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    【橙】青い季節【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】「湯治って知ってる?」
    「トージ?」
     ヒュンケルが執務室を訪れると、レオナはいきなりその言葉を発した。それを鸚鵡返ししてヒュンケルは黙考した。
    「いや、知らない」
     ヒュンケルの頭の中の辞書にその言葉はなかった。
    「じゃあ、温泉って知ってる?」
    「ああ、それなら知っている。地底魔城の付近には死活火山があって、湯がふんだんに湧き出していた。オレもよくそれで湯浴みをしていた」
    「それなら話は早いわ。湯治っていうのはね、その温泉に日に何回も、続けて何日も……ときには何ヶ月も入る健康法なの。不思議なことに、それで魔法でも医師でも治せない怪我や病気が良くなることがあるのよ」
     大魔王との戦いから帰還してそれまでの疲労で昏倒したヒュンケルは、目覚めてすぐ何人かの医師や僧侶に代わる代わるに診察された。しかし皆口を揃えて「こんな症例は初めてだ。治療法も皆目見当がつかない」と首を横に振るばかりだった。
    「あなたの体もひょっとしたらそれで良くなるかもしれないわ。王家の別荘がいくつか無事だったから、王都に一番近いところを使えるように用意させたわ。湯治に行ってきなさい」
     有無を言わさぬレオナの言いぶりに、ヒュンケルは口を開く。
    「だが、今はダイの行方を……」
    「体が満足に動かないあなたがいて何か意味がある?」
     ポップはルーラを利用して各国の連絡役に文字通り飛び回っている。力自慢のマァムは城下の復興の手伝いを買って出た。一方でヒュンケルはというと、今は一日の大半をベッドの上で過ごすだけだった。レオナらしい直截で辛辣な物言いにヒュンケルは素直に降参した。
    「確かにその通りだ。今のオレは何の役にも立たない」
    「一刻も早くダイ君の行方を探したいのはよく分かるわ。あたしもそうだもの。でも今はその準備段階よ。その間に少しでも体を治してきなさい、ってことよ」
     それまで溌剌と話していたレオナは、少し声を低くした。
    「それで、まだ魔王軍の残党が辺境を襲っているわ。規模は大きくはないけれどね。特にあなたは魔王軍から“寝返った”身。あなたを狙って魔王軍がやってくるとも限らない」
     “寝返った”という言葉にヒュンケルは複雑な思いで奥歯を噛み締める。
    「あなたの過去もごく一部の者しか知らないけれど、どこからか漏れてあなたに害をなす人が現れるかもしれないわ。だから、一人くらい護衛が必要かと思って。ラーハルト、よろしく」
    「なに? なぜオレが」
     ヒュンケルがレオナの執務室を訪れると、なぜか先にラーハルトがいて面食らったが、こういうことか。
     レオナは異議を唱えたラーハルトではなくヒュンケルに言った。
    「ポップくんでも良いんだけど、彼、ヒュンケル相手だと変なライバル心出して意地張っちゃうときあるでしょ。ヒュンケルも“アバンの使徒の長兄”の役割から抜けられなくて肩の力が抜けないと思うし。あなた達は歳が近くて仲がいい割にベタベタしてないし、ちょうど良いかと思って」
    「ふざけるな。オレは一日でも早くディ……ダイ様を探し出して」
    「良いこと!」
     食い下がるラーハルトの鼻先にレオナは指を突き付けた。
    「全国の首脳会議で、自国にダイ君の行方に関しての御触れを出すと決定したのが五日前、首脳が自国に戻って実際に御触れを出し始めたのが二日前。スピーディな方よ。これでもね。複数の国で同時に事を進めるにしては」
     立て板に水を流したようなレオナの弁に気圧されて、ラーハルトはじり……と少しだけ後退った。
    「国民の末端まで御触れが浸透するには一ヶ月はかかるでしょうね。まだ戦後の混乱期だから。ダイ君の情報が上がってくるのはそのあと。あなたがどこをほっつき歩いてたって良いけど、肝心のダイ君の情報が出てきたときに逃しちゃうかもね」
     レオナの至極冷静な指摘に、ラーハルトは一言呻くと唇を真一文字に結んで黙り込んだ。
    「大破邪呪文のときに参戦してくれた“勇者たち”の中には、故郷に戻って御触れを村々に伝えるのを手伝ってくれている人もいるけど、あなたそういう伝手もないでしょ。つまりあなたも今は特にやることがないってこと」
     ラーハルトの眉間に皺が寄った。
    「今はまだ情報戦の段階よ。遊撃はそのあとでいい」
     レオナは自分に言い聞かせるように小さな声でそう言った。一転、楽しげに両手の指を組むと至極明るく続けた。
    「それともヒムに頼もうかしら。温泉なんて文字通り生まれて初めてだろうしね」
     ヒム、という名前にラーハルトの長い耳がピクリと動いた。
     ラーハルトとヒムは馬が合わない。竹を割ったような性格のヒムと、いつも斜に構えたラーハルトでは当然と言えば当然である。ヒムはラーハルトを「スカした槍野郎」と呼び、ラーハルトはヒムを「直進しか能のない歩兵」と呼んでいる。
     そのヒムを引き合いに出されたとなると。
    「……オレが行く」
     ラーハルトは絞り出すようにそう言うと、レオナは「それでよろしい」と満面の笑みを浮かべた。
     高貴な身分のわりに気さくな振る舞いをするレオナだったが、流石は“王者たれ”と教育を受けたものの事はある。政をするのが王ではない。政のために人を据えるのが王だ。人の性質を見極め、適所に据えていく手腕があまりにも見事で、軍団の長の端くれであったヒュンケルは舌を巻いた。
    「なにか情報が出てきたらすぐに使いを出すわ。だから、ちょっとはゆっくりしてきなさい」
     そう言うとレオナは優しく微笑んだ。



     件の別荘はパプニカの王都から北上し、馬車に揺られて三日のところにあった。早馬を飛ばせば一日ほどで知らせは届くだろう。なるほど、絶妙な場所を選んだな、とヒュンケルはレオナの手腕に再度感嘆した。
     馬車で鬱蒼とした森を抜けると、屋根付きの馬車でも分かるほど急に視界が開けた。
     小高い丘を馬車で登っていくと、植物園ほどの広大な庭の中に、白亜の建物があった。開放的な作りのその建物は、温暖なパプニカの中でどちらかというと避暑地、といった位置付けの別荘であるようだ。
     馬車はそのまま門番が開けた入口から敷地の中に入り、広大な前庭を館に向かって進んで行く。窓から外を覗いてみると、庭の手入れはかろうじてされているようだったが、手が行き届いているとは言えなかった。しかし、ヒュンケルは戦後の間もなく人手が足りない中で、精一杯のもてなしをしようという心を受け取った。
     館の玄関前で馬車を降りると、口髭をたくわえた初老の男性がいた。その焦茶色の髪には白いものが混ざってはいるが、正装に包んだその身は清々しいほどに背筋が伸びている。
    「いらっしゃいませ、ヒュンケル様、ラーハルト様。わたくしはここの管理をしております、執事のアルバートと申します。お荷物はこちらの従僕にお預けください。お部屋にお運び致します」
     従僕の青年が「お預かり致します」とヒュンケルとラーハルトの少ない荷物を預かった。
    「よろしければそちらのお荷物も」
    「不要だ」
     ラーハルトは布の巻かれたやけに細長い荷物を持っていた。魔槍だ。馬車の中ではさすがに立てられないので床に置いていた。これは人には預けられない。
     青年はそれ以上は口を出さず、「それでは、失礼いたします」と、ふたりの鞄を持って去っていった。
    「お疲れでしょう。まずはテラスでお茶をお召し上がりください。さ、どうぞこちらへ」
     ヒュンケルは多少は失礼のないように、上は襟付きの七分袖の紺色シャツに、ベージュのカーディガン。下は白のぴったりしたスラックスに、ダークグレーの編み上げミドルブーツを履いてきた。選んでくれたのはエイミとマァムだ。「正装でなくて大丈夫だろうか」と心配するヒュンケルに、護衛の賢者として何度も王族に随従したことがあるエイミは、「そんなに気を張らなくていいのよ。別荘なんだから」とにこやかな顔で言っていた。
     装いについては我が道を行くラーハルトは、うっすらと柄の見えるゆったりしたベージュの半袖チュニックの上に、落ち着いたオレンジ色の柄付きのストールを巻き、これまたゆったりしたカーキのズボンを履いていた。ズボンの裾はショートブーツの中に消えている。
     エイミの言う通り、服装の心配は杞憂だったようだ。アルバートは道すがら「こちらには何種類かの部屋着をご用意してございます。是非そちらをお召しになってごゆっくりとお寛ぎください。敷地内でしたらそちらで外出いただいても問題ございません」と話してくれた。
     庭が一望できるテラスに案内されると、まるでこの時間に着くのが分かっていたかのように、綺麗に用意された茶器があった。
     執事が手ずから淹れてくれた紅茶は、今まで飲んだどのお茶よりも香り高かった。王族用の茶葉だからなのか、執事の腕なのか。おそらくその両方だろう。
    「なぜオレたちがこの時間に着くことが分かったのですか?」
     紅茶を飲みながらヒュンケルは率直に疑問を口にした。
    「……申し訳ございません、ご質問の意図をはかりかねております」
    「いえ、あまりにも準備が良いので……純粋な疑問です」
    「ああ、それでしたら、入口から馬車が来るのを見て準備しただけのことです」
     いくら広大な前庭の向こうに馬車が見えた、と言っても、それだけの時間で人員を配置しお茶の準備まで整えるのは、さすがその道のプロとしか言いようがない。
    「本来ならば女中や厨房の者、従僕や部屋係ももっとお付けすべきなのですが、なにぶん……このような状況ですので、正直に申し上げて人が足りておりません。ご不便をおかけすることもあるかと存じますが、ご容赦くださいませ」
     アルバートはそう言うと深々と頭を下げたが、人が足りない原因を作ったヒュンケルは複雑な思いで唇を噛んだ。
     その様子を見たのか見ないのか、アルバートはこう続けた。
    「その、ヒュンケル様とラーハルト様の……過去、については、この館の中でわたくしにしか知らされておりませんので」
     その気遣いにヒュンケルは更にほぞを噛む思いだった。
    「後ほどお二人のお世話をする近侍をご紹介いたしますので、まずは冷めないうちにお茶をお召し上がりください」
     ヒュンケルとラーハルトがカップを置いた頃に、アルバートより幾分簡素な服装をした中年の栗毛の男性がやってきた。
    「お二方の近侍を務めさせていただきます、フレッドと申します。ご用がございましたら、なんなりとお申し付けください」
     そう言うとフレッドは深々と頭を下げた。
    「本来ならばお二人に別々の近侍をお付けするべきなのですが……ご容赦ください」
    「いえ、こちらはふたりとも誰かについてもらうのは慣れませんので、かえって気が楽です」
    「ありがとうございます」
     アルバートとフレッドは深々と頭を下げた。
    「ご夕食までまだお時間がございます。長旅でお疲れかと思いますので、それまでお風呂でお寛ぎになってはいかがでしょう?」
     湯治とは日に何度も温泉に浸かることだと聞いている。ちょうど汗を流したい頃合いでもあったヒュンケルとラーハルトは、アルバートのその提案を受けることにした。
    「まずはご入浴の前に、お二人のお部屋にご案内いたします」
     フレッドはそう言って館を指し示した。

