欠けていく赤、増えていく○○夜食を食べる俺の向かいで、ジョンを撫でるドラ公。日常のありふれた光景なのだが、ふと目の端に違和感が残る。
「……なんだね、そんなジロジロ見て」
「あ? いや……」
違和感の正体を見極めようとして、いつの間にか集中して見てしまっていたようだ。居心地悪そうに声をかけられてようやく気づく。
「なんか違和感があって」
「違和感? 何かおかしな味でもしたかね?」
「ああ、いや、飯じゃなくてよ……」
違和感と言ったことを、食事のことだと受け取ったようだ。飯はいつも通り美味い。俺の好きな味付けの、カリカリでジュワジュワなからあげだ。
「あ、わかった。ドラ公、右手の爪」
「ん? 爪?」
会話を続けているうちに、ようやく違和感の正体に気づく。
ドラ公は俺の言葉につられたのか、ジョンを撫でていた手を止めておもむろに右手を見やる。そして。
「ああ、マニキュアが剥がれてしまっているね。全然気づかなかった」
爪の先、半円形に欠けた赤。いつも身綺麗にしているこいつにしては珍しく、それが違和感の正体だった。
「……珍しいな」
思ったまま、口からこぼれ出る。しかし、いつものようにからかわれることはなく。
「そうかい? 意外とすぐ欠けてしまうんだよ」
「そうなのか?」
「うん。もちろん補強はしているけどね。料理をしたり、洗濯をしたり。そうしてるうちにあちこちにぶつけたりひっかけたりしたら、意外とすぐ欠けてしまうのさ」
「それって……爪の前にお前、死んでんじゃねぇか……」
呆れて言えば、一瞬の間ののち、ケラケラと笑い声が返ってくる。
「まあそういうこともあるな!」
それは、笑い事なのだろうか。
「まあなんだ、そんな感じで意外とすぐに欠けてしまうからね。そのたびに塗り直すんだよ」
「ふぅん……?」
塗り直すという言葉に、いつか見た爪を塗っているドラ公を思い返す。確かあのときは、いきなり赤いのじゃなくて、何か別のを塗ったあとに赤を持っていたから、なかなか手間がかかるもののはずだ。
そんなものをしているのに、それが欠けるのを気にせずに、料理したり洗濯したりしてるのか、こいつ。
料理はまあ、ジョンのついでって言ってたけどな。
でも、気づいたら事務所と寝室が綺麗になって、仕事着が綺麗になって、台所に食い物や調味料が増えていって、俺は生活がしやすくなったんだな。
そこまで考えてしまったら、なんだか鼻の奥がツンとしてしまって。とりあえずは目の前の食事に集中することにする。
「ロナルド君? どうしたの黙りこくって」
「……うっせ。真面目に食わないとからあげに失礼だろ」
「からあげに失礼って……。まあいいけど、がっつきすぎて喉に詰まらせるなよ」
「そんなやわじゃねぇわあとで殺すわ」
「本当沸点低いな!?」
俺に話しかけるのをやめたドラ公は、暴走ゴリラはやーねぇなんて、ジョンを撫でる作業に戻った。誰がゴリラだ、やっぱりあとで殺すわ。
だけど。
たぶん、半分は俺のせいだから、その爪を直す間は待ってやることにする。