うつつ もうずっと以前に、彼は己を振るう者を亡くした。
そもそも彼は土佐で打たれ、とある商家――郷士の家で家伝とされた、一振りの打刀であった。付喪神としては、その家の四代目の当主の腰に初めて手挟まれたときには既に目覚めていた覚えがある。
その頃、周囲から聞こえる言などから、何やら人の世が動き始めていることには気付いていた。とはいえ何しろ器物であって文字通り手足も出ず、まして上士でなく郷士の刀の身。時代の流れなどさほど関係あるまい、この先もただこの家の守り刀としてあるのだろうと思っていた。――その当主の弟が彼を、先祖伝来の刀を持って死にたいのだと兄に望み、その元へ贈られるとは、思い付きもしていなかった。
当主とは随分歳の離れた弟は、豪放磊落で天衣無縫。胸に海を持ち、瞳に天を映すような男だった。無論、主には彼の付喪神としての姿は見えなかったはずだが、人間としての魅力溢れた男に望まれ、その腰にあって、国を変えてゆく力となる様を間近で見れることは、主を持つ道具として誇らしかった。そも戦いは当世、銃のほうが有利であって、刀の自分は誇りのためにいると彼は暢気に思っていた。
だが時が進み、世の中が更に動くに連れ、主の周囲の不穏さはいや増した。そうして思い出す、主は彼を持って死にたいと当主に言って望み、貰い受けたのだと。
おそらく、彼を望んだときにはもう主は気付いていたのだ。京において彼を持ち歩いたのは、何も威儀を整えるだの見せびらかすだの、そのような体裁のためだけではなく、迫る危険を知っていた。覚悟していた。
そして、彼の主は――その通りになった。
形見として。
家に戻されたあと、暫くして北国の大火で焼かれて打ち直されたときに、もう己の役目はないのだと悟った。いまやこの国は開かれ、変わっている。平等を謳う世に武士の刀は無用の長物だ。そもそも主が彼以外に銃を持ったように、戦の仕方そのものも変わってしまっている。
付喪神――器物でありながら意思を持つ存在としてあることが、重荷に思えた。
ただ収蔵され、時折出されては手入れをされる。ならばもういっそ長く長く、付喪神としての自分が摩耗し、ただの器物に還るまで眠ってしまおうと思い、彼は自分の意思を閉ざした。