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    イデア(だざしが) 白いジャケットに包まれた背中をじっと見ていた。物を書いているときも、志賀の背筋はしゃんと伸びている。木製の椅子は骨組みの隙間から彼の背をわずかばかり覗かせていた。太宰はベッドに腰掛けたまま、ただぼんやりとその様子を見ていた。
     その服の下にある身体も知っている。けれど、服を身にまとった彼の身体のほうが、どうにもしっくりくる。
    「俺の身体って何でできていると思う」
     いい意味で太宰をいないものとして扱いながら、ひたすら執筆をしていた志賀の腕が静止した。カツンとペンを置く音がして、斜めに身体の向きを変えた。執筆の邪魔をしたのにもかかわらず、志賀は特に何も感じていないような瞳をしていた。それは廊下で呼び止められて振り返るのと同じくらいの気軽さだった。
    「カエルとカタツムリ、子犬のしっぽ」
    「は?」
    「知らないか? マザーグース」
     肩を竦めながら志賀は笑った。マザーグース、知ってはいたが、そのようなフレーズは聞き覚えがなかった。パチパチとまばたきを繰り返す。
    「女の子は砂糖とスパイス、それと素敵な何かでできているってやつだよ。あれの男の方」
    「へえ」
     昔、白秋が訳してたけどそれには載ってなかったかもなあ、と志賀は呟いて、手を組むと大きく背伸びをした。立ち上がって、椅子を元の位置に戻した。そのまま太宰の隣にやってきて、ごろりと寝転がった。
    「もう書かないの?」
    「別に急いでる原稿でもないしな」
     ふあ、とあくびを一つこぼす。夜も更けてきた。どちらかと言うと夜型な太宰はまだまだ起きていられそうだが、志賀はいつもならそろそろ寝る準備をする時間だった。眠いの、と聞けば、んー、と是とも否とも取れる返事が返ってくる。
    「……真面目に答えるなら、『本』で出来てるんじゃねぇの」
     ごろりと寝返りを打った志賀はそのまま太宰の腰に手を回して、ベルトで止められているそれに指を這わせた。背中側からじんわりと生きているものの熱が布越しに伝わってくる。
    「少なくとも前世の『太宰治』からはできてないと思うぜ。もちろん俺も前世の『志賀直哉』からはできてないな」
    「ふうん」
     前世の自分が生み出したもの、それ自体が、今の自分の親のようなもの。それはなんとなくだが納得できるような気がした。
     それならばなおさら不思議に思ってしまう。なぜ、今の自分はこの男に恋愛感情を抱いているのか、と。
     志賀は自分の腰に掴まったまま寝てしまいそうになっている。その腕をパシパシと叩く。シャワー浴びてこいよと声を掛けると、のろのろとした動きで身体を起こした。文士たちの自室には浴槽はないものの、シャワー室は設置されていた。大浴場が閉まってしまったときには便利なものだ。
    「前の俺たちが書いた『本』、俺たちを知るものが書いた『本』、その本を読んだ人々の『認識』。そういうものがきっと俺たちの身体を作っているものなんじゃないのか」
     それらから投影された存在に肉体を与えたのが錬金術。
    「……なんか思ったよりもちゃんとした解答が返ってきてびっくりしてる。本当に今思いついただけの軽い質問だったはずなんだけど」
     志賀はベッドから立ち上がって、戸棚の中からタオルなどを取り出していた。お前は風呂入ったの、と聞かれて頷きを返した。
     夜に志賀の部屋に来る時は、いつも寝る準備を済ませてから、普段着に着替えて来ていた。今更かもしれないが、夜なり朝なりに自室に戻る時、言い訳がしやすいからだった。二人の関係は秘密だった。気づいているものはいるかもしれないが、親しい友人たち以外には自ら話してはいない。
    「俺も考えたことなかったんだけど、ちょっと前に自然主義の奴らがそれについて話していたから混ぜてもらったんだよ。そこでの話を聞いた上で俺なりに考えた結果」
     確かにそのような話に興味を持ちそうな人々の集まりだなと思った。そして志賀のしっかりとした答えは、すでに彼の中では一段落した話題であったからだとも理解した。
    「じゃあさ、その『本』で作り出された俺は、いったいどこの何が作用してお前を好きになったんだと思う」
     振り返った志賀が再び動きを止めた。んー、と目線を上に向けて、一寸思考を巡らせたような様子を見せた。そして、苦笑いを浮かべた。
    「お前、そういうところクソ真面目だよな」
    「はあ?」
    「確かに俺らの身体も性格も『本』によって定義されてるかもしれねぇけど、感情までその理論にぶち込む必要なくねぇか」
     土壌はすでに出来上がっているとしても、その上に何を植えて、何を収穫するかは、その持ち主次第。志賀はそう言って、違うか、と問いかけた。
    「俺は、今生の俺が、お前との関わりの中で生まれてきた感情に従ってるつもりなんだけど、お前は違うのか?」
    「……わかんない」
     返す言葉が見つからなかった。どうにも納得できなかった。
     見目も姿も性格も、それはすべて作り出されたものなのに、そこから生まれたものを自分のものと言って良いのだろうか。そんなことを思った。
     シャワー浴びてくる、と背を向けた志賀を見つめる。彼の『本』はそれなりに読んでいる。その『本』の要素が彼の、そして彼ら白樺派の服装には強く出ているように感じた。
     つまり、と太宰は自嘲した。彼の服を身にまとった姿に、パズルのピースがはまったような爽快感を感じるということはそういうことなのだ。
    かすみ Link Message Mute
    2018/09/22 22:03:30

    イデア(だざしが)

    #文アル #腐向け #だざしが

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