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    SS詰め合わせ7【いおりく】お悩み相談室に持ち込まれる、これは友達の話なんですが……は大抵本人の話である。ヤキモチ妬いても、ただの惚気だと言われてしまう一織くんの話九回裏、二死三塁嫉妬深いプロデューサー一周周って、さらにまわって、愛かもね?一織のキスは苦い?不注意めかしてこの身にふれて陰キャ×陽キャこれは貴方のための────自認天使七瀬さんお悩み相談室に持ち込まれる、これは友達の話なんですが……は大抵本人の話である。「これは友達の話なんですが……」
     と、よく聞く前振りを耳にした瞬間聡明な和泉一織はピンときた。
     これは七瀬さん本人の話である、と。
     同時に嫌な予感を抱いた。
     おそらくこれは婉曲的なクレームであることも。
    「恋人の独占欲が強い、らしくて大変でどうしたらいいのかなって」
    「独占欲が強いというのは、どういうところからお友達の方はそのように感じられたんですか」
     相談に応じた以上情報を集め、まとめて、整理しなくてはいけない。
    「その子には兄がいるんですが、兄とラビチャしてたら恋人の表情が無になっていて。もしかしてヤキモチ? って聞いたら、『は? あなたは敬愛するお兄さんと楽しそうにやり取りしているんでしょう。どこに妬く必要があるんですか。ただスマホを長時間使用していることに対しての視力低下と脳への負担が気になるだけです』って」
     言い訳長すぎだし、どう考えてもヤキモチで笑いそうになるんだけど。
     と苦笑混じりに話され、一織の表情は一瞬無になった。
     しかし彼の本職はアイドルで、カメラに向かって瞬時に相手の望む顔を作ることができる。
     できるだけ相談者に寄り添うような、眉を下げて困ったような表情を作り上げた。
    「それは……ヤキモチですね」
    「っ! そうだよね! どう考えてもヤキモチだよね!」
     これは友達の話、ということにしてるのではないか。
     設定を守ってください、と喉まででかかった小言を飲み込んだ。
    「ですが、その……ど、独占欲強い恋人からラビチャしないでください、とは言われてないでしょう」
    「そりゃ言われてないけど、それならいっそ言ってくれる方が嬉しいんだよ」
    「はあ……」
    「その後のえっちが激しくなるなら最初から言えばいいのにね」
    「は!?」
     相談者へと視線を向ければ、悪戯っこのような楽しそうな表情を浮かべている。けれども頬は赤らんで、鮮やかな光彩は星屑を吸い込んだように煌めいていた。
    「っ、そんなこと、まで話しているんですかそのお友達の方というのは」
    「……そういう設定だったね」
    「ちょっと、あなた仮にもアイドルでしょう」
    「仮じゃないアイドルやってます」
     ツッコミ回収しきれない。
     一織は頭の中で敬愛する兄を呼ぶ。しかしこんな話を聞かせられないな、と思い直してお帰りいただいた。
    「とりあえず、不満は恋人の独占欲が強すぎてみっともないということでよろしいですか」
     元々独占欲が強い自覚はある。人並みにはあって、だが執着しないように自制してきた。
     求めすぎると関係そのものを壊してしまうと知っている。
     心が離れていく、とわかっている。
    「みっともないって言ってないし、不満とも思ってないよ!」
    「……は。じゃあ、なんで」
     悋気を起こすことがみっともないと、恰好悪いのだと言いたいのではないか。
    「っていうか本当はわかってるんだろ? わかんなかったら一織のこと、にぶちん彼氏って呼びます」
    「不名誉な称号つけないで!」
    「じゃあ認めてよ!」
     ヤキモチ妬いてます、ってさ。
     どことなく嬉しそうに笑う陸に一織は盛大なため息をついた。
    「ため息大きくない?」
    「深呼吸とでも思ってください……ええ、妬きますよ。冷静に考えてください。うちのセンターがライバルセンターにメロメロになっているんですよ」
    「天にいがアイドルじゃなくても、メロメロだよ?」
    「双子の兄だったら何でもいいんですか!?」
    「一織だって三月がアイドルじゃなくても、大好きには変わりないだろ!?」
    「当たり前です」
     もはや互いに脱線事故を起こしている。遅延は一、二時間では済まない大事故だ。
    「ヤキモチ妬いている一織って、オレのことすごく好きじゃん……」
    「え?」
    「え!? 好きじゃないけどヤキモチ妬くとかそういう特殊な感情だった!?」
    「特殊にしないで! ヤキモチ妬くくらいすごく好きですよ!」
     当たり前の事実に驚いただけだったのに、斜め方向に取られ、慌てて言葉を重ねた。
     自然と、普段言えない好きという愛情表現がするりと一織の喉から飛び出して、ようやく気がつく。
    「オレのこと、好きって言って。もっと聞かせてよ」
     相談にかこつけたクレームは、ファンではなく、同じアイドルでもなく、恋人からの『好き』を欲しがった甘え上手の、欲張りなひとの願いだった。

    ヤキモチ妬いても、ただの惚気だと言われてしまう一織くんの話
     IDOLiSH7の和泉一織にはある悩み事があった。
     その悩みをたったひとりだけ、敬愛する兄に相談したところ「ただの惚気じゃん」と軽く流されてしまい、勧められるがままアルコールを摂取し、次の日ひどい二日酔いになった。
     確かに兄の言う通り、他人からすればただの惚気かもしれない。
     しかし一織は真面目に悩んでいた。


    「今週のドラマも良かったあ……花崎先生本当に恰好良い」
     リアルタイム視聴を終え一織お手製ホットミルクを飲みながらドラマの余韻に浸る男は一織の恋人であり、IDOLiSH7の七瀬陸。
     デビューから十年の時が経ち、始めたばかりの頃は未成年だった彼らももう立派な成人男性だ。一織も陸も幼さは消えたものの、陸の方は未だに可愛らしい仕草が様になっている。
    「七瀬さんは本当に可愛らしいですね」
    「今そんな話してた?」
     素直になれなかった一織は十年も経てば陸に自分の気持ちを伝えることに抵抗がなくなり、ストレートに本音を口にした。ありがとう、と受け取りながらも今陸の関心はドラマの主人公にある。
    「はあ……これから花崎先生どうなっちゃうのかな」
    「聞きたいですか?」
    「やだ。でも次の展開が気になって眠れなくなっちゃうんだよなあ」
    「それでは教えます」
    「だめ!」
     自分の手で耳を塞ぐ陸の姿は可愛い。
     落ち着け。この人は二十八歳、と心の中で呟いても耳を塞いだままじっと一織の唇を見つめる陸のせいで、勝手に口角が上がってしまう。
    「ネタバレするつもりだろ」
    「聞きたくなければ私の口を塞げばいいんですよ」
    「確かに……」
     花開くようにふわりと笑った陸は両手を耳から外す。彼の両手を掴まえた後一織はすかさず口を開いた。
    「花崎のことですが、次回からは──」
    「わーわーっ! 待ってタイム! それとオレの手を封じるのはずるくない!?」
    「口を塞ぐ方法なんていくらでもあるでしょ?」
    「つまり一織を殺害するってこと?」
    「突然サスペンスが始まりましたね……貴方本当に二十八歳ですか」
    「年齢関係あるの?」
     首を傾げる陸に一織は盛大なため息をついた。純真無垢なところが愛されの秘訣なのだろうが、恋人としてはじれったくもある。
    「あ、わかった。発言いいですか?」
    「どうぞ」
     またズレたことを口にするのだろうな、と思った一織の唇にやわらかいものが触れた。
     一瞬の接触の後、陸が照れたように笑う。
    「ちゅーして塞ぐ?」
    「……それだけではうっかりでネタバレしてしまうかもしれませんね」
    「待って、いっぱいするから! くちあけてて一織」
    「はい」
     先ほどよりも長く口づけられ、甘いミルクの味が舌先に触れる。親指で陸の耳朶を擦り上げながら、そこまでドラマの主人公が好きなのか、と一織は密かに悋気を燃やした。
     

