リフレクションゲームカンタンテに珍しいお客がやってきた。
黒いスーツに12センチヒールのパンプスを履いた黒岩匡子だ。
「こんばんは、大前春子さん」
春子は嫌いでもないが親しくもない匡子に、とりあえず会釈だけして
フラメンコの舞台に上がった。
ダンスを踊っていると匡子は笑顔でステージを見ていた。
普段一緒に仕事をしないのであまり気にかけたことがなかったが
彼女は顔の整った美人で吊り上がった眉毛も笑うとチャーミングだった。
「大前さん、フラメンコもたしなむのねー。意外だったわ」
春子がカウンターに戻ると匡子は気さくに話しかけてきた。
「まぁ、趣味なので」
春子は不愛想な返事をしてマイボトルのウォッカをグラスに注ぐ。
「ところで質問なんだけど、あのプロポーズの手紙、森美雪さんじゃなくて
あなた宛てだったんでしょ?」
春子の手がぴたりと止まった、否定するべきかそれとも認めてしまおうか
迷いが生まれた。しかしその迷いを断ち切るように眉子ママが横から話に入ってきた。
「あら、くるくるパーマさんのこと?春子はなんて返事したの?」
春子は眉子ママを困惑の表情で見つめた。
匡子はギムレットのグラスを揺らしながら
「やっぱり…そうだと思ってたのよね」
その声はいつもの強気な態度とは違って、どこか少女のような儚さがあった。
そして、胸ポケットからあるものを取り出し春子に差し出した。
「これ、名古屋の配送センターの住所よ」
それは東海林が飛ばされた名古屋の子会社のパンフレットだった。
「まさか、彼がハケンに恋するなんて思わなかったわ」
「…私には関係ありませんが」
「だったら何で電話番号を裏に書いたの?好きでもないのに思わせぶり?」
「…たまたま裏にメモしていたのを消し忘れただけです」
「じゃあ…もしかかってきたら?」
「着信拒否します」
「そう、じゃあこれもいらないわね」
匡子は名古屋のパンフレットを取り、真ん中に手を当て半分に引きちぎろうとした。
「あ…!!」
気が付くと、春子は匡子の手を押えて制止していた。
にやり、と含み笑いをした匡子は春子の胸の谷間にパンフレットを突っ込んだ。
「ふふ、あなたたち本当に素直じゃないわね…私もだけど」
そして財布からお札を取りだし眉子ママに差し出した。
「ごちそうさまでした、またいつか」
そう言って匡子はヒールをかき鳴らしながら階段を登りドアを閉めた。
春子は着替えてくるとパンフレットをさしたまま部屋に戻った。
カンタンテを出た匡子は駅まで一人ゆっくりと歩いていた。
薄暗い路地裏を抜けてネオンの眩しい表通りに出たあたりから
景色が滲んでよく見えなかった。
すれ違ったカップルが匡子を物珍しそうに背中を見つめながら言った。
「ねぇ、あの人化粧が落ちるほど泣いてたよ」