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    もうちょっとだけ待ってて「デク、結婚しろ」
     夕食を用意する手を止めて、帰宅した出久の腕を掴んでそう言った勝己を見上げる。
    「え、今?」
     エプロン姿で? フライパンでお肉が美味しい匂いで焼けていて。
     完璧素主義の勝己にしてはあまりに日常の一部過ぎる光景の中に入り込んできたその言葉を、出久は一瞬理解できなかった。
    「今、すぐ。婚姻届けも指輪ももうある。てめぇの一生を俺に寄越せ」
     コンロの火を止め、洗って来たばかりの左手を勝己が取る。
    「今日、何か記念日とか、誕生日とかだっけ?」
    「別に?」
    「これ、あれだよね?」
     混乱したまま左手の薬指を擽る勝己を見上げた。
    「ぷ、プロポーズ? だよね?」
    「そうだ。てめぇは黙って頷きゃいいんだ。っとにそんなとこまで木偶かよ」
     ズボンのポケットから取り出したリングケースの蓋を開け、赤い石の嵌った指輪を付けられそうになって出久は慌てる。
    「ごめ、待って、待った!」
     大人しくプロポーズを受けると思っていた勝己は不満そうな顔で出久を見る。
    「何だ、嫌なんか?」
    「嫌じゃない、嫌じゃないよ……」
     嫌じゃないどころか今飛び上がるほど嬉しい、けど……。
    「少しだけ、返事……待ってもらえない?」
    「何だ?」
     理由があるなら聞いてやらんでもないと不遜な態度の勝己に、思わず出久は微笑んで小さく息を吸って真っすぐ勝己を見上げた。
    「I国行きの辞令が出た」
     そう言った瞬間勝己が小さく息を飲んだ。
    「……いつだ」
    「今日、三日後にはI国に……帰りは……わからない」
    「……俺には来てねぇ」
    「日本の治安も今はよくないから戦力を大幅に欠くわけにはいかないんだって」
     I国は今大規模テロが起こって市民が無差別に殺されている。一刻も早く解決しなくてはならず各国の指折りのヒーローが事態鎮静に向かうように国境を超えてヒーローたちが集結しつつあった。
     出久もその中の一人に選ばれていた。
     凶悪な個性を持つテロリスト集団が我が物顔で暴れまわっている国。行けば過酷な戦闘になるだろう。命の保証もない。それでも、ヒーローという職に就いている限り断ることは出来ない。

    「……くっそ」
    「かっちゃん……」
     出久はそっと勝己の背中に腕を回す。
    「だから、プロポーズの返事をするために、必ず帰ってくるから……」
    「チッ、しゃーねぇな……返事待ってやる。待っててやるから……」
     出久の背中に回った勝己の腕が強くなる。
    「さっさと帰ってきてはい、かイエスで返事しろ」
    「一択じゃん」
    「それ以外の返事は許さねぇ」
     完成間近の夕食が冷めていくのも構わず、お互い何も言わず強く離すものかと抱き合った。




     ヒーローデク、I国で消息不明! 生存絶望か!

     新聞の見出しに開いたそれをぐしゃりと握りつぶした。
    「くっそ、もっと早く……」
     もっと早くデクを縛り付けちまえばよかった。配偶者なら優遇されたことだってある。こんな職業についているのだ。万が一、何か命にかかわることが起こった時駆け付けられる優先度が違う。
     もだもだと自分にしては思い切りが悪く買った指輪も用意した婚姻届けも渡せずに居た時間。
     あの日するりとそれが出てきたのは虫の知らせだったのかもしれない。
    「返事するつっただろ……くっそ……! はよ帰って来やがれ!」
     ニュースを付けても同じ話題ばかり。まるで追悼のような番組まで始まる始末。出久がI国に行ってからすでに三ヵ月が経過していた。
     I国のテロリストに釣られるように日本でも敵の活動が活発になり、かつ半年前に事務所を立ち上げを開始してしまった今中途半端でやめるわけにはいかない。
     事務所の立ち上げがもう少し遅ければ。あるいは出久へのプロポーズがもう少し早ければ。
     勝己は全てを投げだして単独I国へ行けたものを。

    「くっそ……」

     報道以上の情報は入ってこない。出久の携帯は随分前に通じなくなってしまっていて最後に届いたメッセージは敵の本拠地が見つかったから連絡が出来なくなるかも、というものだった。