     陸が熱を上げているドラマは、一織が主人公の医者役で出演しているドラマだ。
     一緒に働く人々に対して態度は悪いが患者には人一倍優しく、一癖も二癖もある役柄で人気も高い。
     陸が楽しんで視聴してくれる分は嬉しくもあるが、自分が演じている役を「好き」だとか「恰好良い」とか「診察して欲しい」などの声を聞くたびに複雑な気持ちになってしまう。
     彼の気持ちを疑うわけではないが、自分とは別の人間へ「好き」と告げている時点で面白くない。
     リアルタイムで視聴したい、と言われた時には無理矢理ドラマの時間に仕事を入れてしまおうかと思ったくらいだ。(実際にやったら大喧嘩になりそうだったので、さすがに控えた)
     そんなこんなで一織はドラマで演じている役柄にヤキモチを妬いている。
     相談すれば惚気だと本気にされない。素直に気持ちを伝えられるようになったが、こんなひどくみっともない感情は見せたくない。
     

     長いキスが終わって頬を赤く染めた陸は一織の手に自分の指を絡めた。
     甘えるような仕草で首筋に顔を埋め、やがてふふっと声を上げて笑う。控えめな笑い声だが笑うたびに吐息がかかってくすぐったい。
    「七瀬さん?」
    「別にヤキモチ妬かなくてもいいのに」
    「……は?」
     慌てて陸の顔を覗き込むと大きな目を悪戯気に細めていた。とろりとあまい色を浮かべて、嬉しそうに一織だけを映している。
    「花崎先生のキャラクター性が好きと言うよりも、ただ単に一織が演じているから好きなんだよ」
    「……そんなにわかりやすかったですか」
    「うーん、わかりやすいというよりも十年の付き合いだからかなあ」
     でもヤキモチ妬いてくれるのが嬉しかったし、久々に恰好良くない一織を見られたのでオレは満足です。
     顔に熱が上がる。手で顔を隠すことも、彼の目を塞ぐこともできない。
     何故なら今一織の手は陸の手と繋がっているからで、十年来の恋人はあまい声で一織を誘惑した。


     ──こういう時もオレの口を塞いじゃえばいいんだよ、一織。
     
    九回裏、二死三塁 熱気がすごい。ぬるくてもいい。風が少しでも吹いていてくれたらなあ、なんて思った。
     汗はずっと吹き出るし、オレが目を細めるのは夏の日差しが眩しいだけじゃない。
     一八・四四メートル先にいる一織がサインを出す。インコースのスライダー。今のカウントは、ワンストライクツーボール。
     首を振る前に目の前にいるバッターのことを改めて考えた。
    (四番のセンター……この人は長打打つ人だ)
     ホームラン打たれたら相手はサヨナラ逆転。一点取られたら延長戦。打ち取ればオレたちの勝ち。あと二つ、ストライクを取ればいい。
     打たせたくない、と思うのは投手としてはとても自然な考えだ。だけど一対一の勝負ではないのだと、一織の眼差しがオレを落ち着かせる。
    (打たせていい。みんなが捕ってくれる)
     ミットを構えた一織の顔を見つめる。迷いなんてひとつもないから、オレも首を縦に振った。
     ボールを握る。軸足にぐっと力を込める。足を上げる。腕を大きく振りかぶり、中指で放つ。
     バットが振られる。その後に小気味よい音が立ててボールがミットにぶつかった。
    「トライクッ!!」
     歓声が聞こえる。ベンチからも後ろからもオレを応援する声が聞こえてくる。
     だけどそれよりも。
     真剣な表情なのにどこか嬉しそうな一織の表情がオレを高ぶらせてくれる。自分のリードが優れていたからじゃなくて、オレの球に良かったと言うように鋭い返球が飛んできた。
     間を空けず、一織はサインを送る。
     ど真ん中のストレート。一瞬だけ迷った。だけど次の瞬間には迷いが消えていた。
    (一織を信じて、最高の球を投げるだけだ)
     根拠は必要ない。今オレに必要なのは度胸だけ。
     でもそれも一織が送ってくる視線で解決する。
    (打たれない)
     この場の誰よりも、オレよりも一織が信じているから。
     だからオレも信じて投げるだけだ。
     大きく振りかぶる。きっとこの後一織が誇らしげな顔で笑うんだろうなあと思いながら。
     
     

     試合後、帰りバスの中で一織が呟いた。眠っているメンバーもいるため、普段よりも声を落としている。
    「反省する点はいくつかありましたが、良い投球でした」
    「前半の言葉はいらないよ」
    「ピッチャーゴロの処理の甘さ。表情に出しすぎ。前半飛ばしすぎ。あと他校の投手と仲良くしすぎ」
    「最後はなんか違くない!?」
     楽な試合じゃなかったから普通に褒めて欲しいのに。一織から与えられるのはお小言だ。
    「そういえば、七瀬さん珍しく緊張してましたね」
    「オレ普通に緊張するタイプだよ?」
    「いつもかわ……っ、変な顔でマウンドに立っているじゃないですか。今日は最初、思いきり表情こわばっていましたよ」
     緊張しないわけがない。甲子園への切符がかかっている試合だ。負ければそれまで。努力も勝利を望む気持ちもすべて終わってしまう。
    「……もしかして最初の方、わざと打たれやすいコースを要求したのは」
     おそるおそる振り返るとものすごく悪い顔をした一織と目があった。
    「一度打たれたら開き直るでしょう?」
    「ひどすぎる!!」
     下位ならまだしも一番打者から打ちやすいコースを要求するのは鬼の所業だと思う。
    「打たれなかったじゃないですか」
    「後ろできっちり守ってくれた仲間のおかげです!」
     それでもいいアタリはなくて、塁に出られることはなかったけれども。
    「一織のこと信じてたのに」
     わざとらしく拗ねてみせると、澄ましていた顔に焦りが浮かんだ。そういう顔の一織は年下らしくなる。
    「もう信じられないですか?」
    「うーん……まあまあ」
     なんて冗談だけど。珍しく動揺しているのが可愛いのでもう少しだけ楽しみたい。
    「私と組むのが嫌になりましたか……?」
    「え。そこまでは思わないけど」
    「そもそも私は七瀬さんが打たれるとは思ってませんでした」
    「うん? 打たせるつもりじゃなかったの?」
     空振り三振で打ち取ったり、バットに掠らない球を投げる方が勝ちを取りやすい。が、一織はどちらと言えば打たせてアウトを取るタイプの捕手だ。
    「序盤から打たれにくいコースでアウト取るよりも、甘いコースでアウト取った方があなたのやる気も上がるでしょう。まあ甘い球は要求していないので打てはしないだろうな、とは思ってましたけど」
    「せ、性格悪い……」
    「捕手とはそんなものですよ」
     褒め言葉だと言わんばかり、涼しげな表情で一織はオレの手を握った。
     これはオレを落ち着かせるためじゃない。かたくなった指先を確かめるように触れるのは一織のクセだ。切り傷はついていないか、異常はないか、冷静な眼差しで観察する。
    「……でも、そんな一織だから投げられるのかも」
    「七瀬さん?」
     頭が良くて、意地が悪くて、厳しくて。
     難しいコースへの要求も「あなたなら投げられるでしょ?」と敢えて挑発する一織だからこそ、オレは投げられる。
    「一織が意地悪で良かったなって思っただけ。あ、ちょっと耳貸して」
     一織がいれば、甲子園優勝だって届かない夢じゃない。
     囁けば頬を赤らめて一織はそっぽを向く。
     当たり前でしょう、とやっぱり可愛げのない言葉を口にして。
    嫉妬深いプロデューサー

