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    しおり
    奇面組の出瀬潔と天野邪子がバレンタインデーの放課後に教室で駄弁る話「出瀬、これを見てどう思う?」

    2月14日の放課後。
    俺、出瀬潔は、天野邪子に呼び出され、7組の教室に二人だけでいる。
    机の上には、
    酢こんぶ
    キャラメル

    ・・・そして。

    「このモリナガで、一堂のやつ、バレンタインって気づいてくれるかな?」
    「モリナガって、この板チョコのことかよ。」




    <おかしな二人>


    いろんな成り行きがあり、天野邪子が俺のいる奇面組リーダー一堂零へ恋慕していることを、俺が知ってからというもの、俺は何かと天野に零の情報を伝えたり、天野の零の話に付き合っている。

    あいつが零のどこが好きなのか。

    人と違うところ、バカなところ、危なかっしいところと、聞けば全部、悪口になるような理由だ。
    その理由を語っている時も、天野は、すごく大事なものを言葉にしているような安らいだ表情をしていた。


    「ところでさ、天野。」
    「なんだよ。」

    俺は机の上の、酢こんぶとキャラメルに目をやる。



    「この酢こんぶとキャラメルって、なんか意味があるのかな。」

    そう聞いた途端、天野は顔を真っ赤にしだした。


    「いや・・・、アタシにしては大胆かなと思ったんだけどさ。」

    天野は、女だてらに喧嘩上等集団、番組と張り合っているような、めっぽう強いスケバンで、他の高校の不良どもを、天野率いる御女組が一掃したというも度々だ。そんな場数を踏んでいる、艶々とした黒髪を持つ、学校で1、2を争うほどの美女が、似蛭田もこっそり目をつけていると噂されている女が、学年一の奇人にして、アホの総元締めに恋をして、頬を染めている。


    「酢こんぶとキャラメルも一緒に渡すのか?キャラメルはわかるが、酢こんぶはちょっとなぁ。」
    「・・・酢こんぶが無いと、意味がねぇんだよ!」

    天野が、他校の不良を一掃したであろうという、あの迫力で机を叩き、啖呵を切った。


    「わ、悪かった・・・」

    意味もわからず、相手の機嫌を気にして、場を取り繕おうとするのは、俺の悪い癖だ。こんな時、零ならどうするだろう。何か機転のきいた返しでもするのだろうかな。天野と二人でいると、俺は、零と自分の違いをまざまざと感じさせられることがある。


    「酢こんぶとキャラメルで・・・わかるだろ?」

    どちらかといえば、おばあちゃんが好んで食べるか、渡すかしそうなものだ。
    駄菓子。
    だがしかし。わかるだろ?と言われて、必死で場を取り繕うとする俺の気質上、この問いに答えを出さねばと、無い知恵を絞っていると、天野が気怠げに溜息をついて言った。


