0-2クロのその後
クロはその後村の唯一の生き残りの少年にシロと名付け、隣村に移動する。角がバレてはいけないので死体から布や笠を剥ぎ取り隠しながら。
隣村の村長はだいたい40歳ぐらいで若かった。クロは自分の故郷は飢饉に襲われ、ほぼ全滅してしまったと、適当な嘘をついた。それを聞いた村長はクロたちを不憫に思って、しばらくここにいればいいとクロたちの移住を歓迎してくれた。
ちょうどあった空き家にクロ達は自分たちの身柄がバレるまで住むことになった。クロはひとまず安心し、改めてシロの素性を確認することにした。
シロは自分の名前がなく自分がどこで生まれて、何故あの村に居たのかも知らないようだった。シロの見た目は白い髪に白い角。きっと自分と同じく人間ではないのだろう。クロはそう考えた。
シロはとても無邪気な子供だった。クロによく懐いて、村の人達ともすぐに仲良くなっていた。その姿をみて、昔の自分と父親を思い出して少し悲観的になるクロ。
せめてこの子だけは僕が守ろう
クロは口には出さなかったが固く心に誓った。
新しい村に引っ越してしばらくしたある日の夜。村長がクロたちの家に顔を出した。
「この村には馴染めたか?」
「えぇ、みなさん優しくて接しやすいです」
村長は少し雑談がしたいといい、家に上がった。
「そういや、お前さん達は隣の村から来たって言ってたよな」
「そうです」
「あの村の出身、と聞いて最初俺は受け入れるのを悩んだんだ。だって、ほら…妙な儀式をするじゃないか」
「あぁ…」
「でも、お前さん達は俺の考えとは反して常識人でよかった。そうでなかったら追い出すところだったよ」
「ははは」
「でもな、俺もあの村出身だったんだ」
クロは目を丸くした。
「引っ越した、ということですか?」
「いやいや。無理なことはあんたが1番わかってるだろう。あの村に生まれたものはあの村で死ぬ。妙な掟だよなぁ」
「と、言うことは」
「俺の母親と父親は俺が儀式に使われたら溜まったもんじゃないと思って、ここの知り合いに赤ん坊の俺を預けていったんだ。まぁ男だったから儀式には使われないとは思っていたが、念の為だろうな」
「なるほど。いいご両親ですね」
「でもよぉ」
村長はそこで言葉を区切り、クロを見つめた。口は笑っているが、とても冷たい目だった。
「最近、若い男が儀式に使われたんだってな」
クロは血の気が失せるのを感じた。だが話を合わせるために冷静を装う。
「そ、うでしたね」
「なんとも酷い話だ。そいつが可哀想だ。俺は両親から話を聞いた時そう思った」
「だけど、そいつは生き返った。化け物になって蘇ったってな。怒り狂った村の住民がそいつを殺しに殺したが、どうしてもそいつは復活する。だからギリギリまで痛めつけて幽閉したって。なんともおぞましい話だな。お前も加勢したのか?」
村長は急に饒舌になり、あの事をべらべら話し始める。クロは戸惑い、不安を隠せなくなる。
「…いえ、僕は……」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。儀式は村の住民全員で行う。それが掟だ。だって俺の両親も加勢していた。だが…流石にもうあの村にいるのが嫌になって、こっちに行きたいって言い出した。俺はもちろん賛成した。だって、俺は両親と初めて一緒に暮らせるんだ。そんな薄気味悪い村なんて居たくないだろうし…ってことで着々と引越しの企画を企てた。夜、月が1番高い時間にこの村の入口でまってるってな」
「そしてその夜。俺はちゃんと入口で待っていた。だが、その時間になっても両親は来なかった。もしかして村の住民に見つかったんじゃないかって、俺は心配になって迎えに行ったんだ。そしたら、」
「化け物がいたんだ」
「なぁ」
「化け物が人間を食い潰していたんだ。腕も角も何本も生やして、でかい手で家を壊して、村人を引きずり出して頭を、腹を、足を、腕を噛みちぎっては殺してた」
「俺は怖くて木の影に隠れて震えながらその凄惨な光景を見ていた。辛うじて人間らしい姿をした化け物は人間を食って食って食いまくって……満足したのか、ぶっ倒れた。どんどん腕も角も取れていって、残ったのは」
「お前だ」
「お前がいた」
「お前は村の住民を食った。俺の両親もだ。おふくろが言っていた通り、お前は化け物になった」
「お前が俺の両親を殺した」
クロは脂汗が止まらなかった。
口がカラカラにかわき、目はもう村長を捉えていなかった。長い長い沈黙が続いて、聞こえるのはシロの寝息だけ。
クロはようやく口を開いた。
「ぼ、くじゃな、い」
その途端村長はクロの首を絞める。押し倒し、馬乗りになって、全体重をクロの首にかける。
