FM――いつものヤツら――(加筆修正公開中)世界の心臓には結束の固いネットワークが存在する。金と馴れ合いと権力が、絡み合った網が、まるで鋼鉄でできた蜘蛛の巣のように隅々まで張り巡らされている。上層部から下層部まで。
政治家から公務員、公共事業受注企業、現場監督、労働者というように、その糸は無限に繋がっている。民間企業、
慎重さこそが身を救う。
これほどセキュリティの堅い人物も珍しいだろう。
――アルフレッド・バニスター
庭が見事だった。名前はわからないが、低電圧の照明を受けてバーガンディレッドや__青の繊細な彩りに咲き乱れる草花は、ジョリーには馴染みある多年草だろう。
他人を演じるという一面があるからだ。
私は普段演じることを楽しんでいるし、
186
ミオデイーオやめて
キーパーソン、アルフレッドの第一声は、ジョリー・バニスターを褒め讃える。ノーティラスの沈没船があった海上では宇宙エレベーターが建築されている。あの日のうちにノーティラスを縮爆させた。
ヘイルの態度は穏やかで協力的だった。
親父は__中 最強で一番の金持ちだ。__を手中に収めてる。どこの誰でも親父の言う通りにする。
軍と付きあえば、文民政府とも付きあい、個人の業者とも付きあう。彼らの厭がることがあるとすれば、外部の人間に話をすることです。私たちのような、内部にいる部外者でも。伝手はありますか?
ジョリフィーユの遠い記憶が立ち現れた。今度は消すことができない。
ふたりの交際をアルフレッドは許可した。
面白そうに眉を吊り上げて。
アルフレッドはチャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルをいたく気に入り、目下の任務完遂のために必要な情報、費用、技術支援に全面協力した。
「会社を起ち上げて、大きく育てるのは面白いぞ」
誰が僕らを追ってる?__で見たあの__かな。そうだ、きっとあの彼女だ。
そこは女だろう。w321p w289p
ついでに言えば末っ子リアムにも気に入られた。容姿端麗の好奇心旺盛な若者で人を褒めそやかすのが得意ときた。が行きすぎて家族の情報を垂れ流していく。
彼によればチャールズはコールドな模造拳銃を__自宅製造しているという。
なるほど、興味深い。コールドとはシリアル番号がないという意味だ。足のつかない武器が欲しいとき、悪人どもは街でコールドな銃を手に入れる。正規品の場合、シリアル番号を完全に削り取ることはできない。メーカーは削れないように製造することを義務づけられているが、海外のメーカーのなかにはシリアル番号を打たないところもある。プロの殺し屋はそういった銃を使い、しばしば犯行現場に放り捨てていく。
武器開発者というのは非常に慎重で、自分が武器を開発しているなどとはけっして口外しない。
イタリア人らしく、家族を第一として考えていて、性格が強く、言いたいことをはっきりと言う人間が多い。
アルフレッド邸の立派な部屋に宿泊し、時には彼と酒と雑学を交えた。
チャールズは人当たりのよい青年だった。
彼が持つ一流ヴァンツァー整備技師のもと研鑽を積んでいた。整備士の免許をとり、またヴァンツァーの__乗りこなせるまでになると、__での基礎訓練を経て、とあるテロリスト殲滅の任務を請け負う部隊に配属され海外に送り出された。
仕事上の友人がたくさんできた。
それから、いつも通りの手順でシャワーを浴びた。タオルでさっと水気を拭う。
ザラに積極的アプローチされる。何度か食事に行った。心の底にある孤独感を埋めるように、
でも、ジョリーでなければ埋まらない穴が。
「今夜は誘ってもらって本当に嬉しかった。食事のことよ」瞳は楽しげにきらめいている。「このままお開きにするのはなんだか寂しいわね。だって、まだ九時半だもの」
精算をすませ、店を出て、ザラに腕を取られるまま、デートに行った。
この先にも、なにか待っていると。
セックスは、きっと情熱的なものになる。そのことは、彼女の瞳のきらめきや声の響きからわかる。料理を口に運ぶ勢いからも、今夜の装いとその着こなしからもわかる。あの笑い声からも。だが、いつもどおりなにも感じない。セックスに対する興味はとうの昔に失っている。そして、もうひとつ、わかったことがある。
自分が本当にジョリー・バニスターの人生に迎え入れられるべき男なら、一月後であろうと、二月後であろうと、それは変わってないないはずだ。
それでも、今は待つべきだ。
ジョリフィーユの遠い記憶が立ち現れた。今度は消すことができない。
ザラが__髪を片手でかきあげた。それから、まぶたを閉じ、指の先でそっと撫でた。そしてまた目を開き、ヘイルを見やる。
「違う。そうじゃないんだ」
(タクシーを呼び、彼女を帰らせた。やはり彼はセックスに関心はない)
射ぬくような淡い青い瞳をまともに
__と__向けにシナリオを動かしている。例
えば第三次世界大戦のシナリオとか。第四次世界大戦のシナリオとか。そういったものが本当にあるんです。
ある日チャールズ・バニスターが歩み寄り、仕事についてヘイルに尋ねた。
ジョリー・トーマの話をしたい。罪悪感に胸がずきりと傷んだ。
ジョリーは雌獅子だけど、乙女なんだ、と冗談めかす。
俺が乙女扱いすると怒るんだ。
会ってやれないか?と言われる。
百パーセント集中したい。
ヘイルは断った。会いたくて仕方ない。
チャールズは頷いただけだ。ザラのことは聞き及んでいる。
「あんた、ジョリーのことをまだよくは知らないもんな」
「あの顔を忘れでもしたか?」
写真を見せる。16歳か。
女のジョリフィーユ。香り立つような髪を長く伸ばし、愛の女神なんてものが__に見える。濡れた赤いルージュ。
「私には高嶺の華だよ。彼女が私に恋をしたかな?そう思わないでくれ、私の犯罪プランナーとしての才能に興味があるだけなんだから」
「聞いてなかったのか。ジョリーはジョリフィーユなんだって話をさ」
チャールズは彼女に心から幸せになってほしいと願っていた。
チャールズは当初から知っていた。
ヘイルは頸を振った。
__の話を持ちだす。
「よしてくれよ。その話はしたくないんだ」
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
「俺は、あいつらと関り合いたくはない」
「けど――連中のひとり、__の」
「連中はアンテナを使って盗聴不可能なネットワークを作った。都会に。人の多い場所なら誰の信号かわからない」
犯罪を重ねているのだろう。
「利口なんだ。バニスターの__に潜りを」
ジョリフィーユ
ジョリー命を奪いかねなかった少女の悪魔。もっと情報が必要だ。
天才は下積みに__
リアムが言った。チェスをしながら。
「相手を好ましく思っているけど、私にはそんな資格はないって…一歩引いてみせる。百戦錬磨のテクニックだよね。貴方も」
「確かに、言われてみれば乙女っぽい趣味を持ってるね。姐さんは、花が好きだよ。ただ育てるだけじゃなくて花に交配もさせてる。薔薇とクレマチスのオリジナルを持ってるんだ。あそこにある青薔薇がそうだよ。あと、胡蝶蘭も好きだったはずだよ」
「姐さんは、あんたと結婚すればいいのに。」
相手がいるのか?