    「酢こんぶの<す>と、キャラメルの<き>でさ・・」

    好き。


    「・・・そういうことか。」

    天野は照れ臭そうにうなづいた。
    わかるか、そんなもの。
    思い詰めたように、天野が言葉を続ける。

    「重たいかな。こんなアタシが、〈すき〉なんて。」

    零のことを羨ましく思う。俺は生まれてこの方、恋愛というものには連敗続きで、誰かに想いを寄せられた記憶がない。

    「それとも、〈好きよ〉の方が、女らしくていいかな?」

    俺は天野が零のことを好きだと知る前までは、筋金入りの硬派だと思っていた。今のこいつはなんだ。誰かの機嫌に一喜一憂する俺と変わらない、恋する乙女じゃないか。

    「・・・でさ、真紀から、ヨッチャンいかを貰ったんだけどよ。」


    酢こんぶ
    キャラメル
    ヨッチャンいか

    「スキヨ、か?」
    「だろ?可愛くねぇか?」

    ・・・可愛いのは天野の方だ。
    先日、千絵ちゃんから、天野邪子と唯ちゃんたちとの、初の遭遇をした時のことを聞かされた。
    天野は、あのおっかない御女組の連中を従えて、唯ちゃんたちに、「いつも・・・楽しそうね」と言ったそうだ。あの時の天野の表情は、美しかったけど、ブリザードの中で微笑む雪女のようだと、千絵ちゃんは立て板に水のごとく語りだす。
    「この世のすべてが虚しいと言うんですか」と、男前に問いかけた唯ちゃんに対して、天野がうるさいと突っぱねたさまは、人に慣れない野生動物のようだったとも言っていた。
    唯ちゃんと天野。この二人は対でいて、軸をなしているのは、やはりあの男、零だ。
    俺の私見に過ぎないけど、唯ちゃんは零を面白がりはするが、零の方ばかりをみない。自身が違うと思うことは、天野であろうと、例え零であろうと、物腰は柔らかいけど、きちんと言い切る。
    反面、天野は時折、自身を零に見つけて欲しそうにしている。唯ちゃんたちとの遭遇の時、実は体調不良を隠していた天野に気づいて助けたのが、零だったらしい。
    もしそれが、天野が零を恋慕するきっかけだとしたら・・・天野は、まるで親を刷り込まれたヒヨコのようじゃないか。
    千絵ちゃんがいつもの大げさな身振りで、天野との初の遭遇の話をしていた時、たまたま通りがかった零が、「もうその話は、やめてあげたら?天野くんも反省していると思うのだ。」と、言って苦笑いをしていた。
    「いつも・・・楽しそうね」
    天野が、迫力のある美貌で、唯ちゃんに迫ったこと、想像するのが簡単ではあるけれど、零のことを語る天野は、「この世のすべてが虚しい」と言う表情からかけ離れている。今までは春のような表情をする天野のほうが、想像するほうが、難しかっただろう。
    あの男の何処がいい?なんで、あの男のことを考えて春のような表情を、天野が浮かべているのか?
    いつも、楽しそうなあの男のように、天野もなりたかったのだろうか。


    「・・・いじらしいな。」

    天野に聞こえないように、ボソッと俺は呟いた。本心は、俺は天野に、悲しい思いをしてもらいたくない。零の心が、唯ちゃんの方に傾いていたとしても。

    「なんかいったか?」
    「いや、別に・・・」

    バレンタインデーが、女から男に贈るもんだと誰が決めた。クリスマスが玩具屋の陰謀のように、バレンタインデーがお菓子屋の陰謀だと零は言っていたけれど、そんな陰謀に乗っかって、楽しくしたいのは、誰だってそうじゃないか。

    「俺からお前に、バレンタインってほどでもないけどよ。友情の印に貰ってくれよ。」
    「うまい棒・・・?チョコ味なんてあるのかよ。」

    天野に、気を使わせなくてすむような、つまらない駄菓子を渡す。天野にヨッチャンいかを渡した、御女組の奴もこんなかんじなのかな?天野を気にかけていますよ、という気持ちを爪の先くらいには伝えたくて。

    「天野が棒状のものを咥えているのが見たくてよ。」


    照れ隠しに言わなくてもいい下ネタを言ってしまう。


    「・・・?あぁ、ありがとよ。」

    こういう話に反応をしないところをみると、見た目以上に清純なのかもしれない。天野をくだらない妄想で汚した自分を恥じた。


    「出瀬、お前いいやつだな。」

    いきなり、雨を降らすようなことを天野が言った。
    凛とした視線でこちらを見て、ニッコリと笑う天野。思い出した。その視線は、零によく似ている。

    「あたしもさ、お前に友情の印、用意したんだよね!」

    その笑い方。零が、俺達に笑いかける、無邪気でアホっぽくて、この世のすべてが楽しいという表情にそっくりだ。


    「毎年、御女組のやつらに、作ってやるんだけどよ。」

    天野が、カバンを開くと大事そうに、可愛らしい水色の包み紙に入った何かを俺に渡した。包み紙は薄いセロファンで出来ていて、チラリズムが大好きな俺も納得の、中のものがぼんやりと見える、意地悪でいて慎ましやかな天野らしい、粋な趣きがあった。