     フレッドが館の構造──図書室の場所や、万が一の非常時の出口など──を説明しつつ先導して、館の中の広く開放的な廊下を進んでいく。と、珍しくラーハルトが口を開いた。
    「王家の別荘なのだろう? こんな造りではいざというときすぐに落とされるのではないか?」
    「ラーハルト、無礼だぞ」
     ラーハルトらしい、しかしあまりに失礼な質問に、ヒュンケルは小声で諫めた。
    「いえいえ、もっともな疑問でございます。そうですね……王族の皆様も護衛を連れていらっしゃいますし、使用人には退役軍人などの腕に覚えがある者も採用しています。こう見えて私も弓についてはちょっとしたものです。何かありましたらお逃げいただく時間くらいは稼げるでしょう。ただ、こちらは要塞ではなく別荘です。基本的にお寛ぎいただくことを目的としておりますので、無用心といえば無用心ですが……あまり閉塞的な作りになってしまうと、本来の意味を失ってしまいます」
     そう話しながら、館の南東あたりだろうか。フレッドは足を止め、二つのドアを指し示した。
    「こちらがヒュンケル様のお部屋、こちらのお隣がラーハルト様のお部屋です」
     ヒュンケルの部屋のドアの向かってすぐ左隣がラーハルトの部屋のドアだ。なにかあればすぐに駆けつけられるだろう。いざとなれば壁をぶち破ればいい。
    「必要なものがありましたらなんなりと使用人にお申し付けください。お風呂の準備が整いましたらお迎えに参りますので、それまでお部屋でお寛ぎください」
     そう言い置いてフレッドは下がっていき、ヒュンケルとラーハルトは視線を交わすととりあえず案内された部屋に入ってみることにした。
     あてがわれた部屋は一般庶民の家が一軒収まるほどの広さがあった。部屋の端にある文机の側には、使用人部屋のベルに繋がる紐もある。王家の別荘というのであれば当然ではあったが。
     部屋の東側にある大きな窓近くに据えられたベッドは天蓋付きで、当然のようにキングサイズだ。ベッド脇にはサイドテーブルと小さなチェスト。部屋の中央には寛ぐための大きなローテーブルと、それを囲むようにたっぷりとクッションが置かれた大きなソファが三つ。窓際には外を眺めるためのソファチェアが対面で二つ。その間には茶を飲むための小さなテーブル。一人では使いきれない広いクローゼット。身支度を整えるための大きな鏡台と姿見。冬に火を入れるための暖炉。その全てに繊細な装飾が施されていた。
     従僕に運ばれた荷物はクローゼットの前に置かれていた。ヒュンケルは旅慣れてはいても“旅行”など生まれて初めての経験だ。考えに考えてありったけの着替えとほんの少しの日用品を詰め込んだ鞄は、部屋の豪華さに対して、いっそ滑稽なほどに小さく貧相だった。
     ベッドの側には室内履きが用意されていたが、ヒュンケルは靴を履いたままどさりと天蓋付きのベッドに寝転がった。ベッドが体重を受け止めて体がゆっくりと沈み込む。
     執事と使用人がいる場所で、このような豪奢な部屋で、こういった天蓋付きのベッドで眠って暮らしていたことも、ヒュンケルにはあった。しかしたった数ヶ月前のことなのに遥か昔のことのようで、もはやその全てに慣れなかった。
     と、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
    「はい」
     ベッドから起き上がって返事をすると、フレッドの声が聞こえた。
    「お風呂のご準備が整いましてございます」
    「すぐ支度します」
    「いえ、手ぶらでお越しくださって結構です」
    「?」
     ヒュンケルの頭には疑問符が浮かんだが、その言葉に従うことにした。
     部屋のドアを開けるとフレッドがいた。ラーハルトはまだらしい。しばらく待っているとラーハルトの部屋のドアが開いた。
    「なんだこの部屋」
     ややげんなりした様子のラーハルトが続ける。
    「落ち着かない……」
     気持ちは分かる。ヒュンケルも軍団長時代の経験があっても落ち着かない。
    「お揃いでございますね」
    フレッドはふたりの顔を見てにっこりと笑った。
    「こちらの別荘には趣の異なる三つのお風呂がございますが……先刻執事が申し上げた通り、なにぶん人手不足ですので……。今回は一つだけお開けしております。ご容赦ください」
    「それでも充分すぎるほどです」
     申し訳なさそうにそう述べるフレッドに、ヒュンケルはそう答えた。心の底からの本心だ。
    「勿体無いお言葉でございます。では、お風呂にご案内いたします。お二人のお部屋に一番近いお風呂を開けてございます」
     ふたりとも温泉に入るのは初めてだと話すと、フレッドは道すがら温泉の入り方について詳細に説明をしてくれた。
    「ここは冷ましたり温めたりしなくても、入浴に丁度良い温度のお湯が自然に湧くのです。王族の皆様にも人気の温泉でしたので、きっとお気に召すはずです」
     ほう、とヒュンケルは思わず声に出した。軍団長時代のヒュンケルが拠点としていた地底魔城にも温泉が沸いていたが、死活火山が近かったせいか湯の温度が高く、一度汲んで置いておくか水を加えるかして、適温に冷ます必要があった。
    「こちらでございます」
     館の中央より少し南寄りだろうか。フレッドはひときわ豪奢な扉を指し示した。フレッドは扉を開けると、「どうぞお入りください」とふたりを促した。
     ヒュンケルはぽかんとした。ラーハルトも隣でぽかんとしている。脱衣所だけで宿屋の三人部屋ほどの広さがあり、立派な鏡台が二つに、水差しと寝椅子が置いてある。脱衣所だけでこの広さだ。その先はどうなっているのだろう。
    「ヒュンケル様、ラーハルト様。どうぞ中へお上がりください」
     ヒュンケルははっと我に帰ると、先ほど説明された通りにミドルブーツの紐を解いて、一段高くなっている脱衣所の中に上がった。ラーハルトもショートブーツのベルトを解いて中へ上がる。今更ながら、人前で裸足になるのは恥ずかしい気分になってきた。
     フレッドも「見苦しい姿で失礼いたします」と、靴を脱いで上がってきた。
    「ご説明いたします」
     フレッドは何枚も折り畳まれ積み重ねたタオルを指し示した。
    「こちらがご入浴の際にお使いいただくタオルです。大きいものと小さいものと用意してございます。何枚でもご自由にお使いください。使い終わったものは隣の棚に置いていただければ後で係の者が回収に参ります」
     フレッドはまた別の棚にある折り畳まれた白い衣服を示した。
    「こちらに湯上りのお召し替えを用意してございますので、よろしければお使いください。上下別れております。お好きなサイズをお使いください。このお召し物で夕食にお越しいただいても問題ございません。お洗濯が必要なお召し物がございましたら、こちらの袋に入れておいてくださいませ。お天気にもよりますが翌日には綺麗にしてお部屋にお届けしておきます」
     フレッドは流れるように説明する。
    「では後ほど係の者がお背中を流しに伺います。先にお風呂にお入りになってお待ち下さい」
    「あっ、あの!」
    「はい」
    「あの……それはいいです。自分たちでできますので」
     ヒュンケルもかつて軍団長として地底魔城にいた頃は、ゆったりと猫足のバスタブに横になって下僕に体を洗わせていた。しかしそれは相手がスケルトンやマミーの下僕だったからできたことだ。生きている人間に体を洗われるとなると恥ずかしくて仕方ない。今はもう相手がスケルトンでも頼めるかどうか怪しい。
    「承知いたしました」
     ゆっくりと一礼して、それではごゆっくりお寛ぎください、と、フレッドは扉の向こうに消えていった。
    「……おい」
     些か呆然とした様子のラーハルトから声をかけられた。
    「なんだ」
    「なんなんだこれは……温泉とはみんなこうなのか……?」
    「いや……たぶん……違う」
     他の温泉施設を知らないからなんとも言いようがなかったが、たぶん、たぶん違う。これは王族専用だ。
     至れり尽くせりの豪奢さは置いておいて、気を取り直してさっそく温泉に入ることにした。
     入浴には不要だろうと、ふたりともカーディガンの類は部屋に置いてきた。ラーハルトはフレッドに言われた通り、長い髪が水面に付かないよう、鏡台にあった紐で髪を高い位置で括った。
     脱いだ服を入れる籠の前で服の裾に手をかけ、ラーハルトは何かに気付いたように手を止めた。
    「どうした?」
    「思わず手ぶらで来てしまったが、オレはお前の護衛であるからして、一緒に湯浴みをしてはまずいのではないか?」
    「個別に離れる方が狙われる可能性が高いのでは?」
    「それもそうだが……」
     レオナは名目としては“ヒュンケルの護衛”としてラーハルトを同行させたが、この湯治はレオナからラーハルトへの労いでもある。ヒュンケルはそう踏んでいる。
     ラーハルトは竜の血の力によって甦ると、すぐさま大魔王との決戦に駆け付けた。彼がいなければバーンとの戦いはあれ以上に壮絶なものとなったであろう。勇者一行の一員として、また一国の指導者として、レオナがラーハルトへ何らかの褒賞を与えたいと思うのは自然なことだった。
     しかし、ラーハルトは頭の固い武人だ。レオナが率直に褒賞を与えたいと告げたところで、自分は主人であるダイのために戦っただけだ、主人からならともかく何の関係もないお前から褒美を貰う謂れはない、と頑として断っただろう。
     だからこその“ヒュンケルの護衛”だ。ここでもレオナの手腕は見事だった。そのレオナの思惑を汲んだヒュンケルとしても、ラーハルトにはあまり気を張らせぬよう努めたかった。
    「武器だけ持ち込めばいいだろう。お互い裸では立ち回りができないというわけではあるまい?」
     戦士としての長い経験の中で、ラーハルトも裸で戦わざるを得なかったことはある。しかし股間のものがぶらぶらして妙に落ち着かなかった記憶がある。
    「では槍を……」
    「浴室に槍ではかえって動き難くないか?」
    「……そうだな。護身用のナイフならベルトに挟んである」
    「オレもだ」
     ヒュンケルは服のボタンを外しながら続けた。
    「それに、幼い頃アバンから、極東の“裸の付き合い”というものについて聞いたことがある」
    「“裸の付き合い”?」
    「ああ、なんでもその極東の島国には多くの火山があり、あちらこちらで湯が湧き出てくるそうだ。だからここのような入浴施設がたくさんある。そこで身分も関係なく皆裸になって、胸襟を開いて親交を深めるのを“裸の付き合い”と言うそうだ」
     アバンはよく小さなヒュンケルと一緒に湯浴みをしたがったが、その話を聞いてからヒュンケルはより一層アバンと湯浴みをしたくなくなった。仇と親交など深めたくなかったからだ。
    「しかしオレとお前が“裸の付き合い”とやらをして何になる?」
    「オレはお前のことを友だと思っている。しかしお前の生い立ち以外のことはほとんど何も知らない。お前もオレが軍団長だったこと以外は知らない。そうだろう?」
    「確かに、そうだな」
    「オレは友のことをもっと知りたいと思う。だが、お互いに口が達者な方ではない。まぁだから、借りられるものの力は借りてみてもいいのではないか、と思うのだ」
     ラーハルトは黙ったままだ。怒らせてしまっただろうか、とヒュンケルは心配になった。ラーハルトの怒りの沸点はいまいちよく分からない。
    「……オレもお前のことは友だと思っている」
     幾分照れ臭そうにラーハルトはそう言った。
    「そうだな、“裸の付き合い”も悪くないだろう」

