気がかり黒豆ビスコッティの件で、春子のおかげでお咎めなしになった東海林。
ただ、まだ引っかかることは残っていた。
旭川にいた頃の部下がなぜ改ざんを指示したのか。
デスクで改ざんされたデータ表を見つめながら考える。
「東海林さん、まだ帰らないの?」
隣のデスクにいる里中が話しかける。東海林が腕時計に目をやるともう8時だ。
「そうだな、そろそろ帰るわ。賢ちゃんも一緒に帰ろうぜ」
データ表を1番上の引き出しに入れて、東海林は鞄を取り里中とエレベーターに向かった。
里中と東海林はたわいもない話をしながらエレベーターを待っていた、そしてランプが光り、エレベーターが開くとーーー。
「とっくり!?」
「大前さん!?」
春子がエレベーターの中にいたことに驚いた2人だが、東海林はもっと驚いた。
なぜなら雲隠れした部下が春子の後ろにいたからだ。
「本当にすみませんでした!!」
部下は床に座り込み土下座する。
「東海林課長の信頼していた部下を探し出して連れてきました。どうやら札幌の実家にいたようで、今すぐ東京へきなさい、でないとあなたのしたことを全部調べてマスコミに話しますよ、と脅しました。」
春子は早口で部下を見下ろしながら話している。
東海林は複雑な気持ちで、近くの椅子に腰掛けた。
「もういいよ…なんとか首は繋がったから。ただなんで改ざんなんて指示したんだ?」
部下は顔を上げて、涙を浮かべて話す。
「東海林さんを、ちょっと困らせてやろうと思って…東海林さん、俺より仕事ができて
北乃さんの所にも何度も足を運んだり、アンケートを集めたり…次第にみんなも東海林さんを慕って、羨ましかったんです」
「そんなの理由にならないよ、東海林さんがどれだけ大変だったかわからないのか!?」
里中が珍しく声を張り上げて叫んだ。
「いや、いいんだ賢ちゃん。俺も、旭川で最初は偉そうにして…色々押し付けたりしたもんな、悪かったよ。」
東海林はそう言って里中の肩をぽんと叩いた。
春子はその様子を見て、再び口を開いた。
「では、この男を許すーという事でよろしいですか?」
「ああ、ありがとうなとっくり」
東海林は軽く頭を下げて、立ち上がる。
「せっかく東京まできたんだからさ、ちょっと飲んで帰ろうぜ」
そう言って部下の手を引いて立ち上がらせた。
「東海林さん……本当にすみませんでした。」
部下は手で涙を拭い、春子の方を見て
「東海林さんがよく話していた、とっくりって人はこの人だったんですね」
「はい?」
「あっ、それは…」
東海林は急に焦り出す。
春子は部下を睨みつけ
「この男は旭川で何を話していたんですか?」
そう追求すると、部下は急に明るい表情になり
「とっくりという人はスーパーハケンで、生意気で、人のことをくるくるパーマと言って喧嘩をふっかけてきて毎日大変だったと言っていました」
春子はブンっと視線を東海林のほうに移した。
「おい、そんなことまで言わなくていい!!」
焦る東海林に横でクスクス笑っている里中。
「そうなんですね、ありがとうございます
では私はこれで失礼します、東海林課長…ではなくスーパーマリモ!!」
春子は東海林と至近距離になり、そう告げて帰っていった。
「スーパーマリモは俺のネタだ!いや、ネタとかじゃねーよ!!誰がマリモだーーー!!」
東海林は里中に制止させられながら叫んだ。
「まぁ、いいじゃないか東海林さん」
里中が諭すと、東海林はため息を一つついて
「そうだな…」
(ありがとう、とっくり)
そう心の中でお礼を言った。