TOVSSまとめ140字SSレイリタ
お題元診断メーカー様
140文字で書くお題ったー
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ふてくされた顔がソファに乗っかっている。実験がうまくいかなかったのだろう。目の前に皿をひょいと出す。
「おっさん特製よ」
「今いらない」
「じゃあ、あーん」
「話聞いてた? ……あーもう」
彼女はフォークを口に入れ、ようやくちょっと頬を緩める。何よ、と睨まれるまでこのまま見てようと思う。
『ご機嫌取りも楽しみのひとつ』
遠くへ行こっかとふと口にすると、いいわよと返ってきたので飛び起きそうになった。
「遠くって、ユウマンジュとか?」
「いや……」
誰も自分を知らない遠い地で、すべて終わらせたいと思ったこともあった。
「リタっちの行きたいとこ、どこでも」
今はもう、そんな場所はどこにもないのをよく知っている。
『愛の逃避行』
知らない、気づくと胸の奥がひりつく。煙をあげて燃えて平静でいられなくなる。万能じゃないんだから、知らないことのほうがずっと多いのは当然だ。
でもそこにあるなら知りたい。だって知らなきゃ触れないしそばにいられない。守れない。
なのに、
「リタっち、もういいからさ」
ばかにしないで。
『なんだって知ってた』
真っすぐ見つめられると動けなくなる。もっと他に見るべきものがあるだろうに。
「これで大丈夫ね」
呼吸が少し楽になる。終わるまま任せたかったのに、彼女はそう思っていない。
「……ありがとね」
胸の奥が燃えるように熱くなる。手を伸ばし掴んで、抱きしめたいと思ってしまった。その眼差しのように。
『諦めきれない』
嫌いよ、そう唇が動くのに、手はひとりでに伸びる。一瞬あとにはすり抜けてしまいそうで、力をこめる。
「リタっち、痛い痛い」
おどけた声が苛立ちをかき立てる。嫌い、また口にした言葉ごとあたしの体は吸い寄せられる。勝手に動くわけなんかない。触れたいのは触れたいからで、だから、
「動かないで」
『アンビバレンス』
そばにある手に触れるとふいと離れてしまった。指先にかすめた熱がゆらりと炎になる。彼女から燃え移ったものは、容赦なく体の芯を焼いていく。求めるかぎり、望むかぎり。
「リタ」「……待ってよ」
どうしたら逃がさないですむか、もうよく知っている。その眼差しが嫌になるくらい教えられたのだ。
『逃がしはしない』
リタの寝顔を間近でみつめる。昼間の張りつめた表情は無防備にゆるんでいる。それをここで自分だけが見ている。一番近い距離で。なぜか。
「ん……どこ……」
体がごそりと動く。胸元に顔を寄せて頬をすりと擦りつける。レイヴンは、あたたかな寝息を閉じこめるように腕を回した。
「俺は、ここよ」
『独り占め』
例えばどんな緻密な計算や理論でも破れないものはあるだろう。それが誰かに決められた摂理なら何だって届いてみせる。けれど人の望みはそう単純ではない。
「リタっち、今日すんごいいい天気」
晴れ空を見て笑う。来ると信じている明日の手前をあたしたちは踏みしめる。泣きながら決めた時間の先を。
『美しい終わり方』
ユリエス
マイネームイズ
箒星の外階段をのぼりながら、わたしは一歩ずつ鼓動が高まっていくのを感じる。同時に、一段のぼるごとに少しずつ体が軽くなっていく。扉の前につくころには、もう何も持っていない。ただふたつの名前以外は。
「ユーリ」
ノックして、しばらく待って扉を開ける。一階の女将さんが好きに入っちゃいな、と言ったからだ。でも、扉の前でじっと待っているよりもこのほうが“わたし”らしいのかもしれない。それくらい、はやる気持ちを抱えてここまで来た。
ユーリは窓枠にもたれて眠っていた。穏やかに射す陽の光に包まれて気持ちよさそうだ。わたしはしばらくその姿を見つめた。
あたたかな時間、巡る世界のあかるさ、そうしたものが変わらず彼に優しくあることが、ただ泣きそうにうれしかった。このまま立ち去ろうかとも思った。でも足はそれを許してはくれなかった。一歩、日向のほうへ近づく。
ユーリはきっともう気付いているのかもしれない。わざと眠ったふりを続けているのかもしれない。でもまだ眠りこんだままでいてくれてもいい。どちらでもよかった。彼がそこにいてくれるのなら。
「ユーリ」
唇だけを動かして、そっと名前を呼ぶ。手を伸ばせば、陽であたためられた頬に触れられそうだ。つついたら、とても温かいのだろう。そして、突然にっと笑う顔に驚いてしまうだろう。
けれど、少し眠そうな声が発することばにわたしは心からの笑みを浮かべる。わたしがわたしであるための、あなたとここからはじめた旅の名前に。
「エステル」