     ふたりとも服を脱ぐと、腰にタオルを巻き、いつも服のベルトに挟んでいる護身用のナイフを持った。脱衣所と浴室を隔てる木の扉を開けると、そこは一面の緑だった。木々が外から中を伺えぬように壁の役割を果たし、しかし丁寧に手入れをされたそれらは目にも美しく、閉塞感は感じさせない。上を見上げると真っ青な空が見えた。
     上級の宿屋の四人人部屋ほどもある広い浴室の床は、石を敷き詰めて固められていた。浴室の三分の二ほどを占める洗い場には、壁際に小さな椅子と桶が二つずつ用意されていた。そして、浴室の端、ちょうど見上げると空が見える位置に、木でできた大きな円形の浴槽が埋め込まれていた。六~七人が入ってもまだ余裕がありそうな広い浴槽だ。同じく木材を組み合わせて作られた樋からは、ふんだんに乳白色の湯が浴槽へと流れ込み、眺めている間にも浴槽の端を越えて次々と湯が溢れていく。
     浴槽の傍らには背の低いテーブルに銅製のグラスがふたつと水差しが、また別の傍らには休憩用の寝椅子の上にふかふかとしたバスローブもそれぞれふたつずつ用意されていた。寝椅子と寝椅子の間にもテーブルがあり、そこにも水差しとグラスがあった。至れり尽くせりとはこのことだ。
     フレッドに習った入浴の手順を思い出す。まずはかけ湯。桶で湯を汲む前に試しに浴槽に手を入れてみる。なるほど、入浴には最適な温度だ。改めて桶で湯を汲むと、椅子に座って心臓から遠く、足から徐々に湯をかけていく。しっかり汗を流すように、とも言っていた。もう一杯湯を汲むと、今度は全身に湯を浴びた。ふと、近くで何かが香った。花の香りだろうかと周りを見回してみても、そのようなものは見当たらない。匂いの元を探ってみると、先程は気が付かなかった石鹸がある。ここから花の香りが薫っていたのだ。ヒュンケルはあまりの豪奢さに目眩を起こしそうだった。石鹸自体も高価なものだが、香り付きのものとなると更に高価だ。それがヒュンケルの分とラーハルトの分、ふたつ惜しげもなく置いてある。予備も含めればもっとあるだろう。
     ヒュンケルが石鹸に思いを馳せている間に、背後でざぶんと水音がした。ラーハルトが早々に湯に入ったようだ。ヒュンケルもかけ湯は終わった。護身用のナイフだけ浴槽の傍らに置く。入浴の手順でフレッドが言っていたこと。「浴槽にタオルを入れてはいけない」。ヒュンケルは腰に巻いたタオルを取り払うと素早く浴槽に体を滑り込ませた。
     浴槽に入ってしまえば、乳白色の湯に隠れて体はすっかり見えない。タオルはとりあえず浴槽の外で絞って、入浴用の手すりにかけておいた。
    「遅かったな。何かあったか?」
    「いや……王侯貴族にくらくらしていただけだ……」
    「?」
     ラーハルトは怪訝な顔をしたが、それ以上は何も聞いてこなかった。
    「ふむ……オレは温泉というのは初めてだが、こうやって露天で温かい湯に浸かるというのも、湯屋や水浴びと違って良いものだな」
    「オレも軍団長だった頃はよくバスタブで湯浴みをしていたが、こうして全身を浸かるのは初めてだな」
    「ほう、意外と綺麗好きだったんだな」
    「意外とはなんだ、意外とは」
     お互いに、友、という認識のある相手ではあるが、お互い饒舌な方ではない。すぐに沈黙が訪れた。けれども不快なものではない。湯が流れる音だけが周囲に響き渡り、時折小鳥の鳴き声が聞こえて来る。美しく整えられた景色を眺めながら湯に浸かり、気のおけない友と穏やかな時を過ごす。それはヒュンケルの苛烈な人生にはなかった、なんとも心地よい体験だった。
     しばらくすると額にふつふつと汗が湧いてきた。用意された水差しからグラスに水を汲み、一息にあおる。
    「お前もどうだ?」
    「もらおう」
     そうラーハルトに聞くと、彼も汗をかき始めたようだった。グラスを受け取るとやはり一気に飲み干した。
    「そろそろ出るか。のぼせそうだ」
    「ああ」
     ヒュンケルの提案にラーハルトは首肯した。
     浴槽から上がるとまた腰にタオルを巻き、ナイフを持って脱衣所に戻る。大きなタオルを使って体の水滴を拭いていく。今までに使ったことが無いほどふかふかのタオルだ。
    「なんだこのタオルは……」
     流石のラーハルトも困惑している。
     用意してもらった部屋着は、頭から被って着る柔らかくゆったりした七分袖のシャツと、同じ素材のゆったりしたズボンだった。ウエストでサイズを選んだらズボンの丈が足りなかったので、少しウエスト周りが緩いがワンサイズ上に変えた。紐である程度調節できるので問題ないだろう。ラーハルトもそうだった。
     部屋着に着替えたヒュンケルが、洗濯物袋を使おうか悩んでいると、部屋着に着替えたラーハルトが隣で容赦なく服を袋のうちの一つに放り込んでいた。
    「使うのか?」
    「使えるものは使う」
     なるほど、合理的なラーハルトらしい。
    「……下着もか?」
    「そうだ。今はさっきのを履いてるが、夜の湯浴みの後に替えたら洗ってもらうぞ」
     この豪胆さが羨ましい。
     結局ヒュンケルもありがたく洗濯物袋を使わせてもらうことにした。下着をどうするかは夜までに考える。
     風呂からお互いの部屋に戻り、ヒュンケルは室内履きに履き替えると、特にやることもなくなった。遠慮なく紐を使わせてもらって女中を呼ぶと、紅茶を頼んだ。それを飲みながら最初は窓際のソファチェアで外を眺めていたが、日も落ちて風景も見えなくなっていった。カーテンを閉めようとしたときにノックがあり、女中がカーテンを閉めて出て行った。本格的にやることがない。暇を持て余したヒュンケルが、文机の引き出しに入っていたパプニカの歴史書をソファで読んでいると、再びノックの音があった。
    「はい」
    「御夕食の準備が整いましてございます」
     フレッドの声だ。
    「すぐ行きます」
     ドアの外に出ると、今回は先にラーハルトがいた。ヒュンケルと同じ部屋着のままだ。
    「暇だ……」
     げんなりした様子でラーハルトは言った。

     食堂の広いテーブルにはずらりとカトラリーが並べられ、従僕がヒュンケルとラーハルトそれぞれの椅子を引いた。ヒュンケルの対面に座ったラーハルトは、カトラリーの数に困惑していた。ラーハルトは気付いていないようだったが、カトラリーは全て銀製だ。
     ラーハルトはバランに随従した際に失礼の無いよう、ひと通りのテーブルマナーは習ったが、それは一度も使われず記憶の遥か彼方だ。普段は毅然とした態度のラーハルトが目を丸くしているのが新鮮で、ヒュンケルは思わず微笑んだ。
    「おい、今笑ったな」
    「笑ってない」
    「いや笑っただろ」
     そう言いながらしばらくカトラリーと睨めっこをしていたラーハルトは両手を上げた。
    「降参だ。確かフォークとナイフは外側から使うのでよかったか?」
    「そうだ」
    「お前はどうもこういった生活に慣れているな……」
    「幼い頃アバンに叩き込まれただけだ」
    「オレもバラン様にひと通り習ったが、一度も使わなかったから忘れたぞ」
    「まぁ、あとは……今となっては不本意ながら……まぁ、色々だ」
     部屋に待機している使用人の手前、ヒュンケルは言葉を濁し、ラーハルトは事情を察してそれ以上はその話題について言葉をかけては来なかった。
     カトラリーの数から分かっていたが夕食はコースだった。
     まずパン皿にバゲットと丸パンが配られ、そのすぐ後に前菜がやってきた。採れたての季節野菜のサラダに、近くの小川で獲れるという小魚のフリット。甘くなるまで炒めた玉ねぎとベーコンがたっぷり入ったキッシュ。野菜は普段食べているものより随分と味が濃く、甘かった。小魚は頭から尻尾まで丸ごと食べられるということで、香ばしくて歯応えも良い。
     間にあっさりとしたトマトベースのスープを挟んで、次は魚料理だ。これも近くの川で獲れるというマスのオーブン焼き。キノコの入ったソースがかかっていた。そしていよいよメインの肉料理だ。山で獲れたばかりだという猪のステーキがやってきた。赤ワインを煮詰めたソースがかけられた肉は筋肉質で野性味が強く、野山を駆け回る力強い味がした。
     最後にはテーブルの上が片付けられ、デザートのプレートが並べられた。生菓子にフルーツが添えられ、ソースが美しい絵画のようにかけられていた。プレートの端にはごく小さなガラスボウルが載せられ、そこに球状をした淡いクリーム色のものが乗せられていた。
    「おいヒュンケル、この白いのはなんだ?」
    「これはシャーベット……氷菓子というやつだな」
    「ほう! これが!」
    「オレも数えるほどしか食べたことはないが……」
     氷菓子はヒャド系の魔法を使って作られる。魔法使いの協力を必要とするために、貴族でなければお目にかかれないほど高級、というわけでもないが、庶民が手軽に買えるほど安いものではない。庶民にとっては冷やしたスイカのほうが手軽で安価だ。
     ヒャド系魔法の他にメラ系魔法の火力も料理人にとっては魅力的なものらしい。どちらにせよ魔法の適性がある人の方が少ないため、魔法を利用した料理は高級なものになりがちだ。
    「うまい! うまいぞこれ! ヒュンケル、食べてみろ!」
     珍しくはしゃいだラーハルトに促され、スプーンでシャーベットをすくって口に運ぶ。スプーンを口に含んだ瞬間にやってくるのはまず冷たさ。それがみるみるうちに口の熱で溶けていき、果汁の旨味が口いっぱいに広がる。桃のシャーベットだ。
     食後にはお茶が出された。コーヒー、紅茶、ハーブティーの中から選べるということで、ヒュンケルは紅茶を、ラーハルトは「実は飲んだことがない」という理由でコーヒーを選択した。
     「悪くないな」と言いながらコーヒーを飲むラーハルトと差し向かいで紅茶を楽しんでいると、フレッドがやってきて、明日の起床と朝食の時間を尋ねてきた。
     おそらくフレッドが起こしに来て身支度を手伝ってくれるのであろうが、ヒュンケルもラーハルトも戦士の性分で毎日決まった時間に目が覚める。身支度を人に手伝ってもらうのも落ち着かない。その点は丁重に断って、朝食の時間の希望だけを伝えた。
    「それでは、そのお時間に。朝食はこことは別のお部屋になりますので、お時間になりましたらご案内に参ります」
    「ああ、ところで」
     ヒュンケルはフレッドに聞きたいことがあった。
    「湯治のためには温泉に日に何度も入ったほうが良いと聞きました。だいたい何度ほど入るものなんですか?」
    「そうですねぇ……そのお方や状態よりますが、日に一、二度程度の方から、日に五度、というような方もいらっしゃいます」
    「五度!」
    「ですが入浴はその分お疲れにもなりますので……。私は一日二、三度から様子を見るのをお勧めいたします」
    「なるほど」
     ああそうです、とフレッドは何かを思いついた顔をした。
    「ご朝食前にもお入りになられては? 胃腸の動きも活発になってよろしいと思います」
    「是非そうさせていただきます」
    「では、朝もご入浴できるように準備しておきますので、お好きなお時間にお入りください」

