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    S03【死神襲来事件】クレイン編◆発端◆発端
     中央区、クレイン・オールドマン神父管理下――日々の細かな運営は若い助祭が取り仕切っている――の教会は、神父たちの居住スペースや礼拝室等の最低限必要な施設を除いた区域は供出され、昏睡状態の人間を収容する療養所として使われている。とはいえ元々が規模の小さな教会である、収容されている人数は十人に満たず、世話をする人間も最低限しか配備されていない。
     ……その部屋にはうすら寒い空気が漂っている。室温自体は低くはない。ただ、並んだ寝台に横たわる生気の無い人々の姿が、静かにその間を行き交う聖職者の姿が、なんともいえず寂しげで乾いた絵画のような雰囲気を作っている。
     そこで一人の神父が寝台ひとつひとつを覗き込み、祈りを捧げてまわっていた。まだ年若いが、真剣な表情で祈るその様子は敬虔な信仰者であることをうかがわせた。聡明そうな広い額にさらさらと前髪がかかり、俯いた拍子に揺れている。
     ふと、何かを感じた神父が顔を上げる。その直後、閉められていた筈の天窓をすり抜けるように何かが降りてきた。
     純白の翼が三対、輝く光輪、しろがねの髪を靡かせながら舞い降りるそれは、非生物的にすら見えるくらい美しく作られている天使だった。
     神父は素早く膝を折ると、頭を垂れた。
    「これは天使様、何の御用でしょうか」
    「導きを」
     穏やかな、けれど厳然とした態度。神父は静かに息を飲み一度目を閉じたが表に見せた動揺はそれだけで、再び開かれた目は諦めとも悲しみともつかない色をしていた。
    「その御慈悲に感謝を。……どの者をお連れになるのでしょう、葬送の準備を致します」
    「眠っている者全員です」
     天使の述べたその答えに、神父は先ほどよりも大きく動揺した。死にゆく魂の迎えが来ること自体は拒むべき事態ではない、天使が直々に迎えに来るということはその者は天の国へ迎えられるということである。人の子のさいわいである。
     ……だが、「全員」だと?
     この教会に収容されている人間は末期ではない。容体が安定しており、まだ体力にも猶予があると判断されているからこんな小さな教会の一区画などに収容されているのだ。悲愴感もそこまで深刻ではなく、助祭が一人と見習い数人で十分回せる段階である。だというのに、全員に迎えがくるということに神父は強く違和感を覚えた。
     神父の動揺をよそに天使は部屋の中央へと降り立ち、空中に手を差し伸べる。きらきらと幾つもの光の粒があらわれ寄り集まると、部屋を一周して余りあるほどの長さの銀色の鎖となった。その鎖は一瞬にして枝分かれし部屋の各所へ伸びると眠る人々の胸へと潜り込んだ。数拍の後引き抜かれた鎖の先にはぼんやりとした球状のなにかが絡め取られているように見えたが、神父にもそれが何なのかはっきりとは視認できなかった。鎖はするすると巻き取られ天使の手元へそれらを引き寄せる。
     部屋で眠っていた人間全員分の魂。その回収を終えた天使が空へ還るのを見送った神父は、はっと我に返ると部屋を飛び出した。


    「神父! オールドマン神父!」
    「部屋に入るときはノックしなさい。……なんだ、そんなに慌てて」
     その日、平時は様々な地区を飛び回っているクレインは珍しく教会へ戻っていた。私室で荷物の整理などをしていたところに飛び込んできた神父へ苦言を述べながら振り向いた彼は、相手の様子に怪訝そうに眉を寄せる。
    「……うちで収容していた者たちが全員天の国へ旅立ちました」
     ぴたりとその手が止まる。クレインは困惑を隠そうともせず、神父に問い返した。
    「全員?」
    「はい」
    「容態は安定していると聞いていたが」
    「はい、昨日……いえ、天使様が迎えにいらす直前までそんな気配は一切ありませんでした」
     ……違和感はあれど天の導きを疑う理由もない。そもそもが普通の病気ではなく悪魔の仕業であり、昏睡の仕組みすらよくわかっていないのだ。不幸なことではあるが、クレインはこの出来事を――心を痛めながらも――受け入れ、十字を切るとそっと祈りの文句を呟いた。
    「一度に旅立ったものですから人手が足りません、オールドマン神父にもお手伝い頂けますか」
    「ああ、勿論」
     クレインは頷くと、正装に着替えるべく衣装箪笥へ向かった。
     ……諸々の始末が終わった頃には日が西の彼方へ沈みかけていた。別の教会への用事を抱えていたクレインは今からゆくかどうか迷ったが、今日出来ることは今日済ませたい気質である彼は結局出掛けることにした。
     結果的に、その判断は正しかった。