「確か、ああ、いや、いない。あれは女の人だから、結婚候補には含まれない。カミラという女性だよ。養子になる前から友人として交流があったみたい。こっちに来てからは、ちょっと疎遠だったみたいだけど、最近連絡取り合ってるってチャールズが話してたよ」
「ああ、そうだ、忘れてた。最後に僕からあんたに忠告を言わせて。あんたたちの交際のことで。ザラさんだっけ?彼女が大切なら、姐さんの前で腕を組んだり、キスしちゃいけないよ。姐さん、あんたのこと本気で好きらしいから」
要請を提出した。
アルフレッドから待ったがかかった。
娘に会ってほしい。
アルフレッドには息子が二人、娘がひとりいる。チャールズはムスコを向ける先を間違えている。結婚の見込みがない。女でありながら__で男の籍を持つジョリーも同様に見込みが薄かった。君を見つけた。
うちのチームは天才が必要だった。見つけるのは彼女の仕事だった
孫が欲しい。
近頃のニューヨークは騒がしいじゃないか。
彼女は殺人事件をいくつか調べているうちに君に辿り着いた。君に夢中になって。君の話ばかりするんだ。
ヘイルは正直に答えた。
「残念だ」アルフレッドは言った。「孫の顔を見たかったんだが。リアムは科学が恋人で」
__のロビーに入るなり、ザラがリラックスしたのがわかった。ロビーにはタペストリーが飾られ、建具にはダークウッドと真鍮が使われていた。大きな窓から海が見える。波の上で光が揺らめいていた。__の主な明かりはクリーム色をした蝋燭の炎だった。テーブルに案内された。
ザラの体に張りつくようなドレス
こうしてみるとザラが隅々まで計算し尽くして化粧を施していることがわかる。__を思わせる目や、頬骨や顎のシャープなラインがみごとに強調されていた。自信に溢れた、押しつけがましいくらいの強さをもった強さ。
パーティーに出席。ジョリー・バニスターが遅れて会場に入った。私のジョリフィーユに全員の視線が集まった。乙女たちから嬉しい悲鳴とざわめき。
「何事です?」
""女と寝るときは__のほうを使うんだ""
ヘイルはザラに腕を取られるまま__。
ザラはヘイルの腕に手を置いてそっと力をこめた。
声をかけてきたのはジョリーのほうだった。ヘイルは嬉しかった。顔を綻ばせた。
古典的な美。ジョリーの美しさはけっして声高に主張したりはしない。
ジョリーはそうでもなく、唇を結び、困惑顔を作った。胸元に黒薔薇の刺繍。
笑顔をひきつったヘイルから目をそらせないでいた。視線が絡む。張り手の視線。黒薔薇の誓いの裏切り、嫉妬。
歌うような声だ。
「活躍を誇りに思うよ。貴方は自慢の__だ」
「できれば、きみとは、もっといいときに、いい形で再会を果たしたかった」
「さようなら愛しい人よ。不幸の上にまた幸福が築れる」
周囲の人びとの愉快そうな笑い声
「私じゃないのか」
「きみが終わらせた」
「そう、私が終わらせた…愛していたのに」
僅かに濡れた眼を伏せた。
関係に気づいたマドンナの顔が凍りついた。しかし腕をほどこうとしなかった。
獅子を怒らせたらどうなるか知っていたが、それでも、青ざめた顔で、必死に笑顔を作り、堂々とヘイルの腕を豊満な胸に押し当てた。
ジョリーの赤味がかった琥珀色の目に見つめられ、目を逸らしたい衝動にかられた。ジョリフィーユは二歩前に出た。値踏みするような目で全身を見た。相手の腕が震えている。もう人押しすれば、彼から退いてくれる。
「ザラ・__さん、」何気に身内のこと、経済を話す。株の話を始めた時点で、周りの客がスマホを手に取り、連絡をはじめた。彼女の母親は―__の社長だ。呑み込まれないためだけに一族にすがりついてきた会社。買収する価値もない。株を売ってしまおう。一族を敵にまわしたら母親の会社は孤立無援となる。
ヘイルに向きなおり、
「棺は、ひとつ、掘る穴は、ひとつ、だ」
「さようなら、愛しい人よ」
ジョリフィーユは打ちのめされてる。ヘイルは思った。ジョリーは早々足早に会場を後にしようと出口へ歩を向ける。
かなりの客の目を引いた。ざわつく。あちこちから囁き声が聞こえた。ザラは会場の若い乙女たちの冷たい視線を浴びた。虐めの対象を見つけた乙女たち。
ザラからなにかつげられた気がするが、耳に入ってこなかった。ジョリフィーユを目で追っていた。脚が動いていた。ザラを置いて。ジョリフィーユを追いかけていた。
「待て……」ザラも待てと言ったがどうでも良かった。
ジョリフィーユは振り返らない。
リムジンに乗り込んだ。ヘイルの後ろにいる女を見た。赤ワインを飲み下す。
「すべてのカタがついたらあの男に首輪をつけて飼ってやるわ」
リムジンは走り去った。
私がもたらした知らせに怯え、泣き濡れたジョリフィーユの顔は、当分のあいだ私に付きまとうことになりそうだ。
後ろにザラがいた。
「大変なことになるわ」
「どうだっていい」
「どうだっていいですって?」彼女がぎくりとした。スマホが振動し連絡がきていることを知らせた。狼狽し、左右を見るともなしに見て地面を見つめる。顔を上げた頃には、ヘイルは消えていた。言いたいことが山ほどあった。
リアムから彼女はハフマン島とかいう孤島に
「悪く思わないで。ザラさんは、近々死体になる」
「」
「姐さん、邪魔してくる女って大嫌いだから」
""八分には綺麗さっぱり吐いていたよ""
獅子の飼育檻、雌獅子の口元は血でべったり汚れていた。
ルーフテラスで服を脱ぎ棄てた。服が風に拐われてもどうでもよかった。ベッドに身体を放り投げるようにして横になる。膝を曲げ、左手には緑色の果実。
__時間前までフランス__にいた。
頭のなかではふたりで歩いている。腕を組んで、どこでも良かったけど、舞台はいつもフランスだった。
二人で選んだ国はフランス。ブレゲが活躍した国。
アブラアム=ルイ・ブレゲはスイス、ヌーシャテルに1747年1月10日に生まれた。
15歳でスイスからフランスにわたり、パリやヴェルサイユで時計職人の研鑽を積んでいた。
時計の歴史を200年早めたとも云われる。
フランスパリにもバニスターの隠れ家がある。
彼女は羞じらいながら少しずつ地下聖堂の階段を下りていった。今日は足に布を纏っていない。
__を__先、__にチャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルの姿があった。嬉しかった。自然と綻ぶ口元を引き結んだ。
「絶世の美貌に愛の女神もたじろぐだろう」彼は__し、息を呑んだ。
ジョリ・フィーユが立っていた。女性の姿をして。とりわけ彼を驚かせたのはメイクだった。
真っ赤な口紅を塗った唇。
この女性がアルフレッドの次男ジョリー・バニスターだとは誰も気づかないだろう。
「やあ…久しぶりだね、元気?」
頷く。
「イザベル?」顔を綻ばせた。
""自分の神に従事""
彼女はどうやら私を神に見たてるのをやめる気はないらしい。
彼女は勇気を振り絞った。女性の声を出したかったが、出てきたのはいつもの男の声色だった。掠れていた。無下にしたみたいで自分にはがっかりした。女装男みたい。
「ハイ、サミュエル」
彼女は女性の声の出し方がわからないようだ
喉仏を隠していた。
いっそ、脱いでしまいたい。男のジョリーに戻りたい。でも、女として彼とデートをしたいの。無口な美人を演じるしか選択はなさそうだ。この声はどうやっても男のものだ。次には諦めて
「貴方に会いたかった」
「私も。時間がとれなくてね」(戦闘の話)
「さて、何処に行こうか?なにか要望はあるかな?それとも食事に行こうか?」
「ちょっと待って」
「そのまえに、その、話ておきたいことがあるの」
「女の子でいさせてほしいの」
「ふたりのしたいことをすればいい。私たちに近道が必要なら、使ってしまってもいいとは思わない?今すぐに」
ヘイルは悟った。彼女は恐れている。声に。侮辱に。
ふむ、これでは彼女は楽しめない。
彼女は誘っている。子作りに。
私たちの間にはいつもどこかに雑学があった。私たちには頭脳と声さえあれば、
いつもの静かな声で、ヘイルが言った。「悪かった。」
「ずっと_ってくれたな。一生懸命やってくれた。なのにこんなことになってしまって。君をがっかりさせてしまった」
接吻を。長く深い口づけだった。
白い本に気づかなかった自分をどれほど悔いたか」
「僕はもう、君を泣かせるつもりはないよ」
「でもね、私は貴方以上に後悔したかもしれないの。だって、そうでしょう、貴方のプロポーズにイエスと答える。簡単に解決できた。そのはずだったんだから」__を震わせて言った。
「傷つけたのは私のほうよ」ヘイルは彼女の額に接吻した。彼女が彼の手を握る。ヘイルも優しく握り返す。
「いや、よくないよ……__と言ったところで失望感が軽くなるわけじゃない。君に借りができた。必ず返すと約束するよ」
彼が贈ったプロポーズの数ときたら。もうシンプルなプロポーズが望ましい。
「イサベラ、私たちの結婚の__」
「サミュエル」「もちろん」
胸元の襟を開いた。
「いろいろ改造しちゃって、胸はこんなだけどママになったら、授乳できないわけじゃない」はだけたままで、外気に触れた胸飾りが立つ。ひき締まった男の胸だ。ようく見れば胸飾りは違うらしい。
家庭。魅力的な題材。
彼女の眼は羞じらいを見せ、頬は熱を帯び赤かった。
素晴らしいセックスだ。たまらなく魅力的。
彼女の手がヘイルの頭を掻き抱き、髪をくしゃくしゃに乱した。几帳面な彼は嫌そうに目を細めた。これで彼の黒っぽい頭髪は少年っぽく見える。