    「・・・焼き菓子?焦げ茶色しているけど。」
    「それ、フォンダンショコラだよ。あたしの手作りで良かったら、友チョコだと思って受け取ってくれないか?」


    ・・・なぜ、そっちを本命に渡さない。


    「レンジで10秒ほどチンしたら、なかのチョコがトロリと溶けてくるからよ。やってみ!!」

    そんな手のこんだ友チョコを俺なんかに渡して、どうすんだよ。それにこんないたずらっこのような表情の天野を、学校で何人が見たのだろうか。

    「・・・手間、かかったろ?」
    「真紀たちのついでで悪いな。ダチには、普段・・・ありがとうというか、ずっと仲良くしてくれというか、そんな気持ちあっても、あたし口下手だから言えないけどさ。」

    人生で初の女の子からの手作りのチョコを貰って、例え俺に向けられているものでないとしても、天野が人にあまり見せたことのない、春のような表情を二人だけの空間で見ている。

    「真紀たちも、出瀬も・・・喜んでくれたら嬉しいな」
    「喜ぶさ!」

    このチョコが腐らないものなら。俺は死ぬまでこれを飾っておくだろうに。未来の嫁が訝しんだとしても決して捨てない。・・・未来の嫁。いやいや、天野と俺は不釣り合いだ。俺には、誰かと誰かが幸せになっていくのを指を咥えてみているのがお似合いだ。

    「・・・中のチョコが溶けるって凝ってるな。」
    「それさ、中に板チョコをひとかけら、いれてるんだ。」


    ひょっとして。


    「モリナガか?」
    「モリナガだよ」

    一連の、
    酢こんぶ
    キャラメル
    ヨッチャンいか
    の、メッセージに添えられた、本命チョコが、天野が、〈モリナガ〉と称した板チョコだ。

    フォンダンショコラと、いかにも余った材料を転用しましたと言わんばかりの、板チョコと。

    馬鹿じゃあないのか。どちらが思いが深いかなんて、あのアホの奇面組リーダーでも察するぞ。


    「当然、モリナガだろ。思い詰めた手作りのものなんて、重たくて渡せやしないから。」
    「変なやつ。」

    返せと言われても返さないけどね。この天野のフォンダンショコラは。

    「お前も変なやつだよ。」
    「そりゃ、奇面組ですから。変態って言われるのはなれてるよ。」
    「・・・わからねぇ?一堂のこと好きな、あたしを応援してるってことは、お前、河川を裏切る羽目になるかも知れないんだぜ?」

    天野はそう言うと、酢こんぶ、キャラメル、ヨッチャンいか、そしてモリナガを、素っ気無いかんじの透明のビニール袋に入れた。

    「・・・そりゃ、唯ちゃんは友達だけどさ。」

    唯ちゃんと千絵ちゃんからもチョコレートを貰っている。学生の身分だから、市販のチョコレートを溶かして型に入れて固めただけの簡単なものだけと、こういう心遣いと手間をかけてくれた、それだけでも有り難い。

    「付き合う、付き合わないなんて、あの二人が決めることだろ。」

    唯ちゃんの零に対する真意は昔からわからない。零は、零で、唯ちゃんと一緒にいる時は、普段より気分が高揚しているときもあれば、母親の機嫌を気にするように唯ちゃんを見つめることがある。唯ちゃんが、その視線に気づいて、ニッコリ笑い返すと、零は、いつもの奇面組のリーダーの顔に戻るんだ。零ほど、唯ちゃんを見ているときに子供になったり大人になったりと忙しい人間は他にいない。そんな零を唯ちゃんは・・・

    「唯ちゃんはそんなにリーダーに特別な感情なんかないと思うぜ。あの子は奇面組といるときも、他のクラスメイトといるときもかわらないからさ。」

    零の、この世のすべてを楽しむという生き方に賛同しても、唯ちゃんは、どう楽しんだらいいの?と零に投げかけたりしない。・・・この世のすべてが虚しいと、自分を見つけてほしいと、誰かに頼ろうともしない。ただ地に足ついて笑っているだけだ。

