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    すきなもの『好きな食べ物はなんですか』

     むかし、そう尋ねられたことがある。
     あれは確か、めずらしく父に連れられていったパーティでのことだ。
     かつての家業で関わっていただったか。はたまた、知り合いの知り合いであったか。とにもかくにも、糸のように細い繋がりを手繰り寄せてようやっとたどり着くような家の――愛娘の生誕を祝うパーティだったように思う。
     いつもは長兄と次兄を連れ立っていく父が、その日ばかりはどうしてか自分を選んで。珍しくふたりでその家を訪れた。
     思い返してみれば、不思議でもなんでもないことだ。
     父が自分を選んだのは、単にその娘と自分の歳が近かったから。多分。自分がその日のツレに選ばれたのは、それだけの理由。
     もしかしたら、兄たちのように許嫁候補を見繕おうとしていたのかもしれない。

    ――残念ながら結果は、失敗に終わったようだけども。

     ふっと短く息を吐き、汗のかいたグラスをさらう。
     カラン。コロン。ひとまわり小さくなった氷が打ち合って、涼しげな音色が耳に届いた。
     乾いた喉をひとくちの水で潤し、コルク地のコースターにグラスを戻しながら店内を見渡す。
     店の中は、ちょうどお昼時に差し掛かったばかりなのもあって、満席目前だ。
     そこかしこから漂ってくる匂いがしきりに空腹を刺激して、腹の虫が耐え切れぬと声を上げている。それを、なんとか宥めて緩慢に頬杖をつけば、忙しなく店の中を動き回っている宇奈月の姿を見つけた。
     注文を取って。厨房へ戻って。かと思ったら、すぐにできあがった料理を片手にテーブルの隙間を縫っていく。いくら忙しくても、笑顔は健在。話しかければ笑顔で応じて、おすすめのメニューを軽やかに勧めていく姿は、何度見ても関心する。
     自分には、到底できそうにない芸当だ。
     そういえば、宇奈月はきっと、そんなことないと全力で首を横に振るだろうけれど。
     カラン、コロン。来店を告げるベルが鳴く。
     応じる声は、やっぱり。よく知った彼女のもので。自分が注文したメニューが届くまではまだ時間がありそうだ。
     目を瞑り、深く息を吐く。そうして、テーブルの下で組んだ足を、ゆったりと組み替えた。
     腹の虫からの苦情は、まだまだ叶えてやれそうにない。


    『は、はじめまして』

     震えた声が、不意に耳元に蘇る。
     そうだ。自分にそう声をかけてきたのは、あの日の主役である彼女だった。
     我が家に負けず劣らずの大きな屋敷で催されたにぎやかなパーティは、耳馴染んだヴァイオリンの音色に彩られて、いっそうきらびやかさを増していた。
     もとより、招待された人間しか入る事の許されない場所だ。警備は厳重で、不審者が紛れ込む余地もない。
     それ故、大人たちは皆、各々の家のためにと交流に大忙しで。本来の主役も含めて、子供の存在は隅に追いやられたに等しいものだった。
     一体全体。誰のためのパーティか。
     そんな単純明快なことですら、この空間に居続ければわからなくなってしまいそうだ。
     兄たちが、パーティに行った日は決まって、随分とくたびれていた意味がよくわかる。
     こんなもの、ただの張りぼてだ。取り繕って、腹を探って。時折ダシに、子を使う。子供は、そのための装備品にすぎない。必要がなければ、勝手にしてろと放りだし、かといって子供は子供で独自の関係を紡いでいかなければならないから、簡単に休んではいられないのが現状。

    ――そりゃ、くたびれもする、よね。

     当然だ。
     パーティに夢を見ている弟妹たちには悪いけれど、こんな場に立たなくて済むなら、そっちのほうがありがたい。
     きらびやかな会場の一角。仲良くしていなさいと、自分の背を押した父の姿は、すでに人込みの中。
     相対した彼女は、会話に窮したように忙しなく視線を宙へ彷徨わせて。それから、意を決したみたいにくちびるを結んだ。
     光沢の美しいドレスを握り締めた手が白い。大方、彼女も父親から自分と仲良くしなさいとでも言われているんだろう。ふるふると力を入れ過ぎて震えた指先が、桃色のドレスの裾を微かに揺らしていた。

    「あ、あの」

     艶やかなヴァイオリンの音色が、宙に躍る。
     張り上げようと舌だろう声は、いっそ可哀そうなほど上擦っていたけれど。その当時の自分は、気遣ってあげられるようなできた子供ではなかった。
     呼ばれたのだから、仕方なく。そういった風に他所へ向けていた視線を戻して、彼女を瞳へ宿す。潤んだ瞳にわずかばかり光が射して。ぎゅっとまた強く握り締められたドレスが、もったいないなと思った。可哀そうだとも。そんな、自分の心など露知らず。ぐっと緊張で強張った肩がいっそう力を籠める。ひゅっと短く吸い込まれた息が、その小さな胸をわずかばかり膨らませて。まっすぐとこちらを射抜いた眼は、やっぱりわかりやすいほどの緊張が滲んでいた。

