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    きっと最後のバレンタインの憂鬱「本日は、一〇〇〇から一〇四五まで要塞設備部長と、一一〇〇から一一五〇まで要塞事務監と通信会議が入っております。お昼を挟みまして一三〇〇から一五〇〇まで要塞防御司令部と、一五三〇から一六三〇まで分艦隊司令部と通信会議がございます」
    「了解。今日は会議漬けで大変だろうけど、よろしく頼むよ」
     困ったように笑ったヤンに、副官室から通信画面越しに笑い返したフレデリカは、いつもどおり朗らかだった。
     スケジュールを確認し終えた後、机の上に会議の順番に揃えて用意された会議の資料の確認を始める。要塞設備部長から送られた資料を卓上端末の前に置き、次の要塞事務監の資料を手に取って読む。相変わらず必要な情報がわかりやすく、適度な長さにまとめられていて、読みやすい。さすがキャゼルヌ先輩。と心の中で賞賛を贈る。
     だが。今日どうしてもとこの日に会議のアポイントをとった理由を容易に予測できるヤンとしては、しかめ面にならざるを得なかった。

    「バレンタインデーのグリーンヒル大尉の予定を聞いてくる人が最近何人もいるんです」
     ユリアンがそう報告してきたのは二月のはじめくらいだっただろうか。
     地球時代の名残であるバレンタインデーは、本来恋人や夫婦の行事である。だが同盟やフェザーンの経済界の陰謀か、意中の者に想いを伝えるという新たな様式も定着しつつあった。
     その影響が大きかったのがヤンの副官であるグリーンヒル大尉だ。イゼルローン要塞に来て一年目の二月十四日、彼女が中央司令室から外に出るたびに花や菓子を両腕に抱えて戻っていた。これでも九割は断ったのだと途方にくれた様子の本人から聞いたときは、フレデリカ・グリーンヒルの恋愛方面での人気の高さに、驚きを通り越して思考が一瞬追いつかないという異常事態に陥った。
     フレデリカとヤンのいろんな意味で仕事の能率が低下したということで、キャゼルヌやアッテンボローといったお節介な昔馴染みと、シェーンコップという局所的な扇動者が結託して動いた結果が、二月十四日当日に連続で通信での会議を入れるという限りなく公私混同に近い暴挙だ。会議の最中何らかの形で立ち会わなければならないフレデリカも司令官室や隣の副官室から離れられなくなる。これはフレデリカのためというのもあるだろうが、ヤンにお膳立てをしている側面が強い。
    「今日は会議漬けで肩が凝りますよ先輩」
     キャゼルヌとの会議を終えた後、ヤンは気心知れた先輩に愚痴をこぼした後、会議、会議、会議、キリがない、と節をつけてみせた。聞き覚えのあるメロディーだったので、替え歌かとキャゼルヌは鼻を鳴らした。
    「それはご苦労さん、いい肩の体操の図でも送ってやろうか?」
    「そうじゃないですよ。キャゼルヌ先輩の前後でアッテンボローとシェーンコップが会議の時間の候補をこの日だけに入れて返答してきましてね」
    「たまたまだという事にしておけ」
     示し合わせたのを認めるんですねとヤンは半目で画面のキャゼルヌをにらんだ。
     では、よろしくお願いします、司令官閣下。と堪える様子もなく画面から姿を消した。
     会議の疲れと過干渉への苛立ちを体から追い出すかのように息を大きく吐き切ったところで、司令官室のインターホンが来客を告げた。普段なら昼休憩まで数分というところでヤンを訪ねる者などいない。何かあったのだろうかと、丸まっていた背中が伸びた。
    「失礼します、ユリアン・ミンツ軍属であります! ヤン司令官閣下の昼食をお持ちしました」
     ヤンは目を瞬いた。今日の昼食は士官用の食堂で食べようかと思っていたので、昼食は頼んでいない。だがユリアンは考え無しに予定にないことをするような人間でないことはヤンはよくわかっていた。
    「ユリアン、私は今日は昼食は頼んでいないよ。何があったんだい?」
    「キャゼルヌ少将からのいいつけで、今日はヤン提督もグリーンヒル大尉も司令官室フロアから出すなと」
    「どういうことだい」
    「フレデリカさんに渡したい方は大勢いますが、ヤン提督にも贈り物をしたい女性がたくさんいらっしゃるようで」
     ヤンは自分の眼球が素早く動くのを感じた。
    「バレンタインデーは女性に男性が贈り物をする日だろう?」
     普通に尋ねたつもりが、ずいぶんとか細い声になっていた。
    「ハイネセンでは最近、女性が男性に物を贈ったりするそうです」
     なんでも贈り物をするされるに性別は関係ないと、どこかの製菓会社が広告を打ったのがウケけたらしい。
     一瞬気が遠くなった。ずいぶん経済界というのはずる賢いらしい。自分が星間交易船に乗っていた頃には思いもよらなかったと交易商の息子は心の中でつぶやいた。
    「そうかい。ありがとうユリアン。でもせめてメニューくらいは聞いてくれ」
     お前もびっくりしたろう、そういうことを聞いて。ヤンはユリアンに優しく尋ねた。
    「はい。わかりました。次はそうします。申し訳ありませんでした」
    「ユリアンなら次は大丈夫さ。まあ、こんなことがあってたまるかとも思うがね」
     ユリアンは破顔すると、司令官室を退出した。これから隣の副官室のフレデリカにも食事を届けに行くのだろう。
     透けている思惑は気にくわないが、正直キャゼルヌらの処置は理にかなっていた。職務に支障が出ることを理由にこういったイベントを禁止するのが手っ取り早いし、フレデリカ以外にも被害が出ていたことから、本国の法務部に規制を設ける許可を願い出たが、前線にいる兵士たちのガス抜きや、自由を標榜する国の軍隊である以上、あまり規則を設けることは得策ではないという回答が返ってきた。他にも婚姻率の向上など理由はあるのだろう。結局職務に支障が出ない程度の交流をするようにという「お願い」という形で各部署を通じて通達するしかできなかった。
     酷い状況だなあと、ヤンは昼食の生暖かいピラフをつつきながら思う。ガス抜きによって弊害が出ているのだ。これでは本末転倒ではないか。
     人間がそう簡単に変われない以上、嘆かわしいことだが今年も問題が起きているだろう。それらも合わせてもう一度掛け合ってみよう。
     だが、少しもったいないなと、ヤンは心に隙間風がふいたように錯覚した。バレンタインデーに一度くらいなにかあっても良かった。
     上官の私が何を考えているのかと我に返ったヤンは、ずっと眠っていた本能の思いつきと、金褐色の輝きの幻影をスプーン山盛りのピラフとともに噛み砕いて飲み込んだ。
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    2021/02/14 23:38:16

    きっと最後のバレンタインの憂鬱

    ##表

    ヤンとデリカ。あまり恋愛要素がない。
    要塞二年目のバレンタインデー。業務に支障をきたすほど贈り物をされるデリカを守るためにヤンの優秀(でお節介)な部下たちが考えたのは二人を公共の場になるべく出さないことだった。

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