「ねえ、何て言えばいいかわからないけど、私、可笑しいわ。笑っちゃうわ」
「見た目のことかな?」
「ちぐはぐだもの…」声色を無理に変えている。自分は女だ。だが自身の女の本来の声を見つけられないでいた。
彼は笑った。
「悩まないでいいんだ。君は__に__手術を施しているんだろう?」またうれしそうに笑った。
彼女はため息を呑み込む。その通りだ。また男に戻らねばならない。できないことだってある。気にしてもしょうがない。
「いいかい。__私の耳元に囁いてくれるかな?私的にはこれといって問題ない」
彼女は頭の右に向け肩に顎を乗せた。
「まずこれを処理しないと」
「そうね」彼女はスーッと息を吸うようにしてひとつため息呑み込んだ。消え入りそうな声で言った。「セックスを挟んで言った…」
ふたりはロルロージュ海岸を歩いて、毒の花と内地での暗殺について語り合った。
「肌を焼きましょう」
「火傷するから」
顔を赤くした。
もちろん博物館も、じっくりと時間をかけて。
1812年、ブレゲの最も注目すべき時計がナポリ王妃カロリーヌ・ミュラの元にとどけられた。卵型の温度計付きの時計No.2639のことだ。
それは世界初の腕時計であり、時計の進化を2世紀早めたと賞される。オーバル型のフォルムも、当時としては異例のデザインだった。
金髪と金で編んだブレスレットで腕に装着できる。残念ながら現物は現在所在不明だが、ブレゲに大切に保存されている台帳には、この洗練された独創的な腕時計の特徴についてこう記されている。
「細長いフィルムのリピーター・ウォッチ。髪の毛とゴールドを編んだブレスレットを組み合わせた」
「いつか、作成するつもり?」
「何かに胸を焦がすほど想い入れがなければ、彼は、技術を二世紀も早めるなんて難しかったんじゃないかな」ヘイルはブレゲがロリーヌに熱烈な愛を抱いていたのではないか?と勘ぐった。
「ということは貴方には到底真似っこないって?」
「私はあなたが本当に結婚したいのは時計のほうだと思っているわよ」
「どうだろう?この伝説の時計にインスピレーションを得て、手首に巻き付けるために髪の毛とゴールドの糸を撚り合わせて作ったブレスレットが付属することや、また温度計も備えていたことなどなどを発見して、これらの情報からイメージをふくらませて新しいデザインを考案した。2002年に発表された。クイーン・オブ・ネイプルズだね。ただ…バンドはゴールドのみ使っていてね」
「私なら、毛髪を使って編んだだろう」
「このような、美しいブロンド毛髪を使って」という視線を受けた。
1775年 - 現在のパリ1区にあたるシテ島ロルロージュ河岸 (時計河岸) 39番地に自身の時計工房を開店したのが、現在のブレゲブランドの始まりといわれていて。
ロルロージュ広場を眺めた。匂い立つような美しさのジョリーを指差す若者、大衆の視線を集める。写真を撮ろうとスマホをこちらに向けた人もいた。ヘイルはうつぶせ、彼女の世界一美しい顔はヘイルの肩に隠れた。
女装した男が歩いてる。そう思われていると思った。
ロルロージュ広場にカフェや土産物屋がたくさんあった。中央にメリーゴーランドがあり、その奥には劇場があった。
この場所にふたりの関心を惹くものはない。強いて言えば赤子や子供たち、世話をする両親であろうか。
「アヴィニョンに興味はあるかい? イザベラ?」
「賢明な判断じゃないわ。壊れた橋を観に行くだなんて。そろそろ引き返しましょう」彼が__に困りだしたら帰ると決めていた。
そもそも橋や城、世界遺産に見飽きてる。ひょっとしたら、ヘイルの詳しい説明を聞けるかもしれないが、関心のないものの蘊蓄には辟易とする。
「今日は楽しかったよ」
ジョリーは目を開けた。長い白昼夢を見ていた。白昼夢は好きだ。……
またしてもマドンナが遮る。
念じた。
あの哀れな女は、拷問の末に獅子用の餌針にくくりつけられ、雌獅子に首を噛み千切られる。
夢……
夢を見たい。
薄いカーテンが一枚引かれただけの窓からは、うららかな陽光が差し込んでいた。午前中の柔らかい光にさらされた二人の素肌が輪郭をぼかして白いシーツに溶け込む。
ふたりはベッドの上で肌を合わせて横たわり、口づけを繰り返していた。
「どうしてほしい?」バリトンの柔らかい声が聞いた。
「貴方の好きにしていいわよ」
した。
「これが頻繁にある生活を送るつもりなら、私は貴方と別居するから……先ずはベッドから」
怒った彼女はそう言うとベッドから下り、バスローブを羽織るとベッドの引き離しにとりかかった。
冗談だと気づいたのは、本気で受け止めた私と目があって吹き出し笑いをしたからだ。ああ、本気だと思っていた。まあ、ダブルベッドは引き離せないだろうと彼女とベッドを見守ってしまったわけだが。
「でも、半分は本気であったことは覚えておいてね」
「それと、今日はもう、しない」
それを示すように彼女はシャワーを浴びに行き、寝室には戻らなかった、様子を見に行けば彼女はテラスで一人きりで寛いでいた。
ラグに座って膝を抱え、外をじっと見ていた。
ヘイルも手早くシャワーを浴び、寝室に向かうと――テラスは無人だった――シーツは取り替え済みだったが彼女はいなかった。ヘイルの胸の奥に不安がぶり返した。会話のない夫婦。
ベッドの端に腰をおろす。
潜入任務に実りはありそうか、ないか、あれこれ考えを巡らした。
ウィッグを外した男のジョリー・バニスターが脇に座った。
「愉しかったな。これから忙しくなる」
「それで、貴方は__にウォッチするの?」
彼は説明した。
「行かないで」
「初めてじゃないわ。逸材を何人か潜入させたけど、現在も消息不明なのよ。連中は私たちがするように、__を徹底的に調べるわ。危険因子だとあちらが判断した者を採用するの。
問い屋の手口くらいは聞いているわよね?
貴方でも15分と拷問に耐えられない。そうやって相手の口を割らせて、誰が介入しているとわかれば、貴方ならどう動く? 私たちが知らない間に問い屋に脅された味方が、私たちを売り始めたら…、日が増すほどスパイは増える。そうしたら、貴方のことも、残念ながらすでに連中は把握している。あちらは貴方くらい利口なの。連中からしてみたら、謎はハニートラップ。貴方は勝手にかかってくれるだろうと思うわけ、ね」
「大切な人を失いたくない」
問い屋に鎖に繋げられ、血と情報をその他諸々垂れ流し死ぬ、か。ゾッとするな。
「私は連中と一戦交えたことがある。私たちは歩兵で…我が社の品を盗んだゲリラの逃走経路を残された手がかりから見出だす__のただの補助鑑識チームよ。だのにいきなり、手品みたいに何処からともなく連中が現れて、連中、生身の人間を、
赤と黒に染まって、粉々になって。
あれほど無残な光景は初めてだった。
ヘイルはただ、頷いて先を促した。
「私の頭は混乱していたと思うの。覚えていない。私は仲間の肉片を抱いていたようなの。治療する必要があると叫んでいたらしいわ。チームは…仲間は援護部隊がくるのを待てなかった。散り散りに逃げていった。…私は、彼女を…」
「その先は言わなくていい。」
「ゴールドカラーのヴァンツァーの前に少女が立っていた。プラチナブロンドの。あの色のない顔……気を失ったのか、死を賭した抵抗をして逃げたのか自分がどうしたかわからない…」
色のない顔…、少女
背後にいる人間は私が思っている以上に危険らしい。
ジョリーは頭をヘイルの胸に預けた。
「行かないで」
「行かない」
「良かった」
「さっきは何処に?」
「これ知ってる?」
「わからない。なにに使う道具だろう?」
「セックスした翌朝一番に妊娠したかどうか、すぐわかっちゃうやつ」
ヘイルは生唾を呑み込んだ。
「これを、探してた。バニスター社が開発中の試作品でね。ここに届けてもらったの、でもあまりの荷物の多さってね」
そうだな、結婚、か。
「なぁ、君が妊娠したら、この先イサベラとして過ごすつもりだろう?」
「ええ」
「サミュエルとイサベラの子にはなんて名前つければいいのかな? ハハ」
「女の子はズーイーがいいわ」
""生命""、""生きるもの""
ジョリーはベッドの上で寛いでいた。ヘイルはよく眠っている。静かに寝息をたてていて安らかだ。朝になろうとしている。
寝返りをうったところで彼が「ンン…ッ」とバリトンのセクシーな寝声をあげた。
自分の前に目に見えてどぎまぎする彼は何度でも見たい。
今日は彼とダンスをしよう。
ダンスに対する彼の知識はいかほどか?
鏡の前に女として立つと、男の上半身を見るたびにがっかりする。誇りでもあったが、女として完璧とは程遠い。そっか。やめた。
ショートパンツくらい履いているだろうが、ぶかぶかの__の下に隠れている。
ウィッグはつけてないし、ピンク色の口紅を塗っている。前髪を下ろしマッシュっぽくしていた。一部の前髪が長すぎて目許に垂れている。どこか気だるさを感じさせる__があり、ティーンエイジャー向けのロマンス映画から抜け出してきたみたいだ。
自分はといえばパリパリに糊の効いた__色のパンツを履いて、__ではないか。年齢の差を感じずにはいられなかった。
ああ、結果を知りたい、
ヘイルは彼女が__っている様子をうかがった。
彼女が__果物のボウルと朝食が乗ったトレーを運んきたので彼は「運ぶよ」と言い、食卓に並べた。彼女はフルーツやカラフルな野菜などを手際よく皿に盛った。その光景は彼に、仲むつまじい親子を連想させ、再び彼に年齢の差を感じさせた。あの垢抜けた雰囲気はどこにいったのだろう?
