別れ際の挨拶「会ったときにしてくれたから必要ないんじゃないか?」
マウイは、別れ際にホンギをしようとするモアナにそう言った。
「でも今度、会えるのが先になるんでしょう?それなら、別れの挨拶もしたいわ」
寂しげにそう言うとモアナは顔を近づけ始める。マウイは彼女の額を手のひらでおさえて近づけないようにした。
だが、モアナはマウイの手のひらに対抗するように力を込めて顔を近づけようとしてくる。もちろん、マウイの力に比べれば彼女の力は微々たるものだ。
「一理あるな、でも変身してからでも……」
マウイがそう言いかけた瞬間、マウイの手が滑りモアナの額から離れた。モアナは手のひらの力に抵抗していた反動でマウイの胸に勢いよく倒れかかった。
マウイの胸に倒れかかった瞬間、左胸のミニ・マウイにモアナの唇が触れた。
モアナは跳ねるようにマウイから離れた。
「ごっごめん!」
モアナは慌てて謝る。口を両手で抑え、顔は溶岩のように赤く染まっている。
「大丈夫だ」
マウイはしばらく黙っていたが、モアナにそう言うと海の方に体を向いて鷹に姿を変えて飛び去った。
モアナは飛び去っていくマウイの姿を見つめる。明らかに滑空の体勢が不安定だ。
この状態では鷹の姿のまま、海に落ちるのではないか。不安の中、モアナはマウイを見届ける。モアナの予感は半分的中した。
マウイが滑空している途中、次々と別の動物に変身し始めたのだ。変身を繰り返していくうちに下降していき、サメ頭になったのを最後にマウイは海に落ちてしまった。
しばらくしてマウイが落下した場所と同じ場所からヒレが現れ、モアナのいる島とは反対方向へ泳いでいった。
モアナはその様子を見て安堵すると同時にため息をついた。モアナは口元を押さえる。まだ顔は熱いままだ。モアナは顔の熱いままの自分が嫌になった。
こうなるぐらいなら無理にホンギをしなければよかった。彼に嫌な思いをさせてしまった。モアナは罪悪感で頭がいっぱいになっていた。
一方、マウイは別の島に到着し、小魚の姿から変身を解いた。
「……大丈夫か?」
変身を解いたあと、マウイはミニ・マウイの様子を伺う。
ミニ・マウイは目を見開き、口と左胸を押さえていた。何度もモアナ姿のタトゥーを一瞬見てはすぐ目を反らしている。マウイの呼びかけが聞こえていないようだ。
「あー、気持ちはわかるが」
マウイはもう一度ミニ・マウイに話しかける。だが、その言葉は彼の耳に届きそうにない。ミニ・マウイは口と左胸を押さえたままマウイの上半身を周回し始めた。彼女を模したタトゥーを避けながらも周回を止める気配は見せない。
「なあ落ち着けって」
マウイはミニ・マウイをなだめようとしたが、全く効果が見えなかった。
落ち着かないのはマウイも同じであった。まさか、また変身の制御ができなくなるとは思わなかった。
海に落ちたあとはサメの姿に変身できたと思って安心していた。
しかし、泳いでいる間も何度か姿が変わってしまった。さすがに海中でトカゲに変身するのは初めてのことだった。小魚の変身が安定したのは不幸中の幸いだろう。
マウイはミニ・マウイのいない左胸を眺める。モアナが倒れかかってきたときの記憶がよみがえってくる。忘れようと強く思うほど五感まで思い起こされる自分に、マウイは嫌気が差した。
こうなるぐらいなら抵抗せずにホンギをすればよかった。彼女に申し訳ないことをした。マウイはため息混じりに唸った。