アレシュ
しがみつく花
ざあ、と雨音が耳を覆う。うすい灰青色が頭上から降りてきて、ぽたぽたと体を濡らす。街道を目指していたが、木々のあいだに隠れてしばらくやり過ごすことにした。
陰った草むらの向こうに、レイヴンはふと色を見つける。小さな花々が寄り集まってまるく咲いている。ふっと触れてみると、指先ほどの花びらが目を伏せるようにふるえた。
(泣いてるみたいだ)
レイヴンは指を離して、顔の前に近づける。濡れた指からぽとりと雫が落ちる。切り傷からこぼれる血のように。
――怪我をしているな、見せなさい。
長い指に絡めとられて、手を検分された。遠い過去、どれくらい遠くなってしまったのか、もう思い出せないことがひどく虚しかった。アレクセイは治癒術を使うでもなく、レイヴンの――シュヴァーンの指を口に含んだ。
――君は何も案ずることはない。
なぜそんなことを言うのか、言えるのか、いつになったら手を離してもらえるのか。胸にうずまいた思いは一つも口にすることなく、シュヴァーンは黙ってうつむいていた。こちらを見つめる瞳を確かめれば、一瞬のうちに溶けて消えそうだった。前触れなく吹き消される蝋燭の火のように。
(それを望んでいたのに、どうして)
あの瞳を正面から見つめなかったのか。
けれどその問いは、なんの意味もなさないことだった。今のレイヴンの望みは違う。後悔や悲嘆に浸るには、時が経ちすぎていた。
レイヴンは、濡れたその珍しい花々のまとまりを覆うように手をかかげる。うかつに触れて散らさないように気をつける。その大きさは人の頭より少し小さいくらいのように思えた。
雨が少しだけ勢いを増す。水を含んだ服の重さに引かれるようにレイヴンはひざまずき、花びらのあたりに唇を触れさせた。草と雨と、湿った土のにおいがした。
あの人がどこかに流れつき、どこかの土の下にいるなら、ここに根付いているかもしれない――そんな夢想を描いて、レイヴンは葉の下の暗がりに手を伸ばした。けれど、やめた。
そうして、引き戻した手の指先をそのままふっと口に含んだ。花々を見つめた。薄暗いみどりの中に、鮮やかな青紫がまぶしいほどに光って見えた。
レイリタ
灯が呼ぶほうへ
銀で縁取られた椅子の背をなぞり、レイヴンは薄闇に伸びる会議用の長机を眺めた。城の中を堂々と平服で歩くのにはそろそろ慣れてきた。こうして夜中に気まぐれにどこを歩いていても咎められることはない。
けれど、会議の場へ出席するのにはなかなか慣れない。帝都の会議はギルドのそれと違い、形式を重んじる。様々な変革の中でそうした面も少しずつ変わってきたが、自分が重役のような顔をして発言することにはいまだに抵抗を感じる。
「ここで寝たら、さすがに怒られるか」
ささやかな月明かりから隠れるように椅子に体を横たえる。身を縮めると、机の下にぼんやりとわだかまる闇がすぐそこにあった。ひやりと硬い座面と頭のあいだに腕を差し込み、暗がりを見つめていると、小さな光を見つけた。何かが机の下に落ちているようだった。
そのとき、静寂にカツンと足音が響いた。
「えーっと、確か……」
聞き慣れた声がして、レイヴンはよろよろと起き上がる。長机の先に、椅子の背をつかみながら不安そうな顔でランプをかかげる少女がいた。
「あれ、リタっち」
レイヴンのほうを向いたリタは、顔をわなわなと真っ青にしてしゃがみ込み、全力で叫んだ。
「キャーーーーッ!!」
当然、駆けつけてきた騎士たちに釈明をすることになった。忘れ物を探していたら転倒してしまった、という説明でどうにか切り抜けることができた。実際、リタはその通り忘れ物を探しにここへ来たようだった。
「昼の会議のときに?」
「そう、小さいペンだけど、エステルにもらったものだから」
先ほどまで動転した勢いでバカ、バカ、とレイヴンの背に繰り返し拳をぶつけていたが、ようやく平静さを取り戻したようだった。今日の会議には、リタもアスピオの代表として出席していた。
「今日のリタっち、けっこう熱心だったもんねえ」
「熱心って、何が」
「あんな大勢の前ですんごい堂々と喋ってたじゃない、小娘って侮ってただろう奴らも舌を巻く勢いで」
「言うべきことを言っただけよ、じゃないとわざわざ来た意味がないじゃない」
リタはそう話しながらもランプを床に近づけ、目を凝らすように椅子の下を探す。レイヴンも手分けして探していたところ、ふと思い出す。先ほどレイヴンが横たわっていた椅子を脇によけて、机の下に潜り込む。ランプのぼんやりとした明かりのおかげで形がわかった。暗闇の中で光っていた細いペンに手を伸ばし、引き寄せる。
「よいしょっと……リタっち、探し物、これ?」
ペンを差し出すと、リタはそれを手に取って目をぱっと開く。
