極悪の魔法使い(試し読み)その少年は見るからに異様だった。
「この部屋が今日から君の住まう部屋だ。さあルームメイトに挨拶して」
そういわれてやや緊張した僕は、むりやり笑顔を作ろうとこわばる顔を動かして同居人を見た。その瞬間、彼の異様さに気付いた。
青い肌にするどく尖った長い耳、トカゲのような長い尻尾。そして額にある第三の目。第三の目と別にある彼の双眼。それは冷たい光を宿して僕を見つめていた。
「はじめまして。僕はアラムといいます」
彼は無言でうなずいた。それ以上、言葉が出てこない。
「彼はマーラ。竜人族だ」
そういうと、僕をここまで連れてきた教師見習いは部屋を出て行った。部屋には竜人族の少年と、僕の荷物と僕が取り残された。
「夜遅くにごめんなさい。汽車が遅れて駅に到着するのが夜になっちゃったんだ」
僕は彼とのコミュニケーションを取ろうと必死だった。
「こっちが君の使ってるベッド?じゃあ、こちらがわを使わせてもらうね」
僕はにこやかな表情を浮かべて彼に話しかけた。
彼は僕に慎重に距離を置きながら、ジッと僕を見つめるだけで、何もいわない。
屋根裏部屋に作られた二人用のこの部屋は三角の屋根の下で、綺麗な線対称に家具が配置されている。一つしかないのは窓だけだった。
僕は小さなタンスを見つけて持ってきた服を収納した。ふとタンスの中に小さな封筒があるのを見つけた。僕はそれをあけて中の手紙を読んだ。
「君が何人目の彼の同居人か知らないが、彼は君を殺すかもしれない。君が優秀な魔法使いなら、なおさら気を付けろ」
その警告を読んで僕は背筋が少し寒くなった。ただのいたずらの手紙かも知れないのに、その走り書きされた文字が緊迫感を伝えている気がしたのだ。
そっと振り返ってマーラと紹介されたその少年を見ると、彼は僕から目を離さず、先ほどと同じようにジッと見つめていた。
僕は彼にこわばる笑顔を見せて、また黙々と荷物を片付けた。
その夜はマーラと一言も交わさずに眠った。
翌日、汽車の旅の疲れでぐっすり眠った僕は軽く遅刻した。起きた時には部屋にマーラはおらず、時間はもうすぐ授業が始まると告げていた。
僕はあわててパジャマを脱いで、ベージュのズボンと白いシャツを着て、魔法使いの象徴であるマントを羽織った。このマントがこの学校の制服である。
この学校は、この国で最も高名な魔法学校だ。国営の魔法使い養成学校で、国の内外から優秀な魔力を持ったこどもが入学してくる。
僕は自分の魔法の能力が顕在した時、すぐさまこの学校への入学が決まった。まだ三歳くらいだったから、すぐに入学はできなかったけど、十五歳になって入学できる年齢になったらすぐ入れるように手配された。
僕の魔法能力は非常に強く危険だから、自分でコントロールするだけでなく多くの魔法使いの監視下に置く必要があると判断されたのだ。
僕の能力が危険だというのには、ちゃんとした理由がある。僕は十歳の時、大事件を起こした。その年、僕は母を亡くした。妹が生まれてそのお産で母が死んだのだ。僕は深い悲しみに心を病み、僕の魔法能力は暴走した。この国では死んだ人の魂は月に向かうという言い伝えがあるから、僕の力は宇宙に向かい月の軌道を妨げた。月の動きが止まったのだ。
月がその公転の動きを止め地球の上空に静止したらどうなるのか。海面が月の引力で持ち上がる。そしてまた月の公転が始まった時、持ち上がった海は大津波となって人々を襲ったのだ。
多くの魔法使いが、津波に巻き込まれて死んでいく人を助けようと奮闘したと聞いた。急激に魔力を使い過ぎて、急死した魔法使いは数百人にのぼると聞く。それでも死者の増加は止められず、その津波による死者は二万人を突破した。
あまりの死者の数に、その津波が人為的に起きたものだということは伏せられた。僕の能力は国に非常に有用だと判断されていたから、僕の存在は隠された。月の謎の活動のせいだということになった。
僕は、月が止まった時の異様な輝きを今でも覚えている。月がこちらに迫ってくるような恐ろしい輝き。それを見て僕は自分のしたことが途端に怖くなり、月への静止魔法をといた。
その津波が竜人族の保護地を破壊しつくしたということは学校に入る時に聞いていた。だから竜人族のマーラに見つめられると僕は犯罪者だということから逃れられないのだという思いがこみ上げてきた。
「青トカゲ!まだいたのか!」
廊下の片隅で言い争う声がした。
僕は、もうすぐ授業がはじまる時間にもかかわらず言い争うその影を見た。
「裸猿、そこをどけよ」
そういってるのは青い肌の竜人族マーラだった。
裸猿といわれた二人の少年らはこう罵った。
「はっ?人間様にクソトカゲがそんな口きいていいのか?」
「クソトカゲは教室に入るな。給食室のゴミ箱から残飯でもあさってろ」
マーラは二人を見、侮蔑の表情を浮かべていった
「俺は正式に試験にパスしてこの学校に来た」
「てめぇらこそクソ金を積んでこの学校に入ったんだろ?」
「魔法の才能もねぇくせにここに居座るんじゃねぇ」
その言葉が図星だったのか二人は同時にマーラに殴りかかった。