    「だから変なんだよ。一堂と河川の仲を見守ろうって気がないのかよ。」
    「いくら友達でも、仲間でもさ。」

    天野もたいがい変なやつだ。

    「周りが囃し立てていい仲と悪い仲って、俺、わかるんだよね。」

    俺は、千絵ちゃんが、俺達に渡したチョコの他に、義理チョコと称した可愛い包み紙に包まれたものを、豪に渡したのを知っている。・・・零はどうなんだろうな。あいつはこういう色恋のことに関してはてんで疎い。そんな零をみて、ただ笑っているのが唯ちゃんなら、唯ちゃんを見て、気づかれないようにしながらも、気持ちを視線にこぼしているのが零だ。

    「あの二人、結構おかしな二人だからさ。」
    「はん!」

    高校受験の時、誰一人欠けないよう、御女組の連中と答え合わせをしながら回答用紙を埋めていった天野には理解しがたいのだろう。天野が唯ちゃんを眩しく思っているのもわかる。けれど、俺には、零への気持ちや、御女組や、はたまた少し関わったくらいの俺にさえ、色んな気持ちを交差させる天野の純粋さや不器用さが眩しくみえる。・・・この世のすべてが虚しいなんて唯ちゃんに言っていたのがまるで嘘のように。


    「・・・付き合うってなんなんだろうな。」


    人と違うところ、バカなところ、危なかっしいところ。天野が好きな零だ。もし天野と零が永遠を誓いあったら、二人は変わってしまうのだろうか。二人を取り巻く奇面組や御女組も変わってしまうのだろうか。
    天野が俺に渡した水色のセロファンに包まれたフォンダンショコラとは逆の、素っ気無いビニール袋に入れた、〈モリナガ〉の板チョコに答えがあるような気がした。

    それにしても、だ。
    素っ気無いビニール袋に入れられた、

    酢こんぶ
    キャラメル
    ヨッチャンいか
    そして、モリナガ

    「今気づいたんだけど、これってさ・・・」


    子供会の遠足に出す、お菓子の組み合わせじゃないのか?


    「あげるお菓子の数が4つってさ、縁起が悪くねぇ?」
    「・・・そこを気にするか。」


    天野は本当に不良なのか?


    「じゃあさ、ヨッチャンいかを減らそうぜ?数が3つなら、縁起もいいだろ?」

    なぜ、お供えするような数を意識するんだ、俺は。

    「お前、真紀の真心を踏みにじるのかよ。」

    ・・・人に、あげること自体、真心を踏みにじってないか?

    「参ったな、数合わせでなんとか5つにならねぇかな。」

    酢昆布
    キャラメル
    ヨッチャンいか
    モリナガ

    好きよのゴロに拘るくらいなら、直接言えばいいじゃないか。しかもモリナガに至っては字余りも良い所だ。


    「あのさ・・・」
    「悪いが、天野のくれたフォンダンショコラは、絶対数合わせには、させないからな!」

    もてない男の意地だった。


    「違うよ。このうまい棒、数合わせにしていいかな?」

    ・・・お前、俺の友情の印を。

    「別にいいけど・・・」
    「貰ったのに申し訳ないけど、こういうの食べられないんだ。小さい頃スナック菓子は駄目って、ママに言われてさ。」

    今、こいつ、ママって言った・・・。
    薄々気づいていたけれど、本当は育ちがいいんだな。
    噂とは違う天野が目の前にいる。
    誰も見たことのない春のような天野の表情。零に似た凛とした視線を持つ笑顔。少しでも関わった人間に対する純粋さと不器用さ。
    俺の頭の中にどんどん知らない天野が増えてきている。いつか、報われない恋に悲しむ天野を見る羽目にもなるんだろうか。

