、ならもう大丈夫?話すことない?よし!カフェ行って茶しばいて帰ろっか!」
なんとなく、不審に思った。
こういうスパイだったり、晶に関する話の時、間に入って、話を切り上げようとする人がいるな、と。
「…?華菜さん、どうかした?」
……でも、疑わしきは、罰せず…だもんな。
「……いや、なんでもないよ…ワキノブ」
今のところは、こんなのは単なる杞憂だと思うことにしよう…。
──────
「また明日なー!」
「はい!華菜さん!また明日!」
「百々創君」
「!!あ……晶……さん…」
「百々君はさ、恋愛と、友達、どっちが大切だと思う?」
「…晶……さん…」
「悲しいな、裏切るなんてさ」
「…」
「…君の好きな海外のドラマってあるやん?女の子四人が出てくるやつ…そのドラマで、君の好きなキャラが病気になった時、側で支えたのは恋人やったよな」
「……」
「もう一回聞くよ?君は、恋愛と友達、どっちが大切やと思うん?」
「…ネタバレに、なりますけど、最終的にその二人別れますよ…。彼女が、自分の、人生のために……」
「……」
「…あの子は、友達と、自分を選んだんです」
「…うん、そっ……か」
「…私も、彼女を見習って…そう生きていきます」
「…負けた、にわかが出た!大ファンには敵わんみたいやね!」
「では、失礼します」
「百々くん待って……最後に一個だけ良い?」
「……何、ですか…私、もう行かなきゃいけないんですけど…」
「続編には出んらしいな、君の好きなキャラ」
「……!」
「君も、そう、ならないといいね」
二十三話「家族問題」
「このまま行くと、派閥争いみたいなのになりそうだよな」
華菜ちゃんとワキノブ君、そして俺の三人で、いつも通りお昼ごはんを食べていた時、俺の向かいに座る華菜ちゃんが悲しげに呟いた。
「派閥争い…」
俺の隣に座っているワキノブ君が首を傾ける。
「…ヤンキー漫画とかでよくある、○○派と○○派~みたいな感じで、争うやつ?」
ワキノブ君の問いかけに頷く華菜ちゃん。
「百々が晶に言われた事共有してくれたじゃん、あれ聞いたらさ、なんか…なんというか…」
「うん」
「これから対立が始まるよっていう…晶からの宣戦布告のように思えて…いや、多分あれは宣戦布告だったんだと思う」
冷静な華菜ちゃんの、パンを持つ手が震えていた。
「…今日のごはんそれだけなの?」
俺がそう尋ねると、華菜ちゃんは頷いた。
「うん、なんか食欲無くて…」
心配そうに華菜ちゃんの顔を覗き込むワキノブ君。
「ちょっと顔色悪い…早退はしなくても大丈夫?」
ワキノブ君の問いかけに、華菜ちゃんは首を横に振った。
「大丈夫、ごめん心配かけて…とりあえずさ、私は晶と揉めたい訳じゃない。ただ…兄貴が何で怪我して、あの時に何が起きたのかと、今何が起きているのかを知りたいだけなんだけど…」
「でも、もし晶が「知りたいのなら喧嘩をしよう!拳で語り合おうや!」みたいな感じで、吹っ掛けてきたら、華菜ちゃんは喧嘩するつもりなんだよね?」
俺がそう問いかけると、華菜ちゃんは少し悩んでから恐る恐る頷いた。
「…なんか、最近色々考えちゃって、ナイーブになってるってか、そんな感じがする…スパイとかもあったし…色々…」
華菜ちゃんの寂しげな顔と声色。
俺はしばらく考え、そしてこう呟いた。
「…派閥争いは、避けられないことだと思う。でも、俺にも、そういう…避けたいなって思う気持ちはよく分かるよ」
華菜ちゃんはワキノブ君と顔を見合わせ、俯いてしまった。
なんというか、分かりやすい子だ…。
「…『喧嘩とかで傷付いたり、傷付けてしまう事を避けられないんだったら、澁澤とか、ワキノブ達の事は巻き込みたくない』って顔だね、華菜ちゃん?」
俺の言葉に顔を上げ、目を大きく見開く華菜ちゃん。
「巻き込んでよ、俺は華菜ちゃんに巻き込まれたくてここにいるんだから…ね?」
俺がそう言うと、ワキノブ君も同調した。
「そうですよ、華菜さんが知りたいのなら私も知りたいです」
華菜ちゃんは俺とワキノブ君二人の言葉を聞き、申し訳なさそうに、でも嬉しそうな表情で頷いてくれた。
「…ありがとう、でも、二人とも…なんでそこまで私に協力してくれんの…?」
それを聞いたワキノブ君が照れ臭そうにこう答える。
「…華菜さんが、私に初めて出来た友達だからです…」
照れ臭そうに、でもどこか誇らしげなワキノブ君の表情。
「そっか、あ、ありがとう…」
ワキノブ君につられたのか、華菜ちゃんも同じように、照れ臭そうに微笑んだ。
「……なら、澁澤さんは?」
ワキノブ君の、不思議そうな声。
隣を見ると、サンドウィッチを両手に持ったワキノブ君が、俺の顔をじっと見つめていた。
「…え?」
「澁澤さんは、なんで…華菜さんに協力しようと思ったんですか?」
しばらく、考えた。
どこまで言って良いのかを考えた。
……。
「…俺の家も、その…それなりに…結構、派閥争いみたいなのがあってさ…だからかな…」
俺の言葉を聞いた華菜ちゃんとワキノブ君が顔を見合わせてから、一斉に俺の方を見た。
「派閥争いって…?なんの?」
華菜ちゃんの不安げな声。またしばらく悩んだ。
……しばらく、悩んだ。
「……澁澤?」
華菜ちゃんの心配そうな声。
顔を上げると、華菜ちゃんが悲しそうな、俺を心配してくれているような表情をしていた。
その顔を見て決意した俺は、周りにあまり人がいないことを確認してから、華菜ちゃんとワキノブ君に自分の秘密を打ち明けることにした。
「怖がられたくなかったから言えなかったんだけどさ…実は、晶と、俺の家、昔からかなりの因縁があってさ…」
「…因縁、って?」
「その…俺の家も晶の家も両方ヤクザの家系だから…」
「あ…そう…だったんだ…言いにくいこと言わせてごめん…」
「いいんだよ、だから…言うなれば、幼馴染みなんだよ。晶と俺って」
目を見開く二人。
「…組の跡継ぎを、晶か俺にするかで大人達がずっと揉めててね?俺派と晶派で、ずっと毎日のように小競り合いをして、たまに血も流れたりして…死人も、出て…」
華菜ちゃんは身を乗り出し、心配そうに俺の前髪を撫でた。
「あ、お、俺は怪我してないから大丈夫だよ、心配してくれてありがとう…」
