晴耕雨読こぼれ話 街道を外れて歩いていく。この先は舗装も何もない道とも呼べない道を進んでいく。
手前を楽し気に歩いていく出久は耐えられるだろうか? もし何かあるようなら全力で守らねばならない。
「デク」
「なぁに?」
「今日からしばらく野宿になる」
大抵の女は野宿を嫌がる。風呂はない、寝るのは野外。身だしなみを整えることもできない。出来る限りフォローをするからと口を開く前に。
「野宿!? わぁ! 初めて!! どんなかな! 僕さ、勝さんに野宿するときに使う魔法も教えてもらってるんだよね! すっごい楽しみ!」
キャンプ? キャンプみたいと楽しそうに笑う出久に呆れていいのかホッとしたらいいのかわからなくなる。
「あんまはしゃぐな、そんないいもんじゃねぇぞ」
「分かってるよ、きっと大変なんだろうけどさ。僕家族と一緒にどこかに出かけたのって君があっちにいた時以来だから」
さらりと自分を家族とカウントされて勝手に胸が高鳴る。出久の家族と勝己の家族の認識にはだいぶずれがあるのだけれど。
「あーまぁ、嫌じゃねぇならいいわ……」
はしゃぐ出久を捕まえて頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「すっごく楽しみ」
見上げて笑う顔はどこまでも可愛かった。
日が暮れる前に森の拓けた場所へ陣取る。傍を流れる川の水質を魔法でチェックし飲用に使えるのを確認してから飲み水に使う。
この世界の川や湖はそこに住む魔法生物次第で飲めないことも多々ある。
「この辺にぐるっと結界張れ。後雨除け」
「はぁい」
そう言われて出久は歌うような旋律をいくつか調を変えて唱えだす。出久の魔法と勝己の魔法は根本的な発動条件が異なるのだ。
「思ってたより多いな? 他に何唱えた?」
「蛇除けと獣除けと虫除け!」
「随分たくさん教えてもらってたんだな」
「うん! 絶対役に立つからって!」
褒めてという様に顔をあげる出久の頭を撫でて焚火に火を入れる。程よい枝を切って蔓を巻き水を張った鍋を吊るしてスープを作る。
「わー、こうやって作るんだ。今度僕も作っていい?」
「おう、じゃー明日な。朝はこれの残りだ」
「うん!」
食料のバッグからパンを取り出しナイフで切って分ける。ぐつぐつと煮えて来たスープをカップに入れて渡し、干し肉とチーズとパンで夕食にする。
「美味しい! ちょっと辛いけど」
「夜は寒くなっからこんくれぇでいい」
「そっか」
早々に夕食を終えて勝己は鍋を降ろし火が消えない様に魔法を唱える。
「もう寝るぞ」
「早いね」
「陽が昇ったら出発するからいいんだ」
「そっか」
言いながら勝己が自分のバッグの中からクッションを取り出し、数度パタパタと振るとあっという間に広がった。
「え、何それ初めて見た!」
「野宿用のマジックアイテムだ」
寝心地の良さそうなそこに勝己がごろりと横になったのを見て自分はどこで寝ようかと視線を巡らせていると。
「おい、何してる。はよ来い」
横になった勝己が自分のマントを捲って一人分のスペースを作ってくれている。
「僕そこで寝るの? かっちゃん狭くない?」
「は? 余裕だろ。いいから来いや」
言われて勝己に近づくと、待っていたという様に抱きしめられあっと言う間に腕の中に入れられた。
「わぁ、温かい」
「このマントも魔法布で出来てっからな。温度調整付きなんだよ」
「へぇ……」
勝己の腕の中は温かいしクッションは柔らかい。むしろ安宿なんかよりよほど快適なのではないかと思った。
「へへへ、えっちしないのにこんなに傍で寝るの初めてだね」
大体こんな風にくっついて眠るのはセックスした後ばかりだ。
「ほんとはしてぇが外だしな。宿取ったらゆっくりスル」
「かっちゃん結構紳士だよねぇ」
「結構じゃねぇ、すげぇ紳士だわ」
「凄くではないと思うよ?」
「すげぇわ」
むきになる勝己が楽しくて笑い始めた出久の頭を無理やり胸に押し付けて。
「はよ寝ろや」
「……っくく、うん。お休みなさいかっちゃん」
「ん……お休み」
背中と頭を撫でる手が気持ちよくて出久はすぐ寝息を立てる。その寝息に誘われるように勝己も眠りについたのだった。