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    杞憂 例えば、外を歩くのにいちいちトラックが飛び込んでくる心配をする人間はまず居ない。
     けれど現実に事故は起きている。可能性は限りなく低いというだけのことで、起きない保証というものはない。
     予測不可能で、突然で、理不尽で、そこには意味も、因果もない。
     だから安寧などというものは存在しないのだと、郁李は知っている。
     
     いつもの、自分の部屋の暗い天井を見上げる。歪みもゆらぎもしていない。濡れているわけでもないし、落ちてきたりもしない。ただの天井だ。あんな夢など無かったみたいな、憎らしいほどいつも通りの。
     あの夢のあとを示すものは、スクロールを諦めるほど画面に残された上司二人からの着信履歴ぐらいのものだった。
     目覚めた後で掛け直した電話は、夜中だと言うのにすぐに繋がった。「とにかくお前たちが無事で良かった」とため息をついた電話越しの声には、いくらか疲労が滲んでいた。どうだっていい、わけがない。自分がそう思えていることに、郁李は安堵した。「ご心配をおかけしました」と口をついて出る。嘘ではなかった。あれもまた真実、自分だった。
     布団から手を出して、虚空に向けて、かざす。あの熱い手の感触を思い出す。触れた背中の広さを、肩の厚みを思う。掴まれ、引き寄せられた時の力強さを思い出す。
     ―――これで二度目だ。
     自分を飲み込み、理性を押し流した激情。頭の中に響いていた妹の声。脳を焼くような煮えたぎる灼熱。過ぎ去ったあとの今となってはどこか遠く、ただ震えるほど恐ろしく。それでいてあれもまた自分なのだと、郁李自身が一番よく分かっている。ただ、あの時はそうとしか思えなかった。そういうふうにしか動けなかった。
     ただ、起きていたかもしれないことを想像しては今になって腹の底がひやりと冷えるのも、確かに自分だった。
     意志は揺らぎ、気持ちは変わる。記憶なんてあてにならない。自分自身でさえ信用ならない。それはもうずっと前から知っていたことだから、今更傷つく意味などどこにもない。
     思ったようにはならないことにうんざりするのも、失ってひどく傷つくことも、目に見えている。頼んでもいないくせにわざわざ持ってきて、手の中に握らせておいて、いいから持っておけなんて勝手な話だ。第一そんなもの、自分には要らなかったのに。「幸せでいてほしい」なんて、あまりに漠然としすぎている。一刻も早く捨ててしまいたかったそれは、それでも手の中で温かかった。あの時握りしめてしまったのも、自分だった。
     ……あの男はいつか自分の言葉を思い出すだろうか。きっと、手渡した言葉の真意さえ理解していないだろう。それはそれでいっこうにかまわなかった。元よりこんなもの、忘れてしまってもいいようなことだ。そんなものがあろうが無かろうが、きっとどちらでも同じことだろう。そうでなければ、あんな馬鹿なこともするまい。
     確かなものなどない。気持ちなんて簡単に変わる。ひょっとすると明日には気が変わっているのかもしれない。
     それでも、あれは郁李にとって真実だった。
     既に二度起きたことなのだから、いつか三度目があるかもしれない。それまでは、あの直情的な男に、必要のないことをわざわざ考えさせることもないだろう。―――だからできるのなら、そんなことがあったと思い出す日も、言葉の意味を理解する日も来なければいい。次も撃ち殺さずに済む保証などないのだから。
     ただ男があの言葉を聞いたという事実だけは、郁李を安心させた。
     潜り込んだ布団の中で、触れた指の感触だけがそこに毛布があることを告げる。明日もちゃんと夜が明ければいいと思いながら、暗闇に目を閉じた。
    umiushi_hanken Link Message Mute
    2021/05/04 4:02:55

    杞憂

    喧嘩シナリオ後の郁李の心情(庭師未通過×)

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