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魔女を狩るという事
昔昔のお話をしましょうか。
遠い昔、まだ私がこんなシワシワじゃなくて、貴方みたいに小さかったころ。人間じゃない人たちがまだそんなにいなかった頃に、『魔女狩り』という、それは恐ろしいものが流行していたの。
魔女狩り、っていうのはその名の通りで、人間に危険であると考えられていた魔女を見つけて、殺しちゃうことよ。でもね、魔女とは名ばかりに、殺された女の人は人間だったの。
なんで殺されたの、って?そうね…殺された女の人達はみんな、普通の人とはちょっと違ったの。人付き合いが苦手だったり、女性なのに勉学を勤しんだり、それに…多くの人が綺麗な方だったわ。
おばあちゃんは疑われなかった?いやねぇ、私なんてごく普通の顔だったから選ばれるわけないわよ。それに、疑われたらもう最後。絶対に裁かれてしまうの。
だけどね、魔女狩りに本当の魔女がいたら、どうなると思う?
今日はね、その話をしてあげるわ。
その人は3年前にふらっと私の町に現れた。長いローブを身にまとって、旅人だと名乗った。
お尻まである長い髪の毛。性別不明な顔。その人は何故か名前は名乗らず、町長さんににこやかな笑顔でこう言った。
「空き家はないかい?金は払うからしばらく居させてくれないかな」
最初怪訝な顔をしていた町長さんだったけど、旅人さんが大量の金貨を見せた途端にころっと機嫌を良くした。そして私の家の隣が丁度空いていたからそこに住むようになった。
私は好奇心旺盛な子供だったから、次の日の朝にすぐ遊びに行ってみた。ドアをノックすると旅人さんは昨日と同じ格好をして現れた。
「おや。可愛らしいお客さんだ」
そう笑った顔はとても…そう、『美しい』ものだった。だけど、裏がある美しさというのだろうか。私はそう思ったのと同時に恐怖を感じた。子供ながらに。
「おいで、お菓子をご馳走しよう」
だが恐怖を覚えたのは一瞬で、私はお菓子という言葉に釣られてすぐに家に上がった。
旅人さんの家にはたくさんの家具があった。どれもこれも見たことない家具だった。それに、本も大量にあった。
こんな家具、どこにあったんだろう。
私は不思議に思った。だけど、まるで御伽噺の世界に入ったみたいでワクワクした。フカフカの高級そうな椅子に腰を下ろした。
「ほら。ビスケット」
旅人さんは、当時高級品だった小麦をふんだんに使ったお菓子を大きなお皿に大量に乗せて持ってきた。美味しそうな牛乳と一緒に私はいっぱい食べた。
「君は随分痩せぎすだな」
旅人さんは私が夢中で食べているのを微笑ましそうに見ていた。
「この町にはあんまり食べ物はないのかい?」
私はこの町に浸透している魔女狩りの話をした。
この町には異端審問者がたくさんいる。
異端審問者は少しでもおかしな行動をすると、すぐに魔女扱いをし拷問し、見世物にして殺す。やれ贅沢しすぎだ、やれ暗い性格だ、などといちゃもんつけては捕まえる。
の、癖して彼らは重い税収をかけて町の人たちから食べ物を搾取する。そして偉い人達だけが美味しい思いをしている。
「なるほど。じゃあ町長・異端審問者・その他の偉い人達がこの殺戮を楽しんでいると。面白い話だ。通りで女性が少ない話だ」
旅人さんは心底面白そうに笑いながらそう言った。
「そんな人間がいたっていいじゃないか。十人十色。他人が勝手に他人を決めつけるなんておかしいにも程がある」
流石旅をしているだけあるというのか、旅人さんは達観した事を言った。当時の私はよくわかってなかったが、その言葉に強く心を打たれた。
「君はこんな生活嫌だろう。もっと伸び伸び暮らしたいはずさ。そうだろう」
私はその言葉に強く頷いた。
この町に住んでいる女性は異端審問者に怯えてあまり家から出ようとしない。でも出ないと出ないで怪しまれる。みんな仮面を被ってニコニコしている。本当は怖くて仕方がないのに。
私のお母さんも、異端審問者が来る前は穏やかな人だったのに。すっかりやつれてしまった。
「…そうかい。それは辛いね…明日もまたおいで。面白い話を沢山してあげよう」