「…あ…な、ならよかったです…」
ワキノブ君も心配してくれたのか、安心したように息を吐いた。
二人はその後、気まずそうにしばらく何も話さなくなってしまった。
気まずさに耐えかねた俺が何か言おうと口を開くと、また、華菜ちゃんとワキノブ君が顔を見合わせてから、こう言った。
「「なんでそれを今の今まで言わなかった!!??」」
俺は後悔した。
いや、あの、確かにそうだなーって思ったから。
「いやさ!?晶と澁澤がなーんか因縁ある感じするなとか思ってたら二人が幼馴染みだったからかよ!!」
「なんで!?澁澤さんは晶さんを目の敵にというか、なんでこんな執着してんのに!前なんて気軽に「前晶と話したよ~」とか言ってたじゃないですか!めちゃくちゃ気難しそうな晶さんに気楽な感じで話しかけられたりするし!その理由は!?まさか澁澤さんがスパイ!?とか思ってたら幼馴染みって…!」
呆れたようにため息をつく二人。
「でも、なんか、あの、言いにくいじゃん!俺ヤクザだよーって」
俺の言葉に二人はまた呆れたようにため息をついた。
「そりゃあ話しにくいのは分かるけどさ、でもこの状況で…今になって言うって…あーもういい、めんどい、とにかく!環!お前はもうスパイじゃないんだな!?な!?」
「そもそも俺晶に嫌われてるだろうから、スパイとかは無理だと思う…」
「あ、聞き覚えがあったのはそれでか」
「え???」
「私の姉様が…晶さんが澁澤環って奴の事をずーっと延々と愚痴ってくるっていつも私に相談してて…!」
「え!?晶が僕の愚痴を楓さんに延々と言ってるの!!??」
「こいつマジで可哀想すぎるだろ」
「…澁澤さん、一応聞きますけど…晶さんに何したんですか」
「あ、俺が!?」
「お前以外に原因考えらんないだろうが!!」
「だって…」
「だってじゃない!!」
「でも…」
「でもじゃありません!!」
「あーもう疲れた、しんど」
「なんか妙に大人ぶってるけど言い訳の仕方がまるでガキじゃないですか」
「ひどいな…」
二人は呆れたように笑った。
俺もその顔を見て少し笑い、そして、もう一つ秘密を打ち明けることにした。
「…俺、家を継ごうと思ってるんだよ」
「……うん」
「だからさ、晶との対立は、俺にとっては最初から避けられない事なんだ…」
「……」
「晶が俺を目の敵にするのは当然の事。だから、どちらかというと俺が華菜ちゃん達を巻き込んでる側なんだよ」
俺がそう言うと、華菜ちゃんは俺とワキノブ君の顔を見比べてから、穏やかな声色でこう言った。
「なんか、私と澁澤って同じような状況なんだな」
「…今思うとそうだね、敵も同じだし…それで派閥争いが起こるのも同じ」
二人で微笑み合うと、ワキノブ君が拗ねたような声でこう言った。
「なら私も混ぜてくださいよ」
「ふふ、ごめんごめん…」
……。
「だからさ、三人で巻き込まれようよ、何もかもに」
ワキノブ君の穏やかで優しい言葉。
それを聞いて、目頭がじんわりと熱くなるのを感じた。
「うん……」
俺ら三人が顔を見合わせる。
「…応援してるよ、環」
「……うん、華菜ちゃんもね」
「澁澤さん…」
「ワキノブ君も環って呼んでよ……」
「んふふ」
「えへへ」
「ふふふ」
二十四話「マムシ」
遥に言われた通り、華菜ちゃんとワキノブくんだけじゃなく、みんなに、今の段階で俺に言える事を全て言うことにした。
俺の家が極道の家系であること、俺を跡継ぎにしようとしていること、そして、跡を継ごうと思っている事を。
反応は本当にそれぞれで、例えば艮君みたいに俺を怖がったり、百々くんみたいに「苦労しているんですね」と労りの言葉をかけてくれたり、額塚さんみたいに「ギャップ萌え、滾るね」なんてよく分からないことを言われたり。
冷静に捉えられている自分がいると同時に、そんな言葉それぞれに、驚いたり、落ち込んだり、逆に少し救われた自分がいるのも真実だった。
話し終わった俺に、華菜ちゃんは、特に何も言わず、一段落したのを確認してから「じゃあ今日どこ寄って帰ろうか?」と提案してくれて。
そんな姿を見ていると、俺が意識して俺について秘密にしていた時間は無駄だったんだなと思えて。
そして、晶との問題が解決したら、華菜ちゃんの側から離れて、永遠に華菜ちゃんの側から身を引くつもりだったけど、華菜ちゃん達といるこの空間に、いつまでも依存してしまいそうな自分にも気付いてしまった。
「……環さん?」
そんな俺に気付いたのか、みんなで「いつもとは違うお店を開拓しようか」と歩いていた時、てつが声をかけてきた。
「…環さん平気っすか?なんか、ちょっと…暗い顔してるように見えて…」
察しの良いてつ。俺は少しだけ笑ってからこう答えた。
「ん?あー、色々考えてただけだよ。カタギとして過ごす最後の一年をどうやって過ごそうか」
俺の言葉を聞いたてつは華菜ちゃんの方を見た。
「…楽しい一年になると良いですね」
「…うん、そうだな…色々ありがと」
その時のてつの、後悔しているような、悲しそうな、怒りの混じった表情の意味が、俺にはよく分からなかった。
新しく見つけたお店に到着した俺達は、額塚さんの提案で、五対四に分かれて座ろうかという話になった。
確かに、店員さんが俺達の顔を覚えてくれて、親しげに話しかけてくれるようになったお店と、今日初めて来たお店で対応を変えるのは当然の事だ。
「なら、華菜ちゃんとワキノブ君を一緒にして…遥と額塚さんは一緒が良いよね?」
俺の言葉を聞いた遥は割り込むようにこう言った。
「ごめんけど、今回は僕額塚じゃなくて環君と一緒が良いな」
俺にしか話せない何かがあるような口調の遥。
額塚さんはそれを見て察したのか、気を遣うように華菜ちゃんの腕に自らの腕を絡めながら
「オッケー、そういうときもあるよね!なら私華菜ちゃんと一緒~!」
と言った。
「あ…えっと…ふふ、一緒…」
腕を絡められるなんて予想外だったのか、頬を赤く染めて、照れ臭そうに微笑む華菜ちゃん。
かわいかった。
「なら、額塚さん、華菜ちゃん、ワキノブ君が一緒で…」
「かなちゃん、わきのぶくん、ななちゃん、うしとらくん、百々くんの五人と、余りの四人でどう?」
「そうしよっか」
「環君、僕達余りだって」