    「本当にごめん!!」
    「いいって、謝るなって。」

    とかいいつつ、とっととビニール袋に俺のあげたうまい棒を、天野は捩じ込んでいる。

    酢こんぶ
    キャラメル
    ヨッチャンいか
    モリナガ
    うまい棒

    好きよ♡もう
    の出来上がった瞬間だった。・・・果たして零が、気づくかね?
    ますます子供会の遠足のお菓子のていをなしている、天野の心尽くしに、俺は天野を、不憫に眺めた。



    「でさ、天野さんよ。」
    「なんだよ。」
    「この、お菓子なんだけど、いつ渡すんだ?」

    もはや、バレンタインチョコじゃなく、これはお菓子の詰め合わせだ。

    「・・・お前、一堂に渡してきてくれねぇか。」
    「根性なし。」

    なにが、付き合うってなんなんだろうな、だ。
    説明しなければわからない、酢こんぶ、キャラメル、ヨッチャンいか、モリナガ、うまい棒が、素っ気無いビニール袋ごしに、俺達を嘲笑っているかのようだ。

    「言っとくが、リーダーはアホだぞ。俺が渡しても差し入れくらいにしか思わんぞ!」
    「良いって、あたしの自己満足なんだから。」
    「なら渡しにいけよ、ついてってやるから!」

    俺は、なんで天野にここまで肩入れするんだろう。

    「だって、あたしが急にバレンタインチョコとか渡したら一堂が困るだろうよ?」
    「いいじゃないかよ、不良が菓子屋の陰謀に乗っかって、思いを伝えてもよ!」

    少しだけ思う、天野を俺なりに。
    俺の頭の中にどんどん増えていく、俺の知らない天野、春のような表情をする天野。零が、俺達に笑いかけるように、無邪気でアホっぽくてこの世のすべてが楽しいという表情をする天野。

    「爪の先程でも、リーダーのことを気にかけてるって伝えないのって、そのままでいるのって悔しくないかね?」

    天野に、春のような表情をもたらしたのは、零だ。
    零は、俺がいらただしくなるほど天野に好かれているのに、振り向きもしない。
    俺はこの御面相で、いや、御面相のせいにして、卑屈なままでいて、誰かの心に春を投げかけることの出来ない根性なしだ。誰かと誰かが仲良くなるのを、指を咥えて見ているだけの人生なんだろう。

    「振り向きもされない悔しさなら、俺も知ってるよ。」
    「・・・一堂はさ河川のことを・・・好きなんだろ。」

    思いが、実らなかったら、また天野は雪女に戻るのだろうか。この世のすべてが虚しいといった具合に。

    「馬鹿だ、出瀬は。お前、どっちの味方だよ。」


    2月は日差しが少しだけ強い。その強さを当てにしていると、あっという間に、思いも寄らない時間になる。
    もう五時前だ。こうして、悶着をしている間に一日が終わる。
    バレンタインデーという特別な一日ですら、時の流れはいつもと変わらない。



    「なにやってんの、ふたりとも。」



    天野と俺の背後から、まさかの零の声がした。




    「逢引きかい?」


    天野と俺と、二人で零の方を振り返る。
    零はいつもと変わらない無邪気なアホ面で、ニッコリと笑う。この世のすべてが楽しいという表情で、ふわふわとした浮世離れした足取りで、こちらにやってくる。

    「・・・呼んだのかよ、出瀬。」
    「呼んでない、俺呼んでないっ」

    五時前の傾く日の光を浴びながら、俺達は小声で言い合う。出来すぎだろう?こんな時間に、零だけが訪ねにくるなんて。

    「リーダー何やってるんだよ、こんな時間まで。」

    いつもは奇面組とともに帰路について、家で寛いでいるか、他所で寄り道している時間だ。学校でこんな時間までいることはあまりない。

    「・・・ちょっと用事があってさ。帰ろうと思ったら、君たちの声がしたから、暇つぶしがてら見に来たのだ。」
    「暇つぶしかよ。まったく一堂も暇人だな。」

    零の突然の登場に、天野は顔を真っ赤にしているか・・・と思いきやそんなこともなく、先程の思いを伝えることを躊躇う、乙女のしおらしさも成りを潜め、いつものスケバン天野に、戻っていた。