旅人さんは私の頭を撫でて、お土産にいっぱいビスケットをくれた。私は異端審問者に見つからないよう服の中に入れて、急いで帰った。
私は旅人さんの事が大好きになって、毎日入り浸った。正直お菓子が目当てだったのもあるけど、旅人さんのお話はとても面白かった。とある怪物のお話。何度も転生する双子の話。どれも全て面白かった。
旅人さんの性別・名前・どこに住んでいた・年齢を聞いたけど、結局何も教えてくれなかった。ますます不思議な人だった。
それに、頭が良くて私は文字を習った。女の人には必要ない、って言ったら「いずれそんな時代は終わる」と笑った。本当に終わったからすごいなって思った。
旅人さんと過ごす日々はとても楽しかった。
だけど、それは突然終わりを告げた。
旅人さんの家をあとにして、私の家を見たら異端審問者が沢山いた。
「何かあったみたいだね」
私は旅人さんと一緒に急いで家に向かった。すると私のお母さんが縄で縛られ連れ去られそうになっていた。
「女の癖に贅沢をしていた」
そんなわけない、と私が息を荒らげると、異端審問者のひとりがビスケットを手に持っていた。
「こんな高級菓子どこで手に入れた。こんなのどこにもない。女が贅沢するなどありえない。なので、こいつは魔女だ」
それは旅人さんがくれたビスケットだった。
お母さんと食べて、美味しかったから勿体なくてこっそりとしまっていた。あんなに喜んでいたお母さん見たこと無かったから、つい嬉しくて、次の日にも残しておいたら次の日もお母さんが喜ぶとおもって。
私のせいだ。
私のせいでお母さんがしんでしまう。
私は泣き叫んで異端審問者を引っ張った。お母さんが連れていかれないように。でも子供一人の力じゃどうすることも出来なくて、いとも簡単に私の手は振りほどかれた。
どうしよう。
どうしたら…
「それは私のものだ」
旅人さんはよく通る声でそういった。異端審問者の歩く足が止まった。
「そこの餓鬼が勝手に盗んだんだろう。まったく。これだから貧乏人と言うものは」
異端審問者は怪訝な顔をした。お母さんを地面に投げ捨てて、今度は旅人さんを囲った。
「どうしてお前がこんなものを持っている?」
「はは、決まっているだろう」
「私が魔女だからだよ」
旅人さんは私たちを庇ったのだ。
異端審問者はざわめいて、急いで旅人さんを捕まえようとした。旅人さんは抵抗せず拘束された。
「拷問したって意味ないぞ。なんせ私は認めたのだよ、魔女だと。だったらする事は一つだ。さっさと火あぶりの刑にすればいい」
私は叫んだ。
やめて。連れていかないで。その人は魔女なんかじゃ…
そう叫ぶ私を旅人さんは見た。
そして軽くウインクをした。
そっか。私ははっと気づいた。
旅人さんは賢い。きっと何か策があるんだろう。私は少しだけ安心したが、それでもやはり怖かった。
私はお母さんの縄を解いて、一緒に処刑場にむかった。すぐに処刑の準備は整って、旅人さんは十字架に縛り付けられ手を胸の前に無理やり組まれる。お決まりのポーズだ。
「これより魔女を処刑する」
見物客など私たち以外の住民はいない。当たり前だ。誰が『人間』が燃える姿など見たいものか。
異端審問者達、町長などの町のお偉いさん達は全員集まっていた。自称だが、本物の魔女が処刑されるのを見たかったのだろう。だから心の奥底では、彼らも今まで殺してきた女性は『人間』だとわかっていたのだ。
よく燃えるモミの葉が大量に置かれた足元に火がつけられる。炎は一気に強くなり、旅人さんの体の半分を包む。
私は大きな声で旅人さん、と叫んだ。
旅人さんはその声に気づいたのか、今まで閉じていた目を開けて
笑った
その笑顔には、恐怖の感情しか生まれなかった。
恐ろしいほど『美しい』笑顔だった。
「自分達が一生懸命考えた、儀式という名の『歪んだ性癖』にはもう満足したかい?」
旅人さんは腕を広げた。イエス様の構図と一緒だった。
「女性を痛めつけ、燃やし、殺す。あぁ!何とも酷い行いだろうか!なんとも残虐で神の目から背を向けた人間達だろうか!ただ1人の下らない下衆な男の妄想が書かれた書物を参考にし、その妄想に囚われ、嘘で塗り固められた内容だと知らず、正しいと信じて何百人殺してきた?実に馬鹿馬鹿しいな」