「心外だね…」
「遥さんと環さんって意外とめんどくさいですね。二人が仲良くなったから尚更ね」
「……ワキノブ君が俺達の事名前で呼んでくれた…」
「うれしいね環君…」
「…はぁ」
「五名様、お席までご案内いたします!」
店は少し込み合っていたようで、華菜ちゃん達が店員さんに席まで案内して貰うのを見送ってから、僕達四人も案内を待つことにした。
「レン君は額塚とか華菜ちゃん達と一緒じゃなくて良かったの?」
店の前に設置された、待機のための椅子に座った遥の問いかけに、立って待つことにしたレン君は頷きながら答えた。
「うん、ぼくたちにしかできない話があるからね?」
いつも通り、温厚で、どこか舌ったらずな話し方。
でも芯があって、人に自分の言葉を聞かせる圧がある声。
「…レンさんって、確か、名字」
レン君に向けて何かを話そうとしたてつ。
それを遮るように店員さんが俺達へ声をかけた。
「お客様…五名様でよろしかったでしょうか?」
「……え?あ、俺達は四人で…」
「?あ、し、失礼しました……こちらへどうぞ」
後ろに居た人もカウントしたのかと思い、振り返ってみるとそこには誰も居らず疑問が残った。
「…ねえ…僕らいつもあれ言われるよね」
遥も同じように気になったのか、そう言いながら俺の肩をトントンと叩いた。
「……うん、でも後ろ誰もいないしな…居たけどどっか行っちゃったとか?」
「でもいつも後ろに誰かいるって…おかしくない?」
遥の言い分も確かだ。
確か、百々君と初めて会った時。百々君は俺達の人数を数えてから「あれ、」と首を傾けていたっけ。
あの時も今も、全部が同じ人で、晶に頼まれて俺らを追跡している人だったら?
「ひょっとして、おばけ……!?」
そんな俺と遥の疑問や猜疑心を払ったのはレン君の可愛い声色だった。
目を見開き、あたりを見渡しながら怯えたように震えるレン君を見ていると、考えている時間は無駄なのかも?と思えて…。
「…まあ、考えるのは席についてからでも出来ますよ」
てつの言葉通り、俺達は席についてから改めて話し合うことにした。
「てつ君って、環くんの何なの?」
唐突だった。
ドリンクを注文し、店員さんが背を向けた途端に遥がてつにそう問いかけた。
「え?あ……」
てつはあたりを見渡してから、俺の顔を伺うように俺を見つめた。
素直に話せと促すと、てつはどこか申し訳なさそうに、気まずそうに話し始める。
「…堅気の方に話す内容じゃ無いでしょうけど、十年くらい前にこの辺でヤクザ組織の抗争があって、そこで…俺の父親と母親が巻き込まれて、殺されたんです」
遥は大きく息を吸い込んだ。
「……そうやって、親を亡くした、俺や、雅朱里さんみたいな子供達を引き取って、育ててくれたのが、環さんの親父さんで…」
「……うん」
「俺が環さんをこうして慕ってるのは、環さんの親父さんへ恩を返したいってのと…俺の、独断なんすよ」
「……独断?」
てつにそう問いかけたのは廉くんだった。
「はい…親父さんは「てつ、お前は普通に生きてもいい」と仰っていたんです、でも…子供の頃、何もかもが怖くて、トラウマで、周りに馴染めず…ずっと孤立してた俺に…手を差し伸べてくれた環さんと、その親父さんに恩返しがしたくて」
てつは話しながら、その大きな瞳から一粒涙を溢した。
「俺、環さんのためなら死ねます」
「そんなことしなくていい」
俺がそう否定すると、てつはいつものように、困ったように笑った。
笑っているはずなのに、向かいに座るてつの顔からは、本心や感情を読み取ることが出来なかった。
「ワキノブ君だけズルくない?」
菜那さんの不機嫌そうな声。
「何がですか」
私の問いかけに、華菜さんは私の隣に座るワキノブを指差した。
「あだ名があるじゃん」
「はい?」
「私にはない!」
「はい??」
眉をひそめるワキノブ。
「あって何になります?そもそも私このあだ名好きじゃな」
「華菜ちゃん!!私にもあだ名考えてよ!!お願い!!」
「割り込むな!!!」
文句を言いながらも嬉しそうなワキノブ。
しばらく菜那さんの顔を見て、考えてみた。
「……あ」
そうしたら一つ候補が浮かんだけど、それを言葉にするのは物凄く恥ずかしくて……どうしよ。
キョロキョロ見渡してみると、ブラックコーヒーを飲みながら私と菜那さんを見比べている艮が目に入った。
「…艮」
「え?」
怪訝な顔をする菜那さん。
「艮さんは、見た目怖いけど、中身優しいから…」
だけど私が色々考えながら話しているのを見て、なんか楽しくなってきたのか、軽く身を乗り出しながらこう続けてくれた。
「あー!なんかあったよね!えっとー、ロールキャベツ系男子とか…あ!アスパラベーコン男子みたいな??」
「そうそう!それです!」
「それで言うとアスパラベーコン男子って感じだよね~艮くんって!」
「確かに!」
菜那さんと二人で勝手に盛り上がっていると、男二人は私達の会話を聞きながら眉間に皺を寄せ、艮の事を見た。
「アスパラベーコン…?」
「なんかおいしそうになっちゃったね、艮くん…」
百々から、まるでからかうようにそう言われた艮は困ったように体を縮こませた。
「そんな、俺なんてアスパラベーコンみたいな良いもんじゃないよ……」
アスパラベーコンよりかは良いもんだと思うけど…でも、確かに、艮はアスパラベーコンっぽくはないかもしれない。
食べ物で例えるよりかは動物っぽくて…こう、逞しく見えるけど…本当は臆病で、見た目で誤解されるような…。
「そうだ!!アオダイショウだ!!前動物の特番で見た!マムシに似てるけどアオダイショウは臆病で人を噛んだりもしないんだよ!ただマムシに似た見た目が怖いだけ!!」
「はい???」
「そうだ!艮はアオダイショウだったんだ!!!」
「なんで!?」
「いっつも思うけどなんであんたの考えるあだ名はいつもそうなんの?」
「艮はアオダイショウで…ワキノブはワキノブ」
「せめて私も変えてくれ。ワキノブやめさせてくれ」
「なら百々は?」
「私……」
「…百々…坊主」
「え!?坊主からインスパイアを受けるんですか……!?」
「変なのはやめてあげてね華菜ちゃん…例えばお地蔵さんとか…こう、特徴的な見た目で決めるのだけは…」