    「そうだぜ、リーダー。俺はともかく、逢引きなんて言われたら、天野が困るだろ。」

    「あはは。珍しい組み合わせをみて、からかいたくなっただけだよ。二人が逢引でないというのなら、さては天野くんに恐喝されている最中だったのかな?」

    「爽やかな顔して言うことかよ。呆れちまうね。」


    そこは怒れよ、天野。
    思いを伝えることを、零がいないときはあれだけ逡巡していたくせに、今ではガラリとかわって、アホの総元締めを相手している、迫力満点の姐さんだ。
    その迫力満点の美貌の下に、いじらしい乙女心があるのを知ってるのは俺だけでいい。
    俺のカバンの中の、天野からのフォンダンショコラが、そう囁きかけている。

    「恐喝ではないなら、魔女狩りとか踏み絵とかかな。」
    「てめえ、世界史と日本史を適当に聞きかじるなよ。」
    「潔くんを、御女組に引き入れようとしているのかい?やめてくれたまえ。潔くんはうちの大事な頭脳担当だぞ。」
    「そんなぱっとしない頭脳担当いらねぇよ。」

    さっきまで俺を頼っていたくせに、その言いぐさはないだろう、天野。

    「それを君が言っていいのかな?一年のときの国語のテストが零点だった、くるくるぱー子くん。」
    「天野邪子だよ。子しかあってねえ!」

    怒るとこがズレている。

    ここで見つめている、零と天野の不思議な駆け引き。

    他校の不良どもを相手に、喧嘩上等集団のリーダーの天野。似蛭田もこっそり目を付けていると噂されている天野、いや、噂されている時点で、こっそりも糞もないが、そんな天野が、零に乗せられて、調子をくずされながらも怒りながらも、笑っている。

    天野は、落ちていく螺旋の中だ。

    学校では不良少女と呼ばれて、恐れられている女を、これだけ調子を崩させて、この世のすべてが虚しい、なんて思いを掻き消せるのは、御女組のやつらと、零だけだろう。

    思いを伝えるのが重たい。

    今、天野がそれを言った理由が分かるような気がした。
    天野と零が永遠を誓い合っても、そうでなくても、この関係を、崩してしまうのが怖いんじゃないだろうか。

    零はそんなこと、絶対に気づきもしないのに。

    「それにしても、そろそろ下校時間ではないかな?」

    天野と零の会話に入りそびれて、眺めているだけの俺に、零がふと、まともなことを言い出した。・・・気づいているか、零。天野、もう終わり?って表情だぞ。


    「2月は日差しが強いけど、日が沈むと一気に寒くなるぞ。」
    「はっ。おめえの登場で、すっかり場も薄ら寒いけどよ。」
    「・・・心が寒いよって、昔、言ってたの誰だっけ?」
    「一堂、てめえ・・・!」

    俺の知らない、天野の黒歴史をなぞりあう、おかしな二人が、そこにいる。

    「今の君は、寒くないよね。御女組のみんなもいるし、まわりのみんなと楽しくやっている。君はいつでも楽しそうだ。」

    安心したように、零が笑う。
    零はいつも笑っている。
    零は、全体にウケるってタイプじゃないけど、一部の人間にはとって妙に惹きつける磁場がある。
    思い出した、こいつは天然の人誑しだ。

