彼からの挨拶「ん?」
ある日のこと。マウイはミニ・マウイにつつかれた。マウイが下を向くと、ミニ・マウイはスコアボードのようなものを取り出した。しかしそこには対戦相手は描かれていない。そこには彼女と前回会ってから今日までの日数を数えたものが記されていた。
「大丈夫、覚えてる」
今日はモアナから会いに来る。久々に会えることもあり、相棒も浮き足立っていた。
「お前も待ち遠しかったよな」
ミニ・マウイは何度も頷くと、もう一度マウイをつついた。
「まだなんかあるのか?」
ミニ・マウイは、舟から降りたモアナ姿のタトゥー──ミニ・モアナをエスコートすると彼女と鼻を触れ合わせた。
「ああ、あれか」
あの挨拶にもそろそろ慣れてきた頃だ。会う度に彼女からやってくれるが、そろそろ自分からしてもいいかもしれない。
マウイがタトゥーたちと話をしていると、島に向かって舟が近づいてきたことに気づいた。その舟にはモアナが乗っていた。
「こんにちは、マウイ」
舟から降りるとモアナは彼に声をかけた。
「久しぶりだな」
会うときに、彼女からやっていることを自分からするだけだ。それでも彼は自分からするのに抵抗を感じる。彼は自分を落ち着かせるように深く息を吐いた。
「……モアナ」
マウイに呼びかけられ、モアナは改めて彼を見上げた。
「なにかしら?」
彼女は小首を傾げる。小首を傾げるとともに、カールした豊かな髪も揺れ動いた。
「会う時にやってる挨拶あるだろ?」
「あるわね」
「今日は俺からやってもいいか?」
彼の言葉にモアナは一瞬きょとんとしたが、すぐに目を輝かせて笑顔になった。
「やってくれるの?」
「ああ」
「本当に!?嬉しい!」
モアナは声を裏返し、両手を挙げて喜んだ。彼は彼女の喜びようを見て戸惑いつつも嬉しくなった。
「待って目を瞑るわ」
モアナが一通りはしゃいでから落ち着くと、彼女は瞼を閉じた。マウイは彼女がやっていたように目を閉じて顔を近づけた。
だが触れ合わせるはずの鼻はすれ違い、その代わりに唇に違和感を感じた。彼はその違和感に驚き、目を開かせた。普段なら彼女の顔が正面にあって鼻が当たるはずだ。だが、目を開くと彼の片目は砂浜の景色、もう片目は砂浜の景色に加え、わずかに彼女の頬の輪郭が映った。
自分の唇に触れた違和感の正体がわかった途端、彼は勢いよく彼女から自分の顔を離した。
マウイはモアナの目を合わせないようにしつつ、彼女の様子を盗み見る。彼女は髪を何度も弄っている。
不慣れなまま瞼を閉じてやろうとしたのがまずかった。マウイは熱くなっていく顔を手で押さえた。2人の間にしばらく沈黙が続いた。
「あの……」
モアナが口を開いた瞬間、マウイはモアナの言葉を遮った。
「赤ちゃんにするやつだよ、気にしないでくれ」
マウイがそう言った瞬間、ミニ・マウイが今までにない力でマウイの胸を肘で突いた。マウイは小さく呻き声をあげた。
「じゃ、じゃあ、さっきのがラロタイの門で言ってた……」
モアナのぎこちない言葉にマウイは違和感を覚えた。嫌な予感がする。
「知らなかったのか?」
マウイは思わず質問した。モアナは困惑しながらも軽く頷く。
「俺がそう言ったとき、睨んでなかったか?」
馬鹿にしてることぐらいしかわからなかったが、その時は呆れて質問する気にもなれなかった。彼女は彼の質問にそう答えた。
「赤ちゃんにするってことは、気軽な挨拶なの?」
彼女の言葉にマウイは呆気にとられる。自分が気にしていたのが馬鹿みたいに思えて拍子抜けした。
「まぁそんなとこ……」
マウイはモアナの顔を覗き込んで投げやりに言いかけた。しかし、彼女の顔を覗き込んだ瞬間に彼は言葉が止まった。
「……私は、気軽にできないかも」
彼の見た彼女の姿は顔から首まで赤く染まっていた。