「お地蔵さん…」
「ちょっと、菜那さんのせいで変な単語インストールされましたよ……」
「え!嘘!ワキノブくんどうしよう!!」
「なら、百々のあだ名」
「……」
「坊主で、なんか、大人しいから」
「こわい」
「そうだ!!神様だ!百々は神様だったんだ!!!!」
「ほら!言わんこっちゃない!!!」
なんでみんながこんなに否定的なのか分からないけど、とりあえず二人のあだ名はアオダイショウと神様で確定して、絶望する二人を横目に、改めて菜那さんに向き合った。
「……浮かんだ」
「ひぃ」
怯えた様子の菜那さん。
「正直、なんというか、恥ずかしいあだ名で…これを、言うのはアレで……」
「恥ずかしいあだ名!?」
私がそう言うと、菜那さんは少し震えてから覚悟を決めたのか、大きく頷いた。
「覚悟は決めた!来い!!!」
「……私が考えた、菜那さんのあだ名は…」
「……」
「……お…」
「お?」
「……お姉…ちゃん……」
「……」
「……」
「……」
「……華菜ちゃん…それはダメだよ…」
「え……?」
「お姉ちゃんすっごいキュンってしちゃった…」
「アオダイショウもお兄ちゃんって呼ばれたい」
「神様もお兄ちゃんって呼ばれたい、お姉ちゃんでもいい」
「ワキノブも今とは違うあだ名で呼ばれたい」
「からかうな」
「からかってないからかってない!!」
「私のはガチの方のお願いなんですけどね」
二十五話「言わなくてよかった」
「…一旦表で何やってるか見て……待って、ワキノブ!あそこ見て!あそこにいるのって…」
「え?あらま!偶然ですね!」
「華菜さん!ワキノブ君!まさかここで二人に会えるとは!嬉しいっすね!環さん!!」
「ふふ、そうだね…」
休みの日に「生まれてこのかた映画館で映画を観たことが一度も無い」と言うワキノブを連れて、映画館のあるショッピングモールへ行くと、そこでなんと環とてつの二人に居合わせた。
「お二人はどうしてここにいらっしゃるんすか?」
てつの嬉しそうな声色。私はワキノブと顔を見合わせてから素直に答えた。
「まあ、二人で映画を観に来たんだよ、ワキノブが映画館一回も来たことないって言うから」
「そうなんです、元々は姉様と来る予定だったんですけど、姉様が「予定があるから今回はお友達と行っておいで」って言ってくださって…」
「そうなんだ!良かったね…二人は何の映画観るつもりなの?」
「行ってからその場で決めようかって話になったんだよ」
「おー!いいっすね!今いろんな映画放映されてるし…!」
いつもより上機嫌でテンション高く話しかけてくるてつ。
環はそんなてつを宥めるように、てつの肩を押さえた。
「二人でのお出掛けなんだから俺らは邪魔しないようにしよ、親友同士水入らずで…俺らは俺らで、ね?」
「それもそうっすね!ならこれからどこ行きます?ゲーセン?環さんUFOキャッチャー上手いっすよね!」
「そうだよ!俺の数ある特技のうちの一つと言っても良いね…ということで、てつ?俺らも映画館に行こうか」
「あの、ずっと思ってたんすけど、環さんってもしかしなくてもサイコパスなんすか?」
「んふふ、ひどい…」
結局四人で仲良く映画を観ようという話になり、四人で並んで、今一番勢いのある映画では無く、少しブームの過ぎたヤクザものの映画を観ることにした。
初めての映画館で食べるポップコーンに目を輝かせるワキノブ。そして、そんなワキノブが可愛いのか、微笑ましく見守っている様子の環とてつの二人、それと私。
「私、初めて一緒に映画を観る相手が華菜さんで良かったです…!」
「まだ予告すら始まってないのにもう感動してんのか?」
私がワキノブをそうやってからかうと、隣の環がクスクスと笑いながらてつの方を見た。
…私が思ってたより仲良いんだな、この二人って…。
そんなことを考えていると、映画の予告編が流れ始めた。
「……なんか、よく分からなかったです…」
「確かにちょっと難解な映画だったね…なんというか…観た人に解釈を丸投げする感じ?」
「正直に言うと、好きな人には申し訳無いんすけど…俺個人としては、ああいう映画って評論家気取りがそれ以外の人を見下すように作られてるみたいであんま好きじゃないんすよね…」
「私もてつに同感するわ。でもさ、よく言うじゃん」
「何をっすか?」
「好きなものが合うよりも、嫌いなものが一緒の方が人間関係長続きするって。それが分かったってのが、あの映画が教えてくれた人生の教訓なんだよ」
「…華菜さんが論理的なこと言うと、なんか、鼻につく」
「ふふ……」
「なんだとワキノブコラ」
「わ…流石華菜さん…感動したっす、俺!」
「どうせなら映画で感動しろや」
「……」
「あ…ポップコーン結構余っちゃったね…持って帰れるように袋貰おっか?」
「はい……」
四人でそうやって好き勝手に話し合いながら映画館に背を向け、どこかでご飯を食べようかとフードコートに向かった。
「でもあれはよかった、最後、主人公が死ぬ直前に言ってた台詞!今までずっと自分の産まれに誇りを持ってた主人公が、最後には……」
私がそこまで言うと、ワキノブが頷きながら主人公の台詞を呟いた。
「普通に生きたかった…って言うやつですか?」
「そうそう!そこそこ!」
私が頷くと、環もそこが好きだったのか、感心したように手を叩きながら何度も頷いてくれる。
「あー!そこのシーンね!あれは俺も好きだったな…ああいう余韻の残し方は良かったよね!」
しかしてつはそうは思わなかったのか、首を横に振りながらこう言った。
「確かにあれは良かったすけど…俺的には悲しすぎてダメっす…」
「てつは動物のドキュメンタリーで泣くくらいだからな」
「だってあのわんこ!最後に甘えるんすよ!!!???人間不信になってたわんこが飼い主さんの献身的な保護で心開いて、今では同じ布団で…!!!!!」
「それは泣くわ…聞いてるだけで泣けてきた……」
「華菜ちゃんも動物のドキュメンタリー系好きなんだね…」
「犬と同じ布団で寝るのはしつけ上良くないんじゃ」
「ワキノブくん、こら、やめなさい」
そんな三人の会話を聞いていたら、ふと私の視界がぐにゃりとゆがんで…あれ?ゆがんで?
