夜更け夜いつも僕はみんなが寝た後にスリープ状態にうつる。
何かあったときに対応できる存在がいたほうがいいから。誰に言われるわけではなかったがそうしていた。生活している人々やアンドロイドたちが眠りについたのを確認したあと、自分もスリープ状態に入ろうと自室に戻ろうとしていた。以前は整備室の近くでスリープ状態になっていたが、僕が人間らしく変わってからニトとリトが僕に部屋をくれた。本来アンドロイドである僕には必要ない娯楽的要素だが、わざわざ用意してくれた。感謝してもしきれない。
ドアを開ける音が聞こえた。こんな時間に誰か起きてきたのか。念のため声をかけにいく。
「あ、秋樹君まだ起きてた」
起きてきたのは烏丸さんだった。夜に弱い彼が起きているのは珍しい。
「…眠れなかったんですか?」
少し間をおいてから聞く。目の前に立つ烏丸さんは少し疲れた様子は見せているが普段ととても様子が変わっているというふうでもなかった。だが、僕の機内通知は観測対象が危険度の高い疲労状態にあることを警告していた。まただ。
「うん。そーなんだよねぇ。寝れなくってさ。」
そこまで答えて、烏丸さんは少し言いにくそうに「えーと」と言ったあとに「うん、そうか。そうだよなぁ」と一人つぶやいてから
「多分秋樹君は俺が体調よくないの分かってると思う…というか言ったか。その、原因としては、まぁ、すんごく悪い夢を見ちゃった…んだよね」
数日前、烏丸さんが起きてきた時、ストレス値が異常に高かった。その時も悪夢を見たようなことを言っていた。後半若干言い淀んだのには更に何かはっきりした理由があるのだろう、と察するが何も聞かないことにした。烏丸さんは続ける。
「だから、その…また怖い夢見るの嫌だからあったかい飲み物飲む間だけ手つないでもらっていい?」
手をつなぐことで安心することがあるのは知識としては知っていたが、烏丸さんにとってもそれは安心できる行為だったらしい。
「わかりました。じゃぁミルクティーでもいれましょうか。」
「うん。ありがとう。」
「お部屋に持っていきましょうか?」
「あー、うん。そうしようか。」
ミルクティーを淹れて烏丸さんの部屋まで持っていく。烏丸さんが部屋のドアを開けてくれた。部屋にあるテーブルに置いてソファに座る。烏丸さんも僕の隣に座った。烏丸さんと手をつなぐ。
「怖い夢ってどんな夢だったんですか。」
多分答えないだろうけど聞いてみる。烏丸さんはミルクティーを飲もうとしていた手を止めてぎくしゃくした様子で応えてくれる。
「え?う~ん。そうだな…すごく怖かったから話さないでもいい?」
「あぁ、そっか…。すみません。」
「いや、秋樹君は悪くないから。気にしないで。俺こそ急に変なこと言ってごめん。」
「いえ。……でもちょっとうれしかったです。」
「ん?」
何が?という顔で烏丸さんが僕を見る。
「怖い夢を見て怖かった時に、僕と一緒にいたいと思ってくれたこととか。多分怖いことを経験したあとって、安心したいじゃないですか。それってつまりは僕と一緒にいると安心してくれてるってことなんだなと思って。勝手ですかね。」
烏丸さんは「ん~…」と少し考えこみながらミルクティーを飲んだ。僕もミルクティーを一口飲む。我ながらいい出来だなと思った。
「確かに…。あぁそっか。…その通りです。俺は秋樹君に安心しています。」
「お。本当ですか。やったぁ。」
嬉しいから笑顔になる。最近感情が先行して表情に出るようになった。烏丸さんも安心したように笑っていた。ストレス値はさっきよりも下がっていた。
「やだなぁ。俺のことバレバレじゃん。」
「当り前じゃないですか。僕のことを誰だと思ってるんですか。」
「すーぱーうるとらアンドロイド」
「あ、急に適当になった。」
「なってないよ…。」
烏丸さんは楽しそうに笑った。僕もつられて笑った。良かった。さっきよりも安心したように見える。
「いやぁ、秋樹君に頼んでよかった。烏丸おじさんはうまく眠れそうです。」
「良かったです。じゃぁ片づけて僕も寝ますね。」
「うん。お休み。」
「おやすみなさい。」
静かに部屋のドアを閉める。最終測定したストレス値は彼が起きてきた時より低くなっていた。まだしばらくケアは必要になるだろうけれど時間をかけて安心してもらうのが一番だ。焦っても仕方がない。まずは休息をとってもらおう。そのためなら何でも手伝おう。
改めて、自分の方針を決める。決めなくても分かりきっていることだが。
また明日も烏丸さんが起きてきたら話をしよう。なんでもない楽しい話をして、不安を少しでも忘れてまた眠ってもらおう。
何も心配することはない。必ずまた夜は明けるのだから。