     フレッドは「お食事後、すぐに入浴するのはお勧めできません。消化が悪くなりますので」と言っていたが、言われるまでもなく入れない。腹がパンパンだからだ。
     とりあえずは一度各々の部屋に戻って、適当な時間に声をかけることにした。
     一時間ほど経って腹の落ち着いたヒュンケルは、ラーハルトの部屋の扉を叩いた。
    「ラーハルト、大丈夫か?」
    「ああ。大丈夫だ」
     ふたりは下着だけ持って風呂に向かった。
     風呂に着くと、脱衣所は綺麗に元の通りに整えられていた。浴室もそうだろう。部屋着も新しく薄いグレーものに取り替えられている。生地も今着ているものより柔らかい。「ご就寝の際にお使いください」とカードが添えてあった。フレッドの名だ。
    「王族や貴族は皆こんな生活をしているのか……?」
     服を脱ぎながらラーハルトはヒュンケルに尋ねた。
     夕食の味がほとんど分からなかった……とラーハルトはぼやいた。
    「オレは貴族でも王族でもないから知らん」
    「似たようなものだったろう」
    「軍団長なんぞただの管理職だ」
     さくりと言い捨てたヒュンケルはさっさと服を脱いで腰にタオルを巻くと、ラーハルトより一足先に浴室へ向かった。
     まず桶に湯を汲んで、今度は椅子に座って香る石鹸で全身をよく洗った。「なんだこの石鹸は……匂いがするぞ……」と、ラーハルトは隣で困惑していた。
     またふたり揃って湯に入る。ラーハルトは頭を洗った後にまた髪を括り直している。いつもは鬣のような前髪もぺしゃんこになって、まるで別人だ。
    「何をニヤニヤしている」
    「いや、そうして濡れた髪を括ったお前も新鮮だと思ってな」
    「そういうお前もいつものふわ毛がぺしゃんこだぞ」
     ラーハルトはヒュンケルの頭を指差した。
    「食事に酒が付かんのが残念だな」
    「療養目的で来ているからな。しかし酒が出るにしても、値段が付けられないような高価なワインが出てくるだろう。これでいいのさ」
    「確かにな……飲んだ気がしないな……」
     浴槽に入ってしばらく落ち着いてから、ヒュンケルはそれに気付いた。
     昼の時と同じ水差しとグラスの間に、足のあるガラス製の器の中に氷が敷き詰められ、その中に片手で持てるほどの金属製のボウルがあった。中には色とりどりの一口大の丸い物体が入っている。なんなのか正体が分からず湯に浸かりながら摘んでみると、指先が冷たい。氷菓子だ。夕食の時のシャーベットよりも、湯のそばでも溶けにくいようにもっと中心まで固く凍らせたものだ。
     本職の魔法使いの協力を得る他に、料理人自身が初歩の魔法を修めるケースもあるという。ここの厨房の場合はそうかもしれない。
     ひとつ口に含んでみる。薄紫のこれは葡萄の味だ。温かい湯に浸かりながら冷たいものを食べるというのは、これ以上ない至福の贅沢だった。
    「ラーハルト、氷菓子だ」
    「何!?」
     ラーハルトはざぶざぶと湯をかき分けヒュンケルの隣にやってくると、ひょいと氷菓子を摘んで口の中に放り込んだ。余程気に入ったらしい。
    「なるほど……こういうタイプもあるのか……」
    「全部食べていいぞ」
    「子ども扱いするな。半分でいい。半分で」
     それでもきっちり半分は持っていくのか、とヒュンケルは笑いを堪えた。
     無邪気に氷菓子を摘むラーハルトを見ながら、ヒュンケルはは何かあたたかなものが胸に広がるのを感じた。



     結局、ヒュンケルは朝食前と昼食後、そして夕食後の一日三回、温泉に浸かることにした。
     朝の入浴時には新しい紺色の部屋着が用意されていた。何もかもが行き届いている。
     数日はラーハルトも律儀にそれに付き合っていたが、目下の危険は無いと見て、朝食前には別行動をして庭で槍の鍛錬をするようになった。あの魔槍を鍛錬に堂々と使っていては、使用人の間に何かの噂が出かねないので、有事の際に使う別荘の槍を借りているようだった。ヒュンケルも是非ともそれに参加したいところではあったが、体がそれを許してはくれなかった。
     治るのだろうか、この体は。戦士としての死を宣告されたときは、そうか、とただ何の感慨もなくそう思っただけだった。しかし戦えない自分が何の役に立つのだろう。改めてそう考えると足元からじわじわと何かに侵食されていく気がした。
     食事は上げ膳据え膳、することといえばふたりでぶらぶら館を見て回ったり、テラスでチェスに興じてみたり、図書室で戦術書を読み解いてお互いに意見を戦わせたり。
     そもそもが別荘というのだから、ゆっくりとくつろぐ場所ではあるのだが。
    「これはまずいな」
     ヒュンケルは庭に出されたテーブルとチェアで午後のお茶を愉しみながらそう言った。ヒュンケルのカップの中身は体に良いというハーブティーだ。
    「オレもそう思っていたところだ」
     ヒュンケルの向かいに座ったラーハルトが茶菓子をつまみながらヒュンケルに同意した。ハーブティーの風味にどうにも慣れなかったラーハルトのカップの中身はコーヒーだ。どうも気に入ったらしい。
    「これは、肥る……」
     ヒュンケルの言葉にラーハルトは神妙な顔でうなずいた。
     三度の食事に午後のお茶、そして夜の入浴時に夜食として供されるフルーツや氷菓子の類。これだけ食べ続けていればいずれ戦士として致命的なほどに肥ることは目に見えていた。
     食べ過ぎだと思うのならば食事を残せばいいだけの話ではあるが、お世辞にも裕福とはいえない生活を送ってきたヒュンケルとラーハルトは、まだ食べられるものを捨てることに酷く抵抗があった。しかも、まだまだ食べ盛りの二十歳過ぎの男ふたりには、それらを平らげてしまえる頑健な胃腸が備わっていた。
    「お前、どの程度なら動いて良いんだ?」
     ラーハルトがヒュンケルに尋ねる。
    「さぁ……なにしろどの医者もこういった症例は初めてだそうで、これと言った指針がなくてだな…。ブロキーナ老は『普通に歩く程度なら問題ない』と言っていたが……」
    「ふむ。散歩くらいなら問題ないだろう。明日から行くぞ」
    「そうだな。そうしよう」

     更にヒュンケルは、食事の品数を減らし、午後のお茶にも茶菓子を出さないようにして欲しいと自らアルバートへ頼みに行った。
    「なにか不手際でもございましたでしょうか……?」
     アルバートは不安そうな表情でそう問い返した。
    「いえ……そうではなく……なんと言ったらいいのか……」
     ヒュンケルは言葉に詰まった挙句、素直に真実を口にすることにした。
    「その、食事は申し分ないほどに美味なのですが、なんというか……その分肥満が心配でして……」
     ヒュンケルはたどたどしくそう言った。
    「あの、デザートと夜の夜食は減らさないでいただけますか? 連れが氷菓子を随分と気に入ったようで……」
     ヒュンケルの言葉にアルバートは「かしこまりました」と目を細めた。
    「それで、これからは午後のお茶が終わったら日暮れまで庭の散策をしたいのですが……」
    「それは良いお考えでございます。今は薔薇が見頃ですので、ごゆっくり庭をご覧になってください。何しろこれだけ広さがございますので。フレッドが薔薇園のご案内をいたします」
    「あ、いえ。それは結構です。場所を教えていただければふたりで行きます」
    「では、フレッドにそのように言いつけておきましょう。午後のお茶が終わりましたら庭園のご説明に伺います」



     さっそく翌日、午後のお茶が終わった後、ヒュンケルとラーハルトは薔薇園に向かうことにした。
     見送りに待っていてくれたアルバートは、「良いお天気に恵まれまして、何よりです」と笑顔を絶やさない。と、館の中から従僕がやって来て、恭しくふたりに平べったい小ぶりの壺のようなものを手渡した。蓋が付いている。
    「是非そちらの水筒をお持ちください」
     アルバートが言った。これが水筒とは。革でも植物でもなく、ガラスでできている。形は違うがロン・ベルクが似たような酒瓶を持ち歩いていた。胴体を覆う布製のカバーには、肩から下げられるようにベルトが付いている。
    「何しろこの庭は広うございますので、途中でお喉が乾きになるかと存じます。こちらで水分をお取りくださいませ」
    「お気遣いありがとうございます」
     そう頭を下げると、「とんでもございません」とアルバートは更に深々と頭を下げた。
     そのままで大丈夫だとは言われたが、あの部屋着で庭園に出るのは憚られたので、今日は身支度を整えて、オリーブ色の半袖開襟シャツに、ゆったりめの生成のズボンを履いてきた。
     ラーハルトは織りのある鮮やかなブルーの半袖のチュニックにオフホワイトの腰布を巻いている。ズボンは先日のカーキのものだ。
    「お前、そのダサい服どこで買ってくるんだ?」
    「ダサ……失礼だなお前」
    「ダサいからダサいと言ってるんだ」
    「マァムとエイミが見立ててくれたんだ。暴言は許さんぞ」
     ピク、とラーハルトの眉が動いた。
    「今度オレがお前の服を見立ててやる」
    「え? いらん」
    「お前は……」
     ふたりは薔薇園に向かいながらそんな軽口を叩き合った。

     薔薇園に着くと、生垣を刈っている庭師がいた。庭師は被っていた帽子を取って「これはお客様。ようこそいらっしゃいました」と深々と頭を下げた。
    「こんにちは。こう天気が良いと暑いでしょう」
    「いえいえ、お天道様が出るのは草木にとってありがたいことです」
     そうヒュンケルが庭師と会話している間に、ラーハルトはさっさとその辺をぶらつき始めた。
    「薔薇をご覧になりにいらしたんですか? ご案内いたしましょう」
    「いえ、それは結構です。どこが見頃ですか?」
    「それでしたらあの辺りがちょうど盛りですよ。多分明日明後日には枯れちまいます」
     ありがとうございます、と言い残して、ヒュンケルは庭師の指し示した方に向かった。ラーハルトは相変わらず当てどもなく薔薇園の中をうろついている。放っておこう。
     庭師の教えてくれた一角の花々を一つずつゆっくり見て回った。紅色の花、黄色い花、ピンクの花、白い花、黒のように赤い花。小ぶりの花、大ぶりの花。巻きが強い花、弱い花。赤と白の薔薇くらいしか知らない無骨なヒュンケルにとって、その全てが新鮮で、知ることが嬉しかった。
     薔薇には一つずつ品種名が書かれたプレートが添えてあった。それまではさっと流し見する程度だったが、見る列を変えたとき、ある文字に目を奪われた。
    「“レオナ”?」
     明るいオレンジ色の大輪の薔薇にその名がついていた。
     別の生垣を刈りに通りかかった庭師が、その言葉を聞き取って解説してくれた。
    「ああ、そちらはレオナ様のご誕生のお祝いに開発して、王室に献上された品種になります。レオナ様はオレンジかかった明るい茶色の髪と目の色をされていらっしゃるでしょう? 何より気さくで明るくていらっしゃる。お子様の頃からそうでいらっしゃいました。ですからそのような花になったのですよ」
    「……」
    「こちらの列は全て歴代の王室の皆様の名を付けられ、献上された品種になります。ぜひ散策してみてくださいませ」
     そう言って庭師は仕事に戻って行った。
     では、レオナの父に献上された薔薇もあるのだろうか。自分が殺してしまった名も知らぬレオナの父の。
    「おい」
     声と共に背中をバンと強く叩かれた。ラーハルトだ。
    「またろくでもないことを考えていたな?」
    「なぜ分かった」
    「お前はすぐ顔に出る」
     そうだろうか? とヒュンケルは頬に手をやる。ラーハルトはヒュンケルの肩に手をかけた。
    「いいか、今は今、昔は昔だ」
    「まだオレの中では昔と言えるほどの時は経っていない。お前のように割り切れない」
    「……オレはお前がお前にやすりをかけるのが我慢ならない」
    「……どういう意味だ?」
    「いい。忘れろ」