     誕生日のアイドルをメンバーがプロデュースする。その名も『16PRODUCERS』
     楽曲、衣装、アーティスト写真などすべてを同グループのメンバーがプロデュースし、メンバーの誕生日当日に特別グループで楽曲を披露する。
     本日はIDOLiSH7の七瀬陸とTRIGGERの九条天の誕生日だ。
     例え同グループだとしても内容はシークレットのため、陸の恋人の和泉一織は誕生日のお祝いの言葉を送った後即座に配信サイトを開いた。
    「本物のオレがいるのに、そういうことする?」
    「あなたが歌う曲ですよ。聞かないはずがないでしょう」
     熱烈な言葉に胸が高鳴る。しかし目線はスマートフォンに向いたままで、陸としてはとても面白くない。
    「嬉しいけど、もうちょっといちゃいちゃしようよ」
    「聞き終わったら存分にしましょう」
    「むう……言質取ったからな」
     放置されるのは苦手だ。ひとりでいることも嫌いな陸は後ろから一織に抱き着きスマートフォンの画面を覗き込む。陸たちが歌う楽曲を即座に購入する一織の頬に自分の頬をくっつけた。
    「ちょっと暑いんですが」
    「えへへ、お買い上げありがとうございます」
     すぐにダウンロードが始まり、四分十五秒の曲が一織の端末に保存される。陸にとっては見慣れたジャケット写真だが一織は初めてだ。
    「七瀬さんの良さを引き出す衣装ですね」
    「それはね、ナギが提案してくれたんだよ」
    「もっと可愛らしい衣装を想像してました」
    「大和さんがNG出したので、この衣装に決まりました」
     イヤフォンを耳に嵌め込もうとした一織の手を掴む。楽曲を聞いてもらいたい気持ちは勿論あるが、その間陸は一織と話すことができない。年に一度しかない誕生日という特別感もあってか、もっと一織に愛されたい。
    「邪魔しないで」
    「オレが直接歌うから!」
    「三人で歌う曲を? どうやって?」
    「物真似します」
    「やめてください」
     物凄く嫌そうな顔されたので陸はしぶしぶ一織の手を離した。誕生日なのに恋人に構ってもらえないのは寂しいものだ。
    「構ってるでしょう」
    「オレは一織ともっとべったりしたい」
    「この人……今日が自分の誕生日だから我が儘言えると思っているな」
    「誕生日って我が儘言っていい日だろ?」
    「普段我が儘を言ってないとでも?」
    「ひどい!」
     抱擁をほどいた陸は一織の正面へと回り込む。腕を広げハグして、とねだると大きなため息をつかれた。
     ショックを抱くほどではないが甘やかしてくれそうにない空気に陸はしょんぼりとする。広げた手を下ろして、立ち上がろうとした瞬間唇にやわらかいものが触れた。軽く啄まれた後ゆっくりと離れていく。
    「ベッドに上がってください」
    「今のはおやすみのキス?」
    「違います。あなたの歌を聴いた後で存分に甘やかしますよ、のキスです」
     甘さをたっぷり含んだ微笑みに返せるものなんてなく。一織の表情にあてられた陸はとろけた目で頷いた。

     
     梯子を上りベッドへと入る。楽曲を聴いてからやってくるものだと思っていたので、すぐに上がってきた一織に陸はびっくりした。
    「え、もう聞き終わった? 何倍速?」
    「そんなわけないでしょ……今から聴きます」
     薄い掛け布団を肩にまで掛けられ、寝かしつけのようだ。
     一織も陸の隣に潜り込みイヤフォンを耳に嵌めた。
     陸はとあることに気が付いた。
     一織の顔は陸の方へと向いている。つまりそれは。
    (リアルタイムで一織の反応がわかっちゃう)
     楽曲を気に入るか、気に入らないか。
     良いか悪いかがはっきりと見えてしまうのは、少し怖い。
     一織は陸の歌声が好きだ。陸の歌唱が好きだが、それは陸に合う楽曲だから好きだと思えるのではないか。
    (オレらしい曲だけど、一織から見たオレって違うかもしれない)
     再生ボタンはもう押したのだろうか。良いイヤフォンだからか音漏れがなく、曲が始まっているのかさえもわからない。
     一織の表情は真剣そのもので、何故か審査されている気持ちになってしまう。
    (まだかな……)
     歌っていればあっという間だが、黙って待つ四分十五秒は意外と長い。
     勝敗が決まる時のように、いやそれ以上に陸の心臓は早鐘を打っていた。
     それから少ししばらくして一織が長い息をついたことで曲を聞き終えたことを知った。
     一織はイヤフォンを外してケースに収めた後、ベッドの隅へと置く。
    「感想聞きますか?」
    「怖いけど……どうだった?」
     一織は真剣な表情で口を開いた。まるでお小言を口にするかのようだ。
    「曲調も歌詞も七瀬陸らしさがあります。七瀬さんの魅力を十二分に詰め込んでいる。聞いた人が元気になる曲ですね」
     熱烈な感想とは裏腹に一織の眉根が寄っていた。だから陸は最初褒められているのだとは思えなかった。
    「……もしかしてめちゃくちゃ褒めてる?」
    「ええ、めちゃくちゃ褒めてます……それから」
     めちゃくちゃ妬いてもいますけど。
     スマートフォンもベッドの片隅へと放り投げた一織は陸の上に乗り上げた。何故か掛け布団が剥がされる。
    「い、おり?」
     Tシャツの裾からゆっくりと手を差し込まれ、一織の指は心臓がある位置でぴたりと止まる。
    「二階堂さんと六弥さんによる七瀬陸のプロデュース、とても素晴らしかったですよ」
     ぐっと手のひらで胸を押し込まれる。一織の手はいつもよりもずっと熱い。それはまるで冷静に見える一織の感情を表しているようだった。
    「だけど私以外の人にプロデュースされる七瀬さんを見るのも嫌だと改めて思いました」
     私以外の人の手で七瀬陸が作られるのも嫌です。
     聡明な瞳には嫉妬の炎が見えている。あからさまに感情をぶつけてくる一織に陸の心臓は跳ね上がった。
    「七瀬さん」
    「は、い」
    「身勝手ですみません。必ず後で存分に甘やかしますから」
    「……お手柔らかにお願いします」
     重たい言葉を、嫉妬を、嬉しいと思ってしまうくらいには陸も一織のことが好きだ。
     噛みつくようなキスを受け止めながら一織の手と絡め合う。痛いと感じるほどに強く掴まれ、怖いくらいの執着心に陸は嬉しそうに笑った。

    一周周って、さらにまわって、愛かもね?

