EM-エクリプス・モース- エピローグ編慟哭の風
世界が平和になっても、人間の愚行によって命を失った者達は救われたのだろうか。
王国の更なる繁栄を目的とした理由で多くの罪無き命を奪った許されざる人間の愚行は、決して繰り返してはならないもの。
人間が引き起こした戦争で犠牲を生み、住む領域を失ったエルフ族。更に、人間への不信感と憎悪が引き起こしたエルフ族の内乱。エルフ族が世界から消えたのは、人間がいたからだった。
そして私は、最後のエルフ族となる者をこの手で殺してしまった。邪悪なる存在によって、人間への復讐に生きる闇のエルフに堕ちた者を。
彼を救う為には非情なる決断を下すしか他に無かったとはいえ、思い出す度に胸が痛む。人間が支配欲による戦争という過ちを犯さなければ、いつか人間と解り合える時が来ていたかもしれない。
大いなる災いの根源は滅び、世界は平和を取り戻した。しかし、人の罪は決して滅びたわけではない。人の罪による悲劇を生み出さない為にも、今すべき事は何だろうか。私に出来る事があるとならば……。
今日も冷たい風が吹く。しかも、その風からは悲しみを表しているかのような声が聞こえる。この風は何を意味しているのだろうか。世界が平和になっても、何処かに深い悲しみが存在するのだろうか。
私にはまだやるべき事がある。人の罪が生んだ悲劇を、繰り返してはならない。希望の太陽と呼ばれる存在となり、全てを救ったレウィシアの為にも───。
冥神ハデリアが滅びてからひと月が経過した頃、ラファウスは風神の岩山の頂上に来ていた。風神の像と石碑はハデリアの力が引き起こした嵐の影響で破壊されており、砂利の舞う風が吹き付ける。ラファウスは壊れた風神の像を前に感謝の祈りを捧げ、静かにその場から去る。岩山を降りると、ウィリーが待っていた。
「やあラファウス。今日もお祈りか?」
「ええ」
「全く、世界が平和になったっていうのに相変わらずだな」
「これも習わしですから仕方ありませんよ」
そんな会話を交わしつつも、ウィリーとラファウスは村へ戻っていく。村では村人一同による壊された家の復旧工事や、新しい櫓を組む作業等が行われていた。ウィリーも復旧工事に協力しており、作業に取り掛かろうとする。
「私に出来る事があれば何かお手伝い致しますよ」
作業に勤しむ村人達の様子を見ながらラファウスが言う。
「いいよ、か弱い女の子にまで苦労させるわけにはいかないよ」
「まあ、何を仰るのです。私は旅の中で幾度も生死を賭けた苦労を乗り越えているのですよ」
「気持ちは有難いけど、第一君に大工の仕事は似合わないだろ。君には神子さんとして大事な事があるはず。じゃ、また後でな」
上着を脱ぎ捨て、身軽な姿で作業に行くウィリー。
「大事な事……ですか」
ラファウスは大工仕事に精を出すウィリーの姿を見届けながらも聖風の社へ向かう。社にはエウナが祈りを捧げている。エウナの前に建てられている風神の像は、破壊されたままであった。
「あら、ラファウス。お戻りになったのですね」
「はい。母上。一つお伝えしたい事があります」
「お伝えしたい事?」
ラファウスは破壊された風神の像を見つつも、密かに思う事をエウナに告げる。冥神が滅び、世界が平和になった今、忘れてはならないエルフ族の悲劇を繰り返さない為にも世界中に伝えるべき大事な事があると。そして自身もエルフ族の血を引く存在であり、エルフと人間の間に生まれた子である事を伝える。
「なんと……ラファウス。それは本当なのですか?」
驚くエウナに、ラファウスは更に話す。セラクから聞かされた本当の両親の存在───エルフである本当の父親ボルタニオ、人間となる本当の母親ミデアンの禁忌が引き起こした悲劇、自身を裏切り者の子と扱い、命を狙う復讐鬼と化したセラクとの因縁を。エウナはラファウスの瞳を見ているうちに、言葉に出来ない複雑な想いを察する。生まれつき強い風の魔力が備わっていたラファウスは普通の人間ではないという事は感じていた。エルフ族の話については聞いた事はあったものの、まさかラファウスがエルフの血筋から生まれた存在だったなんて。けど、エルフの血筋の生まれだとしても、同じ人として共に生きてきた子である事に変わりない。この子は天から授かりし運命の子。子供がいない私にとっては大切な子供なのだ。そう思いつつも、エウナはラファウスの肩をそっと抱く。
