パッションフルーツ 2窓のない部屋からは太陽が見えず朝だと言う実感が湧かなかった。だが腕時計の針は午前7時を指していた。
「匡子さ…子供は?学校あるんじゃないの?」
「もう小4よ、自分で用意して行くわよ。それに実家だもの」
匡子は下着姿のまま鏡台に座りメイクをしている。座っていてもスタイルの良さがわかるほどだ。
あの体に昨夜何度も肌を重ねて繋がったなんてまだ夢のようだと東海林は頬を赤く染めていた。
「東海林くん、早く用意しなきゃ会社遅れるわよ」
「あ、ああ…お前も仕事なんだよな」
「うちはフレックス制だからまだ余裕、一度家に帰って着替えてから行くわ」
地下鉄の改札前で匡子と再会した、実に10年ぶりだったので積もる話もあり2人で飲みに行くと匡子はバツイチで実家で息子と暮らしているという。10年前に寿退社した時にお祝いするために名古屋から東京へ来た。その時2人だけになった際、耳打ちされたことがある。
「あたし、東海林くんのこと好きだったのよ」
最初は冗談かと思ったが、思い起こせば毎年バレンタインにチョコをくれていたのは匡子だけだったし、下の名前で呼んでと言ってきたのも匡子だった。
自分は何で鈍感な男なんだとその時後悔した、もし早く気がついて匡子と付き合っていたら春子に惹かれることはなかっただろう。
そんな過去の思い出が頭によぎりながらも、2人で仕事のことやプライベートの話をしていると、時間はあっという間に過ぎて匡子からお開きにしようと口にした。
それなのに、なかなか席を立とうとせず東海林は不思議に思い
「どうしたんだ、帰らなきゃいけないんじゃないか?」
そんな声に匡子は敏感に反応して、酔って熱くなった頬を氷の残ったグラスで冷やしながら
「…帰りたくないわよ、東海林くん…すごくいい男になってるんだもん」
歯の浮くようなセリフを吐く、東海林は思わず飲んでいたビールを吹いてしまった。
「匡子、からかうのはやめてくれよな。俺はもうバツイチの独身のおっさんなんだよ」
おしぼりでビールを拭こうと手を伸ばしたら、その手を掴まれる。
「嘘じゃないわよ……久しぶりに会ったら、やっぱり東海林くんが好きだと思ったのよ!!悪い?バツイチは私もそうよ、しかも今は冴えない保険会社の社員だし…S&Fを辞めたこと今でも後悔してるの。だから恋愛はもう後悔したくないのよ!!」
一息で言い切ると、匡子は掴んだ手を力一杯引き寄せて東海林にキスをした。
軽く触れるだけだったが、久しぶりのキスに東海林は胸が高鳴る。
「酔っ払ってるのか?朝になったら忘れてたとか言わないでくれよ…」
東海林も匡子の事は仲間として好きだし、40代の匡子は一児の母とは思えないほどプロポーションもよくて、サバサバとした明るい女だ。そんな女に言い寄られてぐらつかない男はいないだろう。
東海林は鞄を手にして立ち上がる。
「ここじゃなんだから、別の場所に行こう」
そして2人はホテルに泊まり、何度も夜の営みを重ねた。
「じゃあまた、連絡するわね」
「ああ、俺もLINEするよ。気をつけてな」
「…ねえ、東海林くん。武って呼んでもいい?」
「ああ、いいよ」
「…武、くん」
釣り上がった眉を下げて恥ずかしそうに言う仕草が可愛く見えて、東海林は思わずぎゅっと抱きしめた。
こういうのをギャップ萌えというのか…なんて思いながら。
「匡子…俺も好きだよ」
その時、東海林の頭の中には春子の事はほとんど消えていた。