「……?華菜さん!?華菜さん!!平気ですか!?」
私の方に駆け寄ってくるワキノブが見えた。
「大丈夫、ちょっと立ちくらみがしただけだから…」
あ、地面に座り込んじゃったのか。まただ…。
ワキノブの手を借りながら立ち上がると、環も急いで駆け寄り、ワキノブが掴んでくれている手とは反対の手を掴んで立たせてくれた。
「無理しないでどっか座ろうか…?」
私は環のその提案に反対した。
「いや、大丈夫、もう平気だから…どっか行く予定だったんでしょ?あ、フードコートだっけ…なら早くそこ行こう…」
私の言葉を聞いた二人は困ったように顔を見合わせる。
単なる立ちくらみだし、こんなのはここんとこ毎日だから対処方法も分かってる。そう伝えても二人は私の手を離そうとはしなかった。
「華菜さん…割とマジな方で、今はちょっと座れるところいった方がいいっすよ…毎日フラフラしてるなら尚更…いくら対処法分かってるからって無理して良い理由にはならないっす」
そんな時てつが私の肩を優しく叩きながらこう言い、近くの椅子を指差した。
「華菜さんのお母様に連絡して、迎えに来て貰った方が良いと思うっす」
私にはてつの言葉の意味とか意図がよく分からなかった。
「……分かった」
でも、今はてつに従った方が良いとも思った。
「華菜さん、あの、昔からの病気とかはないんですか?生まれつき身体が弱いとか…最近食欲も無いって言ってたし…低血糖とか?貧血とか?」
お母さんから言われた通りに、静かなカフェでココアを飲んでいたとき、ずっと心配そうにしていたワキノブが私にそう声をかけた。
「ないな……私って昔っから風邪すら引かないんだよ…インフルにも食中毒にもなったことないくらい…飯も夜にはしっかり食ってるし…」
私の言葉に首をかしげるワキノブ。
「?なら今日のは何なんですかね…」
私とワキノブが首を傾けると、環も同じように不思議に思ったのか、てつにこう問いかけた。
「てつ、お前はなんだと思う?」
てつは目を見開いて、私の顔をじっと見つめてから、首を横に振った。
「…華菜さんが分からないのなら、俺も、分からないっす…とりあえず今は安静に…ね」
…?
怯えたような、どこか焦ったような様子のてつ。
ワキノブは私の背中を撫でながら、ずっと不安そうに私の顔色を伺っていた。
「熱っぽい、とか、身体が火照るとかはありませんか?」
「それもない…ただ立ちくらみがしただけ…」
一応、なんでこんなにフラフラして調子が悪いかの心当たりはある。でもこんな男だらけの状況で言えるわけもなく、ついつい知らないフリをしてしまった。
ワキノブには言っても良かったかもしれないけど、言ったら、なんか、今の私たち二人の関係性が変わってしまいそうで、怖くなったから。
「…」
黙ってココアを飲んでいると、ワキノブが恐る恐る私の手を取り、ぎゅっと目を瞑りながら、祈るようにこう唱え始めた。
「…良くなりますように…」
……あぁ、やっぱり、言わなくてよかった……。
「…ありがと、ワキノブ…」
菜那さんに、会いたいな。
……お姉、ちゃん…。
二十六話「法律違反」
「蹴上、こんなとこで何してんの」
珍しく、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰ると、私の部屋の前には蹴上が居た。
「お、帰ってきたな。お帰り、佐鳥のお嬢」
煽っているような、馬鹿にしているような、楽しんでいるような口調の蹴上。
「……」
父親がうちの組ん中で嫌われもんってことは嫌って程理解してるし、こいつが特に佐鳥反対派ん中でも過激な思想持ってるってことも理解しては居たけど、今の今まで娘の私には出来る限り直接は手を出してこんかった筈やろ。
舐められんのは癪に触るけど、それで助かってたのも事実やから妙な感じやったんよな…。
「何の用?お父さんなら今お出掛け中やけど」
私が妙に思いそう尋ねると、蹴上はクスクスと笑いながら私の部屋を指差した。
「そうか。俺はお前にも、お前の部屋にも用はない。でも、そこに居る奴らには用があったんだ」
ざわりと立つ鳥肌。腹の底から沸き上がる怒り。
ポケットからスマホを取り出してメッセージアプリを開くと、送った覚えの無いメッセージと、神足、そしてスパイからの連絡が。
『今晶の家に居るよ。会えるの楽しみにしてる』
『晶さんから連絡なんて珍しい…明日は槍が降るかも?』
ヘラヘラと笑っている蹴上を突き飛ばし、扉を蹴破るくらいの勢いで部屋に入ると、そこには床の一点を見つめ固まっている神足とスパイの一人が。
「……晶、私……」
蹴上から何を聞かされたのかも、何があったのかすら分からない。けど、ただ、今の私に出来ることは、目の前の震えている神足を抱き締める事だけだと思った。
「…晶、私……」
「……何があったか話せそう?」
私の問いかけに、神足は震えながら首を横に振った。
「俺が、何を聞いたか伝える。だから神足の事は…今はそっとしておいてあげてほしい」
冷静なスパイの言葉。
頷いてから話してくれと促すと、彼は、私が今まで蹴上の居る組からどんな扱いを受けていたのか、その全てを聞かされたと淡々とした口調で教えてくれた。
「…晶さん、あんた…それでもトップになるつもりか?このままだと惨く殺されて終わりだぞ…あんたの性格を知ってるから諦めろとは言わんけど、神足のためにも、少し…考えた方が良いんじゃ…」