「ラファウス。あなたが何者であろうと、愛する私の子なのです。ウィリーや村の人々も、あなたが何者なのか知っているのでしょう?ラファウスは……ラファウスです」
穏やかな声で言うエウナの優しい眼差しにラファウスは思わず心を打たれる。
「母上……」
ラファウスの目から一筋の涙が溢れる。
「あなたには村を守護する神子を継ぐ者としてこのまま村にいて欲しいものですが、今やるべき大事な事があるのならばそれを済ませてきなさい。エルフ族にも伝えたい想いがあるのでしょう?」
エウナはそっと石を差し出す。ベントゥスの翠石であった。
「これは……」
無言で頷くエウナ。ラファウスはエウナの想いを察しては、ベントゥスの翠石を受け取る。
「……母上。私は人の罪によって滅びの運命を辿ったエルフ族の悲しみを世界中に伝えたいのです。この世界は希望の太陽と呼ばれる仲間によって救われました。だからこそ、人の罪による悲劇を繰り返さない為にも……再び旅に出ます」
強い意思が秘められた目でラファウスが言うと、エウナは快く引き受ける。ラファウスは深々を礼を言い、社を出る。力を合わせて復旧工事に勤しむ村人達。大工担当の村人と櫓を組むウィリー。皆が、団結して荒れた村を立て直そうとしている。そんな様子にラファウスは人の在るべき姿が何たるか、人としての心が何たるかを考える。
人はお互い励まし合い、力を合わせて頑張る事だって出来る。
この村の人達は、在るべき人の優しさを持っている。私がどんな存在であろうと、人として受け入れてくれた。
皆が、村を立て直す為にお互い励まし合っている。ずっと共に生きていたからこそ、村人達の絆がある。
もし正しき心を持つ人々が集まり、人としての心をエルフ達に伝える事が出来たら───。
その日の夜───寝間着姿のラファウスは手元にあるベントゥスの翠石をジッと見つめていた。
「エアロ……いえ。風の神よ……死した者達に想いを伝える事は可能なのでしょうか」
翠石に問い掛けるようにラファウスが呟く。不意にエアロの事を思い出してしまうラファウスだが、風の英雄として地上から去った今、もう存在していない。ラファウスは自身の力を呼び起こす風の魔魂として共にしていた相棒であるエアロと主である英雄ベントゥスの事を思いながらも、翠石を強く握り締めた。窓の外から星が瞬く夜空を眺めると、そよ風がラファウスの長い髪を靡かせる。
「レウィシア……」
満点の星空を眺めているうちに、ラファウスはレウィシアの姿を思い浮かべる。あれから一ヶ月が経過した今、レウィシアはどうなったのだろうか。いつか必ず帰って来ると信じているものの、最早レウィシアは人間ですらない、人智を越えた女神と呼ばれるような存在になっていた。炎の英雄曰く、レウィシアは神界にいる。例え人ならざる者として帰って来たとしても、世界中の人々は彼女を人として受け入れてくれるのだろうか。
「……レウィシア。あなたが取り戻した平和を守る為にも、私は人としての在るべき心を世界中に伝えていきます。人の愚かさによって犠牲となったエルフ族の為にも……そして人の罪による悲劇を生まない為にも……」
夜空に想いを馳せながらも、ラファウスは床に就いた。
夢の中───そこはならず者が集う場所。闇の都市ラムスであった。一人の少女が買い出しに出掛けている。少女はラムスの密輸組織の団員に引き取られた孤児で、組織のメイドのような仕事をさせられていた。
「ククク……お前、なかなか可愛いな」
「おい、なかなかの美人じゃねえか。頂いちまおうぜ」
刃物をちらつかせながらも嫌らしく迫る暴漢集団は少女に手を出していく。
「い……いやあああ!!」
酷い仕打ちを受け、少女が悲鳴を上げた瞬間、周囲に巻き起こる真空の刃。切り裂かれていく暴漢達。突然の出来事に立ち尽くす少女。周囲に集まる住民達の冷ややかな視線。
「なあ、今の見たかよ?あの女がやったんだよな?」
「バケモノだ!人間の姿をしたバケモノだ!」
「殺せ!誰か、あの魔物を殺せ!」
無意識のうちに発動した風の魔法で暴漢達が死んだ事によって少女は畏怖の対象となり、次々と凶器を手に襲い掛かる住民達。
「やめて!誰か……いやああ!!やめてええええええ!!」
バケモノ、魔物と口々に罵られ、無慈悲な迫害によって傷を負い、少女は涙を流しながら逃げる。少女の名はミデアン。ラファウスの母親となる者であった。
どうして……どうしてこんな酷い事を!