    「あいつはしつこいし絶対ぇ諦めねぇクソナードだ。敵も倒さんうちに死んだりしねぇし、仮に死んだら俺が殺す」
     自分に言い聞かせるように呟いてテレビの電源を切った。


     最初の一ヵ月はまるで追悼のようにデクに関する番組も雑誌も、次第に飽きたのか他の話題へと移り変わっていく。


    「デク……」
     起きていつも出久が寝ていた場所のシーツを撫でる。そこには当然温もりはない、そっと出久の枕に顔を寄せてももう陽だまりの匂いはしない。
     徐々に出久がいた痕跡が薄くなっていく。
     連絡ツールに相変わらず自分のメッセージしか並んでいない。読まれた形跡すらない。
     二人で住んでいる時にはあんなに温かかった部屋が酷く寒々しい。
     あの日あいつの指に嵌めてやるはずだったリングは今も箱の中で二つ並んだまま。
     俺の指にもアイツの指にも約束の証は付けられていない。
    「くそ……」
     机の上に置かれたビロードの箱を開けてリングを見るのが日課になってしまった。
     綺麗だった箱が徐々にくたびれていく。
     これを左手の薬指につけて嬉しそうに笑う出久を思い浮かべるのをやめることは出来ない。



     そして、三ヵ月後。
     半年にも及ぶI国へのヒーロー派遣はテロリスト集団の掃討で幕を閉じたのだが。

    「すまん、爆豪君!」
    「ごめんなさい、爆豪さん……」
    「いや、あんたらが謝ることじゃねぇ」
     空港から真っ直ぐ、疲れも取れない様子の飯田と八百万が勝己が新しく立ち上げた事務所に来て開口一番頭を下げた。
    「どうせあのバカが勝手に暴走した結果だろ」
     I国に出久と一緒に派遣されていた飯田と八百万は撤退命令が出るギリギリまで出久の捜索をしていたのだが、強制送還命令が出て帰らざるおえなかったという。

     元A組のクラスメイトは勝己と出久の関係を知っている。
     行方不明の出久を一番心配しているだろう勝己を慮ってくれたのだろう。

    「だが、緑谷君の機転であの場にいたヒーロー全員が助かった」
     砂嵐を起こす個性の敵の影に隠れ、ヒーローたちの背後に回った敵にいち早く気づいたのは最前線で戦っていた出久だった。
     攻めてきている人数にしては攻撃が手薄だということに気付いた出久は、戦いながら周囲を見回し。
     今まさにヒーローたちの背後から襲い掛かろうとした敵にOFAを乗せた指弾を放った。
     一番後ろにいた遠距離支援系のヒーローが戦闘不能になり現場は一気に混沌と化した。

     巻き上がる砂塵、混乱する現場で出久は倒壊する建物に逃げようとする敵を全て引きずり込んで叫んだ。

    「僕が食い止めるから! 一旦体制を立て直して!」
     そんな言葉を残して出久は瓦礫の中に消えていったという。
     その話を聞いて勝己は隠すことなく舌打ちをした。
    「あンのクソナードが!」
     自分がいたなら、そんなことはさせなかった。
    「クソ……っ」
    「すぐに私たちも崩れた陣形を戻して瓦礫を探索したのですが、大部分のテロリストたちが戦闘不能の状態で見つかったというのに一部の敵とヒーローデクだけ見つからず」
    「もしかしたら敵陣に囚われているのではないかと思って……」
     ようやく見つけた敵のアジトで激しい戦闘の中デクを探したのだが、その痕跡は見つけることが出来なかった。
     ただ、一度だけヒーロー達がピンチに陥った時。デクのSMASHの閃光が見えた気がしたと二人ともデクの生存を確信するように勝己に告げた。
     あの攻撃があったからテロリストを掃討できたのだ。
    「緑谷君は生きている」
    「ええ、私たちは近いうちにまたI国へ行くつもりですの」
     絶対に諦めないという二人に。
    「いや、今度は俺が行く」
     事務所は無事立ち上がった。引き抜いたサイドキックは優秀な者や気心の知れたものばかりで、軌道にもほぼ乗せた。
     しばらく所長の自分がいなくてもどうにでもなる。
     ようやく勝己自身が動けるようになった。その事実に飯田も八百万も少しだけ肩の力を抜いた。
    「やっと動けますのね」
    「短時間に頑張ったものだ。流石爆豪君だ」
    「ハッ、てめぇの配偶者のケツはてめぇで拭く」
     勝己が動けないことを知っていた元A組の面子が随分と尽力してくれた半年だった。
    「謝罪と礼はあのクソバカを引きずってきてあいつに全部やらせっからそんときは盛大に吹っ掛けてやってくれ」
     にやりと悪い笑みを浮かべで荷物を持って立ち上がる勝己。
    「その時は遠慮なく緑谷君に説教するとしよう。まぁ、言いたいことは全部君が言った後だろうが……」
     苦笑を浮べる飯田
    「お二人が無事に帰られますのをお待ちしております」
     いってらっしゃいと穏やかな笑みを浮かべる八百万に見送られ、勝己は事務所を後にした。