    「別に、一堂に安心させるために、楽しそうにしているわけじゃないし・・・。」

    君はもう大丈夫だなっ。と、いつもの無責任な爽やかさで、零が天野に言ったら、天野は、また雪女に戻るのだろうか。天野は、全身で零に見つけて欲しがっているのに。

    「そうだね。君は強がってるけど、強いからな。」



    わけわからねぇ。と天野に返され、零が笑う。本当に強い、唯ちゃんって女の子と、強がっていると指摘される、天野。

    見つけて欲しがっている相手に渡す、チョコレート。

    天野の手は、酢こんぶとキャラメルとその他諸々が思いと共につまった素っ気無いビニール袋を掴んだままだ。



    「さて、帰ろうか。じきに暗くなる。天野くんの家まで送るよ。」





    渡りに舟だぞ、天野。


    「いくら君が強いとはいえ、暗くなっては危険だからね。」

    鴨がネギを背負うようなことを言う。
    そうなると、俺の今の役割は、ただ一つだった。


    「二人とも先に帰ってくれよ。俺、急用出来たから!」
    「・・・下校時間過ぎてるのに急用が?」

    訝しげに、零が俺を見る。そして、零は、俺と天野を交互に見ると、ははあ、とニヤニヤしだした。

    「ひょっとして、私はお邪魔虫かな?」
    「違う!」
    「後で、二人で落ち合う算段だとか。」
    「もっと違う!!」
    「安心するがいい。私は察しがいいのだ。」
    「頼むから、黙っててくれよ。」

    何処が察しがいいんだ、何処が。

    「あ、あたしも急用があるから!!」
    「何言ってんだ、天野!」

    お前と零を二人で帰すための方便なんだぞ。誰かと誰かが仲良くなるのを指を咥えてみているだけの俺だけど、その誰かは、こいつだ!と思った人間じゃないと、だめなんだ。

    「えー。一緒に帰らないのかい?こんなに盛り上がった、君と私達なのに?」

    空気を読まずに俺を巻き込むな、零。


    「あ、あたし、伊狩に呼び出されたの忘れてたんだよね。」

    下校時間過ぎてるのにか。
    ・・・まさか、零と2人きりになるのを恐れての口から出まかせか?

    「やれやれ、また零点とったのかい?ぱっぱらぱー子くん。」
    「違う!」
    「白紙で出さずに、私のように解答用紙を埋めとけば、伊狩先生のことだ、同情点くらい貰えたものを。」
    「懐かしいこと、言うんじゃねぇよ!」

    二人にしかわからない話を、天野は嬉しそうに返している。

    「待っててあげるよ、天野くん。友達じゃないか。」

    くるくるぱー子でもなく、ぱっぱらぱー子でもなく。
    天野の名前をきちんと呼んで、天野を見つめると、零はニッコリと笑った。
    多分、天野は零のこの表情に弱い。

    「誰がお前と友達だよっ。」

    天野の言っていることが、俺にはわかりすぎてハラハラする。友情を感じた嬉しさと、それを乗り越えられない辛さと。普通の女の子と少し感性がズレてる天野。バカで危なっかしい天野。零を好きな理由とそのまんまじゃないか。


