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    ビスケットサンドイッチ

     目を覚ますとカーテンに開いた穴から光が漏れて顔に射し込んで来ていた。思わずぎゅっと目を瞑り、枕に顔を伏せる。眩しくて目が覚めたのか。
     四日前に着いた宿場のベッドはすっかりビリーの身体に馴染んでいた。この場所の何もかもが古く、荒野の乾いた風で朽ちていて、もちろん部屋のカーテンもベッドもぼろぼろにくたびれていた。俺達と一緒だな、とビリーは思う。この乾いた土地に生ける者は、人も物もそう大差なくぼろぼろだ。

     抜けるように空が高く、翳りのない朝だった。長く続いた嵐がようやく明けて、移動するならば今日しか無いだろう。ここは他のどの街からも遠く、辿り着くのにひどく難儀した。次の場所へ移動するにも山をひとつ越えなければならない。小さなサルーンでの賭け試合で幾ばくかは稼げていたものの、悪天候に四日も足止めされて、この街で稼いだ金は宿代と食費で尽きてしまいそうだった。グッドナイトもそろそろ限界だろう。
     グッドナイトは毎晩くたびれたベッドに横たわるたび「早く本物のベッドで眠りたい」とぼやいていた。旅の暮らしをしている以上は野宿にも安宿にも慣れたものだったが、基本的に彼は質の良いものを好んでいる。さほど食べないくせに美味い食事を求め、よく眠れもしないのに良い宿に泊まりたがる。最低限のものがあれば構わないビリーにその行動は理解できなかったが、グッドナイトの求めるもの自体は理解していた。
     隣に目をやればそのグッドナイトのベッドは空だった。珍しい。彼が悪い夢を見て部屋から出ようとする時はいつもふらついていて、ビリーがその気配に目を覚まさない事はなかった。
     ベッドは雑に整えられているし、嫌な感じもしない。そっと部屋を出るだけの余裕があったのなら心配するような事態ではないのだろう。それでも習慣ですぐに身体を起こし、階下へと様子を見に降りた。


     階段を降りる途中からグッドナイトが女性と談笑している声が聞こえてきた。宿の小さなキッチンの中を覗く。彼は宿屋の、まだ子供とも呼べそうな若い娘と何事かかまどの前に立っていた。機嫌は随分と良さそうなので安堵する。
     「ああビリー起きたか、おはよう」
     「おはよう。珍しいな」
     「起きたらこの天気だろ?さっさと出発しなきゃと思って飛び起きたよ。まだ店が開いてないからここの食糧を売ってくれないかと話したら色々用意してくれてさ」
     な、と同意を求めるように娘の方に顔を傾けると、彼女は照れ臭そうに頬を赤らめながら頷いて鍋の様子を覗いた。大鍋に瓶をいくつも入れて煮沸消毒しているようだ。
     ビリーの予想通り、出発の機を逃すまいと早々に起きて準備を始めるくらいにはグッドナイトはこの場所に飽きているのだろう。ほとんど何もない街なので当然ではあった。
     そういえば彼女とは昨夜も何か話していたな、と思い返す。グッドナイトは愛想が良く、どの街に行っても女達に笑いかけ、彼女達もそれに応えるように彼に親切にした。この荒野に於いて、甘い顔立ちで詩を誦える男というのは珍しいようだった。本当は男共といる時は粗暴な言動も多いのだが。
     グッドナイトは街角に立つ女性にも宿や酒場で立ち働く女性にも分け隔てなくそうしたので、まだ馴染みの浅い頃ビリーは大いに驚いたものだが、こうした立ち振る舞いによって恩恵を受ける事は少なくなかった。彼の愛嬌への返礼は時にちょっとした情報だったり、一杯の酒だったり、他の客の皿よりも一枚多いベーコンだったりした。グッドナイトは片頬を上げてにやりと笑い、いつもその皿をビリーに差し出した。
     食糧を分けてくれと旅の客に頼まれたなら煮豆の缶詰でも渡しておけば良さそうなものだが、宿の娘も例によってグッドナイトに親切で、献身的にいくつもの保存食を取り分けてくれていた。
     「これは?」
     「魚の酢漬けだよ。こっちはピクルス」
     ビリーが魚をひと切れ摘んで口に運ぶ。かなりきつく酢が効いていて、思わずぎゅっと目を瞑るのを見てグッドナイトは声を上げて笑った。
     晒しに包まれた干し肉や塩漬け肉の塊、瓶にはピクルスと酢漬けの魚、蜂蜜に漬けられたナッツやジャム。数切れのパンとバター。随分と豪勢だ。荷物が重くなるのではと思ったが、ビリーにとっても食糧は多いに越した事はなかった。
     グッドナイトはピクルスに使ったハーブについて彼女と話している。ディルにセージにローズマリー。キッチンに置かれた小さな束を手に取り、「子供の頃うちでも育ててたよ」と懐かしそうに目を細める。
     「香りが良いし防腐にも効くの。もう充分漬かってるけど、このまま瓶に入れておくね」
     ありがとう、と顔を覗き込むグッドナイトの青い瞳を彼女は見ていられないようだった。また赤面して目を伏せる。
     ビリーはグッドナイトの無事を確認できたので早々に食糧を抱えて部屋に引き揚げ、出発の荷造りを始めた。


