ネタ:恋人にならない伊善♀善逸が仕事から帰ると家中真っ暗だった。この時間であればいつも部屋の明かりがついているはずだ。今夜に限って真っ暗なのは家人が全員出払っているからではない。善逸は電気を点けつつ、寝室の一つに向かう。
そこは同居している少年の部屋。少年は善逸とは血の繋がらない家族である。善逸は今は大学に通う夫と一年前に結婚しているが、その際幼馴染である少年の後見人になり新居に迎え入れた。全て夫である炭治郎と決めた事だった。
少年の部屋はやはり明かりが付いていない。日は完全に暮れてはいないもののだいぶ薄暗くなっている。地平線に沈みゆく真っ赤な夕日が、僅かに部屋を照らすのみだった。善逸は淀みない足取りで、ベッドに近寄る。
「やっぱりここにいた」
少し変わった形の部屋のため、ベッドは壁との間に人一人が入れるくらいの隙間がある。部屋の主である少年──伊之助はそこで膝を抱えてうずくまっていた。
「出ておいで」
嫌な事があったり、炭治郎に叱られたりするといつもここに閉じこもる。その度に善逸は優しく出てくるように促した。
伊之助は返事はせず無言ではあるものの、驚くほど素直に従った。のそのそと隙間から出てきて、ベッドに腰掛ける。うな垂れたままなので表情はわからない。服装は制服姿のままである。善逸も仕事から帰った姿のままだったので、コートだけ脱いで声をかけた。
「先生から連絡あったよ。また早退したって」
伊之助は15歳で高校に通っている。校内で彼に何かあれば保護者である善逸に連絡が行くようになっている。今日は仕事中に連絡を受け、いつもより急いで帰宅した。
帰宅中念のため伊之助の携帯電話に連絡したが、やはり応答はない。こんな事は初めてではないので、何が起きたかは大体わかる。伊之助が学校を早退するのはここ数年の間に一度や二度ではなかった。健康優良児の彼が体調不良で早退する事などはまず無く、早退する理由はいつも決まっている。
「今日は何があったの」
「………」
と問われた伊之助は再び殻に閉じこもるように、ベッドの上で膝を抱えて顔を埋めた。善逸は回答を急かしたりはせず、丸まった背中を優しくさすってやった。すると、堰を切ったように伊之助が吐露する。
「先輩の……女に抱きつかれた……胸押し付けられて……」
それを聞いて善逸はハァ、とため息をつく。想像通りだった。
「……気持ち悪ィ」
少年は心底嫌悪感を抱いているように忌々しげに吐き捨てた。
善逸は何も言わずに伊之助の頭を撫でてやる。伊之助もそれを黙って享受していた。
そして善逸はある問いかけをする。
「いつもみたいにしてほしい?」
そう言えばようやく伊之助が顔を上げた。善逸はわざわざ聞かずとも、彼女特有の聴力である程度なら相手の感情がわかる。今も伊之助が“それ”を望んでいる事は重々承知していた。
それでも毎回尋ねるのは、彼の心境に変化が訪れていないか確かめるためだ。もし、“音”では望んでいたとしても言葉で拒絶する時が来るのだとしたらそれを受け入れようと思っている。例え本心を偽っているとしても、“偽っている”事が彼の決断であるからだ。
しかし、今日の伊之助はこくりと頷いた。“それ”が欲しいと。
その事実に、善逸は少しの焦りを覚えつつも心のどこかで安堵しているのも確かだった。
「ちょっと待ってね」
善逸は着ていたカーディガンを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外すしていく。普段は下着が透けるのを防ぐためにキャミソールを着用しているが、今日はカーディガンを着ていた為素肌に直接着ていた。その為すぐにブラジャーのみを着用している乳房が露わになった。
それでもボタンを一つ一つ外す指先を伊之助はもどかしそうに眺めていた。早く欲しい、と音を聞かずともわかる。彼の大きくてぱっちりとした瞳が爛々とギラついていて、今の彼を見たら誰も美少女のようだとは称さないような有様だった。
全て外し終わると豊満な胸が伊之助の前に現れる。ブラジャーに支えられて持ち上げられている為その存在感は異様にインパクトがあった。
さしもの善逸も少年にじっと見つめられながら服を脱ぐことに羞恥しないわけではない。いくら初めてではないとはいえ。見られれば自然と頬が紅潮する。だが、なんて事はない風を装った。彼が望んでいる間は叶えてやらねばならない。ある種の使命感を持っていた。
「ほら」
ブラウスの前開きを両手で開いて、差し出すように見せてやった。いや、間違いなく差し出している。この少年の心を癒すために。
「おいで」
伊之助はその言葉を皮切りに、年上の幼馴染の体に抱きつく。生肌の胸に顔を埋めるようにして。切羽詰まったその動作は、母親の乳を求めるのに蠢く犬の赤ん坊にも似ている。
「女に抱きつかれて気持ち悪い」と、人肌に異常に嫌悪感を示すこの少年の心を癒すのは、また人肌でしかなかった。
善逸は自分の胸に頬をすり寄せる少年の頭を撫でてやる。母親がしてやるように。
この接触に性的欲求が無いと言えば嘘になる。現にこの二人には男女の体の関係もある。しかし、それだけでは語りきれない二人の関係性が存在していた。
伊之助は善逸の下着を脱がしながらも、ただ触れるだけでそれ以上は何もしない。善逸もそれを理解している。善逸は下半身はタイトスカートとストッキングを着ていたが、以前伊之助にスカートごと破られた事があるので彼が脱がす前に自分で脱いでまたベッドに戻った。
伊之助も制服を脱いで上半身は何もつけないでいる。伊之助をもう一度抱きしめてやると、裸の胸と胸が触れ合った。
季節は真冬だが、寝室の中では熱がこもっている。そこに性の匂いはない。ただ、人と人が温もりを求めあうばかりであった。
(炭治郎、今日何時に帰って来るっけ……)
やがて自分の腕の中で寝息を立て始めた少年を抱きしめ直し、体を冷やさないようにと布団をかけてやりながら善逸は心中ひとりごちた。