「これ……! これよ、よかった……」
「ん、無事見つかってよかったよかった」
リタは大事そうにペンを懐にしまい込む。ほう、と安心したように息をつき、レイヴンをじっと見る。
「聞くの忘れてたけど、なんであんたこんなところにいたのよ」
「え? うーん、散歩?」
「散歩ぉ?」
怪訝そうな顔をされるが、本当のことなのだから仕方がない。レイヴンは元通りに椅子を戻し、冷たい机を撫でる。
「リタっちこそ、こんな遅くまで書庫にいたんでしょ」
「いたからって、何よ」
「お腹すいてない?」
リタの手にあるランプを取り、部屋の外へと歩き出す。そのあとをついてくるリタが、レイヴンの服の裾を引っぱる。ちょっと力が強い。
「別にすいてない、けど、おっさんが払ってくれるっていうなら考えなくもないけど」
「んー、じゃあおっさんのお財布のぶんだけお腹がすくって?」
そう言うとぐいっと後ろに服を引っ張られた。思わず後ずさって振り向くと、リタの表情は存外穏やかなものだった。
「無駄に驚かせたぶん、払ってよね」
廊下に出ればもうランプを持たなくても歩ける。リタはすたすたと先に行ってしまう。レイヴンは、消えかけの灯りを扉の隙間に掲げた。その光を閉じ込めるように扉を閉め、早足でリタのあとを追いかけた。
お題元診断メーカー様
あなたの作品の居場所
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夜の隅
夜は形のない不確かなものだと思っていた。もともと昼も夜もない洞穴の街で、明るい時分に起き暗くなれば眠るという規則正しい生活をする者は少なかった。リタも例に漏れず、時間帯によらず研究にいそしみ、気がつけば眠りに落ちてまた目覚めた。
あれ、と隣に身を横たえていたレイヴンが間抜けな声を出した。さっき終えた検診の記録を片付けたリタはちらりと視線だけを向ける。
「シャツのボタン、掛け違ってたっぽい」
「……寝ながら着たわけ?」
「いやーそんなことは」
よいしょ、とレイヴンは再び身を起こそうとする。視界の端でゆらりと光が揺れて、リタはそれを目で追いかける。レイヴンのシャツのボタンの隙間から赤い光がのぞいていた。薄闇の中に浮かぶ火のように。
「リタっち?」
そこへふっと手を伸ばした。指先が触れそうになったところで、はっと我に返る。よく考えればついさっきまで飽きるくらい見つめていた色なのに。
(懐かしい?)
アスピオでも夜と呼ばれる時間のうちは、音も気配もいくらか身をひそめる。街の端に暮らしていても昼との違いははっきりと感じられた。本の山で壁を作り、お気に入りの小さな光照魔導器の出力を少し上げて、部屋に置かれた魔導器たちのそばでいつも過ごした。まるで何かから隠れるように。
「……えっと、リタっちがボタン掛けなおしてくれるの?」
レイヴンがなぜか恥ずかしそうにもじもじとし始めたので、リタはすっと目を細める。
「なんでよ、しないわよ」
「じゃあ、もしかして……いや、なんでもない……」
「なに? 言いかけてやめないでくれる」
「やー……もしかしてお誘い……いやいや、やっぱり聞かなかったことにして!」
ひゃー、と焦ったように背を向けて服を着なおしはじめる。なんでそんなに慌ててんのよ、と思いながらじわりと顔が熱くなる。ふるふると頭を振ってさっき伸ばしかけた自分の手を見つめる。記録しながらきつく握ったペンの跡が残っていた。
「ねえ、レイヴン」
「な、なに? やっぱ怒るよねいやおっさんは冗談のつもりで決して……」
リタがレイヴンの背中にこてんともたれると、驚いたように言葉が途切れた。右頬になめらかな布地の感触をやわらかく押し当てる。大きな背の陰にリタの体はすっぽりと隠れてしまう。
「なんでもないわ」
今はもう何かに隠れなくてもいいはずなのに、こうしているとなぜかとても安心した。昔だって何から隠れていたのかわからない。もう小さな子どもでなくなったリタは、うず高く積まれた本も光照魔導器もない場所で夜を眠る。
「ええ……自分はさっき言いかけてやめるなって言ったのに」
「じゃ、おやすみ」
リタがさっさと布団にもぐりこもうとすると、後ろからレイヴンにぐいと抱き寄せられる。振り向くとにやりと歯を見せてきたので軽く鼻をつまんでおいた。
「いたっ」
レイヴンは痛がりながらもなぜかくつくつと笑う。小刻みに揺れる胸元に顔を寄せると、目を閉じているのと同じくらいに視界が暗くなった。このまま深く潜っていけそうな気がした。そうして夜の底に脈打つひとつの温もりを見つけ、リタは幼い自分の声を意識の淵で聞いた。
――大丈夫、あたしが守ってあげるからね。
瞼の裏で、赤い残像がうなずくように閃いた。