    「すっ、すきな食べ物はなんですか?」
    「へ」

     ようやっと続いた言葉は、正直想定外だ。
     いや、もしかしたら自分が知らないだけで、これが最近の決まり文句なのかもしれない。今日は天気がいいですね、と話し出す大人たちみたいに。
     ほんのり色づいた頬が、熱を帯びる。一心にこちらを見る目は、なんだか自分の知らぬ感情を湛えているようだ。

    「すきな、たべもの?」

     繰り返し、言われた言葉を噛み砕く。
     言葉を交わせたことで緊張がわずかでもほぐれたのか。しきりに頷く彼女の肩は、さっきよりも下にあった。
     すきなたべもの。すきな、たべもの。
     そういえば、なんだろう。
     言われてはじめて、そんなこと考えたこともなかったと気づかされる。
     好きと言われれば、多分。なんでも好きだ。
     白米はおいしいし。パンはいろんな顔を魅せてくれて好きだし。おかずはなんだって大歓迎だ。
     顎に手を当て、首を傾ぐ。
     なんだろう。すきなたべもの。すきな、もの。
     いくら呪文のように繰り返し唱えてもこれだと思うものが出てこない。
     なんでも、美味しいと思う。好きだと思う。
     ただ、全部好きだというのは、答えとして間違っているような気がした。
     だって、全部好きなら、どれでも同じってことだ。なんでもいいってことだ。
     
     きっと、彼女にとってこの問いかけに深い意味なんてない。ただの会話の切り口でしかなかっただろう。
     でも、この時の自分は、はじめて深く考えた『好きな食べ物』という議題に夢中で。彼女の様子を窺うだなんてことは――父にしっかりと押された背中のことは、すっかりしっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

    「うぅん」
    「え、えっと」

     眉を寄せ、唸る。
     交わされた会話にほっとしたのも束の間。こちらが黙り込んで悩む姿に、彼女はなにか気をわるくしたのだろうかと言わんばかりの様相であたふたし始めて。結局、自分が答えを見つけるよりも、耐え切れなくなった彼女が、うっすら溜めた涙をきらびやかなシャンデリアの灯りにきらめかせながら、大人の中へ逃げ込んで行くほうが速かった。



    「おまたせしました」

     声と共に、鼻腔を擽る匂いに引き戻される。
     思い出したように腹の音が、思いのほか盛大に響き渡って、控えめな笑い声が降り落ちた。

    「待たせてごめんね」
    「ん、だいじょうぶ」

     気づけば、店は随分と落ち着きを取り戻している。
     まだ客席は満席にほど近いが、注文の嵐は鳴りやんだようだ。
     テーブルの隙間を縫い、忙しなく働く給仕の姿は少なく。居なくなった面々は、交代で取るという休憩時間に向かったのだろう。
     いま、目の前に腰かけた彼女と同じように。

    「なにか考え事しとったと?」
    「んーあー……いや、ちょっと昔聞かれたこと思い出して」

     二人掛けの席の中央。どんっと置かれたどんぶりは、もちろん。彼女の――宇奈月のお手製。この店のある種看板メニューであると言って良い。
     傍らの細長いカトラリーケースから箸を二膳取り出し、そのうちのひとつを取り皿と共に宇奈月に手渡す。ありがとう。といいながら軽く傾げられた首に、流れた髪が幾本か張り付くのが見えた。無意識に手を伸ばし、張り付いた毛を指先で払う。ほんの少し、火照った体温が触れた指の先から伝わって、小さく跳ねる肩に人知れず頬がほころんだ。

    「き、聞かれたことッ?」

     パタパタと手うちわで昇った熱を散らす宇奈月の姿に目を細めながら、手を合わせる。
     いただきます、のあいさつは忘れずに。どんぶりの中身を大きなスプーンでとりわけながら頷けば、まだ少し頬の赤らんだ宇奈月が目を瞬かせた。

    「『すきなたべものはなんですか?』って、そう聞かれて」

     パチ。パチ。長い睫毛が、忙しなく閉じては開く。
     その向こう側に在る透き通った赤い瞳が、わかりやすく疑問符を浮かべていた。
     簡単な問いかけだ。単なる、会話の切り口。
     きっと、彼女に他意はなかった。親に言われたから。だから、自分との関係を――繋がりを持とうとした。多分。それだけのことで。深く考える必要なんて、どこにもなかった。

    「あの時は、全部好きだし。なんて答えたらいいのかわからなかったんだけど」

     いまでも、そうだ。
     食べることは好き。
     食べ物は、なんでも美味しいと、そう思う。
     否、むしろ昔よりもずっと。ずっと。食べることが楽しいし、美味しい。特別だと。

    「――いまは、宇奈月と食べるものが一番だなって」

     そう答えるなって。そう、思って。伝えれば、ぼぼっと宇奈月の顔が赤く変わって。ひとくち、口へ運んだうな丼の味は、やっぱりなにより特別で。美味しく感じた。
    空蒼久悠 Link Message Mute
    2023/05/12 11:17:11

    すきなもの

    ##pkg ##貴族組 ##ブリタニスカ家 ##うちよそCP ##レアうな

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