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    杞憂その昼、リスケしたミーティングを終えた足で出向いた繁華街で、人だかりに遭遇した。人びとのささやきの中心で、二台の乗用車が、怪異に遭遇したかのようにでろりと潰れていた。その交通事故はありふれた日常のようにそこにあって、警察官たちはいまいちやる気のない声をあげながら通行人を誘導する。
    一台に見覚えがあった。やつの車だった。サンウォンは無表情のまま、自らのうちでなにかが崩れ落ちていくのを感じた。立ち止まらないでそのままお進みください、と声をかけられても、しばらくそうしていた。

    友人の家にお泊まりに行くことになったイナが、お守りを二つくれたのだ。サンウォンが呆けた顔をしていたのか、「アッパとアジョシのぶんだよ」と補足をしたイナは、それからくるっと背を向けて、彼女の友人と手をつなぐ。友人の親御さんのまつ車に向かうあしどりで振り返り、あいたほうの手をこちらへふる。彼女はてらいなく笑う。
    「それがあればわたしがいなくても大丈夫!」

    イナがお泊まりにいく日はあらかじめわかっていて、その日の午後には一週間前からミーティングを2ついれていた。ところがそのうちひとつがクライアントの都合で翌日へとリスケされた。拍子抜けだ。ひとりでCADに向かっていても、デスクの脇に置いたイナのお守りや、それを受けとったやつの反応、というかイナがいまなにをしているか、そろそろ彼女の友人とおやつを食べるころだろうか、ケンカはしていないだろうか──思考が散漫になり、天井へ顎をやる。時計横のお守りには、かわいらしいイラストがかいてある。
    嘆息ののち、スマホに手を伸ばし、残るミーティングの相手 (気心しれたかつての同僚) にそれをあすにできないか打診する。
    「俺もサッカーみたかったんだよ!助かります、やった!」相手は大声で快諾した。

    小学生手ずから作成したお守りが、現役の退魔師にどう評されるかしらないが、彼女が "アジョシのぶん" もくれたのだからやつに渡してやらなくてはいけないだろうと思った。
    以前、やつの車に乗って買い物や役所の諸用を済ませたあと、繁華街の果てに通りすがったことがあった。うちの方面じゃないと思うが、用か?と訊くと、ぼんやりステアリングを回していたギョンフンは「やべ」と口走った。
    「運転に夢中になりすぎておれの事務所のあたりきちゃいました」
    なんと返せば良いかわからず黙っていると、アジョッシ〜とギョンフンは意味もなく笑った。
    「心配しないでもちゃんと送るよ。あと、あなたはここらへんひとりできちゃだめですよ」
    「あのな、」
    「いやほんとに。フリじゃないです」
    そのときの珍しく真剣な表情に、サンウォンは何も言わず頷いたのだった。

    お守りをもって、その "ひとりできちゃだめ" な裏道をうろつく。いつかもらった赤い名刺と、雑居ビルの看板とを照らしあわせながら歩いていると、向こうから歩いてきた男と衝突した。すみませんと謝りきらないうちに、シャツの襟元をぐっと掴まれ、引き寄せられる。アルコールと皮脂と、それからマンゴーのような甘い匂いがした。
    「*□△*○〜〜〜!!!!」
    喚かれ、怒鳴られたが、耳元でこうもいわれるとほんとうになにを言われてるか見当もつかないなと思いながら、サンウォンは目を瞑っていた。
    耳がビリつかなくなったので恐る恐る瞼をあけると、視界には依然としてその男がいた。フリじゃなかった。薄い薄荷色のサングラス越しにもわかる爛々と輝く両眼は、サンウォンとその男との中心の虚空をギッチリととらえて離さない。「ついてきて〜ん」とその男はいって、サンウォンの手首をつかんだ。
    抵抗する前に、「おれも連れてってー!」とまたもやバカでかい声が背後から飛んで、振り返ればギョンフンだった。
    「あ!ギョンフナ!」
    素っ頓狂な声をあげた男が「みてーこのアジョシ」とサンウォンを引っ張る。ぐえ、とサンウォンがうめくのもお構いなしに男は続ける。「おもしろいだろ」「うん、おもしろいよね」「どう、おまえも一緒に、」
    ギョンフンは「ごめんなさーい!」といいながらもっていた革鞄を大きく振りかぶった。それを顔面にモロに受けた男が沈み、血飛沫がほとばしる。サンウォンの顔の前に大きな掌をひろげ、それを受け、掴んだギョンフンは、拳を握ったまま笑顔でこちらをみた。
    「帰りましょ!」

    そのあとは、放心状態のままギョンフンに送られて帰ったのだ。渡せなかったお守りの入った袋を握りしめる。イナは今日の夕方に帰ってくる。リスケしたミーティングは終わった。あとはやつにイナのお守りを渡すだけだったはずだ。目の前の乗用車は潰れている。喧騒はやまない。笛が鳴り、警察官は大声をあげて交通整理をしている。
    ──おい、おまえ、おれがまだ払ってない退魔料金はどうなる?サンウォンは思った。おまえが死んでどうするんだ。それがあればわたしがいなくても大丈夫!ってイナは言ったんだ。彼女のお守りを受けとらないまま死ぬなんておまえはどうかしてる。どうかしてる。
    「立ち止まらないでそのままお進みくださ〜い」そうやって立ち尽くすサンウォンの肩にまた声がかけられ、だれかが腕を回した。わかってますよ、と振り払いざまそいつの顔を見る。

    ──笑顔だった。とびっきりの、憎たらしい、その笑顔。
    呆然とするサンウォンの前で、驚いた?……あれ、どしたのアジョシ?とギョンフンは首を傾げる。かれはサンウォンの肩に腕を回しなおし、他方の手をサンウォンの顔の前で何度も振る。大きな掌。きのうおれの顔の前で血飛沫を受けとり、数ヶ月前におれとイナを連れ戻した手。
    「え、なんで泣いてんのアジョシ。困ったなあ、腹減ったんですか?アレ、腹減って泣くのは赤ん坊か」
    なぜか次から次へと涙が溢れてとまらなかった。手の甲から腕にかけて顔を押しつけて拭い、鼻をすすり、お守りの袋をやつの脇腹に押しつける。ギョンフンはそれをあけて、つまみだし、「……独特だな」といった。「このアホみたいなお守りはなんですか?」
    「アホみたいではない。イナがつくったお守りだ」
    「へ〜、イナちゃん元気にしてます?」
    「……きのうから友人の家にお泊まりだ」
    そう返すと、ギョンフンは一拍置いて大笑いした。大笑いして、サンウォンの肩を組んだままバシバシ叩き、「そっかァ!」と言った。
    「アジョシ、寂しいんだ。そりゃ泣きますよね」
    なんと返せば良いかわからず黙っていると、アジョッシ〜とギョンフンは意味もなく笑った。
    「いいお守りですね。おれ失業しちゃうな」
    しばらくして、サンウォンも思わず横を向いて笑った。
    「あ!笑った!忙しい人だな〜」
    ギョンフンが責めるような声をあげる。立ち止まらないでそのままお進みください、警察官の拡声器はアナウンスを続けている。
    半順序星人 Link Message Mute
    2023/04/24 22:27:08

    杞憂

    #ギョンサン うらこさんのサイコー漫画から書かせていただきました カ!のパロというかなにか (なにか) です

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