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    いらぬお世話・前編 不運というのは重なるものだ。
     その日、仲間と共に謹慎後の後処理に追われていた郁李は昼前に定時退庁を諦めた。
     その夜、残業を終えた郁李は職場に財布を忘れた事に気付き、寒空の下、仕方なくスクーターをUターンさせた。
     その帰路、財布を回収した郁李は疲れに霞む目を擦っていた。だから、突然進行方向に飛び出した猫に対して適切な対応が取れなかった。
    「うわっ!?」
     咄嗟にブレーキを掛ける。バランスを崩したスクーターは横転し、無情にも乗り手をアスファルトに叩きつけた。
     衝撃、混乱、低くなった視界。
     呻きながらスクーターの前方に目を向ける。猫は____
    「……よかった」
     視線の先ではビニール袋が所在なさげに風に転がされていた。
     気が抜けてほうと白い息を吐く。同時に思い出したように全身が痛みを訴え、郁李の判断ミスを責め始めた。完全にやらかした。
     のろのろと半身を起こし、被害状況を確認する。スクーターは横倒しになっているが目立った破損はない。怪我は冬場の厚着とプロテクターのお陰で打撲程度で済んだようだ。意識も明瞭。幸運に感謝しながらそのまま立ち上がろうとして……細い眉を顰める。体重を掛けようとした足首に嫌な痛みが走ったのだ。
    「……嘘だろ」
     恐る恐る爪先を動かし、足関節に意識を向ける。倒れた拍子にまずい体重のかけ方をしてしまったらしく、痛みで力が入らない。
     だが、このまま愛車と道路に座り込んでいる訳にもいかなかった。深夜とは言えいつ車がやってくるか分からないし、真冬の地面は確実に肉体から体温を奪っていく。
     やり場のない苛立ちを二度目の溜息と共に吐き出し、郁李は事態の収拾を試み始めた。


     狗飼鐵雄はコンビニ袋をぶら下げて夜道を歩いていた。残業で疲れて帰宅した後、ビールを開けようとして、どうせならツマミが欲しくなったのだ。ようやく訪れた非番前のご褒美として諸々買い込み、ついでに買った肉饅を自動ドアを出て十歩以内に平らげた。
     軽い足取りで角を曲がり、人気のない住宅街に足を踏み入れる。
    「ん?」
     その時、前方に見覚えのある人影を認めた。着膨れした上半身から突き出た細長い足、特徴的なおさげ髪。
    「何やってんだ郁李ィ」
     同僚の名が寝静まった住宅街に響き、人影が振り返った。
    「げっ」
    「”げっ“っとはなんだ、“げっ“とは!?」
     露骨に嫌そうな顔で出迎えた後輩にビキビキと額の青筋が浮き出る。
    「先輩に対して随分なご挨拶じゃねえか、えぇ!? 大体お前こんなところでなにして……」
     近隣住民に騒音で訴えられてもおかしくない声量で説教を捲し立てながら近づき、気付く。郁李のスクーターが道路の真ん中で横倒しになっており、郁李自身の重心も妙に傾いている。
     狗飼の頭からスッと熱が引いた。
    「事故か? 怪我は?」
    「えっ……、いや、大した事ないッスけど……」
    「大量出血はしてねえな。足痛めたのか?」
    「え、あ、ハイ……」
    「意識はしっかりしてるみてえだが、吐き気は?」
    「ないッス……」
    「よし」
     狗飼は戸惑う郁李を他所にテキパキとスクーターを起こして道の端に避け、郁李に背中を向けてしゃがんだ。
    「おぶされ。ひとまず俺ん家で手当てする」
    「……は?」
    「原付き起こせねえくらい痛えんだろ。早く乗れ」
    「い、いやいやいや、何言ってるんスか!? 子供じゃあるまいし」
    「ハァ〜ッ? 変な意地張ってんじゃねえよ面倒臭え」
    「ちょ、狗飼サン、やめっ……」
    抵抗も虚しく郁李は狗飼に担ぎ上げられた。警察学校でも習う、所謂“ファンヤーマンズキャリー”というやつである。
    「お、下ろして……下せって!」
    「深夜に騒ぐな、近所迷惑だぞ」
    「あんたがそれ言うのかよ!?」
     実際、どうしようもなくなっていたのは事実である。狗飼が来る前に何度も起立に失敗したし、立ったら立ったで今度は倒れたスクーターを起こすのに苦労していた。このお節介な男が通りかからなければ郁李は家まで小一時間掛けて痛む足を引きずらなければならなかったろう。理解は出来る、出来るのだが。
    「……やっぱムカつく」
    「あ”? なんか言ったか?」
    「なんでもないッス」
     聡明にして賢明な郁李はもがくのをやめ、犬飼の肩の上で大人しく運搬される事にした。冷え切った手首を掴む無骨な手が憎らしいくらい温かかった。
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    2021/01/05 22:41:57

    いらぬお世話・前編

    郁李君が狗飼の家に強制連行される話。(現未×)

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