これが人間だというのですか。これが……これが……!
悪魔のような表情で凶器を手にミデアンを追い続ける無数の住民一同。逃げていくミデアンの表情は痛々しく見え、住民の姿は魔物並みの醜悪なものに変化していく。
うっ……ああああぁぁぁぁあああっ!!
怒りと悲しみの叫びと共に荒れ狂う真空の竜巻。住民達は一瞬で切り裂かれ、汚れた返り血が舞う。住民達の姿は消え、ミデアンの姿は既になかった。
夢から覚めた瞬間、見慣れた部屋の光景が視界に入る。
「今の夢は一体……」
ラファウスはぼんやりとした表情で夢の内容が気になり始める。鮮明に記憶に残るもので、尚且つ意味のあるものだと感じていた。何故こんな夢を見たのだろう。それに、夢の中に出てきた女性は……。
「……やはり私は旅に出なくてはならない」
何処かに夢の内容の答えを示すものがあるのかもしれない。そう直感したラファウスは改めて旅に出る決意を固め、身支度を整えてはエウナに挨拶を済ませる。
「行くのですね、ラファウス」
ラファウスはエウナに見送られながらも社を出ようとする。
「ラファウス!」
突然の声。ウィリーであった。ラファウスはまさか旅に出る事を事前に聞かされていたのかと思いつつも、返事せずに立ち止まる。
「ラファウス……エウナ様から聞いたけど、また旅に出るっていうのか?世界は平和になったんじゃないのか!?」
やはり、と心の中で呟いてはラファウスはエウナの方に視線を向ける。
「ごめんなさい、ラファウス。だからと言って黙っているわけにはいかないでしょう?」
どの道言うつもりだったのにと思いながらもラファウスは再びウィリーと向き合う。
「ウィリー。あなたには解らない話でしょうけど、例え世界が平和になっても私にはまだ果たすべき使命があるのです。あなたはこう仰いましたね。神子として大事な事があると」
「なっ……た、確かにそう言ったけど……」
ウィリーは言葉を詰まらせてしまう。
「今私がすべき事は神子として、ではなく。世界を救った者の同士として大事な事なのです。今から果たすべき使命を成し遂げないと、神子の後を継ぐ事は出来ない。本当の平和が永劫に続く世界へ導く為にも……もう一度旅立たなくてはならないのです」
ラファウスの強い意思が込められた目を見ているうちに、ウィリーは何も言い返せなくなる。
「あなたが何を言おうと、私は決して意思を曲げる事は致しません。そこを通しなさい」
威圧するように力強く言うラファウス。
「……解ったよ。俺には止める権利なんてないし、君にとっての大事な使命だって言うなら止めるわけにはいかないよ。君は昔から頑固なところがあるからな。そういうところは敵わないや」
ラファウスは表情を綻ばせ、ウィリーに軽く礼を言って歩き始める。
「ラファウス!」
ウィリーが呼び掛ける。
「俺達はいつでも君の帰りを待っているからな!君が帰って来るまでにこの村を見違えたものにしてやるから、楽しみにしててくれよ!」
その一言にラファウスはそっと振り向き、ウィリーとエウナに笑顔を向ける。
「母上、ウィリー。ありがとうございます。それでは……」
ラファウスは社を後にし、そして村を出る。ラファウスが再び旅に出たという話は一瞬で村人達に広まり、大騒ぎとなった。
「ねえお兄ちゃん。ラファウス様がまた旅に出たって本当なの?」
村の入り口前で立ち尽くしているウィリーとノノア。
「ああ。あの子は俺達には解らないような使命を背負っているんだ。それを果たす為、再び旅に出たんだ」