旅人さんの言葉に耳を塞げず、その姿に目を離せず、誰も口を開けなかった。みんな唖然として旅人さんを見上げていた。
「爪を剥ぎ、指を潰し、目を抉り、歯を全部抜き、骨を折って肉を抉って、つるし上げて、水に沈めて、おしまいには姦通か!それが魔女か人かを確かめる方法?なんとも笑わせる!そんなお前達に見せてやろう!濁った目玉をよく開いて見るがいい」
「本物の魔女を、見せてあげよう」
その瞬間、旅人さんは突然高く燃え上がった炎に包まれた。皆驚き少し退いた。
そしてその炎から笑い声。
炎は一瞬で消え失せ、代わりにいたのは焦げ跡ひとつ付いていない旅人さんだった。
ぷかぷか、空に浮いていた。
誰も目を離せない
旅人さんはその場にいる全員の視線を浴び、目を細めて笑った。
「さぁ、憎しみの声を聞くがいい」
彼は指を慣らした。するといきなり空が真っ暗になり、夜より深い黒に染まった。私とお母さんは抱き合ってブルブル震えていた。
そして、1人の異端審問者の悲鳴が響き渡る。お母さんは私の目を塞いだが、その指の隙間から確かに私は見た。
あれは、無残にも殺された女性の怨霊だ。
何人も何人もゆらゆら現れ、その度に殺した男達に取り憑いていた。噛み付いて、引きちぎって、殴って蹴って嬲りまくる。
異端審問者たちは逃げようにしてもどうも旅人さんが魔法で止めているようで、身動きも抵抗もできず醜い姿で死んで行った。哀れな男達の悲鳴は暫くずっと続いた。だがそれもいつしかおさまり、全員が死んでしまった。
「彼らの死体は私が処分しておこう。なに。生きていた時よりは十分役に立つ『生き物』にしてやろう」
また旅人さんは指を鳴らした。するとバラバラに飛び散っていた肉、血は綺麗に無くなった。
怨霊たちはゆらゆらと漂っていた。よく見ると、醜い姿だと思っていたものは生前にやられた傷だった。肌が爛れているのは燃やされたから。腕が変な方向に曲がっているのは折られたから。歯がないのは抜かれたから。
「さぁ、君たちはあの世でゆっくり休みたまえ…その前に、その姿じゃ天使も驚く。餞別だ。綺麗にしてあげよう」
旅人さんは手を広げて空を仰いだ。すると真っ暗だった空に無数の星が輝き始めた。
「君たちはあの星々のように美しい存在だった。さぁ、変わりたまえ」
不思議なことばかりおこる。醜い姿だったのに、一変して美しい姿に変わっていくのだ。女性達は驚いて、泣いて、そして笑っていた。
ありがとう
そう言ってみんな消えていった。
気づくと真っ暗な世界じゃなくなって、元いた町になっていた。だけどどんよりとした空気は消え、異端審問者がいなかった昔の町に戻っていた。
「君たちを巻き込んだのは私のせいだ。すまなかった」
旅人さんは私たちに近寄って少し悲しげな表情で笑っていた。
そんなことない。助けてくれてありがとうと、私は旅人さんに触れようとした。だが私のお母さんは私を抱きしめ、旅人さんを怯えた目で見ていた。
旅人さんはそんな態度に、むしろ満足した顔で笑った。
「そうだ。母は強し。それが正しい反応。君のお母さんはいいお母さんだ。そのまま触っていたら、私は君を頭から食っていたかもしれない」
旅人さんはくるっと踵を返した。
「世話になった。ありがとう。とても楽しい生活だった。もう会えないとは思うが、いい人生を」
そう言って、瞬きしたら既にいなくなっていた。
あの後、町の人達に言っても誰も旅人さんの存在を忘れていた。でも私のお母さんと私だけは覚えていたの。
お母さんはちょっとだけ後悔していたわ。「感想を言うべきだったのに。私、あの時怖くて、あなたが攫われるんじゃないかって…」ってね。
旅人さんにはもう会ってないの。でもね、なぜか私の誕生日に、誰かが謎のケーキを届けてくれるの。とても豪華でとても美味しいの。きっと旅人さんだって、お母さんと私は顔を見合わせたの。旅人さんには一回も教えたことないのに。でも、きっとあの人の事だわ。きっと、心でも読んだのでしょうね。ふふ。
今日もきたの、って?
あら、当たり前よ。
だって今貴方が食べてるケーキが、あの人が届けてくれたの。