「だからこそなんや。わしがトップになってあいつら全員ぶち壊すしか手が無いねん。それが、わしが出来る、この組への一番惨い報復で、神足にしてあげられる最大の償いやと思わんか?」
私の言葉を聞いたスパイの子は俯き、チラリと神足の方を見た。
神足はスパイの子と目を合わせ、数回頷いてくれた。
「晶。私はあなたのためならなんだってするよ」
「うん、うちも、あんたの為なら何だってする」
『だから、あの蹴上という男を殺す役は私にやらせてくれ』
神足の口がそう動いたように見えた。
「…ほら、煙草。学生の身分だと手に入れんのに苦労したんだよ、大事に吸いな」
「サンキュ」
「火」
「………はーーーダル…何時になったら環は俺らに情報吐くんだよ…もうこの際角材でも持ってきてガツンとぶん殴って情報吐かせてやった方が早くないか?」
「止めなみっともない。それしたらあたしらの首が飛んでくよ…あんたはまだ良いさ、こっちは乳臭い初潮もまだなガキの子守りだよ。あんたとあたしどっちのが悲惨だ?全く…」
「てか、そもそもの話、あの環とかいう男が本当にお前の手に入れたい情報知ってんのかよ…智明とか晶本人に当たった方が早くないか?」
「急いては事を仕損じるだよ、このクソガキ。今あたしが接触してる男には最初から期待なんてしてないよ。あいつの言う観月も、顔写真を見ない限り本人かどうか確認出来んが、似てないなら別人で、似てんなら他人の空似だろうさ」
「じゃあお前の本命は、あの男じゃなくてあのガキなのか?」
「まあね…あいつが間接的にでも晶と繋がってんなら別だが、とにかく、情報が手に入んのは時間の問題さ。吸い終わったらさっさと行くよ。二人で居んのがバレたら面倒だからね」
「あいよ」
「言っとくが、あたしの顔はもう晶に割れてんだよ、身分明かされんのも時間の問題。だからあんたは精一杯あたしの顔を隠すことに専念しな。リンチなりバラすなりは全部終わってもぬけの殻になってからで良いだろ」
「それもそうだな…あいつらのビビった顔、どんぐらい間抜けなんだろうな」
「あんたをリンチしていたぶった奴らに聞いてみたらどうだい?」
「聞けねぇよ」
「おや、そりゃまたどうして?」
「今入院してるからだよ」
「そりゃ残念だ。あ、ガキだよ。馬鹿の演技しな」
「はいはい。あんたも間抜けの演技頑張れ」
「どうも」
二十七話「大切な子」
「ワキノブ君!これから華菜ちゃんのとこに行くんだっけ?一人で平気そう?」
授業終わり。靴箱の前で、体調不良で欠席した華菜ちゃんにプリントを届けに行くところのワキノブ君に遭遇した。
まぁ遭遇なんてのは嘘で、実際はずっと靴箱の前で待ってたんだけど…。
俺の問いかけに、ワキノブ君はお昼に学食で会った時と同様に落ち込んだ様子で頷いた。
「……華菜さん、大丈夫ですかね…私が行って、体に障ったら…」
俯くワキノブ君。
俺は、少しだけ迷ってから、ポケットからスマホを取り出し、ワキノブ君に画面を見せた。
「……?」
「華菜ちゃん、ワキノブ君に会いたいって言ってたよ」
俺が見せた画面には、華菜ちゃんが送ってくれたメッセージが。
『心配かけてごめん!ちょっと休んだらすぐ良くなるから!』
『ワキノブどうしてる?あいつ私を気遣ってか何も送って来なくてさ!!』
『私が送ったとこで無意味だと思うから、環からあいつにすぐ良くなるって言ってたって伝えといて!』
ワキノブ君は目を輝かせながらそれを読み、嬉しそうに頷いた。
「…なんで体調悪いくせに私の心配なんか…華菜さんらしいというか…なんというか…」
そして、照れ臭そうに微笑んでから、ワキノブ君もスマホを取り出し、華菜ちゃんに何かを送信し始めた。
そこで、俺はふと気になったことを尋ねてみた。
「…今、ふと思ったんだけどさ…ワキノブ君って、華菜ちゃんの家知ってたんだね?いつ教えて貰ったの?先生から住所教えて貰った?」
俺がそう尋ねた途端、固まるワキノブ君。
「……華菜ちゃんの家、知らないんだね?」
頷くワキノブ君。
「知らないのに、会いたくて、届けに行くって勢いで言っちゃったんだね?」
もう一度頷くワキノブ君。
「……仕方ない、俺が案内するよ。校門で待ってて」
俺がそう言ってから自分の靴箱に向かうと、ワキノブ君が俺のシャツの裾を掴んで止めた。
「待って!…なんで環さんは華菜さんの家を知ってるんですか?」
……あーーー、これは、今話すとややこしくなるよな…。
「…と…智明さんと…知り合いだから…松田君とも、面識あるし、一回、家行った時に、松田君が…『あれ智明の家!』って、教えてくれて……」
「え、松田龍馬さんってそんなアホなんですか?…ま、まぁ、良いでしょう…もし華菜さんに変なことしたら殺しますから…肝に免じておくように…」
疑いが晴れたのか、ワキノブ君はそう言ってから、俺の裾から手を離してくれた。
俺は、自分の靴箱に向かいながら、心の中でこう呟いた。
「……それは俺もだよ、ワキノブ君」
華菜ちゃんは、俺にとっても大切な子なんだ。
彼女がもし傷を負わされたら、それがどんなに軽い傷でも、負わせたやつを殺してやりたいくらいには、大事に思ってるんだよ。
『はい』
「ぁ……こ、こんにちは…は、花脇です……華菜さんの同級生で……そ、その、プリントを、届けに来ました……」
かわいい。
まるで小動物みたいに身を縮こまらせながら、インターホンに向かって話しかけてるワキノブ君…かわいい。