     ヒュンケルが薔薇園を一周して蔓薔薇のトンネルに入ると、ちょうど中間に四阿があった。ラーハルトはそこの椅子に座っていた。
    「随分と熱心に眺めていたな」
    「機能回復を兼ねているからな。そういうお前は?」
    「飽きた」
     その一言にヒュンケルは苦笑いした。
     ヒュンケルも四阿の椅子に腰掛けて水筒の水を飲むことにした。
     水筒の口を開けて中を覗くと氷が入っている。氷も高級品だがもう驚かない。だが、この天気ではヒュンケルが散策している間に氷が溶けていてもおかしくない。この水筒も何かの魔法の瓶なのだろうか。
     水筒に口をつけた。これはなんだろう。わずかな酸味と清涼感のある水だ。
    「水筒の水、飲んだか?」
    「飲んだ。ただの水じゃないな。毒の類でもないが」
    「お前はまた物騒な……」
    「護衛なんでな」
     どうしようもない男だ、とヒュンケルがため息を着くと、薔薇の芳香が胸いっぱいに広がった。
    「薔薇とは不思議な花だな。花に鼻を近づけてもこれといった匂いはしない。しかしこうして風に乗って華やかな香りが運ばれてくる」
    「……離れていたほうが愛しさが募るものだ」
    「お前はたまに詩的な表現をするな」
    「そうか」
     ラーハルトは椅子から立ち上がった。
    「そろそろ戻るぞ。オレは飽きてるんだ」
    「先に戻っていても良かったのに」
    「オレが見ていないと、お前は無理して庭を走り回ったりしかねん」
    「犬か……」
    「館に戻るぞ」
     もう日が陰って来ている。今日の夕飯は何かな、などと話しながら館に戻った。
     館に着くと、アルバートが出迎えてくれた。
    「お帰りなさいませ。薔薇はいかがでしたか?」
    「楽しめました。香りが素晴らしいですね」
     アルバートと話している間に従僕がやってきて、「失礼いたします。そちらの水筒、お預かりいたします」と水筒を持って去っていった。
    「そう、あの水筒の中の水、普通の水ではなかったようですが……?」
    「あちらは、スライスしたレモンとミントの葉を漬けたお水でございます。レモンは疲労に良く、ミントはさわやかさを加えます。お気に召しましたでしょうか?」
    「とても」
    「では次回から同じものをご準備いたします」

     その日以降、毎日庭を散策したが、薔薇の他にはこれと言って見所もなく、ただ緑を眺めるだけに終わった。混乱期が終わってきちんと手入れがされるようになればまた違ってくるのだろう。きっとあの王家に献上した薔薇だけは死守したに違いない。
     庭では特に見るところもなくなったので、館の裏手にも回ってみた。険しい谷になっていた。そういえばこの別荘自体丘の上にあった。ラーハルトは、「なるほど。裏手から攻められる事はないわけか」とまた物騒なことを言っていた。



    「で、“裸の付き合い”とやらの収穫はどうだ?」
     夜の入浴の際に浴槽の縁に肘をつきながら、ラーハルトはそう言った。
     答えは分かっているくせに、こういった意地の悪い物言いをする。
    「さっぱりだな。お前が氷菓子が大好きなこと以外はさっぱりだ」
     ヒュンケルは反撃してやった。
    「お前はまたその話をするか……」
     夕食のデザートや夜食に氷菓子が無いときはあからさまに落胆し、あるときは見るからに顔が明るくなる。いつも無愛想なラーハルトがこうなるなど、面白くないわけがない。
     しかし、このままではお互いのことを何も知らないままだ。“裸の付き合い”がどうのと言い出したのはヒュンケルの方だ。ヒュンケルは必死に考えを巡らせた。
    「……お互いに一日に一つずつ質問をしていくのはどうだろう?」
    「ふむ。悪くないな」
    「じゃあまずオレから質問だ。好きな食べ物はなんだ?」
    「安直な質問だが、導入としては悪くないな。好きな食べ物か……肉……特に鹿肉が好きだ。特に野山を駆け回ったやつがいい。繊維質で血の味がして美味い」
    「なんだそれは」
    「お前は?」
    「好きな食べ物か……自分で言っておいてあれだが……改まってとなると難しいものだな……」
     ヒュンケルはは顎に手を当ててしばし考えた。
    「…………シチュー、かな」
    「まるで子どものようだな」
     ラーハルトはそう言ってからかったが、人間用の食材が手に入りにくい地底魔城で、必死にかき集めたくず野菜とくず肉を使って、父バルトスが不器用に作ってくれたシチューがヒュンケルには忘れられないのだ。
    「では俺の番だな。剣の他に得意な武器は?」
    「槍だ」
     ヒュンケルは即答した。
    「誰かさんのおかげでな」
     ニヤリと笑いながら続けると、ラーハルトは鼻白んだ。
    「そういうお前は?」
     ラーハルトは少し考え込むと、意外な返答があった。
    「弓……かな」
    「弓? 意外だな」
    「槍はやはり森の中……障害物の多い場所での戦闘に弱い。それを補うために弓……本格的なものでなくただの小さなクロスボウだが、それを嗜む程度に、な」
    「なるほど。意外と考えているのだな」
    「意外とはなんだ意外とは」
    「いや、馬鹿にしているわけじゃない。むしろオレが剣一筋の考えなしだったから……」
    「剣は汎用性が高いからな。まぁ遠距離からの攻撃には弱いが。槍とかな」
    「そういう槍は間合いを詰められると弱いだろう?」
    「ああ。だから剣もひと通りやった。お前の腕には到底及ばんが、振り回すくらいはできる」
    「……お前は本当に熱心だな」
    「バラン様のためならなんでもしたさ」
     そんな話をしながら浴槽の縁に腕をかけ、ゆったりと湯に浸かる。それきり会話は終わってしまって、星空を見上げながら虫の声に包まれる。
     虫の声に掻き消されそうなほど小さな声で、ラーハルトがぽつりと呟いた。
    「……ここの連中は魔族の俺を見ても動じないな」
     ヒュンケルは微笑みながら応えた。
    「それが使用人という職業さ」
     主の客人であれば、外見も身分も問わず、等しく接してもてなすのが使用人というものだ。
    「そうか。難儀な職業だな」
     そう言いながらラーハルトは少し嬉しそうだった。

     翌日はふたりで寝椅子で寛ぎながら、今度はラーハルトからヒュンケルに尋ねた。
    「今日はオレから行かせてもらうぞ。では……昨日とは逆に、嫌いな食べ物は?」
    「辛いものかな。少し唐辛子が入っているくらいなら平気だが、辛味のオイルが浮いているようなものは得意ではないな」
    「本当に嗜好がお子様だな」
    「うるさいな。そういうお前はなんなんだ」
     ラーハルトは少し考える素振りを見せると、言い難そうに口を開いた。
    「……アップルパイ」
    「アップルパイ?」
     予想外の回答にヒュンケルは目を瞬かせた。
    「なぜ?」
    「そのままでも甘くて美味い林檎をなぜ甘く煮るのか分からん。食感もグニャグニャしていて苦手だ」
     ヒュンケルは声を出して笑った。
    「はははっ! ではデザートにアップルパイは出さないように頼んでおこう」
    「笑うな、阿呆」
     場が暖まったそれ以降は、一つずつの質問は必要なくなった。
     寝椅子に横になって氷菓子を摘まみながら、ヒュンケルとラーハルトはぽつりぽつりと様々な話をした。ドラゴンの手懐けかた、母のこと、バランとの出会い。軍の指揮をする際のコツ、アバンとの生活、弟妹……特にダイの話、スケルトンの父バルトスのこと。
    「魔物に育てられたのか」
     ヒュンケルの言葉にラーハルトは目を丸くした。
    「そうだ。優しく、けれど厳しく勇敢な父だった」
    「ただの人間が軍団長とは、と思ってはいたが、そういう理由があったのか」
    「……いや、それはミストバーンが後見だったからな……」
     ヒュンケルは苦笑しながらそう言った。

     ときには笑いあって、ときにはくだらない言い合いをして。
     お互いのことをほとんど知らなかったのに、毎日のように知っていることが増えていく。
     人と馴れ合わない生き方をしてきたふたりには、それがとても新鮮で、楽しかった。
     午後のお茶の後にいつもの水筒をもらって、ヒュンケルとラーハルトの散策は別荘の外に範囲を広げていった。
    「あの小さいオレンジの花はなんだ? 良い香りがする」
     ヒュンケルは一本の木を指差した。
    「知らん。というかなぜオレに聞く」
     見るからに“情緒”というものが欠けているラーハルトに花を名前を聞くのは、明らかに選任が間違っている。
    「オレは魔界と地底暮らしが長かったからな。地上にいたのはアバンの元にいたときくらいだ。こうして地上をゆっくり歩き回るのは初めてなんだ」
     アバンも木や草の名前を教えてはくれたが、実用的――薬になる草や実が食べられる木の名前がほとんどだった。
    「……あの木は分からんが、あちらの赤い花の木なら分かる」
    「へえ、なんだ?」
    「百日紅、という名前の木だ」
    「さるすべり? 面白い名だな」
    「表面がつるつるしているから猿でも滑るんだと。実際のところはどうだか知らんが」
     ふぅん、とヒュンケルは相槌を打った。
    「妙な名だからオレも覚えていた。あとはオレが知ってるのはスミレだのタンポポだの薔薇だの、子どもでも知ってる植物の名前くらいだ」
    「スミレとタンポポはどれだ?」
    「馬鹿、春の花だ。今は咲いていない」
    「へえ。春が楽しみだな。春になったらどの花か教えてくれ」
    「お前は本当に地上のことを知らんのだな」
     呆れてそう言いながら、ラーハルトは周囲の花々を見回した。
    「……これからはオレたちのような者でも、花を愛でられるような世になれば良いな」
     ラーハルトにしては珍しく、優しげな声でそう呟いた。



    「今日も外までお散歩ですか?」
    「ええ。今日は少し遅くなるかもしれませんが、夕食の時間までには戻ります」
    「いってらっしゃいませ」
     その日は少し足を伸ばすことにした。別荘からぐねぐねと曲がった道を奥へ奥へと行くと、傾斜の急な丘陵があった。
    「これは……」
     登ってみると、地面が大きくすり鉢状に凹み、中心に青く澄んだ水をたたえている。火山の火口の跡地に水が溜まった、いわゆる火口湖というものである。
    「見事だな……」
     草地に囲まれた湖を見下ろしながら、ラーハルトは思わず感嘆の声を上げた。
     ヒュンケルは火口湖を眺めて何か考えているようだった。
    「? どうした? 声も出ないか?」
    「いや……その……」
     もごもごと言い淀むヒュンケルを見て、ラーハルトはニヤリと笑った。
    「分かったぞ。お前が何を考えているか」

     ヒュンケルは草の上に倒れ込んだ。ショックだった。歩いて火口湖の外周を一周しただけで、こんなにも息が上がって動けなくなるとは。
     火口湖の外周を歩いて、機能回復の運動をしようとしたのだ。それでこの体たらくだ。
     アルバートからもらった水筒は途中で全て飲み干した。
    「湖の水……は毒があるかもしれんな。確か向こうに沢があったな。ちょっと待ってろ。水を汲んでくる。お前はそこの草の上に寝っ転がって息を整えていろ」
     伴走──伴歩と言うべきか──していたラーハルトは当たり前だが息ひとつ上がっていない。ヒュンケルの水筒を手にして姿を消すと、水を汲んで戻ってきた。
    「ほれ、水だ」
     体を起こしたヒュンケルはそれを受け取ると一気に飲み干した。
    「まだ飲むか?」
     まだ息の整わないヒュンケルが頷くと、「手のかかる奴だ」と言ってラーハルトはまた沢まで水を汲みに行った。憎まれ口のようだが、そこには気遣いが含まれていた。
     本当にオレの体は治るのだろうか。ヒュンケルは足元からじわじわと浸食していたものが、より暗く、より深く、拡がっていくのを感じた。