涙を浮かべるウィリーは、旅立ったラファウスの事が頭から離れない様子であった。
「あの子はエルフの血を引く人間。旅の最中、人間への復讐に明け暮れるエルフとの敵対の末、命を奪ってしまった。だからこそ、世界中に伝えたい想いがあるのでしょう」
ウィリーとノノアの元にエウナが現れる。
「エウナ様!」
「あの子は人の罪の愚かさと、人の手で失われたエルフの悲しみを重く受け止めている。取り戻した平和から、罪を生まない世界にする。それがあの子の使命───」
エウナは祈りを捧げながらも、ウィリー、ノノアと共にラファウスの旅を静かに見守っていた。
人が犯した罪や過ちを裁くのは人であり、正しき方向に人を導くのもまた人の務め。
世界が平和になっても、人間の中に存在する悪しき者が絶えたわけではない。人が存在する限り、悪しき者はいずるもの。
だから、罪の愚かさとそれが生んだ悲劇を伝える事に意味がある。エルフの血を持つ人間として。
村から旅立ってから数日後、ラファウスが辿り着いた先は賢者の神殿であった。建設中ではあるものの、簡易な建築物としては出来上がっていた。デナを筆頭とするマナドール族による建設作業が行われている中、ラファウスは神殿に入ろうとする。
「お待ちなさい!」
デナが呼び止める。
「あなたはリラン様や賢王様のお仲間ですの?無用のお方はお通し出来ませんわよ」
ラファウスが用件を説明しようとした途端、扉が開かれる。
「どうした、デナ。むむ、君はラファウスではないか!?」
やって来たのはリランであった。
「リラン様。お久しぶりです」
畏まりつつも深々と頭を下げつつも挨拶をするラファウス。デナはラファウスがリランの仲間だったと知り、慌てて詫びる。
「まさか君が一人で訪れるとは……何事か?」
「はい。世界が平和になってからの使命を果たす為にも、皆様にご協力をお願いしたいのです」
「協力とな?ふむ、皆の前で詳しく話を聞かせて頂こうか」
リランはラファウスを神殿内へ招き入れ、祭壇から地下の大広間へ連れて行く。大広間ではマチェドニル、ルーチェ、リティカ、賢人達が集まっていた。
「ラファウスお姉ちゃん!」
ルーチェが呼び掛けると、ラファウスは軽く微笑みかける。
「久しいな、ラファウスよ。あれから一ヶ月以上経つが、元気そうで何よりじゃ」
「こちらこそお久しぶりです、賢王様」
挨拶をしては皆の前で事情を話すラファウス。
「成る程……真の平和と呼ばれる世界へと導く為に人の罪の愚かさと、過去に起きたエルフ族の悲劇を世界中に伝えていくとな」
ラファウスの話を聞いたマチェドニルは考え事をする。
「世界はレウィシアによって救われました。そして私達は世界の平和を守り抜くというのが使命だと考えています。その為にも、今から私達に出来る事をやらなくてはなりません。冥神が滅びても、悪しき人が消えたわけではありませんから」
強い意思の光が宿るラファウスの目に、リランは思わず見入ってしまう。そして軽く咳払いをする。
「……確かに君の言う通りだ。例え冥神が滅びても、人が存在する限り、いつか何処かで人が人としての過ちを犯し、災いを招く事は否定出来ない。過去のアクリム王国のような愚行や、誤った正義による悲劇を生み出さない世界にしなくては。希望の太陽となったレウィシアの為にも」
ラファウスとリランが口にしたレウィシアの名前に、ルーチェは思わずレウィシアの事を思い浮かべてしまう。
「リラン様。ルーチェも宜しければご同行願います。まずはアクリム王国に向かいます。アクリム王のご協力を得る事から始めましょう」