    「オレ、一織のアンドロイドになるよ」

     ……は?
     疑問符を飲み込んでしまったのは、あまりにも七瀬さんの表情が素晴らしいものだったからだ。
     
     まるで一番明るい星を砕きその欠片を取り込んだように、鮮やかな虹彩が輝いている。
     ステージの上のアイドルならば百点。カメラの前でも百点。けれどもここはステージの上ではなく、整理整頓が行き届いた私の部屋だ。最近変えたばかりのLED照明よりも七瀬さんの笑顔は眩しい。
     しかしそれでも。私は真実を告げなくてはいけない。目を眇め、意を決して口を開く。
    「やる気に満ちた七瀬さんへ伝えるのはとても酷なのですが」
    「えっ」
    「アンドロイドにはなれませんよ」
     当たり前すぎる指摘に七瀬さんはポカンと口を開けて、声を上げて笑った。
    「さすがにわかってるよ」
    「では何故あのような発言を?」
     例えば先ほどの発言を起き抜けの七瀬さんが発したとしよう。
     おそらくその場合は「何言ってるんですか。寝ぼけてますか?」と冷静に指摘したはずだ。平常時の、どうせくだらないことでも言うつもりだろう、と思わせる七瀬さんでも私はストレートに正論で返した。
     だが、七瀬さんの表情がアイドルらしい、ファンへ向けた慈愛にも似たものを浮かべていたからだ。
     そもそも人はアンドロインドになれない。七瀬さんが望めば生み出す者にはなれるかもしれないが、七瀬さんは人間なのでアンドロイドになれない。
     答えはわかりきっていて、そのうえで何故七瀬さんはそんなことを言ったのだろうか。
    「アンドロイド七瀬陸になら一織甘えてくれるかなって」
     肩をすくめてほんの少しだけ困った顔で七瀬さんは笑う。
     私は返す言葉がなかった。
     ここ数週間前までIDOLiSH7の活動が忙しく、アイドルだけではなく事務所全体に余裕がなかった。分刻みのスケジュールを組むこととなり、結果プロデューサー業務も兼任していた私は七瀬さんの前で倒れてしまった。
     みな理解はしてくれていた。
     けれど納得はしない。
    「オレがアンドロイドだったら、一織のスケジュール管理はできるだろ? あとおつかいとか」
    「おつかいってなんですか?」
    「おにぎりとか軽食買ってくることかな?」
    「七瀬さんできないんですか?」
    「できるよ!」
     わざとらしい膨れっ面でじいっと私の方を見る七瀬さんに私は思わず笑ってしまった。
    「一織、ようやく笑ったな」
    「……ああ、なるほど」
     何故七瀬さんが突拍子もないことを言い出したのか理解した。
     初めて会った時は、幼稚園児みたいな人だと思っていた。七瀬さんの明るさや無垢さはどんな人にも愛される。手を差し伸べたくなる人なのだろう。
     でも私は七瀬さんに期待していた。
     流れ星を待っている。
     七瀬さんの歌声が降らせる星屑を。
     それは今も変わっていない。
     だけど彼の背中を見つめて静かに待つのは、もう終わった。
     私は七瀬さんの隣で確信を持って待ち、七瀬さんは私に応える。
     地獄に落ちても、天国に行くとしても、私たちは互いに置いていかないことを約束した。
     大人びた顔で微笑む七瀬さんに私も笑い返す。
    「ご心配おかけしました」
    「うん」
     次があったら本気で怒るから。
     穏やかな七瀬さんには珍しくキツい口調で、かなり心配をさせてしまったのだと知った。こんな感情は不謹慎ではあるが、嬉しくもあった。
    「あなたがアンドロイドだったら、私も甘えられたのかもしれません」
    「……うん」
    「でもあなたがアンドロイドではないからこそ、私はステージに立つ七瀬さんを見て、あなたの歌声を聴いて、流れ星を見ることができる」
     七瀬さんは軽く笑った。
     でもアンドロイドのオレも流れ星降らせられるかもしれないよ、と言う。
     私は首を横に振った。
     いいえ。唯一無二のあなたにしかできないことですよ、と答えた。
     顔を赤らめ照れたように目を伏せて「じゃあ、たまにはオレにも一織も甘やかしてね」と言うのだから、私は「よろしくお願いします」と言って、七瀬さんの手をそっと握った。
     小指だけを絡められる。
     約束だよ、と言うように。
     
     一織のキスは苦い?

     最近スマホの動作が重いんだよ、と一織にぼやき、ため息をつくよりも先に「ストレージの容量は?」と聞かれた。
     オレのスマホを覗き込んだ一織は確認方法を指示する。
    「……写真データ多すぎませんか」
    「そうかなあ?」
     データ容量の内訳を目にした一織は苦い顔をした。ちなみにその表情には嫌な含みはなく、どちらかと言うと呆れに近い。
     整理整頓が得意な一織からすれば思わず苦笑してしまうことなのだろう。
    「中身見てもいいですか?」
    「うん。むしろオレも一緒に見ようって言おうとしてたところ」
     写真のフォルダーをひらく。見えやすいように一織の肩に頭を預けスマホを傾けると上ずった声が聞こえてきた。
    「なんだか少し照れくさいですね」
    「撮影とかとはまた違うよね」
     一織はどんな顔をしているんだろうか。
     気になって首を横に動かすと同じようなことを考えていたらしい一織と目があった。
     瞼を閉じたのはオレの方が先。ぐっと身を乗り出して触れていた箇所がずれる。吐息が唇を掠めて、その後ゆっくりとやわらかい感触を与えられた。
    「んっ……」
     上唇を啄まれ、続いて下唇。閉じたところを舌先でくすぐられ、軽くひらくと舌先同士がぴたりとくっついた。スマホを握っていた手に一織の手が重なってぎゅっと指の腹を握られる。
     何だか胸がくすぐったい。
     同時にもっと、と触れていたい気持ちが加速する。
     口の中に入って来ようとしない一織の舌がじれったい。突くと逃げるように触れていた唇が離れて行った。これじゃあ不完全燃焼だ。
     解放されて息はしやすい。だけど物足りない。
    「ふ、あ……っ……もう、おしまい?」
    「煽らないで。写真見るんでしょう?」
     恨みがましい気持ちで見ていた自覚はあった。頬にひとつ、あやすようなキスが落ちてくる。
     終わった後にたくさんしましょうね。
     なんてことをびっくりするようなあまい声で一織は言った。
    「……はあい」


