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    第二話「一心眼」時代小説 うららかな春の日差しの中、満開の桜並木の下を二人の男女が歩いていた。「綺麗…」とつぶやいて桜を見上げているのは桐乃という名の少女だ。「見事なものだな」桐乃につられて桜を見上げたのは、右目に深い刀傷がある片目の男。通称は面。能面の小面ように端正な顔で眉一つ動かさず人を切るから面と呼ばれている。

     川辺に植えられた桜並木のはしまで来ると桐乃は名残惜しそうにふりかえった。川の土手では花見客が酒を呑みにぎやかに桜を楽しんでいる。町民の花見客にまざって武家と思われる一行も花見をしていた。桐乃はそれをながめている。本来ならこの娘も武家の一員としてあのように花見を楽しんでいたかもしれない。優しい母やこわおもてな父に連れられてご馳走を持って花見をしていたのかもしれない。そんな彼女の日常を壊したのは面。この男だった。

     今や片目の面となった男はここ数か月いくどとなく考えた。仕事だった。仕方がなかった。あの時娘の父親を殺していなければ自分の命がなかった。暗殺をしなければ金が稼げない。金がなければ食い物に困る。食い物がなければ死ぬ。だから仕方なかった。

     心の中でもうひとりの自分があざけりを込めた笑い声をたてる。そしてこういう。お前は間違いなく娘の幸せを奪った。たいして惜しくもない自分の命とひきかえに娘の家庭を壊した。こうやって共に旅をして面倒を見て娘への罪を滅ぼしてるつもりなのだろうが、お前の罪は消えることはない。

     面は娘を見る。娘は桜の木を見上げながら木漏れ日の日差しをあびてる。「もう少し見ていくか?」男がそういうと娘はふりかえった。娘の口が「もういいわ」と動くより早く男はいった「そこに茶店がある。あそこなら花も見えるだろう?」娘の瞳の瞳孔が少し広がる。喜びを隠しきれないように娘の瞳が輝く。だが彼女はつとめて冷静に「そうね。ちょっと疲れたし、休んでもいいわ」といった。

     茶店の裏にも見事な桜の木があり満開の花をつけていた。
     娘はたまらずその下にかけより花を見上げた。
     桜木の下にたたずむ娘は実に絵になる。面はそれをみつめてしみじみと茶をすすった。

     娘にしばらく茶店で待つようにといって男は仕事がないか探しに行った。そろそろ稼がないと旅の金がつきてしまう。娘に嫌がられてもこのさい汚い仕事でもいい。誰かの幸せを壊すような仕事でもいい。金が要る。

     男がはやあしで町場に向かっている間、娘は桜を見ていた。その娘に遠くから二人の男が近づいてきた。「…もしや、桐乃さまではございませんか?」「ご無事でございましたか!」男らは桐乃にかけよった。「まあ!」娘は目を丸くした「佐平次!小太郎!こんなところで会えるなんて!」娘はふたりを見て嬉しそうに顔をほころばせた。二人は桐乃の父親の道場で修業をつんでいた若き剣士たちだった。桐乃の父が面に殺され、母親も切られ、桐乃は行方知れずになり、もう二度と会えないとお互いに思っていたのだった。

     片目の面が茶店にもどってきた時そこには桐乃の姿はなかった。片目の男は茶店のあるじに桐乃のゆくえを聞いた。なんでも二人の男と親し気に話した後、二人に連れられてどこかに行ってしまったらしい。片目の男は娘が去ったという方向に走り出した。

     せっかくいい仕事を見つけてきたのに。久しぶりに桐乃に胸を張っていえる仕事を見つけてきたのに。肝心の桐乃はどこかにいってしまった。

     面が走り去ったあと、満開の桜の木の下で人影が動いた。桐乃とふたりの男である。男の一人佐平次は茶店のあるじに金を渡し、男に嘘の情報をあたえた礼をいった。「あれが師匠を殺した面という男ですか」小太郎が桐乃にたずねると桐乃は「そうよ。父を殺した相手…」「でも、根っからの悪人とは思えないの」といった。