     空港に着くと何やら報道陣が詰めかけていた。別に勝己を追いかけていたわけではないらしいその集団はお目当ての相手が現れるまでいい時間つぶしが来たとでも思ったのだろう。
    「爆心地!」
     一人が声を上げると一斉にこちらに向かって来た。
    「チッ」
     今は構っている余裕はない。一刻も早く出久の元に行きたいというのに。
     チケットカウンターを塞ぐようにカメラを配置され勝己は不機嫌さを隠さない。
     どの質問にも応えない勝己に業を煮やしたのか、一人の記者が意地の悪い笑みを浮かべ。
    「不仲と言われているヒーローデクが行方不明ですが何かコメントはありますか? 死亡説も流れていますが!」
    「……」
     世間では不仲だということになっている。まぁ、現場で出会えばコンビネーションはいいのだが激しい言い合いの絶えない二人がそう思われていても仕方がない。
     けれど、今その質問は勝己の地雷を踏みぬいた。
    「てめぇ、どこのモンだ」
    「ニチイテレビです」
    「よし、今後一切てめぇの局には出演しねぇ、報道会見にも呼ばねぇ」
    「ええ!?」
     文句を言おうとした記者を射殺す目で見、勝己は大きく息を吸った。
    「あいつは殺しても死なねぇし死んでも帰ってこいつったるから帰ってくるわ! そしたら結婚式だわ! 報道ならそっちをしろ! クソモブども! 散れ!」
     一瞬の沈黙の後、記者だけじゃなくその場にいた一般人も巻き込んで大騒ぎになるのだが、そんなものは構ってはいられない。
     コメントを求める記者をかき分け、チケットを取って搭乗口に向かおうとしたその腕の中に。
    「へへへ、凄い騒ぎだと思ったらかっちゃんだった。ただいま」
     あれほど待ち望んでいた緑色が、自ら飛び込んできたのだ。

    「は? デク? おま……」
    「たった今帰ってきたの。ただいま、かっちゃん」
    「……の」
    「……? かっちゃん?」
    「こ、のクソデクぁ!!!!」
    「うわぁぁ、爆破待った! 待った!」
    「死ねぇぇぇ!」
    「しね!?」
     止める間もなく顔面を爆破されぐったりとした出久を震える手で抱きしめる。
    「酷いよかっちゃん!」
     顔を擦りながらそれでも、背中に回される腕の震えに気付いたのか出久もそっと勝己の背中に腕を回す。
    「てめぇのがひでぇわ! なに消息不明になっとんだ!」
    「いやぁ、敵の攻撃で通信手段いきなり破壊されちゃって、その個性の影響で電子機器がやられてね……あ、スマホもほら」
     証拠! 証拠! とスマホを印籠のように翳す出久に特大のため息を一つ。怒られるのかとびくびくする出久の後ろ襟を猫みたいに掴み上げて続々と集まる報道陣に
    「今から俺とこいつの結婚会見を始める! 質問あるやつからかかってこい!」
     とりあえずチケットは無駄になったがそんなものはどうでもいい。
     こいつを手元に置いておくためには何でもやってやる。もう一人でこいつの帰りを待つのも、死地に一人でやることももう二度と出来ねぇようにしてやる。
     死なば諸共だ。いや、死なせねぇけどな。
     持ってきていた指輪をようやく左手の薬指に嵌め、その場ではいとイエスの返事をようやくもらうことが出来たのだった。