「お前が殺した。お前が俺の両親を殺したんだ」
息ができず、男の腕を引っ掻いて掴む。
「何苦しそうな振りをしてるんだ。どうせ死なないんだろう」
「一旦気絶したら、地中深く埋めて二度と出られないようにしてやる。俺の両親の仇、」
言葉を言い終わる前に、男の首だけがどこかに吹っ飛んだ。
クロは驚き、倒れてくる首無死体に悲鳴をあげながら無理やり体をどかし死体から抜け出す。
酸欠でぼやけた視界、目の前にいたのはシロだった。
「だいじょうぶ?クロ」
手は真っ赤に濡れていた。
「なんで、お前」
シロはにっこり笑って恐ろしい言葉を口に出す。
「やっぱり、きおくがないんだね」
「クロはね、こうやってみなごろしにしたんだよ」
クロがその言葉を理解する前に、シロは家を飛び出した。クロは慌てて地面を這いずるように急いで家を出る。
シロの背中には腕が何本も生えていた。その大小様々な手は悲鳴をあげる村人を握りつぶしたり、引きちぎったり、惨い殺しかたを飽きるまで続けている。シロは死体を食べながら楽しそうに殺し続ける。
クロはただ呆然と見ていた。だが途中で我に返ってシロを止めようとする。
「やめろ!」
だがシロの何本かある手がクロを掴み、身動きが取れないようにされる。
「ちゃんとみて。そして思いだして」
「自ぶんが何をしたのかを」
シロの声は少年の声でも大人の声でもない、色々な声が混ざり合っていた。
クロは為す術もなく、村人が全滅するのをただみていた。
「自分のこと、おもいだした?」
シロは笑いながらクロに問いかける。クロは憔悴し切った顔で首を何度も降る。
「しらない。僕は何も、」
「しかたないなぁ。じゃあ見せてあげる」
シロは自身の目玉をくり抜き、それをクロに見せる。
するとおかしな事に、誰かの記憶が流れ込む。きっとシロが見た景色なのだろう。
そこには人ならざる形をしたクロが、先程のシロのように人間を食って食って食い殺していた。
間違いなくクロ自身だった。
「やめろ!!」
クロは泣き叫びながらシロの目玉を叩く。シロは目玉を拾い上げ入れ直した。
「なんなんだ。おまえは一体誰だ。なんで俺に付きまとう」
シロはまた笑った。
シロの体がぐにゃ、と『変形』する。メキメキと気味悪い音を立てて、もはや人間の形をとどめていなかった。
「ぼくは」
「俺は」
「私は」
「我は」
「クロの、守護神」
シロは成人した男性に変わった。だが輪郭が歪み、顔も目を離すとまた変形する。シロには『自分』がないのだろう。
「あの時クロが、『死にたくない』と願った。だから俺が誕生した。嬉しかった。だから、クロは永遠に生き続ければ、私も永遠に生きれる。クロは僕で、我はクロ。クロが生き続けてくれる事が俺の幸せ。喜び。僕が生まれたのはクロのおかげなんだ!」
クロは絶望した。あの時あんな事を願わなければ、こんなことにならなかったのだと。
「僕はクロのために生きる。クロは死なないことが願いなんだよね。嬉しいんだよね。だから永遠に生かしてあげる!そうしたら私もそばにいられる!」
「じゃあ、僕はどうしたら」
「さぁ。なにか叶えて欲しいなら、俺に言ってよ。できる限り叶えてあげる」
「じゃあ、僕を殺してくれ!」
「それは嫌だ。だって私も消えちゃうじゃん」
「じゃ、じゃあ時間を巻き戻して」
「それをしたってこの未来は変えれないよ。運命は変えれないんだ」
「死んだ…人間を生き返らせて」
「そんなことしたってクロは1人になるんだよ。より傷つくだけだ。それに、クロが食べちゃったじゃないか」
どう足掻いても何も変わらない。クロは何度目かの絶望を食らう。
クロはシロを恨みそうになる。だが、この結果を招いたのは自分の貪欲な願いのせいだ。全て自分が悪い。全部自分が殺してしまった。
父さんも、自分が殺した。
「…きっとこの先、僕は数百年数千年その先も生きる。その途中できっと、僕は心が変わる。きっと君のせいにして、自分が犯した罪を少しでも軽くしようと、君を悪者扱いする。それは、嫌だ」
『自分が悪いことをした事を他人のせいにしてはいけない。その間違いを二度と犯さないように、覚えていないといけないから』
「…かつて父さんが僕に言ってくれた言葉だ。だから、」
「君の記憶を消してくれ。もう二度と僕の目の前に出ないと誓ってくれ」
クロは血塗られた地面に立っていた。
また自分があの時のようにみんな殺したんだと、静かにさめざめと泣いていた。
「父さん、ごめん…僕、お父さんの教えを守れなかった」
クロはフラフラと歩き始める。過去の悲しみ、自分の過ちを全て背負って、宛もなく歩き始めた。
(そんなことしたってなんの意味のもないのにね)
誰かが笑う声は、クロには届くはずがなかった。