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    第一話「面」時代小説 流星かと見紛うほど鮮やかに銀の刃が閃いた。
     切っ先が俺の眉に当たり、眼窩に落ち、目蓋を切って眼球に刺さったとき、
     俺の全身を覆っていた緊張が、一気に溶けていくような心地がした。
     これで勝負あったなとどこかで諦めが囁いた。

     その瞬間、信じがたいことが起きた。一本の太刀筋だ。俺の活路が見えた。

     相手の左のわき腹から逆袈裟切りに右肩へと駆け抜ける活路。
     俺は無我夢中で相手の左わき腹へ刀を叩きつけそのまま力任せに切り上げた。
     相手の切っ先はとうに俺の右眼を二つに割っていた。
     その見事な太刀さばきに対して俺の剣のなんと野蛮なことか。

     俺が叩きつけた剣はそのまま相手の肋骨をへし折り、内臓をかき回して右肩へ抜けた。
     相手の男はかっと目を見開き俺を見据えた。しかし視線は俺に向いていなかった。男が見ていたのはもっと先、俺の真後ろの何かだった。

     男は崩れた。うめき声一つあげず。血の吹き出す音が聞こえた。俺の中で諦めが「勝ったな」と囁いた。そうらしい。勝った、また、勝ってしまったのだ。

     俺の背後から誰かの悲鳴が聞こえた。

     暗闇の中で俺は一つ一つ計算をしていた。頭が割れるように痛む、右眼を完全にやられた。簡単な手当てはしたものの、出血を止めるのが精一杯だった。
     この眼はもう使い物にならないだろう。俺は早く金をもらって、ここを立ち去りたかった。

     …周りが騒々しい。痛みをこらえながら、俺は残された左眼で辺りをうかがった。

     小屋の中に男が三人いる。皆俺と同じように金で雇われた素浪人…暗殺者だ。
     お互い素性も本名も知らぬ烏合の衆。
     とある高名な武芸者を倒すために、どこからか集められてきた野良犬どもだった。

     俺はこの男たちに不信感を持っていた。
     武家屋敷に押し入り、屋敷の手伝いやなんかを蹴散らしたのは良かったにしても、肝心の武芸者には近付くことさえできなかった。

     敵の間合いに入ることを恐れるあまり、自分の間合いに入れることを放棄した。結局、まともに相手をしたのは俺だけだった。
     あいつらは終始一貫、安全なところに避難して高みの見物を決め込んでいた。
     所詮、俺の命と引き換えに、敵が傷の一つでも負えば儲けものだと思っていたのだろう。
     まぁ、そんな奴らがまともに向かって勝てる相手ではなかったし、
     それが奴らなりの生き延びる精一杯の知恵だと思えば腹も立たない。

     それにしても騒々しい。
     左目だけの視界では上手く状況がつかめなかったが、声でだんだんと様子がわかってきた。
     男たちの声に混ざって女の声がした。さっき悲鳴を上げたあの声だった。

     「何をしている?」俺は男らの背中に問いかけた。

     男たちは振り返りもせずに「この娘の味見をしてんのよ」と答えた。
     男どもの間から女の着物と足が見えた。
     「離してよ!」声からして若い娘と知れた。いかにも気丈そうな声だった。男らは三人がかりでもてこずっているらしい。

     いや、むしろわざと、女に暴れさせているのかもしれない。
     ネコが捕らえた獲物をいたぶり殺すように、自分たちの手中に収めて、もう逃げられない女を、あざ笑っているのだ。
     女はそれを知らないのか、知った上でなお自由を諦められないのか、必死で抵抗していた。
     これまで、痛ましい現実を突きつけられたことがなかったのだろうか。

     「その女は?」俺は尋ねた。

     「あの武芸者の一人娘よ」男の一人が答えた。…やはり。
     「押入れに隠れていたのを見つけ出したのさ」ともう一人。
     「おまえが切りあっている時にな」…そうか。

     あの武芸者が最後に注いだあの視線は、自分の愛娘に向けられていたのだ。
     隠していた娘、それが見つけ出されたとき、その先に起きるであろう最悪の事態に、一瞬だけ心がゆらいだ。それが勝負を分けた太刀筋を生んでしまった。

     あの剣豪の見せた、最初で最後の隙だった。

     女は相変わらず暴れている。暴れるほど着物は乱れ、男の劣情をそそるだけなのに。思えば哀れな娘だ、父親の命を奪う決定的な瞬間を作ったのは自分自身なのだから。

     右眼の痛みがだんだん酷くなってきた。
     とにかく早くここを離れたい、女の金切り声も、男たちの嘲笑も、もう充分だった。俺は金の話を切り出した。男の一人が汚い包みを放った。

     どさり。と目の前に落ちたその袋を手繰り寄せると、中の金を数えた。

     金は綺麗に四等分されていた。四等分?
     俺は急に体の芯がひやりと冷たくなったのがわかった。あいつらが何をした?

