価値観と経験の相違※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・最後一方的な暴力表現あり
「おかえりぃ、アズール」
「お帰りなさい、アズール、監督生さん、グリムくん」
漸く鐘楼の最上階に着いたアズール達は、箒から下りて疲れた息を吐き出す。やっと解放されたダニーは箒から下りた途端に双子に近付き、例の合言葉を発する。ジェイドはすぐに同じように応えたが、フロイドは何も言わず、にやにやしている。アズールは疲れを見せながらも箒をロロに返した。
「フロイド、ダニーさんには合言葉が必要だと前に教えたでしょう。早く言いなさい。僕はもう彼を押さえるのに疲れました」
「ピンクの象だよ?※」
なかなか言わないフロイドにダニーはもう一度尋ねるが、相変わらずにやにや笑いを浮かべながら、フロイドは口を開いた。
「なぁにぃ~? カサゴちゃん、オレと遊びたいんじゃねぇの?」
「ピンクの象だよ!#」
「よしなさいっ! フロイド、ダニーさん! 契約をお忘れですかっ!?」
フロイドに殴りかかろうとしたダニーに注意するアズール。近づけたフロイドの顔面に当たる寸前でぴたりと拳を止めたダニーは、歯痒そうに顔を歪め、何事かぶつぶつと呟きながら引っ込めて彼から離れた。
「あれぇ~? いつもなら殴ってくんのに、なんで今日は来ねぇの?」
「ダニーさんは今日から三日間、僕の命令に従う、という契約を結びましたので、この三日間は比較的僕の命令通りに動いてくれると思いますよ」
「……へぇ~? カサゴちゃんてば、アズールとそんな契約したんだぁ~。何したの~?」
「オールド・パル~!@」
「あはっ。何言ってんのか、全然分かんねぇ~」
「アズールくん、彼は?」
まるで珍獣でも見るかのような目をダニーに向けているロロが、アズールに説明を求める。彼の人となりからユニーク魔法の特性まで話したアズールに、またしてもロロは難色を示した。
「ここで暴れられるようなことは遠慮願いたい」
「その点に関してはご心配なく。先程もご覧頂きましたが、もう彼は僕に逆らうことはできませんので、彼にとって敵だと認識されない限りは大丈夫ですよ。フロイド、いい加減合言葉を言いなさい」
「えぇ~? 突っかかってこないカサゴちゃんとか、つまんねぇ~!」
「ダニーさんが暴れて得するのは、お前だけですよ」
「ちぇ~」と言いつつも、ちゃんと合言葉を言ったフロイドに、ダニーは一瞬、驚いたような顔をしてきーっと怒り、ぽかぽかと彼の胸を叩く。どうやら、仲間の癖にすぐ言わなかったことを訴えているらしい。
「え、ウザ」
ダニーを無理やり引き剥がしたフロイドは、そのままぺいっと突き飛ばす。酩酊しているせいで、よろよろと転ばないように下がり続けたダニーは、アズールと話していたロロに当たっていった。
不意にダニーのタックルを受けたロロは、咄嗟に反応することができず、そのままダニーに巻き込まれて尻餅をついてしまう。
「何をやっているのかねっ!? 卿はっ!」
「ラスティネイルぅ~〒」
「あ、ごめぇ~ん。ホヤちゃん先輩、巻き込まれ事故っちゃった?」
「大丈夫ですか? ロロさん…………んふっ」
「笑うな。この悪魔共めが」
手を差し出すも、笑いを堪えきれなかったアズールの手を叩き、ロロは自分にのしかかってくるダニーを退かして立ち上がった。ぱんぱんと服に付いた埃を払う彼をダニーはぽけっと見上げている。それに気付いたロロは、「ほら、卿もぼーっとしていないで、さっさと立ちたまえ」と手を差し出した。しかし、ダニーはその手を暫し見つめていたかと思うと、ばっと脚力だけで瞬時に立ち上がり、ロロに言った。
「ピンクの象だよ§」
「……な、何だね?」
「ロロさん、同じように繰り返してください」
いつの間にかロロの背後にいたアズールが、彼がダニーの前から逃げないように、さりげなく肩を掴む。
「何故、私が……」
「早くしないと、問答無用で殴られてしまいますよ?」
「くっ……! ………………………………ピンクの象だよ……」
物凄く不本意な表情で発されたロロの合言葉に、無邪気に喜ぶダニー。それを皮切りに他の面々とも合言葉を交わし、仲間がたくさんいることが嬉しいのか、ぴょんぴょん跳び跳ねて喜んだ。その度に年季の入った鐘楼の床が軋む。
「止めたまえ! 床が抜けてしまうだろう!」