これは映える。カラフル
うむ。なんとも、可愛らしい。
果物を多めにアボカドなど野菜の盛り合わせ、サーモン、シナモンとピーチのクレープフルーツ。なんと女子力が高い朝食を私が…
気が進まないまま中年のヘイルはサーモンと野菜中心に食べた。
「新鮮な果物をひとつ摘まむ贅沢を自分に許すべし」
彼女は彼が果物にあまり手をつけなかったので、余った果実をパフェの具にして朝食の直後に食した。
彼女はたまにしかこちらに顔を向けないのは知っている。いま秘密のご馳走を食べている、と後ろ姿が主張している風に彼には見えた。そっぽを向いて。朝食にクレープを食べただろうに。私が果物を残すと、彼女が肥える。
ああ、焦らして、
彼は珈琲豆を轢き、__。ちょっとした嫌がらせ。珈琲を飲んだところで体重の減量には全く効果がない。(珈琲の薫りを嗅げば食欲が抑制されるかも)
彼女は奥の廊下に消えた。
「まったく、何を考えているのか解らない年頃の娘を持つ父親じゃないか」
放っておくことにした。ひょっとしたら意味のある行動だったかもしれないが。
ヘイルはシカゴで生れた。父親は高校のラテン語教師――おかげさまでローマ皇帝ウェスパシアヌに因んだミドルネームを授かることになった――母親は郊外のシアーズ百貨店の""小さなサイズ""コーナーの責任者だった。会話はないも同然の夫婦だった。一緒に過ごすこともなかった。無言の食事が済むと、父親は読書に没頭し、母はミシンを踏んだ。夫婦らしい団欒といえば、小さなテレビの前に並べた椅子にそれぞれ座って、笑えないコメディや犯人の解りきった刑事ドラマを眺めることだった。テレビは唯一のコミュニケーションの道具だった。番組の感想を述べ合うことを介して、面と向かっては言う勇気のない要求や怒りを相手に伝えていたのだ。
静けさ……
少年は生まれながらにして孤独だった。予定外にできた子供だったから、両親の接し方は他人行儀で無関心で、どこか戸惑ったような雰囲気がいつもつきまとっていた。どのくらいの間隔で水や肥料をやったらいいのかよくわからない植物でも育てているかのようだった。退屈で孤独な時間は蓄積して潰瘍のようになった。チャールズは自分の時間を何かで埋めずにはいられなかった。家を満たす耐え難い静けさにじわじわと絞め殺されていくような気がして怖かった。
だから、屋外で何時間も何時間も過ごした。山歩きをしたり、木に登ったりして。不思議なことに、外にいるときは一人のほうが身軽でよかった。四六時中面白そうなものが見つかった。次の丘に何かあるかもしれない。楓の木の枝をもうひとつ登ったら、なにか珍しいものが目に入るかもしれない。学校では生物研究クラブに入った。アウトワードバウンド(野外教育専門の国際機関)が主催する大自然体験コースにも何度も参加した。いつでも真っ先にロープの橋に足を踏み出し、崖から飛び降り、切り立った斜面をアプザイレン(懸垂降下)で下りた。
外に出られないときは、目につくすべての物品を整理整頓して時間を埋めるようになった。文房具や本や玩具を並べ直していれば、息苦しい時間もあっという間に過ぎる。そうしているときは孤独を感じなかった。退屈に苦しめられることも、沈黙を恐れることもなかった。
知ってたか、__。メティキュラス(几帳面)って言葉はおびえるという意味のラテン語メティキュロサスから来てるんだ。
正確でないもの、秩序立ってないものを目にすると、頭をかきむしりたくなる。平行でない路線とか、少しだけ曲がった自転車のタイヤのスポークとかいった些細な欠陥であってもだ。何かが予定通りに運ばないと、黒板を爪で引っ掻く音を聞いたときのように、神経が逆立った。
例えば両親の結婚だ。両親が離婚したあと、チャールズは父母のいずれとも二度と口をきかなかった。人生は整頓され完璧であるべきだ。そうでない場合は、秩序を乱す要素を完全に排除する自由を与えられてしかるべきだ。祈りを捧げる習慣はもともとないが――神とのコミュニケーションを通じて人生に秩序が戻ったり、目標が果たされたりしたという実証的証拠はひとつもない――もしそういう習慣があれば、チャールズは父母が死ぬことを祈っただろう。
ヘイルは二年間兵役に就いた。秩序に満ちた世界で、彼の才能は花開いた。幹部候補生学校でもひときわ目立つ生徒だった。将校に任じられると、教官たちのほうが、彼の得意な軍の歴史や戦略立案について教えてくれとやってきた。
満期が来て除隊したあとヨーロッパにわたり、一年間ひたすらハイキングや登山を楽しんだ。アメリカに帰国してからは投資銀行やベンチャーキャピタルに勤め、夜間学校で法律を学んだ。
暫く企業の顧問弁護士として働いた。ビジネスモデルの構築は誰よりも巧みだった。しかし、金は儲かったが、心の底の孤独感が消えることはなかった。異性との交際は避けた。臨機応変さが求められるうえ、相手が不合理な振る舞いばかりするからだ。恋愛への関心は薄れ、反対に計画や秩序といったものへの情熱はますます燃え盛った。真の人間関係の代わりに何かに執着する人びとの例に漏れず、ヘイルは自分を満足させてくれる刺激を探し求めるようになった。
そして六年前、ついに文句のつけようのない解決法を見つけた。初めて人を殺したのだ。
サンディエゴに住んでいたヘイルは、仕事上の友人の一人が重傷を負ったことを知った。酔っぱらい運転の車が友人の車に突っ込んできたらしい。その事故で友人の腰骨は粉砕され、両脚の骨も折れた――片脚は切断するしかないほどめちゃくちゃになった。飲酒運転をした若者は反省の色をいっさい見せず、自分は悪くないと主張し続けた。ついには相手のせいで事故が起きたのだとまで言い出した。若者は有罪判決を受けたものの、初犯ということもあって、軽い刑ですんだ。そしてヘイルの友人を脅して金をむしり取りはじめた。
もう黙ってはいられない――ヘイルはそう考えた。若造を震え上がらせて友人を脅迫するのをやめさせようと、手の込んだ計画を立てた。しかし計画を眺めていると、どうにも落ち着かない気持ちになった。どこか欠陥があるような気がしてならない。計画は、ヘイルが求める秩序を備えていなかった。やがてその理由に思い当たった。酔っぱらい運転をした若者は、おびえはするだろうが、死なない。もし若者が死ねば、計画は完璧な秩序を与えられる。そして計画通り運べば、ヘイルや重傷を負った友人が疑われることはないだろう。
しかし、本当にこの手で人を殺すことなどできるのか。あまりにも荒唐無稽な考えと思えた。
十月のある雨降りの夜、彼は心を決めた。殺人は完璧に行われた。警察は若者は、家庭内で起きた不幸な感電事故で死亡したと断定した。
きっと自責の念に駆られるだろう、そう思っていた。ところが罪の意識はどこからも生まれてこなかった。代わりに歓喜だけが訪れた。計画は一分の隙もなく実行された。その喜びに圧倒されて、人を殺したという事実は意味さえ持たなかった。
依存症にかかった男は、薬無しでは生きられない。w253p
それからほどなく、ヘイルはメキシコシティでジョイントベンチャー――上流階級向けの住宅地開発計画――に関わった。しかしある汚職政治家があの手この手を使って着工の邪魔をしたため、計画そのものが頓挫しかけていた。メキシコ側の窓口を務めている人物によれば、その卑劣な政治家は過去にも似たようなことをして私腹を肥やしたという。
「そいつさえ消えてくれればな」ヘイルは冗談で言った。
「まず無理だろう」メキシコ人はそう応じた。「不死身も同然だからね」
ヘイルは興味をそそられた。「不死身?どうして?」
その賄賂まみれの有力政治家はセキュリティおたくだからだ。移動はいつもキャデラックに特注した防弾仕様の大型SUVでと決まっているし、銃を携帯したボディガードに二十四時間守られている。警備会社は自宅や事務所や会合場所を移動するルートを毎回変更している。家族は複数ある家を不定期に転々としており、友人の家や借家など、他人の家に滞在していることもある。更に、幼い息子を連れている場合が多い。子どもを盾代わりにしていると噂が流れるほどだ。加えて、連邦内務省の高官という後ろ盾もある。
「不死身か」チャールズは囁くような声で言った。そしてうなずいた。
この会話が交わされた夜からまもなく、十月二十三日付の『エル・ヘラルド』紙に、一見何の繋がりもない記事が五つ掲載された。
警備会社メキシカーナセグリダードプリバドでぼや騒ぎ。一時は会社員全員が避難した。負傷者はなく、最小限にとどまった。
ある携帯電話会社のメインコンピューターがハッキングされてシャットダウン。メキシコシティの一部と南側の住宅地一帯で、二時間にわたって通話不可能になった。
メキシコシティの南、チャルコ近くの高速一六〇号線でトラック炎上、北行きの車線が一時通行止めになった。
メキシコシティ商業用不動産開発認可検討委員会の会長ヘンリーポルフィリオが運転するSUVが、車一台分の幅しかない橋を通行中、橋が崩壊した。SUVは十二メートル下に駐車してあったプロパンガス運搬トラックを直撃、爆発。ポルフィリオは死亡した。事故発生時、高速道路には交通整備要員が出て、少し先で起きている大渋滞を避けるべく、通行中の車を脇道へ誘導していた。他の車は問題なく橋を通過したが、古い骨組みは、防弾のための鉄板が張られていたSUVの重量を支えきれなかった。橋の手前に掲げられた案内板によれば、橋はSUVの重みに耐えられることになっていた。ポルフィリオの警備責任者は先で渋滞が起きていることを知り、電話をかくてより安全なルートを知らせようとしたものの、会長の携帯電話は不通だった。橋から落ちた車はその一台だけだった。
ポルフィリオの息子は、この日はたまたま
SUVに乗っておらず、命拾いした。前日に軽い食中毒を起こし、母親と一緒に自宅で静養していた。
メキシコ連邦生府内務省高官エラスモサレーノが逮捕された。サレーノが
所有する別荘に大量の武器とコカインがあるという通報を受けて警察が捜索した結果、通報通りのものが発見されたからだ(興味深いことに、『ロサンゼルスタイムズ』の契約カメラマンを含むジャーナリストにも同じ情報が事前に流されていた)。
一月後、ヘイルが関わった不動産開発プロジェクトは着工にこぎつけ、ヘイルはメキシコ側の投資会社から米ドルにして五十万ドルのボーナスを受け取った。
ボーナスは嬉しかった。だが、それ以上に嬉しかったのが、メキシコ人ビジネスマンを介したコネができたことだった。少し待てば、似たようなサービスを求めているアメリカ人を紹介してくれるに違いない。
という訳で、本業のプロジェクトの合間を見計らって、年に数度はそういった仕事を引き受けるようになった。ほとんどは殺人だ。他に金融詐欺や保険金詐欺、リスクの高い窃盗などの依頼もあった。クライアントの選り好みはしなかった。動機も気にしない。彼には関係のないことだからだ。クライアントが犯罪行為を依頼する理由にはまるで興味を感じなかった。
家庭内暴力で妻を苦しめていた夫をこれまでに二人殺した。子どもを食い物にする生犯罪者を殺した翌週に、慈善福祉団体ユナイテッドウェイに多額の寄付をしている女性実業家を殺したこともある。
チャールズヴェスパシアンヘイルの善と悪という言葉の定義は、他の人びとのそれとは違っていた。善は心理的刺激。悪は退屈。善は優美な計画とその完璧な実行。悪は隙だらけの計画あるいは不注意に実行された計画。
あまりの時間が経っても姿をみせないので捜しに行けば、庭で(__ではなかったか?)のんびりしていた。よく観察すれば、土を弄っていた。チューリップの球根でも植えたのだろうか?スウィートアッサムを軽く撫でた後、ペチュニアの花がらを取り除き、軽く剪定をした。白いクレマチス枝の誘引。青い薔薇の新芽を摘み、果ては雑草や枯れ葉の処理。ここの庭師はのんびりしているらしい。
__人いるガードのうち何人かは彼女の目を盗み、その様子を盗み見た。
一生懸命に花の世話をしてヘイルの姿に気づいていない。余りに長い間男として生きてきたせいか、女らしいことをしたいのか。邪魔はしない。が、退屈だ。さて、なにかして悪を潰さなくてはなった。ヘイルは街へ出掛けた。
花瓶に挿そうと青い薔薇を切っているときに太ったガードが近づき、声をかけてきた。どうでもい…いや、どうでもよくない。彼女は思わず二度見した。「ヘイル、私も行く」彼は、はにかんで頬を赤らめた。
彼は口の中から詰め物を取り出しカゴに棄てた。__も外しガードにわたした。
花が好きなのか、と聞くと彼女は花は昔から好きだった。母親が唯一トーマから許された趣味で、窓辺には季節の色んな花を飾っていた。
その代わり花の手入れが行き届いていないときはトーマからみっちりと説教を聞かされる。でも私は花には触れなかった。トーマにとって私は""息子""だから。
酷い話だ
「だからアルフレッド邸の庭が好き。ナチュラルガーデンで、側に寄っても叱りにくる人はいないし、一年中花が咲いてる。私、薔薇とクレマチスのオリジナルを持ってるの。その苗をあちこちの邸宅に持ち込んで植えたのよ。貴方も、見たわね」
青薔薇。
そうか、__
「命名したのかな?」
「数多の名前の薔薇よ」気分次第で名前がころころ変わる青薔薇か、まったく、なんとも可愛らしい。
「だから名前をつけないんだね?」
「えぇ」
彼には予定があったろうに、ふたりはジョルジュ・フランソワにいた。
彼女はチューリップの球根とオダマギの種が入った紙袋を手に持っていた。
帰るの?