     自動的に年ごと、月ごとに整理された写真の一番始めから見ていく。と言っても、この辺りはスマホを買ったばかりで地元の友だちの写真ばかりだ。
     小さい頃の天にぃと一緒に撮った写真をいくつか写していた。
    「天にぃが出て行った後に両親から渡されたからね」
     だからこのスマホには七瀬天の写真は入っていない。九条天との写真はみんなで撮ったものや、ゲネプロの後にふたりで並んで撮ったものくらい。
    「あ、若い一織の写真出てきた」
    「老いている気分にさせないでください」
    「いやだって出会った時の一織、十七歳だったし」
    「そういう七瀬さんも十八歳でしたね。しかも全然年上らしくない人で」
     今よりも表情のかたい一織を見て、思わずかわいいなあと口にしてしまった。慌てて一織の顔を見つめる。
    「どうしたんですか? 何ですか突然可愛い顔して」
    「あ、いや、なんか今の一織、可愛げがあるなあ、って」
    「本当にそう思っているんですか」
     くすりと笑った一織は親指でオレの唇をなぞる。手元にあるスマホの画面に映し出された一織が絶対にしない表情だ。
     涼しげな瞳を細めて、じっとこちらを見下ろす。
    「嘘だよ。ものすごく恰好良い」
    「ふふ、ありがとうございます」
     あなたはいくつになっても可愛らしい。
     いつから一織はそんな甘い台詞を言えるようになったんだろうか。
     出会って十年。付き合い始めたのは一か月前と少し前。
    「ずるい男に捕まっちゃったな」
     十七歳の一織にはなかったずるいところに翻弄されてしまう。顔が勝手に赤くなって、オレの熱に気が付いた一織はまた笑った。
    「貴方だって十分にずるい」
    「そうかなあ」
     長い指がスマホの画面に触れてスライドさせていく。
     デビューしたての頃の写真、練習中の写真、大阪に行った時、沖縄に行った時の写真。たいていがメンバーかその土地の写真ばかりだ。
    「これは……ホットミルクの写真?」
    「……多分これ初めて一織にホットミルク淹れてもらった時の記念だ」
     多分浮かれていたんだと思う。一織がオレのために、オレを想って淹れてくれたから。
    「このチョコレートの写真は?」
     一織が指さしたのは高級感のあるチョコレートの写真。撮影した日付はバレンタインより前。
    「何だろう……貰ったって感じじゃなさそう」
    「次の写真が皆と撮った写真ですから、試食会のようにも思えますね」
    「試食会、チョコレート……あっ! 一織のキスは苦い?」
    「むしろ甘いでしょう……! ああ、なるほど。asucoとのコラボか」
     チョコレートブランド『asuco』とのコラボ企画をした記憶を思い出した。自分たちをイメージしたチョコレートの試食会をどこかの店を貸し切って行った気がする。
    「味のことを、キスの感想って言ってたよね」
    「貴方と四葉さんは、私のキスは苦い、苦いと文句を言っていて」
     だってチョコレートというものは、甘いものだと思っていた。もともと苦いチョコレートなんて食べたことなかったから、一織をイメージしたチョコレートの苦さは衝撃的だった。
    「今食べたらどう思うかなあ。苦い、とまでは言わない気もするかな」
    「今の七瀬さんなら、私のキスはきっと好きなキスだと思いますよ」
    「好きなキスって言わないでよ」
     なんでそんなにストレートに言えてしまうのか。
     あの頃は一織の方が照れてやめてくださいと言っていたのに、今は逆転している。せっかく落ち着いてきた熱が、また再び上がってきた。くっついているせいできっと一織にも伝わっている。
    「……今からキスしてもいいですか」
     声色が変わった。
     一織が本気になったことを音で知らされる。
    「そういうの聞かれると、ちょっと困るんだけど」
    「キスだけで終わらないから許可を頂こうかと思いまして」
    「~っ、本当にずるい男になって……」
     唇が重なる。瞼を下ろすタイミングを間違えたせいで、一織がどういう顔をしているのか知ってしまった。
     胸が高鳴る。息が苦しくて、だけどこの苦しさを嬉しいと思ってしまう。
     付き合い始めてこういった恋人らしい触れ合いをしたのは、ここ最近だ。
     だけど一織とは他のメンバーよりもずっと長く一緒に居た。
     寮を出た後はふたりで暮らしていた。仲の良い友達で、好きだったけど多分まだそれは恋じゃなくて。
    「ん、んふっ」
     強引な舌遣いに全身が熱くなる。気持ちいい、と言ってしまいたい。
     一織のキスは気持ちいい、と言ったらこの先は一体どうなるのだろうか。
    「はっ……かわいい」
     一織の手は頬をさらりと撫でて、また唇が塞がれる。
     いつから一織は「かわいい人だな」から「かわいい」と言うようになったんだろうか。
     カメラの前で恋人役を演じたことはあった。キスシーンもあったし、撮影の中で何回もキスをしたことはある。嬉しかったし、演じることは楽しかった。
     だけど、こんなにも七瀬陸の心臓が高ぶることはなかった。
    「っは、も、だめっ、いおりっ」
    「ふ……もう待てないんです」
     一織の呼吸も乱れている。普段の涼しげな顔が嘘みたいだ。目を細めて唇を舐めた一織の野性的な仕草にまた心臓が大きく跳ねる。
    「だって、さっきまで全然余裕そうだったじゃん……」
    「十年越しの恋ですよ。ようやく手に入れたのに、余裕なんてあるわけない」
     ほら、と腕を掴まれて導かれたのは一織の左胸だ。激しく脈打っていて、オレの心臓といい勝負だと思った。
    「……初めては、もっとロマンチックに攻めてくるのかと思ってた」
    「貴方が望むならそうしてやりたいのですが、次の日のオフにやり直します」
     ああ、もう。一織の方がずっと上手だから、口喧嘩で一度も勝ったことがない。
     それにオレも一織に抱かれたい。この先を知りたい。
    「やり直しなんていらない。だけど、せめて嫌だって言っても」
     離さないでね。
    不注意めかしてこの身にふれて
     アルコールの力はすごい、と陸は心の中でひっそりと呟く。
     IDOLiSH7のメンバーでありながらもプロデューサーを務める、元パーフェクト高校生の和泉一織。最年少で、しかしメンバーの理性でもある男が、陸の身体に覆いかぶさっていた。
    「七瀬さん……」
     聡明な灰色の双眸はどろりと蕩けて、どことなく煽情的な色を浮かべている。女を誘うように──いやこの美しい顔であれば男も引っかかるだろう──嫣然に微笑み、すらっとした指で熱を帯びた陸の頬を撫でた。
    「そうだよ。オレは七瀬さん」
    「知ってますよ」
     そんなことくらい。
     日常的に使われる言葉なのに一織が口にすれば、それはまるでドラマに出てくる印象的な台詞のように聞こえる。含みはないはずだとわかっているのに、後々発覚する意味深な台詞。
    「酔ってるだろ」
    「さあ、どうでしょう?」
     酔ってます、とも酔ってないです、とも言わないところが何だかずるい。
     年下のくせに、なんて思っても、二十代後半を過ぎれば年の差ひとつなんて大した差ではない。
    「こうやって、いつも誘ってる?」
    「いいえ、貴方が初めてです」
     これまた女性が喜びそうなことを口にした。切れ長の瞳を軽く細めて、形の良い小さな唇をほんの少しだけ持ち上げる。それだけで綺麗な顔立ちをした男の価値がぐんと上がってしまうのだ。
     ベビーフェイス、と雑誌の取材を受けるたび賛辞として言われ続け、雑誌の紹介文にも書かれてしまう陸には羨ましいことだった。
    「嘘ばっか。それ、慣れた手つきだよ」
    「ありがたいことに、いろんな役をさせていただきましたので」
     二十代を過ぎてからの一織は陸とは対照的にミステリアスな役を演じることが多くなった。
     恋人に秘密を持つ青年。どことなく陰のある男。ホストというような華やかな役よりは、弁護士や税理士など理知的なイメージを持つ役の方が多い。
     つい先日公開されたばかりの映画で、彼は初めてベッドシーンを披露した。相手は実力派の女優で、悔しながらも陸はその場面でうっかり涙してしまった。
    「ほんと可愛げがないなあ……」
    「誉め言葉です」
     あまつさえこの男は陸の悪態にもにっこりと微笑んでさらりと流す。馬鹿と言いたくなったが、それではますます陸の方が子どもじみてしまうので、ぐっと飲み込んだ。
     まだ口の中にアルコールが残っている気がする。
    「それで、オレをどうするつもり?」
     離れて、と言うのは簡単だがそれでは芸がない。いまだ熱い頬に触れている一織の指の先へ自分の指を重ねて、微笑んでみせた。
    「お持ち帰り……は、アイドルとしてよろしくないと思うけど?」
    「送り狼なんてどうですか」
     以前は狼役も演じましたし。
     一瞬灰色の双眸が鋭く光った。いや、光ったというのは物理的な意味ではない。
     暗闇の中、獲物を捕らえた獣が目を爛々とさせる。そんな光景を彷彿させる。
    「……送り狼もアイドルとして不正解だろ」
    「我儘な人だな……」
    「いや、今の正論だから」
     呆れたようなため息をつくな、と陸は思った。
     お持ち帰りにしろ送り狼にしろ、意味は多少違えどスキャンダルにしかならない。
     何故今日はきわどい会話になってしまったのか。
    「一織、水飲んで」
     飲みすぎないように、と最初の段階でアルコール量までコントロールされていた陸と、自分のキャパシティを超えてしまった一織。
     陸はほろ酔い程度だが、一織は完全に出来上がってしまったのだろう。
    「もう少しだけ、このまま」
    「なんか、このままだと……」
    「このままだと?」
     普段の察しの良さはどこに行ってしまったのか。七瀬さん? と答えを教えろとばかり名前を呼ぶ一織に、陸は目を吊り上げて口を開いた。
    「……キス、してしまいそう」
     だって、今もずっと熱い吐息が唇にかかっている。
     一織の双眸は陸を見つめ、長い指は愛おしげに頬を撫でている。
     ドラマみたいで、だけどこれはドラマの撮影現場じゃない。
     一織の部屋で、陸は彼の親しい間柄で、好きという感情は互いにある。
     それは確かに友情で。間違えたことは一度もない。
     
