葬送 並べられた棺は三つ。パイプオルガンの音だけが響く円形の広間で行われているのは、先だっての作戦で死んだ騎士たちの葬儀であった。揃いのマントを身に付け正装した騎士たちが参列し、司祭の祈りを聞いている。最前列にいた三人が前に歩み出ると棺へと向かい、それぞれに一輪ずつ花を手向けた。
粛々と葬儀は進み、棺が広間から運び出される。騎士たちは左右に別れると剣を胸の前に真っ直ぐ持ち上げ剣礼を捧げ、その間を棺が通りすぎてゆく。棺が広間を出た後もしばらく剣礼は続けられ、オルガンの音が止まると同時に解除された。
儀式が終わり、騎士たちが解散した後、ひとりの騎士が棺の運ばれた方向へ向かっていた。その表情は少しだけ険しい。
「グンヒルド、どこ行くんだ?」
同僚の騎士に声をかけられ足を止めたその騎士は名をグンヒルド・ノイマンといい、十年以上騎士団に身を置く女騎士であった。
「マリーを送ってくる」
「……そうか。気を付けてな」
同僚はその言葉だけで察し、片手を挙げてグンヒルドを見送る。グンヒルドもひらりと片手を振るとまた歩みを再開した。
国葬の後、騎士の遺体は家族のもとへと帰る。その際はその騎士の上司や同僚が同伴し、家族に経緯を説明することが慣例となっている。今回殉職した三人のうち一人がローレル騎士団の所属であり、グンヒルドの後輩でもあった。そのため、グンヒルドが今回の同伴者となった。
初めてのことではない。が、慣れることは永遠にないだろう。失神する母親がいる。きょとんとする子供がいる。歯を食い縛る父親がいる。掴みかかってくる兄がいる。嘆かれ、あるいは罵られ、激しい感情を叩き付けられることになることが大半なのだ。
……その日グンヒルドが行くことになったのはマリーという騎士の家である。ごく一般的な平民の家で、貴族や騎士の家系ではない。大いに取り乱されることを覚悟して向かったグンヒルドは、思いの外落ち着いた様子で出迎えられたことに少しの安堵と懸念を抱いた。産声が小さかったドラゴンほど長ずれば悪竜になると言う。いっそ泣きわめかれた方が安心する。
「あの子は……マリーは、どんな様子でしたか」
震える声でそう訊ねてくる母親に、グンヒルドは死んだ騎士が真面目に職務に励んでいたことや日々のちょっとした出来事を話して聞かせた。涙ぐみながら耳を傾けている母親に、グンヒルドはそっと最後の話題に入る。
「……マリーは最後まで勇敢に戦いました。……それから、家族のことも心配していました。後に残す貴方がたに、自分の分も幸せに生きてほしいと」
その言葉を聞くなり、わっ、と泣き崩れた母親の背を父親がさすり、グンヒルドはその様を何かに耐えるような表情で見ていた。
……彼女は嘘をついている。
※ ※ ※
「いや、いやだ、死にたくない……!」
顔を歪め涙まじりに訴える騎士は、まだ年若い娘だった。しかしその腹部には大きな血の染みが広がり続けており、起き上がることすら出来ず地面の上で弱々しくもがいていた。
「……マリー、もう動くな」
その体をそっと押さえ込んだのは娘の所属している隊の隊長であったグンヒルドで、その苛烈な真紅の目には今は伏せられた睫毛で影が落ちている。
「隊長、わたし、来年退役なんです」
「ああ」
「結婚するんです、ああ、あのひとの作るパン、とってもおいしいんですよ」
「そうか、いつか頂きたいものだな」
血泥で額に貼り付いた娘の前髪を優しく指で払い、グンヒルドは静かに娘と会話を続けた。娘の言葉は要領を得ず、飛躍したり戻ってきたりしていたが、それを咎めはしない。
「やだよぉ……」
「うん」
「なんでわたしが……なんで……」
「……うん」
啜り泣く声が止まるまで、グンヒルドは娘の手を握っていた。
※ ※ ※
死者は黙して語らない。真実は必ずしも美しいとは限らない。騎士であろうが誰であろうがその死は等しく無為で無価値であり、それに意味を持たせるのは生者である。
──騎士が死んだ。民のために戦い、気高く死んだ。これはそういう話なのだ。
グンヒルドは騎士団宿舎へ戻る前に、別の場所へと足を向けた。町の喧騒からは遠ざかり、ひとの気配がない方へ。少しずつ自然が増え、道に傾斜ができ、緩やかに登ってゆく。……小さな、丘だ。
そこはグンヒルドが一人になりたい時に行く場所だった。特に花が咲いているだとか小動物がいるだとかいったことはない、静かな場所だった。大きな木が一本あり、幼いグンヒルドはよく登ったものだが、今の彼女はただ静かに立ち尽くすだけ。
風が通りすぎていく。町を見下ろすグンヒルドの眼差しは静かで、最後まで泣くことはなかった。