どこに行こうとしていたの?
………
ヘイルは答えなかった。
そっかあ、
イサベラ……私は、あの垢抜けたジョリー・バニスターを愛している。君ではないかもしれないよ……。などと言ったら、彼女は失望するだろうな。
「サミュエル? どうやら、お互い別々の道を行くときね」「私は帰るわ。部屋で待ってる」
その言葉はどことなく胸を刺した。彼女は独りで家路についた。
後ろ姿を見まもりつつ、彼は眉を潜めた。いま、明らかに彼女は傷ついた。心を読んだわけではあるまいに。
今朝、彼女の姿を見てティーンエイジャーだと思った。私は困惑し、落胆し、失望してさえもいた。彼女は、女に生まれながら男として過酷な世界に生きてきた。いま、女としてやり直すチャンスがある。年齢相応の彼女の気持ちと態度…私に受け入れられるか、試された。
どちらかといえば私は洗練されたジョリー・バニスターを愛している。子供を愛せるか?ベッドで?無理だ。
不安が心に墨汁のような染みをひろげていく。
自分にどれほど相応しい女か、自分が一番彼女に相応しい男なのだと悦に入っていたことは認めよう。
白い本に気づかないばかりに、何度もフラれたときには腹を立てた。
彼女の子供がえりにも嫌気が差した。
つまるところ、私はそういう人間なのだ。
彼女は私に皮肉を言って去った。私に……。
かなり長い時間をかけて悩んだ。
""お互い別々の道を行くときね""
だから、だから
こうなると解りきっていたことだろうに。過ちを繰り返してどうする。
亭主から一本の赤い薔薇を買った。
部屋に戻ったときには、どういうわけか彼女は居なかった。どこにもいなかった。
ガードが側に来てこう告げた。
ジョリー様は__の方に帰られました。
思いがけず涙が溢れた自分を疑った。一歩後ずさり、きびすを返して個室で、泣いた。声を漏らさぬように手の甲を噛んだ。
泣き腫らした頃、やっと屋敷を出た。
だが想像は魂に傷を残すだけだろう。
イサベラが子供だと言う人もいるけど、私はイサベラは素敵だと思う。彼女は自分に正直だった。だって彼女は、真実を偽らない。
長い白昼夢が途切れた。最近はこの町歩きに一日を費やしている。物語は毎回異なる。フランスが__。
彼から遠く遠く離れた孤島ハフマン島に逃げてきた。ふたりで街を歩いて……。ヘイルと……過去と。
""陸に揚がったらと言ったかな?……人魚の歌に呪われた水夫みたいに溺れたるわけじゃない。君と一緒に歩きたいんだ""
""愛している""
過去……私は過去とデートしている。
またしても涙が転がった。シーツは濡れていた。
シーツを見つめる。まだ、かけたピースがある。結婚してないし、彼の赤ん坊も育てたい。
シーツに横になる。だが、ぼうっとした時間が流れただけだった。お腹が鳴る。
朝からなにも食べていなかった。ここのところ果実と水しか口にしていない。
いい加減やめなくては。
目を閉じた。まだ赤ちゃんを産んでない
チャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルが傍に立っていた。
かける言葉を失っている彼女の腕に金髪とゴールドで編んだブレスレット付きの恐ろしくブレゲNo____にしか見えない、彼のオリジナルがつけられた。もちろん、ヒゲゼンマイ以外は。
「イザベラの髪とゴールドで編んだ。」
「ふた月かかった」
「ある人物から情報を買った。屋敷を出るとき男は目を泣き腫らしていた。貴方が? 私は泣かなかったのに」挑発
この役者…
「思いがけず。…」次の言葉を呑み込んだ。
「ここへは……」
ヘイルは片膝を床につけた。ブレゲの方の腕をとり、接吻をした。
「私は、実りのない告白ばかりをして君の目には見苦しく見えるだろう」
「聞き苦しさも、承知のうえで…」
「そのようだ。ね、ジョリー・バニスターに告白してくれ、今回のイサベラは戸籍上にのみ存在する女だ」
「私の名前はジョリー・バニスター」
「これを、君に」一輪の黒薔薇。
彼女は蕩けそうな眼でヘイルを見つめただけだったが、__。
「結婚式ではダミーを使う。パパが__から式は派手になる。世界中から客が__。貴方と私は仮面をつけて客として参加する」
「本当のパーティーは家族だけで開くんだ」ジョリーの口元が綻び、魅力的な微笑みが顔にうかぶ。
心が暖まる。
ヘイルは彼のお腹を触った。「少しふっくらしてきたかな」
「8週間目だな…つわりが、ひどい」
「4週目からはじまって、ふぅん、」
「結婚する前から別居か、このざまだ」
ヘイルは歯を噛み締めた。
私に釣り合う女になるために、ここまで自分を偽って…。私は何様だ。
私も見切りをつけ、アルフレッド邸宅に帰った。
彼女から聞き及んだのだろう、アルフレッドに話をしたいと呼び出され、私達は話し合った。
彼は私と彼女をどうしても結ばせたいようだ。
私はNo.___の作成に取りかかった。婚約指輪などジョリー・バニスターに相応しくないと思う。
ある日、彼から「おめでとう」と__された。
(意味深な乾杯)
ナイトクラブの話はチャールズから聞いていた。週に二回のボイストレーニングとバレエをキャンセルした。それで妊娠を確信した。
「信じた?」
「騙されたよ。君は、優秀な役者のようだね」
「どこまでが真実だった?わからない」
「信じた?かわいい女の子、花、あれも作り話だよ」
「それもきっと、嘘だろうね」
ジョリーはヘイルの唇に噛りついた。歯が肉に食い込み、血の味がする。また噛む。噛まれたとき、肉が喰い千切られた感覚があったような。伏せていたゴールドが散りばめられた琥珀の眼をヘイルにギロッと睨めつけた。
これが、ジョリー・バニスター。
激しい口づけだった。お互いの体をまさぐりながら。
歯形が残ることを考えた、焼印のようなものだろうが、暫くはアルフレッド一族に後ろ指を指されるだろう。
アルフレッドから呼び出し。彼女から連絡が途絶えたという。送り込んだ人間は酷い怪我をして帰ってきた。聞いてやれば、腹を刺された上に手の甲を撃ち抜かれたそうだ。君なら怒り猛る獅子をなだられるかもしれない。怪我をするかもしれない。
ジョリー・バニスターはハフマン島にいる。横になっているだけだ。ただひたすら横になっている。ここ数日ずうっと。ハフマン島フリーダム街に立つ____。
チャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルは暖炉の前で自作したクォーツ時計を眺めていた。
恋の炎は激しくよく燃えるが、私を暖める類の焔ではなかった。冷酷に人をいたぶり突き離し死をもたらす破壊の焔だった。
今朝、一本の黒薔薇を匿名で贈った。薔薇は受け取られず。彼女はシーツの海に沈んだまま動かない。
棺は、ひとつ。掘る穴は、ひとつ。
そっと近づいた。ジョリフィーユは目を閉じていたが起きている。
「月……」ヘイルは上掛けシーツを掛けながら囁いた。
上掛けシーツを顔に引き寄せた。
泣き腫らした目だったが、潤んだ目と彼女の涙はそれはそれで魅力的だった。
「だから言ったのに……」バリトンの催眠効果のある声だった。黒薔薇をそっと枕元に置いた。
ジョリフィーユは声にならない声をだした。
「」
彼女は少しふらふらしていた。何日か絶食が続いているのかもしれない。涙は血だ。血液不足しているのかもしれない。腕を添えてソファーまで歩かせて座らせた。
ふいにヘイルが小さく笑った。
「あんたの頭ったら干し草の山にそっくりじゃないか」ジョリーの頬に涙をひいた。彼は口をつぐんだ。
「怒らせると、あんた、恐いな」眉間にシワを寄せた。掠れた声で言った。
「雌獅子にあたえた。骨と皮しかない餌にも関わらず彼女はよく食べてくれた」無理な笑顔
首輪を持ってきた。ヘイルの首に着けた。
「ペットを飼うには、まだ少しはやいんだけど」鎖を首輪に繋げる。軽く引っ張る。それでもヘイルの体は__に__。
「悲しいかな、貴方は獅子じゃない。獅子に噛まれたくない」
「貴方は、獅子に噛み砕かれた頭蓋骨を見たことある?」「彼らは先ず人の頭とか頸を狙う。頭蓋骨の噛み砕かれる音なんて、あなた聞きたくないでしょう」
視線が絡みあう。彼女の目、嫌な予感がした。
拷問がはじまろうとしている。彼の直感がそう告げた。
ジョリーはヘイルに半ば強引に唇を重ねた。彼の体をソファーの__に押しつける。相手は激痛に抵抗した。
