ダブルシュガー「おやおや、嫉妬ですか」
珍しいこともあるのですね、と生き生きと話す平尾を尻目に、鍋島啓護は眉間にシワを寄せて睨みを聞かせている。
キラキラと目を輝かせてカルエゴに問う平尾にどう対応すれがこの状況を打破できるか、みたいなことを一瞬考えてはみたが、まあ意味はないだろう。
お互い多忙な中でなんとかスケジュールを立て、会える時間を確保したのだが。
集合場所に行ったところ、平尾が先に待ち合わせ場所に到着していて、いわゆるナンパという迷惑行為に遭っていたのだ。
鍋島がそれに気づいてすぐに蹴散らすつもりであったが、当の平尾が持ち前の秘書ならぬ神対応で全ての男たちを上手いことあしらっていて、穏便に済ませていたので鍋島の出番は不発に終わったのである。
よって、ここは素直に考えていたことを口にする方が無難だろう。
「全く……そんなことで嫉妬なんかしませんよ」
「な〜んだ」
「は?」
「嫉妬しているかと思って喜んだのに」
ぬか喜びでした、と言う平尾を見て鍋島は思わず飲みかけのコーヒーを吹き出した。ここはデートの待ち合わせをしていたコーヒーショップである。
「はぁ? あんたが?」
悪態をついている鍋島だが、口から吐かれる言葉とは裏腹に頬が緩む。機嫌もいいようで発した言葉も朗らかだ。
「ははっ! あんたもそんなこと言うんですね」
「それはそうでしょう、私はこんなに啓護くんが好きなのに」
「うぐっ」
直球の言葉が鍋島の心にストライク、と言うより見えない弓矢でグッサリと射抜かれた。
俺の恋人がこんなにも可愛い。
いや、可愛いのは元からなのだが、いつにも増して饒舌というか、素直な物言いなのだ。取り乱してしまうのも無理はない。
「いや、俺だって昔は嫉妬くらい……し、してましたよ。でも」
「でも?」
対面で座って飲んでいた体制を少しだけ前のめりにすると、顔を近づけて耳元で囁く。
「あんたはもう俺の恋人なので」
目を見開く平尾を見た鍋島は、「その仕草も可愛いと思っている」と伝えて思い切りはにかんだ。
「あんたが俺を好きだと言ってくれるから、それが一番の盾になる。それが俺の心の強さに変わる。だから……あんたが俺を好きでいてくれる限り、俺が嫉妬なんてありえないってことですよ。愛しい先輩」
あんたはのらりくらりと適度にかわして飄々と生きているところがあるから。だからこそ俺は知っているんだ。
この腕の中に収まっている一つ上の先輩は、モテる。モテにモテる。
だから、些細なことで喧嘩などして一度手を振り払ったら最後。俺は先輩に興味を失せられ振られるだろう。
先輩はひらりと蝶のように舞い上がってあっという間に俺の手の届かない距離に行ってしまう。
それどころが下手をすればどこの馬の骨ともわからない男にかっ攫われるだろう。
つまり、一度逃せば目の前に座って優雅にコーヒーを飲んでいる最高の女には今後二度と出会えない。
よりを戻そうと惨めに頼み込んで迫っても、泣き落としをしたとしても後の祭り。
別れる間に向こうにはわんさか恋人候補の男達が群がり、その中の男を選んだが最後。鍋島には復縁のチャンスは永遠にないのだ。
つまり。答えは愛してやまないことを恥ずかしがらずに伝えること。それもできるだけ誠実に。
それが平尾先輩にとって、彼女を愛した自分にとって最善の策なのだ。
「鍋島くん。どうかしましたか?」
ふと我に帰ると心配そうな顔つきでこちらを見る平尾がいた。先程までとは打って変わって真剣な表情をしている。
ああ、また考え事をしていたのか。
そう自覚した瞬間、自分の不甲斐なさにため息が出る。
しかしそれも仕方がないと思う。何故ならば、目の前にいる平尾があまりに可愛すぎるからだ。
今すぐに抱きしめたい衝動を抑えつつ、ここはまだコーヒーショップ。なんでもないと首を横に振ると、納得いかないような顔をしながらもそうですか、と微笑んでくれた。
ああ、本当に幸せだ。
こんな素敵な人と付き合えて、一緒に居れて、同じ時間を過ごせて。何より自分を選んでくれたこの奇跡。
俺がこんなにも幸せを感じられるのも平尾先輩のおかげである。
「先輩。俺は幸せでものですね」
「ふふ。今日はいつになく饒舌ですね」
明らかにご機嫌になっている平尾を見て、鍋島は飲み終えたコーヒーの器をテーブルに置いてひとときの時間を噛み締めている。
「ということは、キミを幸せにできる私自身も幸せものということですね。合わせると二倍。幸せが二倍分だなんて、お得だし素敵です」
そう言って笑う彼女は、俺の全てであり唯一だ。
「愛してますよ、平尾先輩」
今日も明日も、これからもずっと、愛を捧げよう。