慌ててロロは、跳ねるダニーの手を掴んで止めさせる。彼の肩に付いていた埃を払ってやりながら、「全く、卿は落ち着きが無いな」と軽く叱責した。
「ウィスキー・フロート!+」
ダニーの言葉が分からないロロは、アズールに通訳するよう目で訴える。
「ああ、彼は今、僕達との関係を楽しいと言ったんですよ」
「…………それは結構。だからと言って、紳士らしさの欠片も無い行動は慎みたまえ」
「タイがよれてしまっているぞ」と直すように促すロロだったが、ダニーは酔っ払いらしく、なかなか直せないばかりか、遂には一度完全に解けてしまったところをまたもたもたと結びにかかる。
「ええいっ、貸したまえ」
見ているうちに苛立ったロロがダニーのネクタイにかかっている手を退かして、代わりに結んでやる。あっという間に綺麗に結ばれたネクタイを見て、ダニーはぱあっと表情を輝かせ、ロロの手を掴んでぶんぶんと上下に振る。それが終わると、他の面々に「見て見て!」と言うように見せびらかしに行った。
「あれではまるで幼児のようではないか」
「良かったじゃないですか。ダニーさんがお礼を言うなんて、珍しいんですよ」
「それは礼儀として当たり前のことだろう?」
アズールとロロが並んで保護者会のように話していると、いつの間にかアズールの右隣に来ていた監督生が微笑ましいものを見るような目で、ダニーを見ていた。
「でも、見てください。ダニー先輩、ロロ先輩にネクタイやって貰ったの、凄く嬉しいみたいですよ」
「酔っ払っていますから、何でも嬉しいのでは?」
「アズール先輩は意地悪ですね」
「意地悪って……」
穢れの無い澄んだ目ではっきりとそう言われたアズールは、少しだけしょげた。その隙に監督生の右隣に移動したロロは、僅かに微笑みかける。
「どちらが後輩か、分からないな。ユウくん」
「ですね」
「こらー! そんなにくっ付いちゃダメだよー!」
アズールがしょげている間、仲睦まじく話している監督生とロロの姿を見たルキーノは、二人の間目掛けて駆け出し、ロロから監督生を守るように立ちはだかる。
「え、ルキーノ君?」
「いくらシンコウを深め合う仲でも、テキセツな距離感ってものが……」
「は? 何のことだね?」
言っていることは白々しいにも程があるというのに、表情は鬼気迫るもので「私とユウくんの邪魔をするな」という威圧感さえ覚える。それに気圧されたルキーノは、少しの沈黙の後、「あ、失礼しましたー」と言ってすごすごと引き下がった。
「ところでロロさん、うちの寮生にはどこまで説明をしましたか?」
立ち直ったアズールの質問に、ロロはあっさり答える。
「ん? ……ああ、諸君が戻って来るまでにこの鐘楼のことや救いの鐘、街での祭りについては全て話してしまった。後は実際に街を見て貰うだけだな」
「僕が戻ってきた意味……!!」
急激に落ち込むアズールの大声に、ジェイド達が寄って来たり、ロロと監督生はびくりと身を竦ませたりした。床に両手両膝を付いているアズールの髪をしゃがんだジョットが指先で弄りながら、尋ねる。
「どうしたの? アズちゃん。急に大声なんて出して」
「どうもこうもありませんよ。ロロさんの説明に加えて僕が補足的にサポートしようと思っていたのに、戻ってきたらもう全部終わってたって、あんまりじゃないですか!」
「そうねぇ。それは可哀想に」
くるんくるんと指に毛先を絡ませ、弄ぶ。
「もう今日は最悪の日ですっ! お前達に邪魔されるわ、ダニエルさんのユニーク魔法で遠くまでぶっ飛ばされるわ、戻ってきても何一つ良いところを見せられないわ……」
「まぁ、たまにはそういう日もあるわよねぇ」
もふもふと指先で毛束を軽く摘まんで立たせてみる。
「これでは僕の計画が台無し……っていつまで他人の髪を弄くり回しているんですかっ!」
「え? ご、ごめんなさい?」
髪に触れる手を掴み、反射的に顔を上げたアズールの目の前には、いつの間にかジョットではなく、監督生がいた。少々困惑している彼女に、しゃんとしなければと思い立ったアズールは、何事も無かったかのようにさっと立ち上がって眼鏡を直した。
「……と、思っていましたが、ジョットさんの言うように、確かにこういった日もあります。街に出てからでも遅くはないですね!」
「今日のアズールくんは情緒不安定なのかね?」
「そんなことより、ロロ・フランム君。僕達はそろそろ街を見に行ってもいいかな?」
