今日のおやつ(当たり付き)キッチンから漂ってくる甘い香り。
その香りに鼻をひくつかせながら、ロナルドは事務所の椅子の上、今か今かとソワソワしていた。
(あ~今日のおやつは何だろ?)
吸血鬼・ドラルクとその使い魔マジロのジョンが事務所に押しかけてきてから早数か月、ロナルドはすっかりドラルクの料理に胃を掴まれていた。
キッチンにて作業をしているドラルクからは下手くそな読経が聞こえてきている。
その聞くに堪えない鼻歌をスルーして、ロナルドは膝の上、口から涎が垂れそうになっているジョンににっこにこで話しかけた。
「なあジョン、今日のおやつが何か当てっこしないか?」
「ヌ?イイヌ」
「よっし!ん~…オーブンで何か焼いてるだろ?……クッ、いや、だとしたらヒナイチが現れないのはおかしい。だとすると…」
「ヌンヌヌイヌヌヌヌウ。ヌヌヌーヌヌッヌ」
「え?カスタードが?じゃあ俺はプリント予想するぜ!」
そんな風に過ごしている内におやつが出来上がったようだ。ドラルクがジョンとロナルドを呼ぶ声がする。
待ってましたとばかりに飛び込んできたいっぴきを、ドラルクは苦笑しながら洗面所へ促した。
キチンと手洗いと、ついでにうがいまでしてきたロナルドとジョンの前に、おやつが乗った皿が置かれる。
白い大皿の上には、一口大のシュークリームが山と積まれていた。
「何コレすげー!山盛り!」
「ヌーイ!」
ハシャぐいっぴきに、ドラルクは軽快にウインクしながらおやつを指し示した。
「ドラドラちゃん特製ミニクロカンブッシュだよ。存分に私を畏怖しながらお食べ」
「畏怖はしないがいただきまーす!」
「ヌヌヌヌヌヌ、イヌー!イヌヌヌヌーヌ!」
「君たちねえ…」
笑顔でシュークリームに噛り付くいっぴきにドラルクは息を吐いて、仕方なさそうに椅子に座った。
自分用にと用意したホットミルクを啜りながら、次から次へと、口にシュークリームを放り込んでいるジョンとロナルドを見守る。
「ん?何だこれ、味、違う?」
口に入れてすぐ飲み込んでしまった為か、カスタードではない、という事しか分からなかったロナルドが、首を傾げてドラルクの方を見てくる。
目を丸くして態度で尋ねてくるロナルドに、カップを戻したドラルクは笑顔で頷いた。
「ああ、今日のおやつには当たりを仕込んでおいたんだよ。おめでとう、ロナルドくん。何かいい事あるかもね」
「おう、あんがとよ。で、これ何味だったんだ?」
「セロリ」
「ヴェボアッァピピェー!!!」
「アーハッハッハッハッハッハッハー!」
飛び上がって驚くロナルドにドラルクは爆笑する。
爆笑のあまり砂になりながら、床を転げまわっているロナルドに種明かしした。
「というのは冗談で、本当はピーマン味だよ、安心して」
その言葉に立ち直ったロナルドは今だ砂のままのドラルクを無言でプレスし始める。
ジョンはそんな主人にシュークリームを頬張りながら泣き寄る。
(ロナルドくんは『しょーもないイタズラばっかしてくんじゃねーよ』って怒るけど、しょうがないじゃないか)
つらつらと考えながら、プレスから逃れたドラルクは人の姿に戻る。
(こうでもしないとお人好しの君は私だけを見てくれないだろう?)
胸の奥を刺す痛みに再度死にそうになりながら、それにドラルクは必死で耐えた。
(ホンの一瞬だけでいいから、君に私の事で頭一杯になって欲しいんだよ)
伝えるつもりのない想いを隠して、ドラルクは努めて邪悪な笑みを浮かべた。
「やーい!セロリとピーマンの味の違いも分からない味オンチルドくーん!ピッピロピー」
「殺します」
「ヌー!」
青筋を立てるロナルド。暴力に爆散するドラルク。泣きつくジョン。
それはいつもの光景。いつの間にか日常になっていた、ロナルド退治人事務所のお約束。
──イタズラに隠された秘密をロナルドが知る日が来るのは遥か先──