     その教会の有り様にクレインは思わず呆然とした。クレインの教会よりはるかに大規模で周囲の教会を統括する部署も置かれているそこは、混沌の様相を呈していたのだ。
     礼拝堂の一角で祈りを捧げる者たち。
     殺気立ち時おり声を荒らげて議論している者たち。
     憔悴した様子で足早に行き交う者たち。
     状況を把握しようにも声をかけられるような顔は見付からず、途方に暮れた様子で周囲を見回したクレインは、
    「ファーザー・シュラーク!」
     見覚えのある姿を発見してそちらへ駆け寄り、振り返った相手がいつも通り無表情に近い仏頂面であることに安心した。
     ブリッツ・シュラーク。クレインより少し年嵩で先輩にあたる聖職者である。長身のクレインより更に上背があり、その逞しい体に生傷が絶えないことをクレインは知っている。
    「先輩、これはどういうことですか」
    「見ての通りだ、また人間が天使に振り回される羽目になってんだよ」
     興味なさげに肩を竦めたブリッツからなんとか聞き出せたのは、昏睡している民たちが一斉に天使の迎えを受け始めたのは己の教会だけに起こった現象ではないこと、粛清天使の時とは違い情報が全くないため判断に迷っている者が多いことくらいだった。
    「判断材料が少なすぎる……先輩はどうされますか」
    「俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
     言葉少なな相手を気にした風もなく、クレインは少し考え込んだ後口を開く。
    「俺は心当たりを総当たりしてきます。なにかわかったら情報を……そうですね、『雷の子らの席』で共有しましょう」
    「ああ」
     一礼して足早に去っていったクレインを見送ってから、ブリッツもまたどこかへ歩き去った。


     己の教会へと戻ったクレインは、すぐさま筆をとり何やら手紙を書き始めた。元々悪筆であるクレインだが、焦っているのかその文字は普段よりも更に荒い。そして、書き上げたそれを折り畳んで小さな布袋へ入れると窓から外を確認し、溜め息を吐く。日は完全に沈み、鳩を飛ばせる時間ではない。
     日がのぼり次第飛ばそう、と考えたクレインは、恐らく余裕がなくなるだろう明日以降に備えて早めに休むことに決め、就寝前の祈りを捧げるべく礼拝室へと向かった。
     ……しん、とした礼拝室の空気は冷たい。祭壇の前に静かに跪いたクレインは、頭を垂れ目を閉じた。囁くように祈るその手が微かに震えている。
     ――主よ。
     けして表に出さないように押し隠しているもの。クレインが恥じ、己がそれを抱いているということが許せない感情。クレインの足を掴んで離さない絶望の根源が、この状況によって表面化されようとしていた。
     恐怖。
     おそろしくておそろしくて仕方がないのだ、神の愛を信じられなくなった聖職者は闇の中で灯りを失ったのに等しいから。
     ――主よ、貴方は我々を見放したもうたのですか。
     その言葉を飲み込んで、頭の中からも追い出して、クレインは祈りを重ねる。その祈りは、普段よりも長く続いた。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/01/02 15:01:22

    S03【死神襲来事件】クレイン編

    #小説 #Twitter企画 ##企画_トリプロ
    Twitter企画「Trinitatis ad proelium」イベント作品。

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