     「生かしておくわけにはいきません」佐平次がいう。「我ら一心眼流の技があんなえたいのしれない素浪人に敗れたままでいいわけがありません」桐乃はつとめて冷静にいった「だけど…あの男はとても強いわ」「私のお父様をやぶったのよ。あなたたち自分の命を大事にして」

     桐乃は片目のあの男を想うとこころが痛んだ。あの男も好きであんなことをしたわけではない。他に生きるすべを持たないからやったのだ。あの男が桐乃にしてくれた数々の心遣いを想うと桐乃はあの男が憎めなくなっていた。父を失い行き場を失い、二人で旅をしていたこの数か月、片目の男は桐乃にとても親切だった。最初こそ桐乃は父の仇を打とうと片目について行ったが、やがて彼に惹かれるようになっていた。桐乃は面の罪をゆるしていた。それを彼に告げられないのは自分の自尊心が邪魔をしているからだ。ついつい意地を張って素直になれない。だが、そんなことは一心眼流の二人にはいえないことだった。

     桐乃の心の内を知らない二人の男は、どうやって片目の男を始末するか相談していた。やがて桐乃の名前でおびきだし、仇討として男を討ち取るという段取りに話がまとまった。

     桐乃は内心おだやかでない。桐乃の中で片目の男への恨みは消えつつある。だがこの二人の男の中ではまだ生々しく燃え上がっているのだ。桐乃は勇気を出して二人にいった「仇討なんてやめましょう。私はあなた方が危険な目にあうのが嫌だわ」男たちは桐乃の優しい心に胸を打たれたといわんばかりの表情でこういった「桐乃さま、心配ご無用です。我々の仲間を呼びます」

     町場の飲み屋で酒を呑んでいる面のもとに一通の手紙が来た。桐乃からだった。内容は仇討の書状。決闘の申し込みだった。
    「仇討か…」片目の面はぐいと杯をあけた。どうやら娘は居場所を見つけたらしい。そして俺が消えればすべてが丸く収まるのだ。
    ふふふふ。不思議に自然と笑みがこぼれた。なぜだろう、あの娘のためなら死んでもいいと思える。おりしも桜は満開。
    散るにはあまりにもおぜん立てが整い過ぎている。野良犬のような人生の俺が死ぬ季節としてこの春は美しすぎるだろう。俺には猛吹雪にまかれての野垂れ死にがお似合いだというに。面は町場の家屋の屋根から顔をのぞかした満月をみた。美しい月はこうこうとあたりを照らしている。桐乃の幸せを願い、面は飲み屋をあとにした。


     月影に満開の桜が白く光る。仇討のために呼び出された川辺には中央に一本だけ桜の巨木があった。存分に枝をのばした桜は今を盛りと咲いている。その下に桐乃がいるのを面は見つけた。ほんの数日前まで自分の後ろや横を歩いていた少女。この数か月昼夜をともにして旅をした少女。ああ、俺の死神はなんと愛らしい。面は目を細めた。彼に戦う意思はなかった。必要なら切腹してもいい。無駄な血は流したくない。おだやかな気持ちで面は桐乃の前にあゆみをすすめていった。

     その時だ。聞き覚えのある声がした。「我こそは一心眼流、一番弟子佐平次!いざ尋常に勝負!」ざわりと心が騒いだ。聞いたことのある声。聞いたことがあるだと?なぜだ?どこできいた?片目の男は体中の血が逆巻くような感覚を覚えた。

     相手が刀を抜き放つのが見えた。面もあわてて刀を抜いた。相手の打ち込みにたえる。不利だ。普段はなにも考えずに刀を使う。体が自然と反応するように訓練している。今は切るべきかどうかで迷っている。迷いのある剣は危険だ。

     佐平次は一番弟子というだけあってするどい切り込みを何度もしてきた。それをかわすのがせいいっぱいの面は必死で記憶の糸をたぐっていた。この声…どこできいた?ふいに閃いた。この声は俺に仕事を命じた声だ。あの武芸者を殺せと。一心眼流をつぶせと。金はいくらでもあると。野良犬のような素浪人をあつめ、桐乃の父を闇討ちさせたのはこの声ではなかったか?今度は体中の血が沸騰するようなこころもちだった。なぜだ?どういうことだ?なぜあの声の男が桐乃の側にいるのだ!?