     俺は力任せに、金の包みを男の一人にぶつけた。
     金は散ってキラキラ光りながら、音を立てて床に落ちた。
     立ち上がった俺と床に落ちた金を、三人の男たちは交互に見みやる。

     「その女、俺が貰い受ける」そう言い放つと、男たちはいっせいに俺を見た。
     「この金が代金だ。もしお前たちが、女を無傷で売り飛ばしたとしても、この額にはならない。」
     ぽかんと見上げる三つの面をねめつけた。「いい取引だと思うが?」三人の男は目を見合わせた。
     右眼の痛みは耐え難いほどになっていた。
     とにかく俺は早くこの場を出たかった。
     後のことは何も考えたくなかった。

     埃だらけの小屋を離れ夜道を急いだ。
     夜風にあたれば少しは痛みもましになるかと思ったが、相変わらず治まらない。 その上、頭に響く金切り声が付いてきた。「何処に行くのよ!」金切り声はわめく。
     「好きなところへ行けばいいものを…」俺はそう小声で呟いたが、金切り声には聞こえなかったらしい。

     「私、あんた達を絶対、許さない」…答えるのが面倒だった。
     「お父様とお母様の仇は絶対取るんだから!」あいつらはこの娘の母親まで殺したのか…。
     俺は静かに考えた、娘を引き取れる身内がいないとなると少々面倒だ。可哀想だが女郎屋にでも売り飛ばした方が…。

     そう思案していると、ふと月が雲間に陰った。
     風がざわめき、不穏な空気を感じた。…遠くから足音がついてくる。

     俺は娘の胸ぐらをつかんで、近くの茂みに引きずり込んだ。
     「着物を脱げ!」そう命じると、娘の帯を力任せにほどいた。「何するのよ!!」娘は驚いて抵抗した。娘からしてみれば一難去ってまた一難といったところだろう。「早くしろっ!」そう言って俺は自分の着物を脱いだ。


     人馬が往来する街道へ伸びるせまい一本道。
     道と言っても近くの百姓が忘れたころに使う程度で、夜ともなれば人の姿は皆無、狐狸や兎鼬の類がちょろちょろりと遊んでいる。あたり一面はうっそうとした松の木林、道端の藪も深い。
     視界はさほど良くはなかったが、おりしも満月。
     絡み合った木の枝の隙間から月明かりが差し込んで、夜道をぽつりぽつりと照らしている。若い男女の二人連れ、こんな夜に見失うはずは無い。
     二人の足音の後から、三人の足音が、ひたひたひたとついて来た。
     走るわけではないが着実に距離を縮める足音。獲物が街道に出ていずこと知れず消える前に、追いつこうと眼をぎらつかせる様はまるで野獣。
     狙われていると知ってか知らずか、悠々と歩く狙いのものの姿が、道の向こうに見えた。

     どちらが声をかけるとも無く、双方の歩みは止まった。

     先ほど金をばらまいて立ち去った片目の男は、三人を一瞥して顔を伏せた。
     男が大金を支払って連れ去った娘は、片目の後ろに身を隠して、こちらもまた顔を伏せる。先ほどまでのあの元気はどこへ行ったのか。別人のようにおとなしい。
     追ってきた三人の男のうち、背の高い一人が口火を切った。

     「いい夜だな」

     ふふ。誰ともなく嗤った。たしかにいい夜だった。

     「何の用だ?」片目がくぐもった声で尋ねた。
     三人の男が目を交差させた、いつの間にか二人を囲むように立っていた。
     「考えたのよ。」さきほど夜を褒めた男が続けた。

     「お前を殺せば、女も金も手に入るってな」
      ははは。今度は、はっきりした笑い声がした。

     ふふふ…。片目も笑っていた。「お前たちが俺を殺す?」
     笑いながら片目は、女を後ろに隠し、一歩も動かない。 「気はたしかか?」
     後ろは笹薮、その先は川。左右の道はそれぞれ男が立ち、正面の男が喋り続けた。「以前のお前ならな。しかし、今のお前は…」喋りながら男の足がじわりと前に出た。

     「片目だ」

     その言葉が合図になったのか、三人の男がいっせいに刀を抜いた。
     背の高い男が、太刀を正眼に構えるが早いか、片目に切りかかった。瞬間、後ろの娘が動いた。

     驚いたことに、女物の着物の長い袖から、抜き放たれた太刀の刃が見えた。
     その刃が切りかかった男の首を一刀の元に打ち落とした。

     娘が躍り出ると、残りの二人はたじろいだ。入れ替わった…。
     そう気づいた瞬間、もう一人の男は脳天を叩き割られていた。

     頭を割られた男の体が地面に着くより早く、娘の衣装をまとった片目の修羅が身を翻した。それは最後の一人を絶命させる一太刀をはるか以前に知っていたような動きだった。

     それでも最後の男は刀を構え直した。修羅の打ち込みに耐えられるように。
     一瞬でも攻撃をかわせば退路が見えるかもしれない。
     蜘蛛の糸のようなわずかな希望に男はすがった。