労るようにワキノブ君の背を撫でると、ワキノブ君は照れ臭そうに何度も頷いた。
『花脇さん?分かりました、少々お待ちください。華菜ー!!お前の大好きなワキノブ君がプリント届けに来たってよ!!』
インターホンから聞こえるのは元気そうな低い男性の声…智明さんだな。
成る程、大好きな…。
家でご家族さんにワキノブ君の事を沢山お話ししてるんだね…かわいいな…。
「…だ、だいすき…」
ワキノブ君にも勿論聞こえていたようで、彼は嬉しそうに、でももじもじと照れ臭そうにしてから、俯いてしまった。
なんてかわいい二人なんだろう…一生親友で居てくれ…。
智明さんのそんな声が聞こえてからほんの三十秒ほどで、華菜ちゃんがひょこっと顔を出してくれた。
「ワキノブに環まで…!わざわざ来てくれたのか!ありがとう!!」
嬉しそうな表情の華菜ちゃん。
四人で出掛けた時よりかは良くなった顔色に安心し、華菜ちゃんににっこり微笑みかけると、華菜ちゃんの背後に見覚えのある人物が現れた。
華菜ちゃんのお母さんの皐月さんだった。
「……環、お前……」
「…お久しぶりです、皐月さん。華菜ちゃんにはいつも良くして貰って…」
「……そうか、久しぶり。元気だったか?」
「…はい、なんとか…お身体の様子はどうですか?」
「良くなったよ。明日から行けるって華菜本人は行ってるけどね…」
「…貴方の、身体は?」
「……ほんと、あいつに育てられたとは思えないほど良い子だね、環……身体は良くなったよ、ありがとう」
華菜ちゃんとワキノブ君は、僕と、華菜ちゃんのお母さんとの会話を興味深そうに見つめていた。
「……上がっていくか?お菓子あるよ……花脇くんも環もおいで」
ワキノブ君は、促されるがまま部屋に入っていき、俺はそんな後ろ姿をじっと見た。
皐月さんは華菜ちゃんと智明さんに「部屋へ案内しろ」と指示してから、俺の方を見た。
「…サトシの話がしたいのか?それとも、華菜にあんたとの関係を言うつもりか?」
俺は、首を横に振ってから、皐月さんの顔をじっと見つめ、こう言った。
「この世に生きる、唯一の…血が繋がった、家族である華菜に…妹に、会いたいと思うのは、いけないことですか」
皐月さんは首を横に振った。
「…待って、唯一の…?なら、お父さんは…」
「…少し前に亡くなりました。病室を荒らされた跡があったので、恐らく、東の人間の仕業でしょう」
大きく息を吐く皐月さん。
「あぁ…だから、尚更華菜に会いたいんだね…それは、そうか。当たり前だ」
「……」
「……なら、尚更澁澤組の跡を継ごうだなんて思っちゃいけないよ。じゃないと嫌でも父親の仇と顔を合わせることになるからね…あんただって無事で済まない筈だ」
皐月さんの優しい言葉、俺はこう答える。
「…はい、だから、高校を卒業したら、この町を去って関東に行くつもりです」
皐月さんは目を見開いた。
「…本当に西は東と合併するつもりなのか?あんなの、単なる噂だとばかり…」
俺は頷いた。
「俺が澁澤に引き取られたのも東との条約によるもの。そうなんですよね」
皐月さんは後ろを警戒しながら、あの三人に俺達の会話が聞こえないよう扉を閉めた。
「あぁ、そう佐鳥が言ってたけど…」
少しの沈黙の後、皐月さんは何かに気付いたように顔を上げた。
「…あんた、まさか…内部から東を潰そうとしてるのか?」
俺は大きく頷く。
「あいつらは条約を破って俺の父親を殺したんだ、刺し違えてでも殺すつもりです。あいつらは自分達がやったことの報いを受けなきゃいけない。任侠の人間として、復讐せずそのまま泣き寝入りなんてしちゃいけないんですよ皐月さん。貴方にも分かるでしょう、俺の気持ち」
俺の言葉を聞き、皐月さんは首を横に振った。
「…あんた、それ…『自分は高校を卒業したら死ぬつもりだ』って言ってるようなもんだよ」
「…はい。勿論、それも覚悟の上です」
「!」
「……だから、これで、最後にします」
皐月さんが目を見開いているのが見えた。
俺を労るような、大切に思ってくれているような目付きだった。
「今年で、最後にします。最後なんです。だ、から…今、だけは、邪魔、しないで、ください……これで、本当、に、最後、だか、ら…」
頬に熱い涙が伝う。
足の力が抜けて、目の前の皐月さんの脛にしがみついた。
「…お願いします」
「……環」
「あの子の側に居させてください……お願いします……何だってします…だから……少しでも、華菜ちゃんの側に居たいんです……お願いします……」
皐月さんは、跪き、俺の頬を拭ってくれた。
「……なんで、あんたとか……子供ばっかり、こんな思いしなきゃいけないんだ…」
二十八話「緊急事態」
「…ねえ華菜ちゃん。しばらく経ったけど、ワキノブ君についての噂も広まってないし、スパイらしき人間が慌ててる様子もないよね…」
「……」
「じゃあ明人さんの漫画本は晶さんがやったことじゃないのかな?」
学食。
一日休んだら体調はすっかり良くなってくれた。
体調は良くて、いくらでも走れそうだけど、頭はボーッとして、モヤがかかったように菜那さんの言葉が遠くに聞こえて、なんだか申し訳なくなった。
「漫……華菜ちゃん?どうしたの?平気?」
その時、私を見て何かに気付いたのか、菜那さんが声をかけてくれる。
「…あ、ちょっと、あの、頭がボーッとして…もう一回お願いしても良いですか…ごめんなさい…」