     山の峰を超えたところで日が翳り始めてきた。風を遮るのに良さそうな岩陰に落ち着き、野営の支度をする。ビリーが火をおこす間、グッドナイトは食糧の包みをひとつひとつ検分しては口笛を鳴らした。
     「彼女、随分気前良く分けてくれたなぁ。下手なサルーンよりよっぽど豪華なサンドイッチが作れるぞ」
     丁寧に詰められた食糧はグッドナイトが払った代金の分よりも随分多いようだった。
     「あんたの得意技だろ。若い娘をあんなに赤面させて」
     「へいビリーボーイ、拗ねてるのか?」
     「拗ねてない。感心はしてる」
     「あそこの親父は熊みたいな大男だったからなぁ。俺みたいな男に慣れてないんだろう」
     色んな男を知っておくのは大事なことだよ、と言いながら手際良くビスケットに切り込みを入れ、バターを塗っていく。そうかな、とビリーは思う。だって彼女がどんなに待ったところで、あの辺鄙な土地にグッドナイトのような男は滅多にやっては来ないのだ。
     「ビリー、魚を少し炙ってくれ。酸味がとれる」
     炙った魚とチーズをビスケットにのせてピクルスを挟み、たっぷりと胡椒を振る。ビリーはスープを作るために唐辛子を何本かほぐして、干し肉とともに火にかける。そこらに自生していた野草を入れようとしたらグッドナイトに止められた。
     「食える草だ」
     「俺は食いたくない」
     出身地のせいか二人とも辛いものは好きで、しかしお互いの故郷の味に慣れるには時間が掛かった。グッドナイトはビリーが作る料理のあまりの唐辛子の量にむせ、ビリーははじめ胡椒のせいでくしゃみが止まらなかった。今では大きな街に寄ればどちらも欠かさず仕入れて、こうして炊事のたびに使っている。ひどい味の食材や、鮮度が少々怪しいものしかないような時には嫌というほど振って辛さで誤魔化したりもした。
     岩場に良い香りが立ち昇る。獣を寄せつけないよう、ビリーは焚火に枯木を足して火を大きくした。
     手渡されたサンドイッチを頬張る。魚とピクルスの強い酸味がバターとチーズでまるくなっている。
     「うまい」
     「そうか?良かった。お前さんのスープも美味いよ、ちょっと辛過ぎるけどな」
     グッドナイトもサンドイッチを齧り「うまいな、ディルが効いてる」と言った。
     「ハーブ」
     「そうだ。爽やかな良い香りがするだろ?」
     「青臭い」
     「それを爽やかって言うんだ」
     ビリーはピクルスが入れられた瓶を手に取る。いくつもの小さなきゅうりに混じって、細長い草が一本浸かっている。
     「これか?」
     「そっちはローズマリー」
     グッドナイトはビリーが興味を持つのが嬉しいようだった。ビリーはさしてハーブ自体に興味があった訳ではないが、グッドナイトからものを教わるのは好きだった。
     ただ栄養を取るためのものにわざわざ香りをつけて楽しむというのは、多分贅沢なことなんだろう。食えれば何だって良いと言うビリーに、グッドナイトは何度も「美味いものは魂を豊かにする」と言った。まだ警戒しながら旅をしていた頃、良いから食ってみろよ、と彼が差し出したものは確かにどれもこれも美味いのだった。
     鉄道会社で泥のように働いていた頃はそんな風にものを食べたことは無かった。そんな事を考える余裕も無かった。
     「ローズマリーは不変の愛の象徴でもある。常緑樹だし、防腐作用もあるしな」
     「この草が愛の象徴?」
     「ハハ、そう言ってやるなよ」
     ビリーが訝しげに瓶の中を眺めるのを見て、グッドナイトは楽しそうにしていた。
     「永遠の思い出とか、記憶とかな。まぁ植物に託しちまうくらい、人はいつもそういうものを願って来たって事だよ」