     だけど恋情は、陸が持っている。

     十年間ひそかに胸の奥にある綺麗な箱へと隠していて、だから蓋が空いて現れたそれは色あせたりなどしていない。

    「だめなことですか」
    「だめ、だよ……だって一織は」
     友だちで。相棒で。置いていかない人で、置いていかれたくない人で。
     今さら新しい関係を増やせない。
    「嫌なら殴って」
    「っ……卑怯だろ」
     じわりと涙が浮かぶ。潤んだ目で睨みつけると憎たらしい男は嫣然と微笑んだ。
     唇が近づいて、触れる寸前美しい弧を描いた。
    「なんとでも」

    陰キャ×陽キャ
    陰キャ×陽キャパロ

     烏の濡れ羽色をした真っ直ぐで指通りの良い髪は、わざと適度に乱している。涼しげに見える綺麗な顔立ちを長い前髪とぶ厚いフレーム眼鏡で隠し、本来の素顔とは真逆のやぼったい姿を見せている。
     この教室にいる者すべて、いやおそらくこの学校の誰もが本当の和泉一織を知らない。
     がり勉、真面目が服を着ている、副委員長。それからオタク。
     見た目から一方的な評価をつけて下に見る級友たちを一織はいっさい相手にしない。
     そういうところが恰好良い。だけど勝手に悪く言われるのは何だか癪に思う。
     何も知らないくせに。喉まで出かかった言葉は愛想笑いで飲み込む。
    「いちいち相手にする方が無駄でしょう」
     一織の本当の顔を知らないなんて損している気がする。
     脈絡もなく始まった陸の発言にまたか、という表情を浮かべながらも一織はそう返答した。
     やぼったい眼鏡、ぼさぼさの髪。俯けば暗そう、ネガティブと評価される幼馴染は顔を上げて、真っ直ぐ陸を見つめている。
    「そうだけどさ~……オレが嫌なの!」
     ぶ厚いレンズで隔てられている灰色の瞳が不思議そうに瞬いた。
    「校内では七瀬さんと私は他人同士ですよね」
    「……他人とか言うかな」
    「クラスメイトから見て他人、という意味です」
     陽キャ──明るく社交的な人と認識されている陸と、その反対側にある隠キャである一織は校内ではいっさいの接点がない。四十人のクラスメイトのうちのひとりで出席番号も離れているため、挨拶くらいの会話しかしたことがない。というのはすべて校内での話であり、学校を出れば事実は全くもって違っていた。
    「オレは一織のこと、彼氏って言いたいのに」
    「それこそ迫害を受けますよ」
     どこまでも冷静に返してくる一織に陸はムッとした顔で口を開いた。
    「自分で言うのもなんだけど、オレあのクラスの上位にいるんだけど?」
     自慢にしか聞こえない言葉に一織はわざとらしく肩を竦める。小馬鹿にするよう仕草も様になっているのだから、美形ずるいと陸は思う。
    「自分たちと違う生き物に対して嫌悪します。心の中に留めておけるのであればいい方ですが、良くも悪くも素直な方たちなので気持ち悪い、近づくな、から始まってやがて行動にも出ると思いますよ」
     そんな言い方、と擁護する言葉は陸の口から出てこない。実際にそうだ、と思う節があった。
     学校内で陸が連んでいるメンバーは楽しければ良い、の精神を持つ者が多い。ノリで生きている、と言うべきか。分かりやすい不良ではなく、けれども真面目とも言い難い。
     適度にサボり、禁止エリアで遊ぶようなタイプばかりだ。
     成績トップの一織に対して、良い感情を持っていない。悪口を口にすることもあった。
     黙り込んでしまった陸に一織はため息をついた。顔を隠すためにかけている眼鏡を外し、長い前髪をかき上げる。
     すると作り物めいた、温度のない顔が露わになる。自分とは真逆の表情豊かな陸の顔を覗き込んだ。
    「私と別れますか?」
    「別れない! というか予告なしに綺麗な顔近づけるのやめて!」
     綺麗な顔が好みのタイプである陸は慌てて顔を逸らす。直視は免れたが、視界の端ですら美形は美形で、陸の心情を表すように心臓は早鐘を打ち始める。
    「予告したら近づけてもいいと?」
    「……いいよ。ちゃんと準備運動するから」
    「したところで、あっさり溺れると思いますが」
     陸が一織にベタ惚れであることを知っているからか、自信ありげな笑みを浮かべる。
     おまえの顔が好き、と告白としては最悪な陸の台詞を一織はしっかりと覚えており、ことあるごとに揶揄ってくる。計算された表情で陸を惑わすのだから、なかなかにいい性格をしている。
    「私の顔、好きでしょう」
    「好きだよ! あっ……勿論顔だけじゃないけど」
     とってつけたような言い訳めいた陸の言葉に一織が気分を害したような様子もない。むしろ面白がっているようだ。
    「勿論わかっています。でもキスする直前が一番蕩けた表情を浮かべるんですよ」
     七瀬さんは。
     軽く目を細めてくすりと笑う一織には妙な色気があった。どきっとするどころではない。準備したつもりだったが、陸の心臓はさらに激しさを増していく。
     近づいてくる好みの顔に陸は目を閉じることもできない。唇に吐息が掠める距離でぴたりと停止して、呼吸が一瞬止まった。
    「……されると思いましたか」
    「いたいけな男子高校生を弄ぶなんてひどい」
    「私も男子高校生ですよ」
     理知的な双眸にあまさが混ざり込み、さらにそこに熱を帯びると何も逆らえなくなる。
     身体と心、すべてで。七瀬陸は和泉一織を欲しがってしまう。
    「ああ、今も蕩けてますね」
     灰色は歓喜したように揺れている。その目に映る自分の顔が物欲しそうな表情をしているなんて、知りたくもなかった。
    「っ、いおり……」
    「ねだってください七瀬さん」
     私が欲しい、と。
     小さな唇が動く様は、まるで悪魔の囁きのよう。口にしてしまったが最後、一織に貪られると陸は知っている。
     キスだけでは終わらない。全身余すことなく一織の唇が降りそそぎ、骨ごととかすように愛撫され、焦らされて求めるように誘導される。
    「や……、あ、した体育があって」
    「別に出るなとは言いませんが」
    「嘘、ばっかり。……わざと見えるところに痕残すくせに」
     いつの間にか陸の身体はベッドへと誘導されていた。乗り上げてきた綺麗な顔の恋人を睨みつける。しかし何の効果もないはずだ。むしろ煽ってしまうだけだと理解している。
    「体調が悪い、と言えばいい」
    「過保護め」
     悪態をついた陸に一織はうっそりと笑った。首筋を長い指がゆっくりと滑り伝って、下手なネクタイの結び目にかかる。慣れた手つきでほどいていく。
    「私の顔を隠したあなたこそ」
     ──過保護では。
     露わになった鎖骨へ一織は歯を立てた。
    これは貴方のための────
     和泉一織にとって、七瀬陸は良い意味でイレギュラーな存在だった。
     甘ったれの末っ子体質。こちらの口の利き方が悪かったとも思うが、彼は幼稚な年上だった。
     幼少の頃からアイドルになることを夢見ていた兄のために、一織はスカウトを受け入れた。
     兄がアイドルになること、が目下の目標であったが、IDOLiSH7という七人のグループになって、七瀬陸の歌唱を耳にして、一織は生まれて初めて流れ星をこの手に掴んだ。
     

