白雪のち 近年、関東地方では2月あたりに積雪を伴う雪が降ることが多い。今年はよく降って、珍しく雪遊びができるほど積もった。昨日夕方から今日の明け方にかけて雪が降った影響により、午前中に雪かきの手伝いに駆り出されていた帰り道。子供たちが家の前で遊びながら雪かきの手伝いをしていた。どうやら休校になったようで母親らしき人物に見守られながらはしゃいでいる。音からして雪合戦のように雪玉を投げ合っているらしい。
と、途端、はしゃぐ声のしていた方向、自分から見て右側の顔に軽く衝撃を受ける。その直前「あ」という子供の声が聞こえた気がした。すぐに続いて「すみません!」という女性の声が聞こえる。子供の投げた雪玉が当たったのだろうことをそこで理解した。
「大丈夫でしたか…!?お怪我は…」
慌てた様子で女性が近寄ってくる。
「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。気にしないでください。」
サングラスを取りながら手で顔を拭いて笑顔を見せる。サングラスをしたままだと委縮させてしまうことが多いからだ。
「本当にすみません…!今タオルとってきますので…!」
「あぁ、いいですよ。家もここからそう遠くないので。」
「いえ、でも…ほら、あんたもちゃんと謝りなさい!」
女性はしっかりと子供に言い聞かせる。おずおずと子供たちが「ごめんなさい…」と頭を下げた。
「大丈夫。気にしてないから。気を付けて遊べよ。」
「はい…」
きっとこれから親にしっかり注意を受けるであろう子供たちに俺が語ることもないだろうと、何度も謝罪をする女性に「本当に大丈夫ですから」となんとか宥め、再び帰路につく。
しばらく歩いたところでよく知った声がうしろから話しかけてきた。
「桐志さ~ん。お帰りですか?」
「ん?あぁ。零名ちゃんか。奇遇だな。」
零名が厚着をして、両手に買い物袋を持って気を付けながら歩いてくる。
「いやぁ、ほんと。…というか、こんな寒い日に桐志さんが出歩いてるっていうのも珍しい気はしますけど…」
「あぁ、まぁ、依頼があってな。雪かきの手伝い。ミカン貰った。」
「あぁ~なるほど…流石というかなんというか。あ、ミカンおいしそう。」
「そういう零名ちゃんはどういう用事で?」
雪をぬぐったサングラスをかけ直しながら聞けば、零名は反省したように答えた。
「いやぁ、私としたことが、雪が降ることをすっかり忘れてまして…食料がね、なくて…。ちょっと買ってきたところなんですよね。」
「あぁ。それでその荷物か。なんか持とうか?」
「いや、大丈夫です。そんなに重いものじゃありませんし。」
「そうか?転ばないように気をつけろよ。」
「大丈夫ですよ~。桐志さんこそ、なんかぼーっとしてるんじゃないですか?」
その言葉に少し考える。そう感じさせることをしただろうか。
「ほら、子供が投げた雪玉。当たってたじゃないですか。桐志さんなら避けるかなぁと思ってたんですけど」
俺の疑問を読んだように彼女は返した。あぁ、そのことか。と合点がいく。
「まぁ、なぁ…見えてねぇ方角から飛んでくるとどうにもな。」
それを聞くと零名は意外そうな表情を見せて
「ふ~ん…いや、でも、そりゃそうですよね。見えない方向から急に飛んでくるものは避けられな……………ん?でもいっつも戦闘の時は方向関係なく避けてません?」
「あぁ…それは、まぁ。攻撃には敵意や殺意はあるけど、子供の投げる雪玉にはねぇだろ?そういうものには流石に反応できなくってな。」
避けられたらカッコイイんだけどなぁ~とぼやきながら雪の道をゆっくり歩く。気づけば少し後ろで零名は立ち止まっていた。
声をかけようとしたところで何か考え込んでいるのだと気が付く。「…失明を治すのは…いや、…あるいは…………」と色々呟いている。
「レイナちゃ~ん。どうかしたか?」
「えっ!いや、なんでも。なんでもないですよ~」
ゆっくり歩いてくる零名を待つ。まだいろいろと考えているようで、先ほどとはうってかわって話さなくなってしまった。ふと、思い立ったのか言う決心がついたのか、重々しく彼女が口を開く。
「あの、もし、もしもですよ?失明した目が治るってなったら治したいですか?」
彼女はこういった話に目がない。最初に会った時よりも格段と対応できることが増えているのはその探求心故だろうが、方法が方法なだけに少し心配になる。それも含めて少し沈黙してから答える。
「…………まぁ、なぁ。目が見えなくなってからは長いからなぁ…。そこまで治したいっていう欲もない、かな。」
「そうですか…。うん、桐志さんならそう言うと思ってました。」
「その技術自体は、助かる人も多いと思うからな。誰かの役にはきっと立つだろ。」
「う~ん…それもそうですねぇ…。いやぁ、すみません変なこと聞いちゃって」
「いや、別に。」
またしばらく無言で並んで歩く。事務所から一番近い公園に差し掛かった時、ふと零名がそういえばと口を開いた。
「今までって、どうしてたんですか?」
「何が?」
「流石に全部殺気を感じて避けるなんてことはできない…ですよね」
「まぁな。ある種直観みてぇなもんだし。…………普段は阿僧祇がカバーしてくれるからな。あいつが居る時は一人で戦うより大分楽だよ。」
「あぁ~。なるほど…それは確かに。というか全然気が付きませんでした今まで。不覚…。」
「気をつけなきゃ分からんだろ…俺もカバーされることに気が付くのに大分時間はかかった。あいつのやり方がうまい。」
「それもありますねぇ…。」
ざくざくと雪独特の音を聞きながら歩く。もう少しで事務所に到着する。風が冷たくて肌に沁みるが、それも何事もない故なのだと思うと少し心地がいいような気はする。それはそれとして寒さは苦手ではある。早く部屋に入って簡易こたつでミカンを食べよう、と零名に提案する。ぜひ喜んで、と零名は笑った。