     帰り道、最初は自分の足で歩いていたヒュンケルだが、やっと別荘にたどり着いたときにはラーハルトの肩を借りて歩いていた。途中でラーハルトが「おぶってやろうか?」と聞いたが、それは頑なに拒否された。
    「これは……一体どうなさって……?」
     動揺を隠せないアルバートがラーハルトに尋ねた。
    「なんでもない。単なる運動のしすぎだ。夕食まで部屋にいる」
    「運動、とは……?」
     アルバートはさらにラーハルトに尋ねようとしたが、ヒュンケルが口を挟んだ。
    「いえ……今日の夕食、オレの分は結構です……。もう支度も終わっているだろうに申し訳ありません……」
    「それは構いませんが……お顔の色が……今車椅子をお持ちします。すぐに医師もお呼びいたしましょう」
    「いえ、それも結構です……」
    「大したことではない。疲れただけだ」
    「ではせめて肩にお掴まりください。フレッド! フレッド!」
     ラーハルトとフレッドに両肩を担がれて、ヒュンケルはやっとの思いで部屋の前にたどり着いた。
    「ここまででいい」
    ラーハルトはフレッドにそう言った。ヒュンケルの見栄っ張りな性格を汲んでのことだ。
    「本当に医師を呼ばずによろしいのですか……?」
    「問題ない」
    「……承知いたしました。ですが、何か急なことがあれば、遠慮なくベルを鳴らして使用人をお呼びください」
     部屋に入って這々の体でベッドの端に縋り付いたヒュンケルは、もう自力で靴を脱ぐことすらできなかった。
     ヒュンケルの靴を脱がしてやりながら、ラーハルトが言う。
    「立てるか。汗を流しに湯浴みに行くなら付き合うぞ」
    「今は無理だ……」
     ヒュンケルは首を振って、なんとか立ち上がると服のままベッドに潜り込み、気絶するように眠り込んだ。
     目を覚ますと、隣の部屋のドアが開き、ラーハルトが夕食に向かうのが分かった。その頃にはヒュンケルも大分持ち直し、せめて汗まみれの体を流しにと風呂へ向かった。あまり長時間湯気にあたってはまた気分を悪くするので、ささっと石鹸で体を洗ってざっと湯を浴びるだけに留めた。
     部屋に戻ると、ベッドは綺麗に整えられていた。クロスが敷かれたローテーブルの上にはカットしたフルーツの盛り合わせがあり、「もし召し上がれましたら、こちらをどうぞ」とフレッドの名でカードが添えてあった。
     ヒュンケルはありがたくそれをいただき、ごくごくとグラスに注いだ水を飲むと、早々にベッドに入った。ベッドに横になりながら、自分の身体はここまで衰えていたのか、と忸怩たる思いだった。
     目を閉じると、疲労困憊のヒュンケルの意識はすぐ遠のいた。



     翌日、ラーハルトが朝食の席に着くと、一向にヒュンケルが現れず、使用人たちもざわつき始めた。
    「ヒュンケルの様子を見てくる」
     待機している使用人にそう言い残してヒュンケルの部屋に行くと、アルバートとフレッドがドアの前で立ち往生していた。
    「どうした?」
    「朝食のお時間になってもいらっしゃらないのでご様子を見に参りましたが、ノックのお返事が無いのです……」
    「俺が様子を見て来よう」
    「ありがたく存じます」
    「ヒュンケル」
     中に入って声をかけても返事がない。
    「ヒュンケル?」
     呼びかけながらベッドに入っているヒュンケルの顔を覗き込む。まだ寝ているようだったが、様子がおかしい。呼吸が荒く、いつもは石膏のように白い肌が赤みを帯びている。額に触ってみる。熱い。
     ドアの外に出てアルバートとフレッドに報告する。
    「熱がある」
    「早急に医師の手配を……!」
    「待ってくれ。原因は分かっている。昨日も言ったが運動のしすぎだ。医者は必要ない」
    「ですが……レオナ様のお客様に万が一のことがあっては」
    「大丈夫だ。事情はあとで説明する。氷嚢だけ用意してくれ。明日には下がるだろう。明日も熱が高いままだったら医者を呼んでくれ」
    「……はい……かしこまりました」

     光が眩しい。額に何か乗っている。思わず手で払い除ける。
    「目が覚めたか」
     ラーハルトの声だ。薄く目を開ける。
     文机から引っ張ってきた椅子に座ったラーハルトがこちらを覗き込んでそう言った。
    「眩しい……朝日か……?」
     自分の声がずいぶんとしゃがれている。
    「夕日だ馬鹿。お前は熱を出して寝込んでいたんだ」
    「熱……!?」
     そう言って驚くヒュンケルの頬に触れラーハルトは言った。
    「まだ少しあるな。今日いっぱいは寝ておけ。水は飲むか?」
    「欲しい」
     ラーハルトはソファからクッションを集めてくると、ヒュンケルの背にそれを差し込み半身を起こさせた。文机の上の水差しからグラスに水を注いで、ヒュンケルに手渡すと。ヒュンケルは一気にそれを飲み干した。普通の水とは違う。酸味があってほの甘い。
    「これはなんだ? これも普通の水じゃない」
    「ああ、女中が言っていたような……レモンの汁と蜂蜜を混ぜて水で割ったもの? らしい。塩も少しだけ入っているそうだ。熱を出したときに良いんだとか」
     ラーハルトは物足りなさそうなヒュンケルにもう一杯手渡した。
    「服は? 着替えるか?」
     ヒュンケルは頷いた。熱のせいか汗をかいてあちこち湿っている。できれば着替えたかった。
    「少し待っていろ」
     しばし経って、ラーハルトは薄いグレーの部屋着を持ってやってきた。フレッドに頼んだのだろう。
    「オレとお前、サイズは同じで構わんよな?」
     一応の確認でラーハルトはそう尋ねてきた。「ああ」ヒュンケルはそう答えた。
     ラーハルトは着替えまで手伝ってくれた。風呂から持ってきたタオルでヒュンケルの汗を拭って、新しい部屋着に着替えが終わると、何も言わずとももう一杯蜂蜜レモン水を渡してきた。手間をかけて申し訳ない、と思いながらそれを飲んでいるところに、ラーハルトは唐突に切り出した。
    「あそこにはもう行くな」
    「……嫌だ」
    「それで毎回これか? 何人に迷惑をかけたと思っている」
    「……それでも、やりたいんだ」
    「なぜだ。ここの庭園の中でも十分な広さはある。外でも散歩がてらに歩く場所などいくらでもある。火口湖の外周を歩いた上にここまでの距離を歩いて戻ってくるのは無理だ。その体が証明している」
     戦士としての引導を渡したのはラーハルトだが、正直なところ、ヒュンケルがここまで弱っているとは思ってもみなかった。
     ヒュンケルはグラスを弄びながら目を伏せた。
    「懐かしい、気がするんだ。あそこ」
    「……懐かしい?」
    「地底魔城に似ている……」
     地底魔城。確か幼い頃ヒュンケルが父親と共に住んでいて、軍団長に任命されてからは居城としていた場所だ。
    「昨日歩いてみたら、湖の外周は地底魔城の入り口とぴったり同じ距離だった」
     ヒュンケルはぎゅっとグラスを握りしめた。
    「だから俺はあそこでやりたい。俺がまた“生まれ変わる”には、あそこでなければダメなんだ」
     ラーハルトには言っている意味が分からなかったが、ここではないどこかを懐かしそうに眺めているヒュンケルの様子を見るに、それはよほど大事なことなのであろう。
    「条件がある」
    ラーハルトが言った。
    「まずは休憩しながら半周からだ。あとは館から別荘の入口までは馬車を出すぞ。そうしなければ俺は付き合わんし、俺が付き合わなかったらどうなるか分かっているな?」
    「分かった。言う通りにする」
    「……はぁ……口車に乗せられてとんでもない男お守りを押し付けられてしまった……」
     ラーハルトはため息をつきながら頭をガリガリとかいた。
     その日のラーハルトの夕食は簡単なものにしてもらい、ヒュンケルの部屋で食べることにした。ソファのテーブルにクロスが敷かれ、そこにセッティングされた。ラーハルト用には、温野菜のサラダにバゲッドサンドとクラムチャウダー、そしてフルーツ。元来このくらいの方がラーハルトには合っている。ヒュンケルにはパン粥と柔らかく煮た白身の魚をほぐしたものに、フルーツジュースと熱冷ましのハーブティーが用意された。ラーハルトとヒュンケルは広いソファに並んで夕食を取った。ヒュンケルはものがものなのですぐに食べ終わってしまった。単に運動のしすぎで熱が出ただけで胃腸に問題はない。今は物足りなさそうにハーブティーを飲んでいた。
    「これも食べるか?」
     そう言いながらラーハルトがフルーツを差し出した。
    「いいのか?」
    「半分だぞ」
    「ありがとう」
     ヒュンケルはさっそくフルーツに添えられていたフォークを手に取ろうとして、そこで止まった。
    「フォークを使ってしまって大丈夫か?」
    「こっちのサラダ用のフォークを使うから大丈夫だ」
     それでは、と、さっそくフルーツにフォークを刺すヒュンケルを見ながら、ラーハルトは何かあたたかなものが胸に広がるのを感じた。
    「まだ熱があるんだ。食べたらすぐ寝ろ。あとのことは俺がやっておく。水分をよく取れよ。水差しとグラスは新しいものに変えてもらって、サイドテーブルの上に移動しておいた」
     熱のせいで若干子ども帰りをしているのだろうか。フルーツを咀嚼しながら、ヒュンケルはいとけない顔でうなずいた。



     翌朝、いつもの時間に目が覚めて、ヒュンケルが入浴の準備をしていると、ノックの音がした。返事も聞かずに入ってきたのは紺色の部屋着のラーハルトだ。
    「やっぱりな」
    呆れたような声だ。
    「昨日熱を出したばかりなんだ。湯に浸かるのはやめておけ」
    「だが……」
    「フレッドも入浴は体力を使うと言っていただろう。まだ寝ていろ。今日は寝て、明日は普通に過ごして、それで大丈夫なようなら運動は明後日からだ」
    「オレは元気だ。問題ない」
    「まだ顔色が悪い」
    「光の加減だろう」
    ハァ、とラーハルトはため息をついた。
    「オレの言うことを聞かないとどうなる?」
    「……分かった」
     至極不満そうにヒュンケルは返事をして、ベッドの中に戻った。
    「フレッドには食事はここで取れるように頼んである。オレも同席する。胃腸は問題ないから普通の食事で構わないとも伝えてある。朝食まで寝ていろ」
     素っ気無いようでいて、なんだかんだで気の回る男だ。ヒュンケルは思った。

     朝食の後にラーハルトは槍の鍛錬に行った。そういうところは遠慮がない。
     ラーハルトの言う通りまだ疲労が残っていたようだ。昼食に起こされるまでぐっすりと寝入ってしまった。そういえば熱を出したのは子どものとき以来だ。
     昼食が終わってからもラーハルトは当たり前のようにソファにいて、使用人に頼んだコーヒーを飲んでいる。紐の使い方は初日にヒュンケルが教えた。
     喉が渇いたヒュンケルがベッドの中からサイドテーブルの蜂蜜レモン水が入った水差しに手を伸ばすと、いつの間にか側にやってきたラーハルトがグラスに注いで渡してくれる。「ありがとう」と言うと、「別に」と言ってソファに戻っていく。本当に優しくて不器用な男だと思った。
     ヒュンケルはうとうとして、寝たり起きたりを繰り返していた。
     何度目かの覚醒のときソファを見やると、いつの間にかラーハルトが本を読んでいた。珍しい。
    「なんの本だ?」
    「花の図鑑」
    「花の図鑑?」
     尋ねてみて意外すぎるものに目を丸くした。
    「次にまたお前にあれこれ聞かれても答えられるようにだ」
     これまたラーハルトにしては意外な答えが返ってきた。
     さらに何度目かの覚醒の時には、これまた珍しくラーハルトが文机で書き物をしていた。
    「何を書いてるんだ?」
    「手紙」
    「手紙? 誰に?」
    「あの女にだ。ダイ様の件で動いているようだし、こうやって面倒にもなっている。ごまをすっておいて悪いことはない」
     ラーハルトらしい物言いに思わず声を出して笑いそうになったが、出てきたのは空咳だった。喉が乾燥していたようだ。
     手紙を書くのを中断して、ラーハルトはグラスをヒュンケルに手渡した。さっきから世話になりっぱなしだ。
     ラーハルトは書き物が終わると部屋から出て行った。フレッドに郵便を頼みに行ったのだろう。
     部屋での夕食が終わって、ラーハルトはヒュンケルの部屋のソファチェアでカーテンを開けて月を眺めていたが、しばらくするとカーテンを閉めて「湯浴みをして寝る」と出て行った。しかしひょっこりと戻ってきて「お前はまだ湯浴みはするなよ」と釘を刺して去っていった。
     お前はオレのお母さんか、と言いかけたが、ヒュンケルは母という存在を知らない。ラーハルトは父という存在を知らない。お互い半分ずつで、ふたりでひとつなのかもしれない。そう思った。



