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    【dnkr】みずのいれもの、やさしいわたし

     夜野零士。高校一年生。200☓年生まれ。出生地は△△県だが、1☓歳時に両親と兄を亡くした後は本籍地を神奈川県に移し、○○市営児童養護施設ひつじ館で育つ。学業優秀。素行優良。目立った問題は無い。

     報告書に書かれていた文字が頭の中で踊る。
     蛍はそれなりに優秀な紅鶴生についてひと通り調べることにしているので、当然夜野零士のことも知っていた。彼が所属するメリーパニックがほんの少しだけ気を引いたのは、三人の経歴が特異なせいだ。その他の情報、例えばどこのダンキラ大会で優勝したかなどは、取るに足らないありふれたものばかりだ。とくべつ秀でたチームとは思えなかったから、三ヶ月前に彼らが編入してすぐゴールド生になったのは想定外のことだった。

    「ああ、うちはもういない。俺ひとりなんだ」
    「……ごめん、悪いことをきいたね」
     声のトーンをぐっと落としてやれば、零士は首を振り気にするなと囁いた。身体に染み付いた動作のそれが、蛍の心をわずかに毛羽立たせる。突然きぃんと耳鳴りして顔が歪んだ。それが痛々しく見えたのか、零士はもう一度同じセリフを繰り返した。
    「本当に気にしなくていい。別に、隠してるわけじゃないんだ。メリーパニックの結成理由をきかれたら、包み隠さず答えているし。それで酷いことを言うやつも……いないわけじゃないけど、影宮は違うだろう」
    言葉の通り、零士の瞳は揺らがない。すべてを知っている蛍のほうが動揺しそうなぐらいだ。
    「……強いね、夜野君は」
    「そんな」
    「それに、朝日くんと日向くんの世話まで焼いて。僕は晶ひとりで手一杯だっていうのにさ」
    「はは、紫藤は……確かに骨が折れそうだな」
    「それだけじゃない、期末試験も良かっただろう。先生から聞いたよ。特に理系科目は僕と君との一騎打ちだったって」
     零士を褒める言葉は紛れもない本心だった。ダンキラの実力はともかく、その面倒見の良さと頭脳はなかなかのものだと思う。だというのに、言葉を重ねれば重ねるほど、鈍い頭痛が増していく。7月の水飲み場は煮えるような暑さだ。太陽に焼かれた蛇口が銀に照って目に痛い。昨日はいらいらしてあまり眠れなかった。夏休みが近いからかもしれない。認めがたいことだが、長期休みの前はいつも不安定になるのだ。冬休みは――これも認めがたいことだが――晶とノエルの家族も交えてバカンスに行ったから、だいぶ気が紛れたけど。次のショーケースが近いことを努めて考えないようにして、蛍は数度まばたきした。

    「まるで二人のお兄さんみたいだね」
    「……。学業もダンキラも優秀な影宮に褒められると、なんだか落ち着かないな」
    「それって皮肉?」
    「まさか」
     零士は波が岩にうたれ泡立つように笑った。その笑顔が不相応に大人びていていて、蛍はいよいよいたたまれなくなる。予想では激高するか、困惑するはずだったのに。日向まひるが「ちょろい」と称すように、夜野零士はわかりやすい人間だ。理性的であろうとするが、容易にうろたえる。不測の事態に弱い、はずだった。少し揺さぶってやるつもりが、とんだ見込み違いだ。思考は断片になり、蛍の手を離れていく。
     夜野零士は苦しくないのだろうか。どんなチームだって、エトワールには勝てない。自分たちは最強だ。メリーパニックはエトワールと比較され続けるだろう。古今東西、才ある者に屈する弱者の話は、手を変え品を変え描かれている。その苦悩は想像を絶するはずだ。
     夜野零士はどうして生きていられるんだろう。ふいに湧いた、素朴ともいえる疑問に、蛍はほとんど愕然とした。
     吐き気が込み上げてきてたたらを踏む。蛇口から水を飲んでいる零士は気づかない。したたる口元をタオルで拭い、くぐもった声で喋り始める。
    「……恥じない自分でありたいんだ」
    顔を上げた眼差しには一点の曇りもない。
    「家族のぶんまで、まっすぐに生きていたいから」
     そんなのは嘘だと叫ぶ、既のところで声を殺して、それがあまりにも苦しいから、蛍はもう一歩も動けない。
     嘘に違いなかった。だって、彼の両親の死因は、事故じゃない。
     彼の親は、自分を殺した。配偶者を殺した。そして、自分の子供を殺した。それははんぶん成功して、はんぶん失敗した。調べればすぐにわかることだ。生活苦から夜の海に車ごと突っ込んだ家族があったこと。両親と長男は死に、次男だけが生き残ったこと。ワイドショーの穴埋めにもならない、取るに足らない、ありふれた事件。それでも夜野零士は、とくべつ不幸な子供のはずだ。夜野零士はどうして生きていられるんだろう。浮かんだ疑問はあまりにグロテスクで傲慢だった。
    「影宮?……顔色が悪い、保健室に行ったほうが……」
     口が乾いて気持ちが悪い。返事をするべきなのに、浮かぶ言葉は零士の気遣いを反故にするものばかりだ。君とは違うんだ。僕は……名字が嫌い、家族が……家が……どれも正解じゃないから、蛍は黙るほかない。
     自分の名字が嫌いだ、できれば名前で呼ばれたい、でも誰彼構わずファーストネームで呼ぶようせびる人間でも無いから、好きなようにさせていたけれど。零士の声は優しい。その音がかたちを作る度、しりじりと消耗してしまう。
     自分を心配そうに見つめる零士の瞳があんまり美しく暗いから、波打つ夜の海が思い浮かんだ。清らかな視界にさざなみを作る水の皺が自分の涙であることに、影宮蛍は気づけない。
    さしもすすせそ Link Message Mute
    2022/07/12 2:52:53

    【dnkr】みずのいれもの、やさしいわたし

    ダンキラ!!!の二次創作です

    蛍くんが紅鶴生のプライベートな情報を入手しています
    蛍くんが熱中症になります
    零士くんの家族について捏造しています
    一家心中などショッキングな描写があります

    #二次創作

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