ヘイルは唇が噛み千切られたような気がした。
血が溢れた。ふたりの口に血の味がひろがる。
口を押さえる。激痛。彼女の顔に床に__飛沫が走っている。
「噛むなんて……、ここへは病める雌獅子の見舞いにきたんだぞ……!」
「縫ってあげる」優しく丁寧に扱い縫う。彼女はここでも眉間に皺を寄せている。顔色が悪くいくぶんやつれてはいたが、それでも美しさが損なわれず、たっぷりの魅力があった。彼女の顔は乾いた血で汚れたままだ。
任務、病気の獅子の看病
彼をずっと眺めていたジョリーは、首輪を撫でた。そっと外して自分の首にはめた。鍵までかけてヘイルにわたした。
ヘイルは鎖を撫でた。病める獅子という表現に救われたらしい。
「どこがおかしいか視てくれない?ドクター」
先ず、顔を拭ってやった。
ジョリフィーユは絵になるからという理由で聴診器を彼の首にやった。
「食事をとってるか?」
ジョリフィーユは肩をすくめた。
「いいえ」
「今日の食事は」
「今日はなにも口にしていない」
「昨日も?」
「果実と水しか口にしていない」
「けれど、今朝は__を食べたし、__も作ったんだ」
「というのも、ここ最近の私ってフィクションの世界にどっぷりはまっていたから。フィクション世界の住人と現実の街を歩いていたんだ」
ヘイルの心に鋭い痛みが走る。
""異性との交際を避けていたあんたが、こんな棒切れと街を歩くとは思わなかった""張り手の視線。あのときの彼女の表情がそう言っていた。
「それも何度も」涙が止まらない。
「あんたと街を歩きたかった。そうしたかったけど、できなかったんだ」
ジョリフィーユは立ち上がった。鎖を引きずったまま、個室に消えた。シャワーの音が聞こえる。床の血を拭っておいた。
ヘイルはあまりフィクションを読まず、中世を含めた歴史物を好む。
遅い。
彼女は湯船に浸かっていた。
バスタブに腰をおろす。薔薇の花の香りがした。
「とあるアクション映画のある場面で、主人公は自分の恋人が入浴中だと知らずに部屋に訪れるんだ。彼はシャワールームに土足で侵入し、なにを思ったのか彼女が浸かっている湯船に靴をはいたまま入った。もしあんたの気がどうかして同じことをやろうものなら、赦さない」
「ぞっとする名シーン」
「だな」
酷い傷を負わされたにも関わらず、優しい目を彼女にむけた。ジョリフィーユはその目を見つめた。唇を重ねるように。
パーティーの席で彼にフラれたことは記憶に新しい。場面が甦る。喉が渇いている。だけど私が飲みたいワインにかぎってシーズンオフ。目を合わせたところで、キスをしたところで、瓶から滴る一滴にすぎず、その銘柄は事切れている。
ジョリフィーユの目の焦点が合ってない。
「首輪を…外そう」身を乗りだす
「やめて、このままでいる」鎖を握らせた。
どこかの絵画の幻想世界の住民のような雰囲気がある。
私を、待っていた。カタがつき付き合える日を待っていた。
「フィクション世界の住人とリアルの街を歩いていた、か……なあ、聞かせてくれるかな?ぜひ私も一緒に歩いてみたいと思ってね。」自分が赤面するのがわかる。
「フランス、パリ。__教会」小説の朗読のようだった。
ブレゲの博物館のくだりに興奮する。
雑学。
ふたりは日が暮れても街を歩いていた。ヨーロッパの雑学。
ヘイルが一言「楽しかったな」と言った。
ふたりは腕を組んだだろうか。それを言えば私はいただろうか?
いまさら、なにを言いだすのだろう?この人は父に言われて病める獅子を見にきただけなのに。まだ、この人にときめくなんて。
「ジョリー、ずっとあんたに秘密にしてたおいたことがひとつあるんだが、聞きたいかい?」
「__ったときから、あんたのことはジョリフィーユと呼んでる」
「""私の可愛い女の子""ってね」ジョリフィーユの表情が輝いた。希望。
チャールズやリアムの__は正しいようだ。
「嬉しい…!」
「私は十九歳。いままで女の子扱いしてくれた男はリアムとあのCMだけ。ときどき自分の気持ちと体のちぐはぐさに気づいて愕然とするの。」
「可愛い女の子って__に接してもらえるのって嬉しいよ」
「キスさせて」
ヘイルの引き締まった体に抱きついた。バスタブの縁に腰掛けているヘイルを湯船の中に落とした。ジョリフィーユはけらけら笑った。
後ろから抱きつき、脚で彼を挟んだ状態のまま笑った。
土足ではないが。
スラックスも、ジャケットも、スウェットシャツも台無しだ。
きつく抱きしめ彼の頚に口づけを落とした。
ヘイルは彼女の脚を愛撫した。
「貴方の心は落とせないんでしょ?」魅惑的な囁き。
ジョリフィーユはパフォーマーだな。
ヘイルを離した。彼は向きなおり、バスタブの端にじりじり後退するジョリフィーユの裸を眺める。彼はどうするのだろう? わざとものを水中に落とし、どうなるのか観察する子供みたいに。
彼はくすりと小さく笑った。
水のなかに落ちたのはいつぶりだろう?と過去の話を語りだした。そう切りだすことは彼らしかった。そうしながら、彼女に近づいて、覆い被さるように__狐にも狼にもならず。冬の湖に落ちた__仔ギツネを救出したときの話を聞かせながら首輪を外した。
額に口づけを落とした。額?彼女の顔に不安の表情が貼り付く。
ヘイルが湯船からあがった。後ろ姿を眺めた。彼女は__を羽織りカウチに座り__に水滴を吸わせた。
ヘイルは服を脱ぎ、適当なガウンを羽織り、几帳面に__してから服を洗濯機にいれた。そうしてからようやくカウチに行った。
ジョリーの脇に座る。
どの家具、家電製品も新品の逸品ものだった。彼女がハフマン島に定住することを意味していた。
そこで三か国のプロジェクトを思いだした。
チャールズが__だったこては知ってるね。
今度からダンサーだ。ナイトクラブを経営する話はチャールズからは聞いてない?
リアムから聞いたよ。
リアム。
私とチャールズ以外の仲間に、あんたは会ったことあったかな?他の仲間がこの島に集まる。
敵の皆さまはヴァンツァーで行動する。
数年後には舞台が整うよ。
Z社はなにを盗んだ?
貴方には話したことがあるね。スーパーコンピューター。ただのコンピューターじゃないんだよ。彼は自分で考える。ものを教えて、危険を知らせてくれる。
貴方はブレイン技術を盗まれたかと思った?
連中の狙ったのは彼のAI。
どんなことが起こると思う?コンピューターに支配された世界。ブレインを持つヴァンツァーは、半生物にもなり得る。
機械時計の技術を二世紀早めたブレゲのように彼はその手の技術を二世紀早めても不思議ではない。
貴方は、こんな記事を信じてる。
AIが人類を越える日はこない。なぜならAIは作文が書けない。と。
もし彼が稼働したら人類は後悔するでしょう。大災害のように地上に突如現れて誰の手にもおえなくなるのだから。
人類が監視されて、敵がその力をシェアしたら、カメラを通して、
もちろん、対策はとってあるの。いろんな方面から、囲むようにね。
彼の影響を受けない防犯カメラとシステムを開発。人間を監視しない防犯カメラ。民間企業に向けてね。ウィルス。
私はZ社は、わざと三か国の陰謀を見届けると思うの。そうして、坂田が有頂天になってる頃に、例の部隊を派遣し、告発し、崩壊させる。
私たちは、そのタイミングを見計らって製品を売り、坂田を買収してやる。
私は陽動の任務についてるわけだ。コンプリケーション〈複雑機構〉
そう。貴方の前の人間は呆気なく捕まった。
乾燥が終了を知らせる音を発した。
アイロンがけが必要でない仕上がりに関係なく、スラックスにアイロンをかけた。
スラックスをはき袖に腕を通した。一連の動作を果実を噛りながら見ていた。
籠には果実がごろごろしている。
ヘイルの考え。
なあ、Z企業は獅子かもしれないよ。アルフレッドは人材を騙し部隊を能え、使命を能えた。自社のAIを盗ませ、Z社に売った。元々獅子の会社だから返還したと言うべきだね。ハフマン島で起こるべく戦争に備えている。
私は裏で準備をしつつ、表ではZ社を嗅ぎ回る狐を演じる。
後は君が言った通りの展開になるだろうけど、AIのくだりはまだなんとも言えないな。
ジョリーが狐につままれた顔でヘイルを見た。
「でも、あいつらは撃ってきた。ああ、あいつらは、私の部下を__で滅茶苦茶にしたんだぞ?」
「君が疑わぬように、ね」
彼女の顔が曇った。
なあ、歩かないか?