     だが相手が悪すぎた。片目はその全てを見透かしたかのように、男のつたない希望を絶った。
     二人を殺した刀は、とうに血糊で鋭さを失っていた。片目は構わず男の胸板を突いた。
     男の背に痛みが走った。突かれた勢いで、背にしていた松にぶつかったのだ。

     衝かれた男は、ただの鉄棒となった刀が、己の肋骨を打ち砕く感触を感じながら、思い出した。
     男はこの片目の本名を知らない。ただ「面」と呼ばれていることしか知らなかった。
     その名の由来は、能面のように端正な顔で、表情一つ変えず人を切るということだった。
     男は今際の際に、それは真っ赤な嘘だということを知った。目の前の「面」は醜く嗤っていた。
     顔にまいた包帯からは血がにじみ、それが狂気に歪んだ「面」の顔にいっそうの凄みを与えていた。

     片目の死に神の後ろに月が見えた。雲間からゆっくりと出てくるところだった。
     月光が男の顔を照らしたのと、死に神の刀が男の体を突きぬけ、後ろの松に刺さったのは同時だった。

     悪夢は去った。ざわめいていた木々は静まり、何事もなかったかのように煌々と月が輝いた。
     こと切れた男を一瞥して、修羅は人間に戻っていた。
     その能面のような顔には一欠けらの狂気も残らず湖のように静かだった。
     片目は思い出したかのように自分の着物を着て、へたりこんでいる娘を見やった。
     片目と視線が合った娘は体を強ばらせた。
     娘は上手く立てないらしい。片目は何か声をかけようと思って、必死に言葉を探した。

     「仇をとったぞ…。」

     片目の言葉に娘が青ざめた。それを見て初めて、自分の顔が笑ったことに気づいた。あたりは恐ろしいほど静かだった。その静寂が今度はうるさい。

     「立てるか?」片目はむりやり言葉を引きずり出した。
     「触らないで!」娘が言った。ずきりと右眼の痛みがよみがえってきた。
     娘はあわてて立とうとするが、上手く行かない。
     片目は手を差し伸べようとして、袖の血の飛沫に気づいた。返り血には気をつけていたのに…。借りた娘の着物をわずかに汚してしまった。
     「すまない。」早いうちなら取れるかも知れないと思って、乾いた手ぬぐいを血の飛沫に押し当てた。

     その動作を見ていた娘は、体を立て直すと勢い込んで言った。
     「どうして、暗殺なんかしているの?」
     「それだけの腕を持っているなら、どこかに仕官すればいいじゃないの!」

     気持ちが高ぶったのか、両の目から涙が出ていた。
     そういえばこの娘は、今まで涙を見せていなかった。
     両親が殺され、自身も酷い目にあわされそうになったというのに。
     涙が一旦堰を切ると、今度はなかなか止められないようだった。
     娘はまだ何かいいたそうだったが嗚咽がそれの邪魔をした。
     俺は娘の言葉を考えた。俺はなぜ暗殺をしているのだろう?なぜ仕官しないのか?

     答えは簡単だった。俺のように得体の知れない人間には、こんな仕事しかない。
     何処の流派に習ったわけでもない自己流の剣術で、どれだけの強敵を倒せたとしても、素性のはっきりしない人間には、所詮こういう仕事しか回っては来ないのだ。
     俺がこの道を選んでいるんじゃない。この世がそうなっているのだ。
     だが、それを今この娘に伝えるのはたやすく無いように思えた。

     俺の住んでいる世界は、娘が今まで住んでいた世界から遠すぎる。そして娘は俺の住む世界に突然けり落とされたのだ。そしてまだ、そのことをよく解っていないらしい。
     いつかそれを骨身に染みて理解するまで、一体これからどれだけの涙を流すことだろう。
     俺の右の眼が痛んだ。酷く。ずっと酷く痛んだ。

     俺は娘の着物を脱ぐと、娘にほり投げた。「さっさと着替えて来い」

     娘の父親に切られた右目が痛い。もう俺は早く落ち着ける場所に行って休みたかった。それ以外、何も考えたくなかった。 さっさとこの血なまぐさい場所を離れたかった。
     ……だから、
     金切り声の一つや二つ、付いてきたところで、たいした問題ではなかった。

    (了)

    初稿2012年1月10日 
    2020年9月1日書き直し版
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    2020/09/25 11:05:48

    第一話「面」時代小説

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