     かすかに感じる勘をたよりに片目の男は刀をふるった。一番弟子、佐平次を名乗った男の顔面を打ちすえようとしたとき、佐平次はすんでのところで後ろに引き下がった。周りから助太刀なのか無数の剣士が面に群がる。「どけ!その男にききたいことがある!」面は佐平次を追い、刀の峰で他の剣士を打ち払った。佐平次は桐乃のそばにかけよった。面はあおざめた「逃げろ!桐乃!」そう叫んでも桐乃には何のことかわからない。棒立ちの彼女の襟首を佐平次はつかむと、その首筋に刀をあてた。「なるほど、たしかにこの男は強いですね。師匠が倒されたのもうなづける」「取引をしましょう。この娘の命が惜しければ、ここで自害するのです」

     面の動きが止まった。桐乃は何が起きているのか理解できない「どういうことよ!」といって暴れるが、佐平次の腕はふりほどけない。「桐乃のおじょうさん、あなたの父上は立派な剣士だった。だけど少々頭が固かったのです」「我々は新しい風を一心眼流に入れたかったそれにはお父上の存在が邪魔でしかなかった。だから消えていただきました」「あなたには知られたくなかったのですがね」

     「このことを知っても、あなたが大人しく我々に付いてきてくれるなら悪いようにはしません」

     片目の男の剣がひるがえった。切っ先がまっすぐに佐平次の方をむく。「桐乃をはなせ」男のたった一つ残された瞳は怒りで燃え上がっていた。
     「面!わたしのことはいいからこの男を殺して!父の両親の仇をとって!お願い!」桐乃は悲痛な面持ちでひっしに声をふりしぼった。桐乃の喉元に佐平次の刃がくいこみ血がぽたぽたと流れ出した。面のなかで何かが破裂した。

     満開の桜がはらはらと散る。川の水面に落ちて流れるもの、岩の上にはりつくもの、そして血だまりに舞い降りるもの。
    面は目の前の地獄絵図に桜がはなびらの衣をかけていくのをぼんやりとみていた。死闘はとうに終わっている。なのに動けない。動きたくない。もう一人の俺が、あきらめが「また勝ったな。また生き残ったな」とあざわらう。月は西に沈もうとしている。もうすぐ夜明けだ。

     佐平次の仲間の死骸がるいるいと重なる中、投げ出されて気を失っていた桐乃は目を覚ました。彼女はあたりを見回すと桜の大木の下ですわりこむ面がみつかった。
     桐乃は面にかけより「しっかりして!」と彼をゆすった。面のあしもとには冷たくなった佐平次がいる。桐乃は目から涙が出るのを止められなかった「ごめんなさい!」なんどもあやまる桐乃をみつめて面はこころがおだやかになった。面の手が桐乃にのびて、彼女がそれを受け止めると面はいった「いい仕事が見つかったんだ」そういうと彼の片目は静かにやさしく弧を描いた。



     一心眼流の後継者は最も強い剣士とする。桐乃の父は過去にそう宣言した。自分をも凌駕するものが一心眼流の後継者にはふさわしい。だが残念なことに弟子たちにそこまでの者がいない。もしそれほどの猛者、つわものが現れたなら、一心眼流の看板だけでなく、愛娘もくれてやってもいい。桐乃の父は生前よくそう話していたそうだ。

     <了>2015/9/26第一稿 2020年9月1日書き直し。
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    2020/09/25 11:07:39

    第二話「一心眼」時代小説

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