     翌日、ラーハルトからヒュンケルに部屋の外へ出る許可が出てから、ふたり揃ってアルバートとフレッドに事情を説明した。
     火口湖の周りを一周歩いたら、体力を使い果たして熱を出して倒れてしまったこと。
     しかし火口湖を歩く機能回復の訓練は続けたいこと。
     今後はラーハルトがしっかり監督するので、あのような状態には絶対させないこと。
     午後の入浴が終わって落ち着いたら館を出るので、午後のお茶は不要なこと。
     館から敷地の入り口までは馬車を使いたいこと。
     水筒は今まで通り用意して欲しいこと。
    「ご事情は承知しましたが……あまりご無理をされて万が一のことがあっては……。あの火口湖はかなりの外周がございましょう……。湯治だけでもお体が良くなる可能性は充分にございます」
     アルバートは控えめに進言したが、ヒュンケルの意思は固かった。
    「オレには時間がありません。可能性を増やしたいんです。一昨日のような無理はしません」
    「今度はオレがこいつをしっかりと監督しておく。安心してくれ」
     ラーハルトはヒュンケルの頭をぺしぺし叩いた。
    「それでは、僭越ながら、率直に申し上げます」
     アルバートはビシッと居住まいを正した。
    「レオナ様のお客様にもし万が一のことがあれば、この別荘を任されている我々使用人も責任を取ることになります」
     アルバートの単刀直入な物言いにフレッドはぎょっとした。
    「わたくしだけの処分で済むようならそれで構いません。しかし、使用人の全員が解雇、という可能性も充分にございます。そこのところをご理解いただいた上で、ご活動の方をお願いいたします」
    「……重々、承知しました」
     アルバートの言葉の重みを受け取って、ヒュンケルは返事をした。



     更に翌日、保護者から許可の出たヒュンケルは、やっと機能回復の運動のために火口湖に向かうことになった。
     荷物の中からなるべく運動に適した服を選んできた。上は伸縮性のある生地でできたごく薄い水色をした半袖シャツ。よく伸び縮みするので頭からかぶるだけで着られる上に、動きの邪魔をしない優れものだ。これの白いものも長衣の下に着るのに愛用している。下はゆったりした黒のズボンだ。
     ラーハルトはいつもの装いでストールの類を外しただけだ。

     館の入口には屋根付きの賓客用の馬車が用意されていた。
    「屋根付きでなくていい。もっと簡素な……いっそ荷馬車で構わん。あとは御者も不要だ。オレが手綱を取る」
     見送りに出たアルバートは困惑したようだ。
    「ですがお客様にそんなことをさせるわけには……」
    「いちいち馬車を収納庫から出し入れするのも面倒だろう。入り口で乗り捨てるからそのまま門番に預かってもらっておいてくれ。勝手に行って、勝手に帰ってくる」
    「左様で……ございますか」
     しばしして、改めて屋根のない軽装馬車が用意された。
    「ああ、そうでした。ヒュンケル様」
     アルバートが思い出したように言った。
    「そのお履物では運動には不向きかと思いまして、出過ぎた真似かとは思いましたが、お靴をご用意しました。よろしければこちらをお使いください」
     アルバートの後ろにはいつの間にか従僕がいて、布の上に載った靴を差し出した。
     くるぶし丈の紐靴だ。その真新しさを見るに、ヒュンケルのブーツのサイズを見て、町で買ってきてくれたのだろう。
     昨日あれだけ厳しい物言いをしたアルバートの温かさがこの靴に詰まっている。
     ヒュンケルは従僕から靴を受け取った。
    「……ありがたく使わせていただきます」

     火口湖に着くと、ラーハルトはまず仁王立ちになってヒュンケルに言い聞かせた。
    「いいか、今日のところは休み休みゆっくり歩いて半周だからな。準備体操をしてからだ。あとは天気の悪い日は休みだ。館でゴロゴロしていろ」
    「よく分かった」
     ふたり揃って草の上で背伸びをしたり膝裏を伸ばしたり、しっかりと準備体操を行った。
    「では行くか。モタモタしていると日が暮れる」
    「待ってくれ。これはなんだ?」
     ラーハルトの左手がヒュンケルの右手を握っている。
    「オレだってわざわざお前の手なんぞ握りたくもないが、こうしておかんとお前は勝手にペースを上げたり走り始めたりするだろう。いっそ手綱でも付けておくか?」
    「……」
     図星だ。ぐうの音も出ない。

     いつもの水筒で途中で水分を摂りながら、ゆっくりと歩いて四分の一、と言うところでラーハルトは言った。
    「今日はここで終わりだ。水分補給したらまた休み休み始めの場所に戻るぞ」
    「これは四分の一周と言わないか?」
    「これで戻ったら半周だろう。つべこべ言うなら明日はないぞ」
    「……わかった。言うことを聞く」
     不満な顔を隠さずにヒュンケルはそう言った。
     だが、ラーハルトの監督は適切だった。いつも通り夕食を取り、いつも通りゆっくりと湯浴みをしてから床についたヒュンケルは、その晩は熱も出さず、むしろ心地よい疲労で深い眠りに落ちていった。



     翌日は休みを挟まず四分の一、その翌日は休み休み三分の一、と徐々に距離を伸ばしていった。
     ラーハルトが横についてヒュンケルの様子を見ながら、危ういと感じたら一旦休憩。それでもこれ以上は無理だとラーハルトが判断したら、その日は切り上げた。ヒュンケルはもうそれに口を挟まなかった。付き合ってくれるだけありがたかったからだ。

     火口湖の周りを歩き始めて三日目のことだ。
     時計を持っていないので正確には分からないが、八つ時、という頃だろうか。ふたりが湖畔を歩いていると、まだ若い黒髪の女中が館の方からやってきた。
    「あの、アルバート様が、『運動をなさるならお腹が空くでしょうから』と軽食を」
     そう言いながら女中は手に持っていたバスケットを差し示した。
    「それと、こちらはヒュンケル様用のハーブティーで、こちらはラーハルト様用のコーヒーです。ええと、あとこちらは追加のレモン水です」
     そう言ってメイドはそれぞれに二つずつ水筒を手渡した。
    「……ありがとう。重かったでしょう」
     ヒュンケルが顔を綻ばせながらバスケットと水筒を受け取ると、なぜかメイドは顔を真っ赤にして「いいいいいえ! 私はアルバート様のお言いつけ通りにしただけですので!」と手を突き出して首を振ると、さっと踵を返した。と、思い出したようにくるっとヒュンケルに向き直った。
    「バスケットと空いた水筒はあとで別の者が取りに参りますので!」
    「いえ、それは結構です。自分たちで持って帰ります。アルバートにもそう伝えてください」
    「かかかかかしこまりました! 申し伝えておきますね!」
     優しげに話すヒュンケルにますます挙動不審になった女中は、「ウヒャァ~」と謎の叫び声を上げながら走って館に帰って行ってしまった。
    「お前もつくづく罪作りな男だな」
     それを見ながらラーハルトはくつくつと喉の奥で笑っていたが、ヒュンケルにはなんのことか分からなかった。
     ふたりはさっそく火口湖の縁で休憩を取ることにした。
     バスケットを開けると、金属製のボウルにカットされたフルーツがたっぷりと盛られていた。なるほど、フルーツならば菓子やサンドイッチの類よりも罪悪感なく食べられる。アルバートの心遣いがありがたかった。
     ちょうど喉も乾いていたところだ。バスケットの中にふたつ入っていた濡れ布巾の片方で手を拭くと、ヒュンケルはフルーツに添えられていたフォークを使って、まずは梨を頬ばった。甘い。果汁がたっぷり入っていて地面に滴り落ちるほどだ。ラーハルトは布巾で手を拭いたあとに、素手でイチジクにかぶりついた。
    「美味いな」
    「ああ。体に染み渡るようだ」
     フルーツを食べ終わったあとはハーブティーだ。いつもの温かいものだと思っていたら、氷が入っていて冷たく、味も違う。わざわざブレンドを変えてくれたのだ。
    「おい! このコーヒー冷たいぞ!」
     ラーハルトは声を上げるとごくごくと飲み下した。
    「こういうのもあるのか……これも美味いな……」
     奥が深い……とラーハルトは呟いた。

     別荘まで戻り、門番に預かってもらっていた馬車に乗ると、館の入口でアルバートが出迎えてくれた。
    「フルーツ、ありがとうございます。美味しかったです。わざわざ持ってきてくれた女中の彼女にもお礼を」
    「かしこまりました。女中に伝えておきます」
    「冷たいコーヒー、美味かった。次からもあれにして欲しい。次回から間食の類は自分たちで持っていく。出かける前に用意しておいてくれ」
     馬丁に手綱を渡しながら、ろくに礼も感想も告げたことのないラーハルトがそう言うと、アルバートは少し嬉しそうに「承知いたしました」と言った。



     一周歩き切ったヒュンケルは、荒い息を整えようとしながら膝に手を置きかろうじて立っていたが、堪えきれずに草の上に転がった。
    「一周歩けたな。だがまだ息が上がっているな。息が上がらなくなるまでこれを繰り返すぞ」
    「明日は、早歩きで、一周だ」
     荒い息の合間に途切れ途切れにヒュンケルは言った。
    「おい」
    「早く元の体に戻りたいんだ……」
    「もう戦いは終わった。オリハルコンを素手で砕くような無茶はしなくていい」
    「でも、ダイを……」
    「そのダイ様を探しに行くために最低限の体力を付けようとしている」
     ラーハルトは子どもに言い聞かせるように続けた。
    「いいか、一度倒れて寝込んだら元のように戻るにはその倍以上の時間がかかるんだ。とにかく焦るな。無茶をするな」
     ラーハルトの声は切実さを帯びていた。確か病で母を亡くしたと言っていた。それを思い出しているのだろうか。
     ヒュンケルは手で顔を覆った。
    「でも……でもオレは……戦うことしか知らない……」
     ヒュンケルの絞り出すような声にラーハルトは黙り込んだ。ラーハルトもそうだからだ。戦うことしか知らない。
    「……知っただろう。ここに来て。色々」
     ラーハルトはたどたどしく話し始めた。
    「温泉は気持ちいいとか、氷菓子の美味さとか、薔薇の香りとか、花の名前とか、好きな食べものとか、嫌いな食べものとか、色々」
     ラーハルトは空を仰いだ。
    「時代が変わったんだ。きっとオレたちも変われる」
     ヒュンケルは両手で顔を覆ったままだ。きっと泣いている。



