作戦より帰還軍の上官が「一人を作戦に導入するだけで、戦艦一機分の殲滅力を誇ることができたのなら、この上なく効率を重視した作戦が考案できるはずだ。」と冗談交じりに軍会議のあと愚痴をこぼしたのだという。α星内でも一作戦にかかる費用、人員がバカにならないことを嘆いてのことだったのだろう。近年はβ星との戦闘も激化している。上官も疲労が溜まっていたのだろう。
しかし、同会議に出席していたとある技術者がその愚痴を聞いて、「不可能ではない。寧ろ可能だ」と言ったのだそうだ。そしてその技術者は本当に「一人が戦艦一機分の殲滅力に相当するための武器」を作ってしまったのだった。
「まさか上官も実現するものとは思わず、ひどくうろたえたそうです。まぁ当たり前ですよね…。そんな夢物語のような話、普通は信じられない。」
「だが信じざるを得なくなった。」
「ええ。現に実物、特殊戦闘用パワードスーツは現存していますし、戦闘能力だけならすでに披露されているそうです。問題は…。」
「それを着用し、扱える者が現状誰一人として見つかっていないということか。」
「はい。おっしゃる通りです。」
ロレンス・G・ハウンドは作戦を終えてα星のアストラの軍基地へ帰還する途中だった。作戦は当初の予定より遅れており、先日の帰還の予定が一日ずれて、本日となってしまった。β星の天候は変動が激しく、さらに荒れることが多い。戦艦が飛空できないことも珍しくない。
特殊戦闘用のパワードスーツの導入を軍は急いでいるようで、着用者の基準を満たすかを判定する試験は随時行われることになっていた。ロレンスも選抜されていたが、一人試験の参加に遅れる形となった。
パワードスーツの使用者のステータス値は、すべて『理想値』とされる高水準を想定されており、いくら軍人として功績を挙げた者だとしても、当てはまる者はまずいないとされるほどだった。現に、着用者としてのステータス値の基準を満たした者はまだ見つかっていない。
「ならば出力の抑制など、使用するに伴う技術抑制は要請しなかったのか。使えないのなら開発された意味がない。」
「それが…。これはあくまでも噂なのですが………………。」と部下のアンドレは言い淀む。それからちらとロレンスの方に視線をやった。
「話すといい。君が言ったことを言いふらすような趣味は俺にはない。」
「すみません。ありがとうございます。…その、噂というか僕が直々にその場面に立ち会ってしまったためよく知っているのですが、その、技術者と上官の間でひどく口論になりまして。」
「…ほう?」
ロレンスが興味を持ったように相槌をうつと、アンドレはさらに罰が悪そうに話しを続けた。
「ロレンス隊長が言うように、上官から技術者に対して、パワードスーツの機能を制限するよう要請しようとしたんです。そうしたら…」
と言い、ロレンスに一つの録音機材をよこした。
「後ほど議事録を執るために録音していた当時の軍会議の音声の一部です。これを聞いていただいた方が理解が早いかと…。」
ロレンスは黙ってその機材に録音されている音声を再生する。
上官、オリバー・キースの声が聞こえる。
『ここまでの高水準な技術を用意してくれたことには感謝する。だが、現状の性能だと、使用する隊員自身に被害が出てしまう可能性もはばかられる。…だからな、』
とそこまで続けた声は別の男の声によってさえぎられてしまった。
『あぁ、それは失敬した。まさかこの程度の機能を盛り込んだだけの玩具を取り扱うだけの人材もいないとは。俺の記憶では優秀な人材がいたと思っていたんだが、知らない間に随分と時間が流れていたらしい。実に嘆かわしいことだ。』
『なっ…』
『まぁ、無理にとは言わない。君らのレベルに合わせたモノを作るのも俺の仕事の一つだからな。もう少しグレードダウンして作ってやろう。それならば君らでも十全に扱えるだろうからな』
男がひとしきり話終わった後、しばらく沈黙が流れる。『どうかな?』とオリバーと話していた男が言った。それに対してオリバーは堰を切ったように話し出した。
『いらん!グレードダウンなどしてくれるな。貴公が開発したものを十全に扱えない我々ではない!完璧に使いこなしてやる者を選抜してやる。楽しみにしていたまえ。』
オリバーの激高した様子にロレンスは思わずふきだした。普段笑顔を見せることはあまりない男だったが、楽しそうに笑っていた。
「ははっ、いや、おかしいな、これは。…傑作だよ。」
「笑い事じゃありませんよ。そのせいで無理を強いられているのは我々戦闘員、ましてや貴方ご自身なんですよ?」
アンドレは半ば呆れたように少し声を荒げて言った。
「そうか。なるほど、軍全体の…というよりこの場合は個人のだろうが、プライドを優先したがために技術的な抑制はされず、誰に扱えるかも分からない武器が出来上がったと。」
「………………はい…。」
「いいじゃないか。それくらい突拍子もなく強い方が使い甲斐があるというものだろう。」
「甲斐がある…ですか。しかし、これで貴方がパワードスーツを使用できても、それではまるで、」
「軍の為になっているように見える…か?まぁ癪ではあるが、強い戦闘力が手に入るなら申し分ないさ。」
「うぅん…そう…なんですかね…。」
「何か不満でもあるのか。」
先ほどから口を濁すアンドレに対してロレンスは興味深そうに聞いた。
「いや、私はこれ以上貴方が、軍の…その、忠実なしもべであるなどと呼ばれてほしくはないと思いまして…。評判に響くのではないかと…。」
残り5分でアストラ基地に到着するアナウンスが鳴る。ロレンスは戦艦を降りる準備を整えながら、アンドレにこう返した。
「『軍の犬』と呼ばれていることか?まぁ、事実、俺の行動はすべて軍のためになることに帰結している結果だからな。そういわれても仕方のないことだろうよ。だが、だからと言って俺が唯一無二の戦闘力を手放す理由にはならんだろう。」
「そう…ですね。おっしゃる通りです。不要な心配をしました。申し訳ございません。」
「構わないよ。君の心配もときには俺にとって必要な判断材料だ。その気持ちは有難く受け取っておく。」
戦艦はアストラ基地に到着した。ロレンスの率いる戦隊の隊員らは戦艦から降り、それぞれの任に就く。
「この後、すぐに試験に向かうおつもりですか。」
戦艦から降機し、移動しながらアンドレとロレンスはいくつか言葉を交わす。
「ああ、そのつもりだ。」
「連日の戦闘作戦の後です。どうかご無理はなさらぬように。」
「了解した。忠告痛み入るよ。」
「それでは、私はこれにて。上官殿に本作戦の戦果報告をして参ります。」
「あぁ、代理を頼んですまないが、よろしく頼む。」
ロレンスはしっかりとした足取りで試験会場に向かう。その様子は数日の長期戦闘作戦の後とは微塵も感じさせないほど悠然としたものだった。