Hrizon
ビリーは馬で駆けるのが好きだった。
故郷でも鉄道会社に使われていた頃にも当たり前のように乗っていたが、それは運搬や馬力を必要とした労働のためで、こんな風に思うままに駆けるようになったのはグッドナイトと出逢ってからのことだった。
全身に風を受けて前へ進む。周囲の景色が後方へと流れる。振動。風が身体の中を勢いよく通り抜けて行くように感じる。馬の脚が乾いた大地を蹴り上げ、砂塵が舞い上がる。全身の筋肉を使って前へ進む躍動が脚元から伝わってくる。
「ビリー!飛ばしすぎだ!馬が止まれなくなる」
後方からグッドナイトに声を掛けられて速度を緩めた。興奮した馬の首に手を当てて宥めると、どくどくと脈打って熱を持っている。
馬には迷いがない。自分に似ていると思う。
まぶたに汗が流れてきて袖で拭う。目を開くと、前方にひろがる地平線。遠くに霞む山々の峰。以前はただ風景としてあったものを、今は自分の行先として見ている。あの果てしない山々の、さらにその向こうまで馬はビリーを運んでくれる。
「あの峠を越えるのにどのくらいかかる」
「天候が良けりゃ三日かな。雨にならないと良いが」
地図を広げるグッドナイトを見る。ビリーを地平線の果てまで連れて行っているのは、馬ではなく彼なのかもしれない。
「なんだ?ご機嫌だな」
「いや」
水筒を煽って水を飲む。この錫の水筒も、馬も、いま持てるものは全てグッドナイトを通して手に入れたものだ。今の自分を自分たらしめる銀のナイフも、名前さえも。彼に手を引かれてここまで来た。だけど、とビリーは思う。
グッドナイトがときどき精神的にひどく消耗し、身動きが取れなくなることを知っている。毎晩夜の中でもがいてるのを知っている。彼を立ち上がらせて手を引き、どこまでも遠い場所へ連れて行くのもまた、自分の役目でもあるのだろう。互いが互いの馬のようでもある。
グッドナイトの馬を見るとじっと大人しくして、地図を広げる彼の意思を静かに伺っているので少し可笑しくなる。俺たち同じだな。
「南東の方に小さい湖があるな。馬達にも水を飲ませたいし寄ろうか」
「ああ。良かったな、水が貰えるぞ」
「どうした、ほんとに機嫌が良いな?お前さんが馬に話しかけるなんて」
「あんたに似ただけだよ」
グッドナイトが合図を送り、待っていたとばかりに彼の馬が歩き出した。ビリーの馬もそれに倣う。
急ぐ旅ではない。あの山を超えたら裾野に広がる荒野を進み、また別の山を超え、あるいは次の街に行く。掛け試合をして稼ぐ。そしてまた、まだ見ぬ場所へ向かって荒野を駆ける。
過ぎ去った土地も日々も遠く、目前にひろがる風景の先にはグッドナイトと二人だけの道のりがある。