外を歩こうと身振りで誘った。
ジョリーは困惑顔を浮かべ、ガウンを脱ぎ、壁にかけた。
「頼む。なにか着てくれ」
「さわってくれてもいいよ」曇ったまま。
シンプルな出で立ち。
彼女の顔は暗い。
軽いランチをとった――ヘイルは珈琲を注文したがたいして口にしなかった――、喫茶店で流していた古い映画を観ていた。
ジョリー・バニスターはスターより目を引くらしい。ビジネスマンから握手を求められ撮影に応じた。場合によってはサインすら、退屈なビジネスの話を持ちかけてくる。ジョリーの断りかたは巧みだった。ビジネスの話こそヘイルを退屈させたが彼女の綺麗な断りにうっとりと聞き入っていた。
時間を削がれたジョリフィーユは手を拭いたが、結局__には手をつけずくずかごへ捨てた。というわけで喫茶店でのランチは大失敗に終わった。
きら星のごとく煌々と輝くブティックの数々
ジョリフィーユを刺激するものはなんだろう?
__ナイトクラブ建築中。
メール河。
貴方に疑ってみるべきだと言われたとき。
ふたりの会話は途切れずヨーロッパの山々やカルフォルニアの自然、世界遺産に住む窮屈さ。
スポーツ。崖下り。ヨット。
いつか犬ぞりレースに参加したいとジョリーは言った。
肉を買い部屋に戻る。テラスに出る。ふたりはバーベキューをした。それからチェアに座り夕陽に染まる街を眺めていた。夕陽を浴びたジョリフィーユは美しかった。
「子供が欲しいと思ったことはない?」彼女の唐突な質問だった。
「――……ないと言えば嘘だよ」
「私たちに……その、可能性はあるか?」ヘイル
「ある」ジョリーはグラスを口元から離して言った。「この夢をずっと見てきたんだ。今度は叶う気がする。ヘイル」
「そうか……そいつは嬉しいな」ヘイルは手に持ったスコッチの入ったグラスを傾けちびり飲んでから言った。喜びを噛みしめる。
「私のジョリフィーユ、さあ、おいで」ふらっとジョリフィーユが側に来て唇を寄せた。頬に。
グラスをテーブルに置き、膝に彼女を乗せ、シャツの裾から手を入れ肌を触った。首筋に口づけ。
ルーフテラスで
黄昏一色に染まるなかふたりは踊った。
⚠️一旦現代に戻すこと!
【現代】
「そんなにですか?」モスマは子供を育てない両親に嫌気を募らせていた。どんな研究をしているんだ?
モスマは嫌気がさして、預かった子どもたちと海外へ逃げた。ヘンリーから。ニューコンチネント、カリフォルニア州のディズニーリゾートへ旅行をした。長い逃亡生活だった。
全身に朝日を浴びて、口にボールを咥えたオーストラリアン・シェパードが戻ってきた。耳をピンと立てた利発そうな顔だ。
ブルーマールといわれる黒い斑点とグレーとレッドの配色はとてもバラエティに富んでいる。ウェーブのかかったふさふさな被毛が首まわりをおおっている。
ズーイーの足元にボールを落とすと犬は凛とした顔をあげ飼い主を見、次の指示を待った。
「グッボーイ」チャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルはボールを拾って投げた。ボールは綺麗な__を描き地面に__落ちた。
レーンが駆け出しボールをぽんぽん追いかけると、陽射しが弾けて__がきらきら光った。
レーンのほうは前肢でボールを蹴飛ばしてしまい、ボールと少しの競走をし、先にまわって口に咥えて、駆け足で戻る。犬がボールを落とした。
小さな彼女の足に転がり着いた。小さなズーイーが笑った。ボールを拾って籠の中へ入れた。
篭から蜂の巣を連想したようだ。妻は私のことを蜂と呼ぶ。名前から連想したのだろう。チャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルのベスパはイタリアでは蜂という意味だから。そうだ、蜜蜂を飼ってハチミツを獲るのはどうだろう。焼きたてのパンに塗って――
ヘイルは後ろを振り返り__の椅子に腰かけている妻を見た。彼女は新しい命とうたた寝をしている。喜びが全身を駆けめぐった。
手編みのつば広帽子に、春の明るい水色のコートと花柄スカート。インナーは透けるブラウスだ。__。
私には娘がいる。
歩きはじめたばかり。
ズーイーとシェール。どちらも女の子だ。
シェールは自分に似るだろうか。ズーイーは彼女にほとんど持っていかれたといってもいいほど自分に似ていない。髪色と目の色だけは遺伝した。
蜂が一家をカシミールに導いた。
__には困難も多かった。こうして真の人間関係を築いたヘイルだが、いつでも全体を見ていた。一族が持つ__的財産――企業を含む――、ビジネス、__部隊の動きを把握していた。アルフレッドは彼に絶大な信頼を寄せ、彼のビジネスの相談役を勤めることもあった。
子育てという__ができた。彼はしょっちゅう古い仕事仲間とも連絡をとっているが、彼女とならうまくいくと思っている。
レーンがズーイーの匂いを嗅いでいる。パウダーの匂いでも気になるのだろうか。犬は(嗅覚の雑学)
ズーイーを抱き上げて眠れる美女の隣に腰かけた。顔を小さな顔からあげるとカシミールの壮大な山々が聳え立っていた。
だが、完璧ではない。
(私の妻、イザベラは私を夫と呼べない。私も彼女を世間の前では妻と呼べない)
****
ハフマン島
フリーダム
(音楽活動開始。チャールズ・バニスター視点)
あたりに香水の花の香りが漂った。双子は似ているところが多いのに、不思議とケヴィンだけがいわゆるセクシーで、シャーリーのほうだけがとびきり可愛い顔をしていた。どちらもロシア美人であるがとても日本受けするアニメ顔を首に乗っけている。
ボイストレーニングを積む。双子の容姿と同じく稀代の声だ。きっとアイドルになるために生まれてきたのだろう。
(ケヴィンの前に秘密はない。ジョリーのことを詮索する)
シャーリーの頭がこくりと動いた。彼は人の悪口を言うとき言葉がもつれる。
チャールズ・バニスターは(過去に__)
看板男ゲーオ・ゲオルグは彼女の__整い次第カシミールへ向かう。
いまは双子のダンスレッスンをしている。
ジョック・ピーズグッドはラピュタンでスタッフと機材相手に奮闘中。
マルコ、カミラ
トラヴィスも準備中。知り合いのソングライターと連絡
ブレイクは部屋
チェイスは双眼鏡をおろした。(ハットアンドケープの癖を見せる。)
チャールズ・バニスターは害はない。あれほど危険視されていたチャールズ・ヘイルも同様だ。彼は子育てに専念している。第二児の出産待ちだそうだ。女もね(女だとは驚いた。だが納得もした。あれほどの__な容貌の男などフィクションでも存在してはいけないかのように)
舞台が整うまでは幕を開けない。
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オムツのなかも見た。
ズーイーがどうしても泣き止まない。妻が目を覚ました。
ボディマッド__を施している体ではあるが、問題なく授乳できた。
授乳――__拒否を含む――を困難とする場合、多くは授乳者の偏食や精神的に関わりがある。ジョリフィーユは世界的な問題を抱えている割には安定している。
おや、違うようだ。まさか、ズーイーは、私の臆病な性格を引き継いでしまっただろうか?
妻が顔を優しい手つきで掻いた。ヘイルもズーイーをそっと掻いた。
泣き止んだ。夫に目を合わせる。年を重ね一層色気が増し――といってもまだ二十一歳だ――美しくなったジョリフィーユ。
お腹を触った。口づけを落とす。
医者をゲストハウスに滞在させている。
臨月にはいっている。
(子育てに不安を見せる)
死を招く蜂。
(結婚前)
一族は国際警察の犬たちの手綱を引こうとした。ヘイルは断った。彼は殺しのビジネスを続けていた。天才犯罪プランナーは__。疑われぬように粗を見せた。__は偶然の事故によって命を落とした。(単独事故)後続車輌トラックに跳ねられた。心臓破裂だったという。
__はイタリアでヘイルの代わりに動いてくれた。街の事情に通じていて、_の
犯人役をかってでたのは__だ。__は__爆弾を届けた。もちろんコンプリケーション。本物は__のなかだ。五分後、起動した爆弾はオフィスを吹き飛ばした。
イタリア警察は大勢の犠牲をだした。
データは改竄された。(スーパーコンピューターAI〈__〉を噛ませた。)
もう一度お腹にキス。
それから二週間後彼女はカシミールの自宅で二女を出産した。チャールズ・ヘイルが赤子を清潔なタオルで綺麗に拭き取っていると、彼女が「貴方にそっくりね」と言った。私たちは身体を寄せあい、新しいタオルケットに包まれた赤子を見つめた。確かに、髪色や目の色はヘイルの遺伝子を引き継いでいた。彼はその場でシェールと名づけた。
「男の子が欲しいのね。貴方」
――欲しい。
「僕のなかでは、君はずっと前からシェールだったんだよ」
イザベラが微笑んだ。
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こうして求めたなかに役立つものはなかったけれど、ヘイルが真の関係をもったひとりの人物について、
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【現在】
ハフマン島
シャーリー・オオトモは__、ミリタリーアニメ『ニッキー』のオープニングソング『__』を流して。
シャーリーは子供が大好きだが『ニッキー』が始まると__、特等席についた。
テレビ画面は__を映していた。
誇らしげに熱心に視ていた。
アメリカンコミック『ニッキー』を原作としたアニメシリーズに登場する分離変形するオートバイ。双子の夢見る蝶〈バーブチカ・メチトゥ〉や赤毛の男女が搭乗する〈デススカルスコルピオン〉の前輪部分には80mmブラスト砲、マシンガン、ワイヤー付きロケットアンカー等を装備している。 車軸ごと回転して真横へスライド走行することもできる。
10mm
20mm×102mm vulcan
50
5
5.56
14.5×114mm russian
20×110 hispano
バット・ポットを宙に飛ばすバイクはチャールズ・バニスターが搭乗する〈ジャンピング・スパイダー〉といって__は最大の特徴はエアロオートバイ
青スズメバチ〈ベスパ・ブル〉は――シャーリーはチャールズ・ヘイルを見た。
__の部屋で『アイスクリームショップ』ごっこに興じている自分の娘たち。
まもなく六歳になるズーイーと四歳のシェールに__で三歳をむかえたルーツ・ルーパート三姉弟。
長女は__を__店員を演じ、次女はぬいぐるみのお客さんを動かす__忙しい。
男の子のルーツは双子から贈られたおもちゃ『野いちごスウィートカフェリボン』『アイスクリームカート』を触っている。
お客さんは常連客の――まるでパパはついていけそうにない『ポケモン』のぬいぐるみたち――ピカチュウ、イーブイ、ニンフィアたちがアイス屋さんのカウンターを囲んでいた――そのうちのひとつ黄色いリスはちょこんと探偵帽を頭にのせている。探偵だろ?
