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クロが不死になった原因
クロは今は存在しない小さな村で生まれた。母親は産んだ直後に死んでしまい、父親が1人でクロを育てていた。母親が死んだのが影響したのか、昔からやけに大人びていて達観した性格だった。クロは父親のために朝から夜まで働き、父親もまたクロのために朝から夜まで働いていた。誰よりも強い親子の絆で結ばれていた。
そんなクロの村は貧しく、不定期で雨が降らない時期になると作物が取れなくなり餓死するものが多かった。それを防ぐためにずっと昔から『雨呼びの儀式』を行っていた。村で若い(20を超えていない)娘の命を神に捧げ雨を祈る。不気味な儀式だがそれで雨が降るのは確かだった(この儀式のせいでほかの近隣の村からは疎遠されている)。
だが過疎化に高齢化が進んで、村にはクロ以外に若い人間はいなかった。それにクロは男で生贄の対象外だった。だがそれ以外に手がないためどうにかクロを生贄にしようと村の人間達が父親に交渉する。が、もちろん許すわけでもなく、合意の元で父親はクロを家に軟禁した。あと数日でクロは成人を迎える。それまでの辛抱だと二人とも考えていた。が、あと1日という所でクロが村の人間に攫われ、生贄に捧げられてしまった。泣き叫ぶ父親の前で心臓を一突きにされるクロ。
クロは暗闇の中声を聞く。
「哀れな生贄よ。望みをひとつ聞いてやろう」
クロはそれが神とも知らず、神にこう言った。
「父さんが心配だから、死にたくない」
「そうか、それがお前の望みか」
「そうなれば、神が必要だ」
「お前のための新しい神様が」
クロは不死になった。
生き返ったクロを見て村の人は驚き、父親は感涙しクロを抱きしめた。
誰かがこう言った。
「こいつは雨を祈らず、自分の復活を望んだんだ」
「化け物に成り下がった」
「こいつを殺さない限り雨は降らない」
村の人間は憤慨しクロを嬲り殺す。だがそれでもクロは回復し続ける。
「どこかに閉じ込めよう」
「身動きが取れないように」
「仮死状態なら回復さえしない」
クロは山奥の小屋に幽閉され猿轡をされ四肢に数十本の杭を打ち込まれる。どんなにくぐもった悲鳴をあげようがもう狂った村人は顔色1つ使えなかった。
父さん。父さん助けて。
必死に父親に目配せをする。父親はそれをみて声を絞り出した。
「気持ち悪い目だ。抉りとろう」
クロを幽閉したとたん雨が降った。クロは唯一潰されなかった耳で雨音を聞いていた。痛みはとうに無く、あるのは行き場のない怒り。
どうして僕が
何もしていないのに
ただ父さんと生きたかった
なのに父さんもぼくをうらぎった
憎い
にくい
にくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくい
クロは自分の両腕が軽くなるのを感じた。自分の両足が自由に動くのを感じた。誰かが抜いたのか。それとも勝手に抜けたのか。クロが考えることはたったひとつだった。
おなかが、すいた
ふと目が覚めると、灰色の空が広がっていた。久しぶりの空にクロは目を細めた。
気づくと腹は満たされていて体は軽かった。気分もすこぶるよかった。
なぜ自分が地面に転がっているのだろうか。
体を起こすと辺り一面血の海になっていた。クロはその光景に驚き後退りをする。ドン、と何かにぶつかり後ろを振り返ると四肢のない胴体だった。
村の人間達は全滅しているようだった。
クロはよろよろと立ち上がると、ある家の物陰に何かが動いたようだった。生き残りか、と急いでいってみるとそこには白髪の小さな子供がしゃがんでいた。
白い角が生えていた
その子供はクロを見た途端満面の笑みを浮かべて抱きついた。どうやら自分によく懐いているようだった。
その子供はおそろいだ、と喜んだ。クロは自分の頭を触ると、ごり、と硬い感触。血の池を除くとそこには黒い角があった。人間でないものの証だ。
そういえば、父さんはどうなったんだろう。
クロはその子を連れて自分の家まで歩く。クロの家は大きな爪で引っ掻いたような跡があった。恐る恐る家に入ると、父親の首無死体が転がっていた。
一瞬絶望はしたが、憎しみの方が膨れ上がる。
僕がいない間に化け物が訪れたようだが、この子以外に生き残りはいなかった。だがざまぁみろ。僕をいじめた罰だ。父さんもだ…
だが、クロは机の上に見覚えのない記帳を見つける。なんだ、と思い記帳を開く。
父親として最低なことをしてしまった
黒は怪物になった。どんなに殺しても殺せない。それはどっちでもいい。どんな姿になっても私の息子だ。だが村人は怒りが収まらず、黒を仮死状態になるまで痛めつけ山の奥に幽閉した。私は反対したかった。だが、ここで反対の声を上げて私が殺されたら、誰も黒を救えない。
私の頭は狂気的な作戦を思いついた。これでしか黒を救えない。
私は進んで黒の目を抉ると宣言した。こうすれば私が村の意見に従う姿を見せれる。それに、黒の体の部位を誰かに持たせるなんて絶対にさせない。
絶望した黒の顔が今でも忘れられない。目玉の感触が今でも手に残っている。許してくれ。いや、許さなくてもいい。私はただお前だけを救えればいい。
今日で黒の体に打ち込まれた杭をすべて抜いた。そして黒の目玉を入れていた瓶の蓋を取る。するするとあるべきところに戻って行った。今更だが不思議な体になってしまったものだ。
黒。お前がこれを読むはずはないが、これだけは決して忘れないでくれ。
私はお前を愛してる。生き て く
(ここで文字が途切れている)