「ちょっと待って!」
気が付いたらアラムはその二人を静止していた。
「何をいいあらそってるの?」
マーラはアラムの姿を見ていう。
「てめえは引っ込んでろ」
「クソトカゲはカラスに混ざって残飯をあさるのが関の山だ」
「うるせえ、無駄口たたけなくしてやる」
マーラと二人の少年はにらみ合って一触即発の空気が漂った。
「そこの四人、もうすぐ授業がはじまるぞ」
静かな声が響いた。
「それとも、廊下で授業を聞きたいか?」
ウェーブのかかった黒い髪を肩あたりで切りそろえた赤いマントの四十代くらいと思しき男性が、ぬっと現れた。
「悪魔の舌(デヴィルズ・タン)の調理法を今日は話すつもりだったんだがな…」
「どうやら、竜人族の話をした方が良さそうだ」
「教室に入りなさい。そして席について…おや?」
黒髪の教師はアラムに目を止めた。
「君は新入学の子だね」
「私はダルマン・ハシム」
「ダルと呼ばれることが多いが好きに呼んでくれ」
「君の教室を担当している。よろしく」
そういうとダルはアラムの肩に手を置いて教室に向かった。
ダルは教室の生徒にアラムを簡単に紹介し、教室の窓側の一番奥の席が開いていると伝えた。
そして教壇に立ち、先ほどの竜人族の話をはじめた。
「君たちが知っている竜人族のイメージはだいたいわかる」
「町の中のキレイとはいいがたい路地裏の片隅に巣を作り、ネズミや野良犬と暮らし、ゴミ箱から残飯をあさっている、人間ではない生物そんなところだろう?」
「彼らがそういう暮らしをはじめたのは五年前からだ。五年前というと何があったかわかるね?」
五年前ときいて僕は胸が痛んだ。
「月津波だ」
「月津波が彼らの生活を壊滅させた」
竜人族はこの星の先住民だったが、人間がやってきて竜人族の住まいを奪った。そして彼らを保護すると称し、海辺の危険な土地を保護地として用意した。竜人族は塩分を苦手としていて、海辺の暮らしはずいぶん辛いものだったという。
その保護地すら月津波が奪った。
彼らの住まいも文化も生業もすべて奪った。
保護地は海に沈み、そこに住めなくなった竜人族は人間の街に出て、野良犬のような生活をするしかなくなったのだ。
(試し読み1ここまで)
俺はひたすらにその機会を待った。
国立魔法学園、ここには国中、いや世界中から魔法使いの才能にあふれた連中が集まってくる。だから俺が探している極悪の魔法使いも来るはずだ。
俺はその魔法使いを許すつもりはない。俺の国を奪い、俺の家族を奪い、恋人を奪った。俺もそいつの一番大切なものを奪ってやる。大切なものが家族なら家族を、命なら命を。
目が覚めたとき、目の前にはアラムが居た。アラムは俺の部屋の同居人、ルームメイトだ。ついでにクラスも同じだ。
「大丈夫?うなされていたけど」
俺は額を拭い、大量の汗に驚いた。
「大丈夫。いつもの夢だ」
「極悪の魔法使いの夢?」
「そう」
じつはもう極悪の魔法使いの目星は付いているのだ。
ダルマンだ。俺のクラスを担当しているダルマン・ハシムだ。あいつはこの学園でずば抜けて魔力が強い。この学園でということはこの世界でいちばん魔力が強いということだ。
俺は虎視淡々と機会を狙っていた。
何気なく耳にしたことがある、ダルマンの最も大切なものは恋人だと。
俺はアラムにいった。
「今日、決行する」
「ダルマン先生の大切なものを奪うの?」
アラムはこの学園では中の上程度の成績で、目立ったとこのない普通の魔法使いだ。
敵に回したところで大して怖くは無い。が、味方にしたところでなにか旨みがあるわけでもない。
どうでもいい存在だ。
だが、俺の意思をヤツには伝えておいた。ダルマンと対峙して敗れたとき無下に俺が悪者にされるのは目に見えている。俺は俺なりの考えがあったということを知ってる者が欲しかった。
できれば同族の竜人であって欲しいが、竜人と魔法は水と油だから仕方がない。俺は同居人として多少仲良くなったアラムに託したのだ。
竜人について説明しておこう。
竜人というのは、爬虫類から進化した人類のことだ。羽のない鳥といっても良いかもしれない。鳥のように高温動物で、見た目は爬虫類。青い肌に三つの目、長い尻尾と長い耳がある。
魔法は使えないことが多い。魔力と竜人は相性が悪く、対竜人戦線に魔法使いが大量に投入された時代もあった。俺のように魔法に耐性があり魔法を使えるという例は稀なのだ。
俺が竜人族にも関わらず魔法が使えるということを不思議に思うかもしれない。
俺はある契約をしたのだ。俺の未来を売り渡す代わりに手に入れた力が魔法なのだ。
竜人族は生まれた時はみんなオスだ。20年30年生きた者だけがメスになれる。メスになって初めて一人前の竜人として認められる。俺はそのメスになる未来を“悪魔”に売り渡した。“悪魔”は俺が復讐を果たしたら現れる。そして、俺は成長が止まったまま“悪魔”のしもべになる。
だが、後悔はない。俺は何にも罪を問われずのうのうと生きている仇が許せない。俺が俺自身が仇に復讐の鉄槌を下ろすのだ。
(試し読み2ここまで)