ズーイーはこちらに顔を向けない。心の傷は癒えない。モスマは入院中だ。
たまに顔を向け関心が自分に向けられていたことを悟ると娘は恥ずかしそうにする。臆病。性格のほうで自分に似てしまったようだ。シェールは獅子のように堂々としていてバニスターらしい。
アニメを観たり、絵本を読んだり、ぬいぐるみで遊んだ。娘の口や手が悪さをすれば叱った。しかし、見ていると不合理な点は一切見受けられなかった。
例えば、四歳の子供がミルクのたっぷり入ったマグカップを溢したとする。もちろん親を困らせようとわざと溢したわけではない。四歳の手にはミルクがたっぷり入ったマグカップはまだ重い。事実に気づく親もいれば、罪を子供に擦りつける親もいる。その場合、子供にとってはなんとも不合理な怒りを受けることになる。こういう間違いを積み重ねて我が子を失望させてばかりいる親は見捨てられて然るべきだ。
双子はそういったことをわかっている。
逃げ道を用意しておくことも忘れず。
みんなとても幸せだ。
ヘイルとジョリーは幸せな家庭、善き両親とは何かを全く知らない。そこで幸せな家庭で日本人の父親とロシア人の母親から愛情をお腹いっぱい受けて育った双子に習うことにした。週に最低でも一回はこうして子守りの見学をしている。
モスマの言う通り、仕事で忙しすぎで、じゅうぶんに構ってあげられなかった。ヘンリーが5才の女児に恋心を抱き、シッターのモスマにあんなことを……。
双子はおしゃれの知識がいかに__で役にたつか経験から学んでいた。
双子は女の子の格好をさせてもらっているうちに女言葉を話すようになった。双子は虐められたか?その反対だ。人気者だった。
流行には敏感で最先端のファッションを着こなし、化粧も得意だった。噂を嗅ぎ付ける嗅覚にも優れていたし、なにより可愛く目立っていた。双子に憧れる男子も少なくなかった。兄のシャーリーは明るく優しく振るまい元気を分け与え、弟のケヴィンは姉御肌で面倒見がよく、よき相談役だった。
弟のケヴィンは三姉妹にマニキュアを塗ってあげたり、髪を可愛く結った。
双子の見た目は変わってはいるが、道徳心に曇りなどなかった。それでも世間のごく一部の間抜けがSNSなどで双子は自分本意に生きる間抜けだと野次をとばす。
ヘイルの目にはあくまでケーペッド・マウスであって、ノーティラスのメンバーにはまるで見えなかった。
――五時。
CNNがトップニュースを伝えた。
画面いっぱいに年長者の顔を映した。彼は一晩で一気に評判を落とした__長者だ。__・__。____社の創業者であり、CEO。__におけるパイオニアだ。業界を代表する__にまで成長させた人物だ。
とはいっても、個人資産はこの前発生した株価暴落で大損害を被ったらしい。会社が残ったのは奇跡だ。彼の__は各国で売られている__%に__。
TMZは株価暴落のときの損失額もだした。
相手は相当な凄腕だ
妄想症の奴だけが生き延びる。
⚠️⚠️ヘンリーが絡む?
「パパ!」双子に買ってもらったマインクラフトの白くまのケープをかぶったズーイーが膝に突進してきそうだ。衝撃に備えよ。ドカンッ――唸り声。
「あら、ごめんなさい。パパ」
「いいんだ。」赤い目。
もっと可愛いケープはいくらでもあるだろうに。――実は『マインクラフト』というゲームを娘にせがまれて買った。
モスマや双子の自宅にあったヤツだ。
ピースモードであれこれと娘に教えていくうちに娘の奴隷になってしまったらしい。
ついこの間ケーキ屋さんを建ててあげたばかりだというのに。今晩はアイス屋さんを建設してほしいとせがまれそうな気がした。
ズーイーが面白いからと言ってコントローラをジョリーに手わたした。それもサバイバルモードに変えて。ジョリーのキャラクターは初めのうちは武器をセットできないままガイコツに殺されたりしていたが、今ではヘイルと娘の町外れに豪華なお菓子の家を建て引きこもり、いつの間にか娘やヘイルにサバイバルモードに変えられたりなんかした時には、爆発するクリーパーを引き連れてヘイルと娘の町――いずれは街にするつもりだ――に入ったところで大爆発という騒ぎを巻き起こしたりする。こちらの最大レベルの商人と大量の経験値を犠牲にした。
「パパってば!聞いて!」
「聞かせて」
アイスを作りたい……か。
双子は子守り終了。
年長の男の腕に預けた。
チャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルが顎をしゃくった。「ラーク・バレーの案件」
ケヴィンが封筒を開けて読む。
……投下される恐れがある。
「止めないとな」
双子に礼を言い、三姉妹を抱えながら慎重に玄関から出たヘイルは__に止めてある車のほうを見た。問題はなさそうだ。リモコンキーはきく。
娘たちを__の座席に座らせ、――チャイルドシート――自分も車に乗り込んだ。エンジンをかけ、車を発進させる前にもう一度周りを確かめた。よし、行こう。
「パパ、__」(単語を覚えたとか数学のこと、草花の観察)
「誇りに思う」
「ピカチュウが欲しい!」おや、ご褒美をねだることを覚えたな。妻は手伝いの後に、お菓子をあたえていた。
「よし、ピカチュウか……黄色いリスのことだよな?」ズーイーはシェールと顔を合わせた。
「うん、そう」「探偵のね。ぬいぐるみ」
紛争地域とは思えない。綺羅びやかな装い。
††††
つい前日デイヴ・スターリングがこの鏡に自分の裸を映した。つい先程、妻のスマホに男から連絡が入った。妻がよその男に――男としてだが――抱かれるのをただ黙って見ているのは辛い。
彼女は裸で仰向けに寝ていた。
ガウンを剥ぎ、チャールズ・ヘイルは裸になった。彼女に覆い被さるようにした。
ヘイルは自分の枕元に置かれたものに目をやった。写真。手で拾い上げ、身体改造する前の彼女の裸体が写っていた。正面、横向き、砂時計の素晴らしいボディライン。
ヘイルは彼女の左手首を耳に当て、彼女の心音を聞きながら囁いた。甘い声だった。
「月」
彼女は息を吹き返した人みたいに、あっと息を吸った。シーツに少し埋もれた顔は女神――僕は神が__とは思えない。彼女の髪を撫で、
彼は同じように頬をシーツに埋めた。
「僕はチャールズ・ヴェスパシアン・ヘイルに戻るつもりでいる……」
彼女が目を開けた。美しい。胸を触る、
「君にも決断してほしい。__を受けた上で__を訴えて(籍を女に変更してほしい)」
「」
「__すれば堂々と娘たちを育てられる」
「三人とも__」
「四人……五人……」
心地いい会話を挟みながらのセックス。肌を触る音。擦れる音。音に集中する。
「娘たちがアイスクリームを手作りしたいと言いだして。手伝ってくれないかな」
「そうしたいけど、明日は無理。空いていないの」
「どうして?……」
「デイヴが情報を寄せてくれたの。__が関わっていることが、__の数人にバレちゃったの。理想主義者。均衡を崩すだろう(いまドリスコルの陰謀を暴かれると都合が悪い)。かなり面倒臭い相手よ。詳しい話を明日デイヴから聞くつもり。貴方も来る?」旦那の喘ぎ声しか返ってこない。
――彼と約束していたデートだろう。彼は本気で彼女と交際していると思っている。
自信家。頼られていると感じるとお節介になる。世話を焼いてもらおう、か。
口を大きく開けて_をあげた。艶かしい高い声だった。
妻がデイヴを使って釘を打つんだろう。
気付いている。彼女はなぜ数年前のあの時にヘイルを勧誘しなかったのか。
なぜヘイルが捕まった後で勧誘したか。助けたかったからだ。愛しているのに振ったのは何故だろう?
苦々しい傷跡だった。
ヘンリーの卓上にズーイーの写真が飾られた。
ヘンリーが自作プログラムに欠陥がないかどうか何度も確認する場面。
人間に仕える機械について企業と言い争う。ジョリフィーユで手一杯だ。部屋は世界地図と意味深な丸印