     鍋を砂で洗い、残りの食糧をふたたび大事に包む。次の宿場街まであと丸一日はあったが、これだけ潤沢な食糧があれば凌げるだろう。
     先に休んだグッドナイトが静かな寝息を立てるのを見ながら、ビリーはふと宿の娘の事を考える。いつか彼女はグッドナイトの青い瞳を思い出す日があるだろうか。永遠の思い出か。
     それはあった方が良いものだろうか。
     知ることは大事だ、とグッドナイトはいつも言う。知れば選択肢が生まれる。お前だって美味いものを知ったからにはもう戻れないだろうと。ビリーは戻れない事はなかったが、選べる状況であれば良い方を選ぶだろうと思う。多分選べるようになるために、あれこれ知ることが必要なのだろう。

     焚火の煙が空に立ち昇る。

     ビリーはあの辺鄙な土地、粗野な男達しかいない狭い土地から彼女がするりと抜け出し、新天地へ向かうところを夢想する。彼女は伸びやかに歩いてゆき、自分の手で好きなものを選びとる。ある事すら知らなかった世界を歩く。触れたことも無かったよろこびを知る。
     いつの間にか少し自分と重ねているので可笑しくなる。勝手な想像だ。なんだかグッドナイトに似てきている。
     彼女も自分もグッドナイトを知ってしまった。甘い声で人生の愉しみを囁き、そのくせ自分自身はそれを享受するのにひどく難儀しているような、思わず手を差し伸べずにはいられないようなこの男を、もう知ってしまったのだ。

     「眠くなったら食うと良い」とグッドナイトに手渡されていた小瓶を開けて、中身を一粒口に含む。蜂蜜漬けの木の実。甘いものを口にするのは久しぶりだった。風に吹き曝された身体の緊張をほぐしてくれる。
     グッドナイトが魘されたら起こして食べさせよう、とビリーは思う。彼女が丁寧な手つきで分けてくれた甘さ、分けてくれた愛。きっと夜の中でもがく彼の不安を鎮めて、助けになってくれるだろう。


     夜明けはまだ遠い。旅の道のりも、遥か知らない日々まで遠く続いている。





      
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    2025/04/12 1:32:11

    ビスケットサンドイッチ

    マグニフィセントセブン/ビリー×グッドナイト
    2018年発行のアンソロジーに寄稿した短編です。

    初出 2018,10,20「ビリー&グッドナイトごはんアンソロジー TODAY'S DISHES」寄稿 (砂けぶり/浅乃様発行)


    #マグニフィセントセブン #ビリグディ

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