そう言いながら自分の額を手で押さえると、菜那さんは目を見開き、回りを見てから、少しだけ私に身を寄せ、右耳にこう囁いてくれた。
「…華菜ちゃん、今日…あの日?」
私は首を横に振った。
「…前?」
恐る恐る頷くと、菜那さんも頷いてから、背中を優しく撫でてくれた。
「……私が持ってれば良かったけど…ごめんね、生憎切らしてて…あ!買ってこようか?」
「い、いらないです…自分で買いに行けます…」
立ち上がろうとする菜那さんを制止しそう言うと、菜那さんは頷いてから私の背中とお腹を優しく撫でてくれた。
「無理しないでね…私は結構お腹痛くなる方でね…あ、男来た、話終わり」
菜那さんの言葉に顔を上げると、目の前には環とワキノブが。
環は跪き、私の顔を覗き込んだ。
「……華菜ちゃん、まだ顔色悪いね…やっぱり一日休んだ程度じゃダメだよね…早退する?家まで送っていこうか?何か必要なものがあったりする?」
焦った口調の環。私は首を横に振った。
「いい、いらない、大丈夫、腹減ってるだけ」
そう言ってパンを指差すと、環は不安そうに菜那さんの方を見てから、立ち上がり、こう言った。
「…額塚さん、出来る限り寄り添ってあげてほしいんだけど…平気?」
「もちろん!」
環の言葉を聞いた菜那さんは大きく頷き、もう一度私の背を撫でた上にパンの包装紙を破いてくれた。
そのとき。
「……あ…」
私は立ち上がった。
「…?華菜さん?」
不安げなワキノブの声。
「ごめん。また今度」
そんな事言い残して私は走った。
「…華菜ちゃ」
女子トイレ前に行くと、見覚えのある顔と会った。
それは艮と会う前に菜那さんが声をかけていた地味めな女子生徒、宮部さんだった。
「華菜ちゃん…あ、ごめん、雑談しようとしちゃった。トイレに用あるのか。ごゆっくり」
そう言いながら離れようとする宮部さんの腕を、反射的に掴んだ。
「……どうした?」
不安そうな宮部さんの顔。
百々が言った言葉が過る。
晶と親しげな様子の宮部さん。
でもそれは百々がスパイだった頃の話で、あれは晶が流した偽の情報。
多分あれは菜那さんを私達の元から追い払おうとした晶の仕組んだ事。
百々が言ってた『元カノ』ってのも、百々を自分の元に呼び出すための都合の良い存在で……元カノの正体は今目の前にいる宮部さんなんだろう。
「…」
宮部さんの顔を見つめて、そして、何故自分がトイレに来たのか思い出した。
声を出そうとした。けど声が出なくて、出たのは掠れた息だけ。
宮部さんはそれで察したのか、私の背を撫でてくれた。
「…あー、成る程、アレなら持ってる」
「……あ、でも……いらない……」
「大丈夫。でも、教室にあるから今から取って来なきゃなんだけど…待ってられる?」
私が恐る恐る頷くと、宮部さんはもう一度私の背中を撫でてから、私を優しく個室に押し込んだ。
「華菜ちゃ……宮部ちゃん!?なんで!?確か宮部ちゃんは晶さんとも知り合いで…私の事無視して…」
「今はそんなの関係ない!可愛い可愛い天使みたいな女の子が困ってるんだよ!緊急事態!あんたはあの子に頼られてんなら声かけるなりあの男共追い払うなり誤魔化すなりなんなりして!」
「確かに!分かりました!こういうとき頭痛くなるかもしんないから追い払いと誤魔化しに専念しますね!」
「そうして、じゃ取ってくるから!!!!!!!!」
「わ、声でか」
優しい二人の可愛い声が聞こえた。
二人とも、優しくて、私なんかあんな優しさに甘えてばっかだとか思って。
色んな考えが頭を巡って、身体全部が腫れて重たくて、昔の嫌な記憶や、嫌な想像が頭を駆け巡る。
「……ぅ…」
頭の芯が痛い。
呻き声しか出なくて、こんなの始めてで。
地面に寝転がりたい。頭が重い。
汚いけど、トイレの地面に座り込んだ。
動きたくても動けなくて、頭が割れそうなくらい痛くて、変に、涙も出て。
「華菜ちゃん、開けれる?」
そのとき、外から晶の声が聞こえた。
いつもだと恐ろしく感じる筈の声が、何故か暖かく聞こえた。
「……あきら」
「話さんでも大丈夫、分かるから、他の子らは来んよ」
なんで
「うちが来んなって言うといたからやで」
何も言わなくても分かるなんて、心を読まれてるみたいで怖い筈なのに、普通は怖がる筈なのに。怖いのに。
なんか、今の私には、嬉しく思えて。
恐る恐る鍵を開けると、ゆっくりと扉が開き、晶が強引に個室へ入ってきた。
「悩ませてごめんな」
晶の冷たい手が私の髪を撫でる。
「あきら」
「うん、どうした」
「もし、私が、」
「うん」
「私が、もっと、賢かったら」
「うん」
「お母さんも、悩まなかったり、したのかな」
「……」
「前、家の前で、話してた、たまきと、お母さんのお話とか、の、意味、分かったのかな」
晶は少しだけ黙ってから、私を抱き締めた。
強く強く抱き締めて、微笑みかけてくれた。
汚い地面でその綺麗な足が汚れることなんて気にもせず、抱き締めてくれて、晶の笑顔は、今まで見たことの無いくらい、穏やかで、優しい笑顔だった。
「華菜ちゃん、これだけは伝えておくから」
晶はそう言いながら私に何かを手渡した。
それは、中に小さいメモ帳とアレが入った、手のひらサイズに折り畳まれた黒いビニール袋だった。
「これから先もっと悩みが多くなるよ、気をつけて」
そう言い残し、消えていった。
行って、しまった。