     シミュレーションは一織の得意分野だ。情報を集め、精査し、そのうえで予測する。
     対象が生きた人間になれば難易度はあがったが、それでも最後には一織の分析能力が上回った。
     けれどいくらシミュレーションを繰り返しても、特定の、ある人だけ上手くいかない。
    「七瀬さんの幸福ってなんですか」
    「ん? 死ぬまでずっとこのグループで歌っていたい、だよ」
     陸はそう言って笑った。天真爛漫な笑顔とは少し違う、何かを諦めたような、夢を語るには不釣り合いな笑みだ。
     嘘ではない。だけど、その願いは正解でもない。
    「もう少し、何かあるでしょう」
    「今日はオレの幸福について探る気?」
    「はい」
    「……だったらあててみてよ」
     名探偵だったんだろう?
     かつて一緒に共演したドラマの一織が演じた役を指して、陸は笑う。どちらかと言えば、迷うと書いての迷探偵でしたけどね、と補足すればそれでもふたりで解決してきたんだよ、と言う。なんにせよドラマの話ではあるが。
    「TRIGGERの九条天と同じステージで歌いたい」
    「もうそれ叶っちゃったよ。一度きりの夢だったけど、あの瞬間オレは約束を果たすことができて幸せだった」
    「IDOLiSH7が王者の座を取る」
    「それはどちらかと言えばおまえの夢だろ? でもオレもそうだったから、ふたりの夢叶ったな」
     悪戯っ子の顔を浮かべた陸はVサインを作る。くるくると変わる表情に目を奪われながら、一織は口を開きつづける。
    「ずっとIDOLiSH7の皆と暮らしていたかった」
    「それは……そうだね。でも一織たちも成人したし、いつまでも一緒にいることは難しいんだよね」
    「オムライス百年分食べたい」
    「え? なんかものすごく雑な願いだなあ……百年食べたいけど飽きそう」
    「百年分歌って……」
    「昔言ったな……百年分歌って、死にたいって」
     今いる場所が一織か陸、どちらかの私室であればもう少し冗談ぽく話せただろうか。
     陸の姿がゆらゆらと揺れているのは、一織の目に水の膜ができてしまっているから。
    「湿っぽいの苦手なんだよな」
    「私だって嫌いですよ」
    「じゃあ笑ってよ」
    「暴君め……」
     軽口を叩き合う。変わらない光景。変わらない日常。
     規則正しいリズムを刻む機械音だけが非日常で、真っ白な部屋はまぶしく、清潔な消毒液のにおいが不安を煽る。
    「一織は泣き虫だな」
    「泣いてませんが……泣いてないでしょ!」
    「泣きそうだったくせに」
     確かに泣きそうではあった。
     瘦せ細った七瀬陸が気丈に笑うからだ。違和感があれば全然気にならなかった。
     だけど彼はこの病室にしっくりと嵌って、違和感などいっさいないように、まるで最初からここにいたように見えてしまったから。
    「七瀬さんの幸福、当ててもよろしいでしょうか」
    「うん? いいけど……オレの幸せって?」
    「私と結婚しましょう」
     穏やかに笑っていた陸が固まった。えーと、と困った顔で周囲を見渡して、諦めたように一織のところへ戻ってくる。彼は恥ずかしそうに声をひそめた。
    「オレ……そんなに一織と結婚したそうだった?」
    「いえ。私が七瀬さんを幸せにしたいと思ったので強引にプロポーズしました」
    「強気すぎる……」
     あと一歩だけだ、と思った。揺れている七瀬陸の心を今日ここで一織は捕まえてみせる。
    「私にとって貴方はイレギュラーな存在でした。アイドルになったその先を私は描いていなかったのに、貴方の歌が私をここまで導いてくれた」
     空や虹、星さえも超えられると思ったのは、IDOLiSH7のメンバーのそれぞれの持ち味と、その中心で歌う七瀬陸という存在のおかげだ。
     アイドルそのものに興味はなかった。どちらかと言えばきらきらと輝こうとする星の手伝いを、一織はずっとしたかった。
     だけどIDOLiSH7の和泉一織になって、歌唱を聞き、壮大な夢が生まれた。
     ずっと駆け上がってきて、高いところまで、到達点へと辿り着きさらに限界を超えようとした。
    「IDOLiSH7が大切だから、オレの幸福を望むの?」
    「私は仕事が恋人という性格ではないのですが」
    「さっきのだと、そう聞こえてしまうよ」
     ああ、確かにそうかもしれない、と一織は反省した。
     IDOLiSH7があるから、ではない。IDOLiSH7であることでかけがえのない貴方と出逢い、幸せにしたいという想いが生まれたのだ。
     何もない手のひらにはいつのまにか、たくさんの光が集まっていた。
     そのなかでひときわ輝く星に、一織は恋をした。
    「じゃあ、ちゃんと言って。人も自分も売り出すのは得意なんだろ?」
    「ええ。貴方こそ幸福の過剰摂取で倒れないでくださいね」
    「よく言うよ……素直じゃなかったのにな」
    「昔の話はやめてください」
     よく聞こえるように口を彼の耳元へと寄せる。
     もしかしたら接触事故などあるかもしれないが、それはどうにかなるだろう。
     医学は日々進歩しているのだから、だからきっと大丈夫だ。
    「七瀬さん、私は貴方のことが────」
      