     結局は、ヒュンケルはラーハルトに折れるしかなかった。
     ラーハルトに併走されて、息が上がらなくなるまで歩いて火口湖の周りを一周することを続けた。ラーハルトの許可が出たら、次は息が上がらなくなるまで早歩きで一周。更にその次は走って歩いてを交互に繰り返して一周。ラーハルトの言う通りにそれを続けて、遂に、ゆっくりだが、走って火口湖の周りを一周することができた。
     最初に歩いたときと同じく、たまらず草の上に倒れ込んだ。だが、あのときとは違う。とてつもない充実感があった。
    「ほら」
     ラーハルトが水筒を差し出して、それを受け取る。
    「次は息が上がらなくなるまであのペースで走り込みだな。そうしたら少しずつペースを上げて行こう。まあ、これで少しはダイ様を探索できる体力は付いただろう」
     起き上がって水筒の水を一口飲んで、ヒュンケルはかねてからの疑問を口にした。
    「どうしてこんなオレのわがままに付き合ってくれるんだ? 戦士としての引導を渡したのはお前なのに」
     ラーハルトは黙った。長い沈黙が訪れる。
     やっとラーハルトは口を開いた。
    「……あの時は、緊急事態で」
     あの時、というのはバーンパレスでのことだろう。
    「満身創痍のお前は足手まといになるだけだと、ああ言ったが」
     そこで言葉を切ると、周囲に幾度も視線を巡らせて、ラーハルトは言葉を探し始めた。
    「オレはまたお前と手合わせがしたい。そのための努力は惜しまない。だからお前も努力をしろ。いいな?」
     親友のその言葉に、ヒュンケルの足元を侵食していた何かがすうっと消えて行った。
    「ああ。勿論だとも。オレもまたお前と手合わせがしたい」
     自分はこの友がいれば何だってできる。してみせる。ヒュンケルはそう思った。



     ある日、ヒュンケルとラーハルトが火口湖から館に戻ると、アルバートが手紙を持って待っていた。王都から早馬が来たらしい。
     ふたりでヒュンケルの部屋へ行き、封を開ける。
     手紙の内容はこうだ。
    『御触れからの有効な情報は未だ現れず、改めて各国首脳と勇者一行が集合し会議を執り行うこととなった。また、ヒュンケル殿についてはフローラ様との婚礼式典に是非出席してほしいとのアバン様の意向もあり、急ぎ王都へ戻られよ。迎えの馬車はこの手紙の翌々日には到着する予定である。
    レオナ』
    「……どこまでも勝手な女だ……」
    苦々しく呟くラーハルトに、さすがのヒュンケルも苦笑で返すしかなかった。

    「この貴族のような生活も明日で終わりか」
     浴室の寝椅子に寝そべって氷菓子を摘まみながらラーハルトが言うと、隣の寝椅子で水の入ったグラスを傾けていたヒュンケルが口を開いた。
    「こんなにゆっくりと時を過ごしたのは人生で初めてだ」
    「オレもだ」
     お互いに戦士として戦うだけの人生だった。いっときでもこんなに華やかで穏やかな暮らしをしようとは考えたこともなかった。
    「お前とこうして話しができる日が来るとは思わなかった」
     穏やかな声音でヒュンケルが言う。
    「あのとき」
     ヒュンケルはそこでぽつりと言葉を区切った。
    「あのとき、お前が来てくれるとは、夢にも思わなかった」
     一言一言を噛み締めるように、ヒュンケルは呟いた。
    「ありがとう。ずっとそれを言いたかった」
     ヒュンケルのその言葉を聞いたラーハルトは瞠目し、しばらくの沈黙のあと、何かを決意したようだった。
    「ヒュンケル、オレもお前に言いたいことが……言わねばならんことがある」
     ラーハルトは体を起こすとヒュンケルの方に向き直った。琥珀の瞳がヒュンケルを貫く。
     重大な何かを伝えようとしているラーハルトに、ヒュンケルも半身を起こして、し、と人差し指を立てて己の唇に当てた。ラーハルトは開きかけた口を閉じる。
    「オレも、お前に言わなければならないことがもうひとつだけある」
     ヒュンケルは手を下ろすと、翡翠の双眸でラーハルトの琥珀を見つめながらそう言った。
    「……だが、今はまだその時ではない」
     全てが本当の終わりを迎えたときに、また。
     そう言ってヒュンケルは優しげにラーハルトに微笑んだ。
     意図を理解したラーハルトも、今まで見たことの無いほど柔らかな笑顔を見せた。

     春は、まだこの先にやってくる。
    蛇足

    「なんでですかなんでですか! どうしてあの子がパプニカで湯治してるんですか! カールに来たっていいじゃないですか! 私だって久しぶりに会う一番弟子とお茶したりご飯食べたり旅行したりしていっぱいお喋りしたいのに!!」
    「アバン様はフローラ様との婚礼の準備でそれどころじゃないじゃないですか」
    「その呼び方やめてください。私もレオナ様って呼びますよ」
    「じゃあ、アバン先生」
    「よろしい」
    「アバン先生、そもそもカールには温泉がないじゃないですか」
    「冷泉ならあります」
    「それじゃあ湯治にならないでしょう」
    「キ────悔しい────!」
    知ってたけどヒュンケルって随分と男性にモテるのね。ダイ君まで持ってかれないように気をつけなきゃ。レオナは心の中でそう呟いた。
    コージ Link Message Mute
    2022/06/07 19:54:19

    【橙】青い季節【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】

    ※原作ラスト後のストーリーです。

    ヒュンケルとラーハルトが温泉に行く話。
    温泉なのに特にえっちなハプニングなど起きない健全ブロマンス風BLです。無駄に長くなってしまったのでページ分割しました。隙間時間にちまちまお読みくださいませ〜。
    ヒュンケルの瞳の色はアニメより明るめにしてます。ラーハルトはまだ分からんので今までのままです。
    タイトルは推しバンドの曲名から。

    リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

    ※こちらの作品を収録した同人誌をBOOTHにて頒布中です。
    https://taperecorder.booth.pm/items/3484152

    #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後

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    • 【橙】ラーヒュンお題企画再録【ラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーです。

      Twitterの「ラーヒュンお題企画」に参加した際の作品をまとめました。
      こちらは混じりっけなしのラーヒュン作品ですが、同ラインでリバを製造しています。ご了承ください。

      <ただ君を見ていた>
      第1回参加作品でお題は「雨」でした。
      それ以外に特に書くことがないんだぜ。

      <鋼鉄>
      第2回参加作品でお題は「炎」「夜」でした。
      お題の両方を詰め込んでみました。
      「ラブラブラーヒュン♡」というお話にはならなかったです……。

      <兎にも角にも負けず嫌い>
      第3回参加作品でお題は「強敵(とも)」でした。
      ちょいちょい意地を張りながら二人旅してほしいです。

      #原作終了後 #ラーヒュン ##短編集
      コージ
    • 【橙】Happy day! Happy day! Happy birthday!【ラーヒュンラー】タイトルに入りきりませんでしたが【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】です。
      ※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      「idealistic story」という、いつか推しカプに当てはめて書いてみたかった推しバンドの曲がありまして、ヒュンケルとラーハルトならいけんじゃね!? と思って書きました。タイトルは歌詞の一節から。
      かっこいいラーハルトとヒュンケルはどこにもいません。かっこいいラーハルトとヒュンケルはどこにもいません。大切なことなので二度言いました。
      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      ※こちらの作品を収録した同人誌をBOOTHにて頒布中です。
      https://taperecorder.booth.pm/items/3484152

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後
      コージ
    • 【橙】なんでもない日、おめでとう【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      ダイ大再アニメ化の報を受けて、今度こそラーハルトがアニメに出るといいな……いいな……いいな…………山で庵を結ぶラーハルトとヒュンケルの話が読みたい。と思ったので書きました。
      というわけでダイの捜索完了後に山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話です。タイトル通り、日常のおはなしです。特に何も起きません。
      カップリングというよりブロマンスのような気もしますが、書いた俺がカップリングだって言ってるんだからカップリングなんだ―。
      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • 【橙】幕間:郷愁【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話、幕間です。いつもの通りブロマンス風味BL。
      ラーハルトに起こったちょっとした話。twitterに上げていたものを再録しました。

      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • 【橙】Ginger & Honey【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話、第二弾です。今回も特に何も起きないブロマンス風味です。
      まぁでも書いた俺がカップリングだって言ってるんだからカップリングなんだぜ。分かるよな?

      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • (サンプル)【橙】青い季節【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】掲載小説の冒頭サンプルです。
      ※原作ラスト後のストーリーです。

      ヒュンケルとラーハルトが温泉に行く話。
      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後
      コージ
    • 【橙】ラーヒュンラー短編再録【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーを含みます。

      主にTwitterに上げていたラーヒュンラーの再録です。ほぼ記念日ネタ。

      <2020バレンタイン大作戦>
      タイトルの通りバレンタインデーネタ。かっこいいラーハルトはいません。

      <2020ホワイトデー大作戦>
      タイトルの通りホワイトデーネタ。それ以上でも以下でもないです。

      <四月の君は馬鹿>
      エイプリルフールネタ。ヒュンラー成分多め。

      <アクシデントは突然に>
      キスの日ネタ。[山の庵のヒュンとラー]と同じ世界線で、あったかもしれない話です。

      <バレンタイン狂騒曲>
      2021バレンタインネタ。バレンタインともなると大忙しのラーとヒュンのお話です。

      #ヒュンラー #ラーヒュン #ラーヒュンラー #ヒュンラーヒュン #左右非固定 #原作終了後
      コージ
    • (サンプル)【橙】郷愁【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】掲載小説の冒頭サンプルです。
      ※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話、幕間です。
      リバの民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • (サンプル)【橙】Happy day! Happy day! Happy birthday!掲載小説の冒頭サンプルです。
      タイトルに入りきりませんでしたが【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】です。
      ※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      推しカプに当てはめて書いてみたかった推しバンドの曲をイメージして書きました。
      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後
      コージ
    • 【橙】遭難(サンプル)【ラーヒュン】pictsquareにて2022/10/30に開催される橙オンリーイベント、「同槍会」の無料配布の冒頭サンプルです。できてないラーヒュンが遭難して孤島サバイバルする話です。
      コンビニのコピー機のネットプリント機能でプリントできます。(~11/6)

      ■セブンイレブン:89342155
      ■ファミマ・ローソン:5R4LKLYKKH
      ※A4→小冊子→する→右綴じを選択してください。

      ※2021/12/11の「不死身の長兄」、2022/3/26の「ロモそく」と同じものになります。

      #ラーヒュン #原作終了後
      コージ
    • (サンプル)【橙】なんでもない日、おめでとう【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】掲載小説の冒頭サンプルです。
      ※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      ダイの捜索完了後に山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話です。
      リバ民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • (サンプル)【橙】Ginger & Honey【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】掲載小説の冒頭サンプルです。
      ※原作ラスト後のストーリーです。
      ※アニメ放映開始前に執筆したものです。

      山で庵を結ぶヒュンケルとラーハルトの話、第二弾です。
      リバの民のため両方のタグをつけました。書く際に特に左右も決めていません。お好きなようにお読みいただければ幸いです。

      #ラーヒュン  #ヒュンラー  #ラーヒュンラー  #ヒュンラーヒュン  #左右非固定  #原作終了後 ##山の庵
      コージ
    • (サンプル)【橙】ラーヒュンお題企画再録【ラーヒュン】※原作ラスト後のストーリーです。

      Twitterの「ラーヒュンお題企画」に参加した際の作品をまとめました。
      こちらは混じりっけなしのラーヒュン作品ですが、同ラインでリバを製造しています。ご了承ください。

      #ラーヒュン #原作終了後 ##短編集
      コージ
    • (サンプル)【橙】ラーヒュンラー短編再録【ラーヒュンラー/ヒュンラーヒュン】掲載小説の冒頭サンプルです。
      ※原作ラスト後のストーリーです。

      主にTwitterに上げていたラーヒュンラーの再録です。ほぼ記念日ネタ。

      #ヒュンラー #ラーヒュン #ラーヒュンラー #ヒュンラーヒュン #左右非固定 #原作終了後  ##短編集
      コージ
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