再びの航海島に来てほしいというモアナの誘いに、マウイは応じることにした。釣り針がなくなった以上、かつてのように変身はできない。だが、釣り針の代わりに初めて得た大切な存在を守ることができた。
2人とヘイヘイは、テ・フィティが修復してくれた舟に乗ってモトゥヌイへ向かうことにした。
しかし、本当に良かったのだろうか。モアナの言葉通りだとすると、少なくともモトゥヌイでは千年間は自分がテ・フィティの心を盗んだ張本人として語り継がれてきたのだ。そう簡単に、モトゥヌイで受け入れてもらえるものだろうか。
「モアナ」
オールを漕ぐモアナにマウイが声をかけた。
「どうしたの?」
「お前は心を返せば英雄になれるって言ったけど」
「そうね」
「そんな簡単に受け入れてもらえるかな」
「大丈夫、私がフォローするわ。次期村長で、あなたの弟子なんだから」
考え込むマウイにモアナは励ますように言った。
「……ありがとうな」
マウイはモアナに礼を言った。
「ユアウェルカム」
モアナは彼の得意文句を返す。
モトゥヌイでは枯れたはずの植物たちが次々と息を吹き返し始めていた。浜辺の近くで蘇る花々を見ていたトゥイとシーナは、島に近づいてくる一隻の舟に気づいて駆け出した。
舟から降りてきた娘を、トゥイとシーナは強く抱き締める。
娘を抱き締めて最初の言葉を交わすと、2人は初めてマウイに気づいた。全身にタトゥーの入った大男に圧倒されているようだ。マウイは居心地悪そうにしている。それぞれの戸惑う姿を見て、モアナはすかさず説明した。
「こっちは私のお父さんとお母さん」
まず、モアナはマウイに両親を紹介した。
「お父さん、お母さん。彼は、旅で色々と手助けをしてくれた……マウイよ」
次に、モアナは両親にマウイを紹介した。トゥイとシーナは顔を見合わせる。にわかには信じがたいといった表情だ。
「航海術の達人でね。私、弟子入りしたの」
モアナの言葉を聞いて緊張が少し解けたのか、2人はマウイの方を振り向く。口火を切ったのはシーナだった。
「……ありがとう」
こみ上げるように礼を言ったシーナに、マウイはどうしていいかわからず曖昧に笑う。トゥイは何も言わず、マウイに丁重な礼をした。
村人たちがたくさん集ってくる。だが両親の次に真っ先にモアナの元へ来たのはプアだった。
「鶏より食べ応えがありそうだな」
モアナはプアをハグしたあと、軽口を言うマウイに肘で小突いた。
続いて、好奇の目を輝かせた子供達がマウイのほうへ向かう。彼は、向かってくる子供に戸惑った表情を見せた。
そんな彼を横目に、モアナは帰りの航海で考えていた、村人に質問されそうなことへの答えを思い出していた。村人から旅について質問攻めに遭うことは想定している。
海へと戻ろうとしたヘイヘイを海が軌道修正する様子は、モアナ含め誰も気づいてないようだった。
次期村長の指示のもと、洞窟の船が浜辺へと運ばれ、修理や手入れが施され、新たな船も制作されていく。村人への航海術の伝授はモアナとマウイの2人がかりで行った。少しずつだが着実に村人たちは航海術を身につけていった。そして船は村人や動物たちが全員乗れる数に整った。
そして航海する日がやって来た。モトゥヌイの者たちが海の旅人として再出発する記念すべき日だ。
「ちょっといいか?」
船に乗ろうとしたモアナはマウイの方を振り向く。マウイもミニ・マウイもソワソワしているように見える。
「なにかしら?」
モアナは彼の様子につられて微笑む。
「タイミングを逃してた」
そう言うと、マウイは左胸にかかっているネックレスの牙をずらした。ミニ・マウイは彼に合わせて、満面の笑みで何かを指し示すように右腕を広げた。
ミニ・マウイの広げた右腕の先、マウイの心臓の位置には『舟に乗ったモアナの姿のタトゥー』が新たに浮かび上がっていた。
彼に刻まれた新たなタトゥーを見た瞬間、モアナの目が潤み出した。
「嫌だったか?」
マウイは戸惑った様子でモアナをなだめようとした。ミニ・マウイとモアナ姿のタトゥーは顔を見合わせて困惑していた。
「そ、そうじゃないの。嫌じゃないわ」
モアナは目の周りをこすると、泣き笑うような表情になった。胸に何かが押し寄せるが、その押し寄せる何かを言葉でどう表現すればいいのかわからずにいた。
「無理しなくていいからな?」
マウイは心配そうにモアナを見る。
「私、誤魔化すの下手だから安心して」
もう一度涙を拭って笑うと、モアナは乗船した。彼女が嫌なのかそうでないのか判断できないまま、マウイも船に乗った。
それぞれの船の帆が降りて航海が始まる。モアナの姿のタトゥーとミニ・マウイは舟の上に移動して、航海の様子を眺めた。