     

     幸福理論だ。

    自認天使七瀬さん

    「……ハロウィンは一週間前に終わりましたよね」
     何ですか、その恰好。
     純白のローブに身を包み、頭の上には同じ色の輪っかのようなもの。背中には白い羽。
     IDOLiSH7の愛されセンターはこてんと小首を傾げた。
    「天使なので?」


     天使とは。
     キリスト教で、天の使いとして人間界に遣わされ、神の心を人間に、人間の願いを神に伝えるもの。エンゼル。比喩的に、やさしくいたわりぶかい人。きよらかな人。
     すぐさまスマホの検索エンジンに打ち込むと、一般的な認識通りの結果が表示された。
     それはそうだ。
    『七瀬陸 天使』のワードで検索すると、九条天は現代の天使、というファン周知の検索結果が出てきた。
     そうだけどそうじゃない。
     スクロールすると七瀬陸天使みたい、という呟きのリンクを発見した。ほんの少し溜飲が下がる。
    「スマホいじってないで、オレを見てよ!」
    「今の格好と発言がミスマッチなんですが」
     天使らしくない発言に思わず突っ込むと、素直な七瀬さんはそれはそうかも、と頷く。
     そしてどこからともなく、日曜日の朝に放送している女児向けのアニメに出てきそうなステッキを取り出して、振った。まじかる、と喋り出して七色に発光し始めて、眩しさに目を細める。
     どう考えても六弥さんの私物にしか思えない。
    「天使の解像度が低い」
    「見たことないもん!」
     面白いことに七瀬さんも自分が放った攻撃に怯んでいた。天使よりもドジっ子魔法少年ナナセくん、という売り出し方の方が売れるんじゃないだろうか。
     もしも七瀬さんをソロで売らないといけない日が来たら、その方向性の企画書も作成しておこう。
    「あまり認めたくはないのですが、天使ならいいお手本がいるでしょう」
    「天にぃのこと? 天にぃとオレじゃ……格が違うから」
    「格」
    「天にぃは大天使で、オレは生まれたばかりの天使みたいな」
    「ややこしい設定ですね」
     しかしハロウィンも過ぎてしまったというのに、七瀬さんは天使の仮装をしているのだろうか。
     正直設定が雑すぎて分析できない。
     もう少しわかりやすいものにすればよかったのではないだろうか。
     これではただの自認天使だ。
    「私なら七瀬さんを本物の天使にできるのに……」
    「もしかして宗教始めるつもり?」
     若干引き気味の七瀬さんに手を振る。距離を縮めるその姿に、天使よりも犬みたいだな、と思った。
    「……羽が小さすぎますね。そのせいで神々しさに欠けます」
    「え、いきなりの本気トーン怖いんだけど」
    「天使になりたいのでしょう?」
    「そんなことは一言も言ってないよ」
     神々しさに欠けます、って、アイドルやってきて初めて言われたかも。
     ぼそっと呟いた七瀬さんに、神々しさはアイドルの必須条件ではないのですが、と心の中で返しておいた。
     話を混ぜ返すと、この先一生進まないので。
    「このローブも……あの、手触りが、馴染み深いような気がするんですが」
    「ん? ああ、だってこれ替えのシーツだよ。大和さんに買ってもらったんだ」
    「シーツを!? もっといいものあったでしょう」
    「予算が二千円以内だったから」
     中学生のお小遣い範囲内価額に立ち眩みを覚える。もっと他にあるだろう、と。
    「私たちIDOLiSH7なんですよ!!」
    「IDOLiSH7は関係なくない?」
     デビュー当時ならまだしも、いろんな大会で優勝、または連覇している。八都市を巡るライブも行いチケットはすべて完売。最近発売したシングル曲は週間一位を獲得し、街の至る所でIDOLiSH7の新曲は聞こえてくる。
     そんな素晴らしいグループのセンターが、二千円の予算で天使の仮装。
     なんのお遊びだ、と言いたくなるのも仕方がないだろう。
    「……一織はオレがちゃんと天使できてないから、怒ってるんだよね」
    「あなたに怒っているわけでは……。もどかしさに少し苛立っていたのかもしれません」
     よくよく冷静になってみれば、七瀬陸は天使でなくてもいいのだ。
     九条天が現代の天使であって、弟の七瀬さんが九条さんの後を追う必要はない。
    「あなたが天使じゃなくても、私は七瀬さんを肯定します。だから他の人の後を追わないで」
    「一織……あ、あのね、実は」
    「あなたの中身は天使ですが、中身は小悪魔のような人だと知っています」
    「ま、待って!? すごく失礼なことを言われたような気もするけど、一旦ストップ!」
     慌てたように七瀬さんは両手を振った。すると握っていたステッキから七色の光が飛び散り、美しい光の波を描く。
     それが合図となったかのように廊下へと続く扉が開いた。プラカードを握った二階堂さんが重い足取りで現れる。
     苦い顔をしてメンバーが次々とリビングへと集まってきた。
     プラカードには、ドッキリ成功の文字。
    「……天使の姿の相方を見て、どういう反応を示すかっていうドッキリ企画で」
    「なるほど……それで?」
     死刑宣告を受けたかのような重々しさで二階堂さんは言葉を続ける。
    「予想していたものと違う反応のためこの映像はお蔵入りになっちまう、いえ、なります。お蔵入りにします」
     顔色の悪い二階堂さんとは反対に自認天使の七瀬さんは目を輝かせた。すべて許そうかと思ってしまうほどの可愛さだ。
    「一織が言ってくれた、天使じゃなくても好きだよ、って言葉、本当に嬉しかったよ」
     少し照れながら笑う七瀬さんに、かわいい人だな……と心の中で呟いて、あれ、と思う。
    「好きって言いましたか!? そんなこと言ってませんよね?」
    「そんな感じだったよ!」
     いやかなり違う。そもそもニュアンスが違う。
    「でも一織は、オレが天使じゃなくても、聖人君子じゃなくても、自分の思い通りにならないセンターであっても好きでいてくれるだろ」
     何を言っているのだろうか。
     そんなのもちろん。答えはひとつしかなかった。
    「当たり前でしょう!」
     断言する。
     七瀬さんは天使のように、慈愛に溢れたやわらかな微笑みを浮かべた。


    水無月ましろ Link Message Mute
    2025/11/06 12:54:57

    SS詰め合わせ7【いおりく】

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