    「I国に行ってもらいたい」
     ヒーロー協会からの辞令に、出久は来たか。と思った。
     ずっとキナ臭かったその国からついに火の手が上がった。自分がそこに派遣されることは予期できたものだった。
     戦場は激しく苛烈だ。無事に帰れる保証も、まして生きて戻れる可能性すら低い。
     正式な辞令書を手にした出久は、ずっと決めていたことを実行しようと思っていた。

    「ただいま」
     温かい家、美味しい料理の匂い。大好きな人。
     僕は、今からこの人に、別れを告げる。

     いつもの習慣で手洗いうがいをして、夕食を作る勝己の傍に行く。
     ごくりと緊張で喉が鳴った。
     僕と別れて。
     そう言おうとした瞬間勝己がコンロの火を止め真っ直ぐ射抜くようにこちらを見た。
     そして。
    「デク、結婚しろ」
     僕は見事なカウンターパンチを食らったのだ。
     言おうとしていたお別れの言葉なんて、かっちゃんからのプロポーズの衝撃にどこかへすっ飛んでいってしまった。
     そして見事な未練として僕は絶対死ねない無事に帰らなきゃいけない理由が出来た。
     ほんと、かっちゃんはずるい。





     現地の戦場は思ったよりも激しく一緒に派遣してた瀬呂と八百万をバディに戦闘をしていたが、戦場に潜む罠の気配に一番最初に気付いた僕は周囲の敵を建物に引きずり込み、自分事敵をそこに閉じ込めた。
     外側にいた敵は待機していたヒーローが、中を崩れ落ちた敵と僕は運よくレジスタンスの地下通路に流れ込んだ。
     相当な怪我を負っていた僕はそこでレジスタンスに助けられ、拘束した敵の幹部からテロリストたちに武器を流している者の存在を知った。
     大部分のテロリストは確保し、残りは本体だけとなっていた今僕はその武器を流している商人を裏から探った。用心深い商人は中々尻尾を掴ませず、正体を掴むのに大分てこずってしまった。
     本体に連絡が取れればよかったのだが、通信を傍受される危険があったのでそれも出来ず単独での行動を余儀なくされた。
     ようやく商人を追い詰めた場所はテロリストのアジトで、目の前で大技と放とうとしたボスをSMASHで倒したはいいが、その隙に逃げた逃げた商人をまたそのままそのまま追いかけて。



     という説明を、かっちゃんに抱かれながらさせられている。
     何の拷問だ。
     喋らせるつもりならそんなに激しくしないで欲しい!
    「あ、ぁ……っ!」
    「で? その後は?」
    「あと、……ぁっ、は……、けい、さつ……にっ、ぁあ!」
     ようやく捕まえ現地の警察に引き渡したその足で帰ってきたのだ。と途切れ途切れにようやく報告できたのは一体何度抱かれた後だったか。
    「……ほんとてめぇは一人にすると碌なことをしやがらねぇな」
    「えっち、するか、報告するか……どっちか、に……」
    「はぁ!? 俺はセックスしてぇし報告も聞きてぇ! どっちもヤんのは合理的だろうが!」
    「うわぁ……」
     相澤先生が聞いたら物凄く顔を顰めそうな合理的の使い方……。
     思わず苦虫をかみつぶした顔をする元担任を思い出せば。
    「てっめぇ、旦那に抱かれながら他の男を思い浮かべるなんざいい度胸だな。早速浮気か?」
    「なに、いって、んの……! ばかじゃないの……」
     眉をしかめるかっちゃんの背中に腕を回して。
    「きみと、こうしたくて……がんばった、ぼくに……ごほうび、ちょうだい」
     甘えるように擦り寄れば、一瞬驚いた顔をした後。
    「ハッ、死ぬほどくれてやるわ。溺れて死ね」
     何に溺れるのかなって思ってたら口に出してないのに伝わったのか。
     俺の愛情に、と囁くように言われ。
     その意味が脳内に届く前に快感に引きずり込まれてしまった僕は。
     かっちゃんの腕の中で目覚め、それを思い出し一人赤面するのだった。

     ちなみに起きてたかっちゃんに悶え赤面する一部始終を見られていた! ちくしょう!


     かっちゃんの事務所に移り二枚看板になった僕らは今日も元気に夫婦ヒーローとして活躍中です。





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    2018/12/18 21:09:48

    もうちょっとだけ待ってて

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