「アズールがやる気を取り戻してくれたからね」とやんわりだが、有無を言わせない雰囲気のロランドに、ロロは仕方ないという表情をして「では、降りようか」と先頭に立った。
「あ、ロロさん。ちょっと待ってください。その前にダニーさんを元に戻してもいいですか?」
「……戻せるものなのかね?」
「ええ。とてもシンプルな方法です」
そう言うと、アズールはフロイドとサミュエルに命じて、ダニーを両脇から取り押さえる形で拘束する。訝しげに片眉を上げるロロの前で、アズールは二人の腕の中で暴れ始めたダニーに向かって、魔法で水を操り、無理やり飲ませ始めた。
「なっ……にをしているっ!!」
暴れるダニーを適当に宥めながら、押さえ続けるフロイドとサミュエル。傍から見ると、いじめの現場にしか見えない光景に、ロロは色を失ってダニーを庇うように間に割り込んだ。
「魔法を使って人を水責めにするなんて、何を考えている!! 即刻止めろ! 不愉快だっ!」
「……ロロさん、気持ちは分かりますが、こうでもしないと彼は戻りません。サバナクローの方々に比べたら、これでもまだ優しくしている方です。むしろ、感謝して欲しいくらいですよ」
あまりの言い分に怒髪天を衝く程の怒りに任せて、ロロはフロイドとサミュエルの手からダニーを引っ張って解放させると、監督生へ目を向ける。解放されたダニーはけほけほと苦しげに咳き込んだ。
「ユウくん、まさかとは思うが、君もこの連中に賛同している訳ではないだろうね?」
「……ごめんなさい、ロロ先輩。今のところ、ダニー先輩を元に戻すにはこうするしか無くて……」
「! 君までそんなことを……! もういい、彼を諸君らと共に行動させる訳にはいかない! 私達はこれで失礼する!」
「ギムレット~∥」
怒りを静めることなく、ダニーを連れてロロはさっさと階段を降りていってしまった。後に残された一同は、皆一様に「困りましたね」と口では言っているが、慌てて追いかける様子は無い。
「どう説明すれば、ご理解頂けるでしょうか」
「何が長いお別れですか……いや、ロロさんにはご自分で体験して頂いた方が良いでしょう。ジョットさん、下の階の様子が変わったら行ってください。それまでは後ろからさり気なく付いて行って」
「分かったわ。もう、ロロちゃん先輩ったら……ヒーロー面がしたいのねぇ」
「では、僕もジョットに付いて行こう。いいだろう? アズール」
「ええ、もちろん。彼にもう一つ貸しを作るチャンスでもありますからね」
ロロとダニーとは違い、ゆっくり階段を降りていくジョットとロランドを先頭にアズール達も後を追うことにした。
一方、先に降りていったロロはダニーが付いて来ていることを音で感知しつつ、アズール達に対する怒りのままにダニーへ一方的に話しかけていた。
「全く不愉快なものだ! 大勢で卿を押さえ付けていじめ紛いのことをするなんて。……それに、監督生くんまであんな連中に賛同するなど……以前の彼女はどこに行ってしまったのか。やはり、魔法士なぞこの世にいるべきではない! 卿もそうは思わないかねっ!?」
「カリフォルニアレモネード†」
「大丈夫だ。卿のその姿も魔法によるものだと聞いたが、卿自身もそのユニーク魔法に振り回されているのだろう。可哀想に。あんな方法を取らずとも、私が元の姿に――」
「ロロ! 危ない!」
出し抜けに背後から聞こえたガーゴイルの声に反射的に振り返ったロロは、危険を知らせてくれたガーゴイルを両手で持ち上げ、そのまま自分へ振り下ろそうとしているダニーと目が合った。声を発する間も無く、咄嗟に持っていた箒で防ぐ。しかし、衝撃は箒がある程度防いでくれても完全には防ぎきれず、そのまま壁に叩き付けられる形で吹き飛ばされた。衝撃による両手を襲う痺れで手放してしまい、帽子はその辺に落ちた。頭を打ったらしく、ちかちか白く明滅する視界の中、ロロは気丈に立ち上がろうとしたが、痺れが抜けず、ただダニーが近寄ってくる姿を目で捉えることしかできない。
「な……な……何を……」
「どうしよ。どうしたの? なんでこうなる?」
不思議そうに首を傾げながら階段を降りきってガーゴイルを置き、近付いてくるダニー。自分で殴りかかっておいて心配そうな顔をして近付いてくる彼に、不意打ちを受けて恐怖が体に多少なりとも刻まれてしまったロロは、思わず叫んでしまった。
「よ、寄るな……! 寄るなっ! この……化け物めっ!!」