    「これをやるから!!」

    天野が、拳を握りしめ、零に何かをつきだした。


    「・・・天野、お前。」

    あのモリナガの入ったビニール袋だ。
    真っ赤な顔をしつつも、必死に平静を装う天野が、いじらしくも美しい。願わくばそれを、俺が独り占めしたかった。



    「これをやるから大人しく帰るんだね、一堂零くん。」


    酢こんぶ
    キャラメル
    ヨッチャンいか、うまい棒

    そして

    チョコレート

    どう見ても、おかしの詰め合わせだ。

    もののついでのように詰められた駄菓子に、「好き」が切なくも素っ気無く込められている。



    「ああ、今日はバレンタインデーだっけ。」

    たまに、この男は察しがいい。

    「どうせ、一堂のことだ、ロクに貰ってないんだろ?」
    「・・・そうだね。君から貰えて嬉しいのだ。」

    あと貰っているとしたら、いつもの二人の義理チョコくらいだ。しかし。それを天野にそのまま伝えるほど、零はデリカシーのない人間じゃない。

    「か、勘違いするなよ!ギ、義理チョコだからな!!」


    天野のほうが、ギリギリじゃないのか。

    「おい、もう行くのかよ、天野。」

    踵を返して、教室から天野が、出ていく。由来をきかれたら馬鹿馬鹿しい、「好き」の駄菓子の詰め合わせを説明する勇気が天野にはもう残っていない。

    「出瀬!」


    最後に、ひと絞り。
    天野は、俺に向き合うと、先程までの二人きりのしおらしい表情をした。


    「棒状のものを咥えているところ、お前に見せてやれなくてごめんな!」

    今、それを言うな。
    ビニール袋の中のうまい棒が俺を嘲笑った。

    呆気にとられている、零と俺を後ろにして、天野が走り出す。バイバイではなく、きちんと、さようなら、と育ちのよい挨拶をして、出ていった。


    「棒状のものを咥えているところ・・・」
    「いや、なんでもないんだ、リーダーほんと。」
    「・・・恵方巻き?」
    「もういいって」

    こういう話題に疎い零と、育ちのよい天野。考えようによっては浮世離れしていて、現実味のない二人だ。


    「天野くんは、照れ屋だからな」

    ビニール袋の中の駄菓子を見つめると、お見通しと言った表情で、零はこちらを見た。

    「本当は優しくて律儀なのに、つい気持と反対のことをしてしまう。名前の通り、天邪鬼にね。」

    まさか、ビニール袋の中の、「好き」に気づいているのだろうか。

    「まさか、奇面組みんなに、差し入れしてくれるなんて、思わなかったな。チョコレート、酢こんぶとキャラメル、ヨッチャンいかと、うまい棒。ちょうど5つではないか。」

    おい、奇面組5人への義理チョコだと思われてるぞ。もはやチョコでもなんでもないけど。

    「御女組リーダーのおめぐみ、かなー?」

    大喜利かよ。

    「きっと、この酢こんぶには、喜(よろこん)ぶとかの意味が込められているかもしれないぞ。」

    惜しい。・・・零がアホで助かった。




    「さてと。」

    零は笑顔で、俺にモリナガを渡した。


    「これは君が持っておくといい。」

    待て。それは天野がお前に思いを込めたものだ。爪の先くらいには、気にかけているといったいじらしい気持ちがつまったものだ。

    「・・・リーダー、俺と天野を何か勘違いしてない?」
    「分かっている、皆まで言うな。私は察しがいいのだ」


    こいつの察しがいいは、信用ならない。


    「それに、私はチョコはもういいのだよ。」
    「いつもの二人の義理チョコがあるから?」

    俺のカバンの中には、天野の友情の印のフォンダンショコラがある。零が以前言っていた、菓子屋の陰謀に振り回されるのも悪くない。

    「そうだね。私はこの喜(こん)ぶを貰うことにするかな。」

    そう言って、零は、天野の「好き」の「す」がつまった酢こんぶをカバンの中に入れたその時。
    チラリと何かが、見えた。
    いつもの二人の義理チョコの他に、零の好きそうな色で包装された、もう一つの四角い箱を。


    「聞きたいんだけどさ、リーダー。」
    「なんだい、潔くん?」

    「下校時間ギリギリまで、なにしてたの?」





    零の好きそうな色で包装された四角い箱。
    渡した相手と零は、放課後に逢引でもしていたのだろうか。
    そして、女の子を送るよというほどの優男が、結局渡した相手と一緒に帰ることもなく、わかれたのだろうか?



    「まあ、急用ってとこかな?」


    その渡した相手は・・・もう一組のおかしな二人が浮かび上がったが、俺は首を振った。容易に触れてはいけない関係って、俺には分かるから。





    「一緒に帰ろっか、リーダー。」
    「もちろん。」


    おれたちも、大概おかしな二人だ。
    こまつ Link Message Mute
    2019/01/30 10:10:32

    奇面組の出瀬潔と天野邪子がバレンタインデーの放課後に教室で駄弁る話

    恋愛要素まるでなしです。原作ではスケ番と恐れられている邪子さんを、「よう、天野!」と気さくに声をかけることが出来る潔くんがいい男だと思います。
    潔くん、スケベなんだけど、どぎついイメージはなくて、イチャイチャとか、ちらリズムとか、そういうのが好きな、粋で人好きなタイプなんじゃないかな。
    零くんが人たらしだとすると、潔くんは人好きなんだと思います。
    #奇面組 #小説

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