ラファウスの旅の目的はアクリム王国を始め、各国の王や各地の町村の長を通じてエルフ族の悲劇と人としての罪の愚かさを民に伝えていくというものであった。その考えに同調したリランとルーチェはラファウスと同行する事を選び、共にアクリム王国へ向かっていく。
「リラン様ったら、世界が平和になっても旅に出るなんて忙しないですわね」
ラファウス達が神殿を後にした頃、地下に戻っていたデナが呟く。
「例え世界が平和になっても、本当の始まりはこれからじゃろうな。世界の未来は、今を生きる者達が創っていくものじゃからの」
マチェドニルはしみじみと呟きながらも、ラファウス達の旅の無事を祈った。
アクリム王国に辿り着いたラファウス達は、国王に会う目的で王都にやって来る。
「この空気も懐かしいですね。テティノは如何お過ごしでしょうか」
ラファウスはふとテティノの事を考えてしまう。潮風の香りが漂う王都は一見何事もないかのように思えるものの、王都内を見張る兵士は暗い表情をしていた。
「しかし妙だな。いつになく街に活気がないように思えるのは気のせいか?」
リランが呟くと、ラファウスは辺りを見回す。確かに見張りの兵士や住民の表情に活気がない。
「……テティノ……」
不意に何とも言えない胸騒ぎを覚え、ラファウスは足を急がせて王宮へ向かおうとする。だがその途中、ラファウスは立ち止まる。王宮の前に多くの花に囲まれ、巨大な石碑が建てられているのだ。
「これは……以前このような石碑はなかったはず」
かつてアクリムを訪れた際には存在していなかったはずの見慣れない石碑に刻まれた文字を解読するラファウス達。次の瞬間、ルーチェとラファウスは衝撃を受ける。
水の神に選ばれしアクリムの第一王子テティノ・アクアマウル
己の命を捧げし禁断の大魔法ウォルト・リザレイで一つの命を救い
大いなる災いの根源となりき邪悪なる神に挑み
そして此処に眠る
石碑に刻まれていた文字───それはテティノの墓標であり、そしてこの石碑は死したテティノの墓であると知ったラファウスは愕然とし、涙を溢れさせる。
「嘘……でしょ……そんな……テティノ……」
その場で泣き崩れるラファウス。
「テティノ……お兄ちゃん……」
ルーチェも涙を流していた。
「何という事だ……テティノが何故このような事に?」
リランはテティノの突然の死という事実に実感が湧かず、涙に暮れる二人を黙って見守るばかりであった。
「あら、あなた達は……」
背後から聞こえる少女の声。マレンであった。マレンの存在に気付いたラファウスは何も言えないまま涙を流している。
「……うっ……うえぇぇぇん!!」
ルーチェはマレンの胸で泣き出してしまう。
「ルーチェ君……」
マレンは兄であるテティノの死に悲しむルーチェを抱きしめているうちに、止まらない涙が溢れ出す。深い悲しみに溢れる中、リランは沈痛な思いで見守るしか出来なかった。
それから、ラファウス一行はマレンに案内される形で謁見の間へ招き入れられる。アクリム王と王妃が腰掛ける玉座。傍らにはウォーレンがいる。一行は深々と頭を下げ、ラファウスとリランは新たなる旅の目的を王に伝える。
「ふむ……世界中に人としての愚行とエルフ族の悲劇を伝える為の協力か。我がアクリム王国が過去に犯した大いなる罪は如何なる償いでも決して許されるものではないが、人としての過ちは絶対に繰り返してはならぬ事。そなたらは我が息子テティノと共にこの世界を救った英雄。我々はいつでもそなたらの力になろう」
過去に犯した王国の罪を思いつつも、アクリム王はラファウス一行の考えに賛同し、協力の意思を示す。
「ありがとうございます。それで、もう一つお聞きしたい事があるのですが」
「何だ?」
「……テティノは……」
半ば解ってはいるものの、テティノの死因を聞こうとするラファウスだが、これ以上話を切り出す事が出来ず、項垂れてしまう。
「テティノは……『ウォルト・リザレイ』の影響で死を迎えた。マレンと共にアクリムへ帰って来た頃には、生命力が尽きる寸前だったのだ。英雄として世界を救ったというのに……奴は……無茶をし過ぎていたのだ」
アクリム王は手を震わせつつも涙を流す。重い空気が支配する中、ラファウスは止まらない涙を拭いながらも立ち上がる。
「……アクリム王。貴方様のご協力に感謝致します。仲間として共に戦ったテティノの為にも……私はこの世界の平和を守ります」
涙で潤んだラファウスの目には、秘められた強い意思が宿っている。再び礼をして謁見の間から去ろうとする一行。
「ラファウスよ」
アクリム王が呼び止める。
「改めて、我が誇り高き息子テティノに伝えてくれ。『親らしくしてやれなかった我々を許してくれ』と」
その言葉に力強く承諾し、一行は再びテティノの墓である石碑の場所へ向かう。
「テティノ……これはお父上からの御言葉です」
ラファウスが追悼の意を込めつつ、アクリム王からのメッセージを伝える。
「ぼくは最初あなたのこと、レウィシアお姉ちゃんを馬鹿にする嫌味な人だと思っていたからすごく嫌いだったけど、お姉ちゃんを助けてくれたのもあなただったから……安らかにぼく達の事を見守っていて下さい」
ルーチェはテティノとの思い出を振り返りつつも、祈りを捧げる。当初はテティノの尊大な態度に悪印象を抱いて毛嫌いしていたものの、セラクとケセルの襲撃や瀕死の重傷を負ったレウィシアの出来事を機に心変わりするようになってから徐々に打ち解けていき、仲間の一人として受け入れるようになっていた。誰よりも慕っているレウィシアを救ったのもテティノであり、その際に禁断の大魔法で自らの命を削っていた。そんなテティノの勇気ある決断と行動力、そしてレウィシアを救ってくれた事に心から感謝しているのだ。
「レウィシアを救う為には致し方無かったとはいえ、己の命を犠牲にする方法を選ぶとは……君は本当の意味で英雄と呼ぶに相応しい。君の偉業は来世へと伝えていくつもりだ。どうか安らかに……」
ウォルト・リザレイの全貌とテティノの一連の行動を全て聞かされたリランは改めて追悼の意を込め、黙祷を捧げる。そこにマレンが再びやって来る。
「この度は、兄をお弔い頂きありがとうございました。ふとお聞きしたところ、人による罪の愚かさとエルフ族の悲劇を世界中にお伝えしていく旅に出ているとか」
「はい。これからエルフ族の領域だった場所へ向かうつもりです」
一行が次に向かう場所は、アクリム王から聞かされたエルフ族の領域に当たる場所であり、エルフ族への償いと弔いを込めた巨大な石碑が建てられた『弔いの湖』と呼ばれる湖のある場所であった。そこにエルフ族の魂が佇んでいる可能性があると睨み、ルーチェの協力で魂の声を調べ、死したエルフ族へ抱えている意思を伝えようと考えているのだ。
「弔いの湖に行くおつもりでしたら、私も同行させて下さい」
「え!?」
「私もアクリムの王族として、償いの意思を伝えたいのです。兄の分まで、私に出来る事があればお父様やお母様と共にあなた達の力になるつもりです」
マレンの想いを汲み取ったラファウスは快く承諾し、一行は弔いの湖へ向かった。