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    現パロしょたなかくんまとめ③たなかくんと七五三たなかくんと手袋バイトちゃんとメロい推したなかくんとゲリラ豪雨たなかくんとお味噌汁たなかくんと ツノたなかくんと七五三

    ピアニカくらいの大きさの、色画用紙で細長く作った袋が配られた。それから、小さな四角に切られた折り紙がたくさん、四人掛けのテーブルに置かれた。金や銀、模様の入った千代紙も混ざっている。この小さい四角を、さっきの色画用紙にタイルのように敷き詰めて貼っていくのが今日のお制作だという。なんだかとても楽しそうだ。新兵衛たちは目を輝かせ、我先にと折り紙のトレーに手を突っ込んだ。
    できあがった袋をそれぞれ持って、ぞろぞろと神社までお散歩に行った。新兵衛たちはもう五歳なので、公園より遠くの神社まで歩くことができるのだ。
    神社でお参りをすると、白い着物を着た老人が出てきて、新兵衛たちに細長い棒の形の飴を配った。千歳飴というらしい。色画用紙の細長い袋は、細長い飴をしまうためのものだったのだ。そうとは知らず、道中で拾ったいい感じの枝を差してしまった。飴と枝は一緒に入ったので、良かった。思わぬところで先生へのおみやげができた。
    お迎えに来た先生に、真っ先に今日のお制作を見せた。先生は保育園のお制作を見るのが好きなのだ。神社まで歩いたことと、飴の棒をもらったことも話した。先生はいつものようににこにこと新兵衛の話を聞いていたが、なぜか少しずつ真剣なお顔になっていった。色画用紙の袋から細長い飴を取り出して、しげしげと眺め、それから新兵衛に聞かせるでもない小さな声で呟いた。

    「…………そんな時期だったか」

    それから数日後──。
    平日だというのに新兵衛はショッピングモールに来ていた。家からちょっと遠いここは、いつもなら日曜日に来るところ、それも出稽古の帰りに寄るところのはずだ。こんなふうに朝から来たのは初めてで、いつもより人が少ない気がする。新兵衛のような大きな子はどこにもいない。うろついているのは大人の女と、ベビーカーの赤ん坊だけだ。
    すれ違う女たちの視線を感じる。保育園をずる休みして遊びに来た不届き者だと思われているのではないか。そうではない、新兵衛は写真を撮りに来たのだ。なんで家で撮らないのか、なんで元気なのに保育園を休むのかはよく分からないが、とにかく写真を撮りに来たのだ。先生がそう言った。正当な理由があってここにいるのだ。後ろ暗いところは何もない。……ない、はずだ。
    「ああ、ここだ」
    先生が足を止めたのは、長いエスカレーターで上がった二階の、長い廊下の端の方だった。ガラスの中で、子供のマネキンが着物を着ている。ドレス姿の女子の写真や、桃から生まれたみたいな格好をさせられた赤ん坊の写真が、額に入れられてたくさん並んでいる。なんだかすごく、全体的に、キラキラしている。
    新兵衛がキラキラの空気に気圧されている間に、先生はさっさと靴を脱ぎ、ピンクのカーペットが敷かれた店内にずんずん入っていってしまった。
    「七五三の撮影で予約した武市ですが……」
    新兵衛も慌てて靴を脱ぐ。靴箱には先生のぴかぴかの靴しか入っていなくて、急いでその隣にしまう。駆け足で先生のところに追いつくと、向こうにやたらとカラフルな空間が広がっているのが見えた。
    「そうしましたら、まずはこちらでお着物を選んでいただきます」
    カラフルの正体は、アイスクリーム屋みたいに色とりどりのドレスたちだった。これでもかとハンガーにかけられたフリフリヒラヒラのゾーンを抜けると、急に布の色合いが暗くなる。黒や紺、渋い赤。千代紙みたいな模様もある。
    「120だから……ここか。130でもいいかな」
    先生は躊躇なく布の中に手を突っ込み、ハンガーを引っ張り出して見比べ始めた。新兵衛はわけもわからずその様子を眺めていたが、先生がときどきハンガーを新兵衛の顔に近づけるので、少しずつ事情が飲み込めてきた。
    「お着替えして、写真を撮るんですか?」
    「……あれ、言わなかったか? そうだよ。七五三だから」
    やはりそうだ。ここの衣装を着て撮影するためにわざわざ来たということだ。表に飾られていた写真から察するに、ここはそういう店なのだろう。全て理解した。
    「この辺りに掛かってるのは着られるはずだから、着たいのを探すといい」
    「……! はい!」
    新兵衛は先生の真似をして布の中に手を突っ込み、のれんを掻き分けるようにして覗き込んだ。着物だ。剣道着と違って、柄があってツルツルしている。次のをめくる。青い山だ。鳥も飛んでいる。次。竹藪に大きい虎がいる。
    めくるたびに、新しい色柄の羽織が出てくる。先生はひょいひょいと目に留まったのを取り出していくが、新兵衛はどれを選べば良いのか全く分からなかった。強そうな動物や雄大な自然の絵は、格好いいのかもしれないが、自分が着たいかと言われるとピンとこない。でも、何かは選ばないと、先生をがっかりさせてしまうかも──少し焦りながら次の布をめくる。
    「!」
    そこには虎も龍もいなかった。絵を描くためのスペースがなかった。ハンガーにかかったシュッとしたシルエットは、そもそも羽織袴ではなかった。うっすらと細いストライプの入った黒のスーツ三点セットに、同じ黒のシャツ、艶のあるシルバーグレーのネクタイを合わせ胸ポケットにチーフまで入った洋装フォーマル一式だった。
    着物じゃないのもあるのか。そうか、女子にはヒラヒラのドレスがあるから、男子にもそれに相当する服があるわけだ。七五三というのは、こんな大人みたいな服を着てもいいのか。大人みたいな、────というか、これは、なんだか、
    「この羽織なんかどうだ? 差し色が効いて……」
    「こ、これがいいです……!」
    新兵衛の引っ張り出した真っ黒のスーツを見て、先生は目をぱちぱちさせた。それから手に持っていた羽織袴を一旦よけて、新兵衛の選んだスーツを顔に合わせて、前髪を上げたり首を傾けさせたりしながらじっくりと見分した。先生はもしかして、着物の方が着てほしかっただろうか。脇によけられた着物を見て、新兵衛は少しどきどきした。先生が着物の方が好きなら、着物でいいのだ、絶対にスーツが着たいというわけではない。ただちょっと、先生の服に似ていて、格好いいと思っただけで─────

    「格好いいのを見つけたな。これで撮ろう」

    先生がにこっとして、スーツのセットを店員に手渡した。
    「で、和装の方はどれにしようか。これか、こっちも似合うと思うんだが……スーツが黒ならこっちがいいかな?」
    今度は新兵衛が目をぱちぱちする番だった。お着替えは一回ではなかったらしい。銀の糸で刺繍された龍が、ぎょろりとした目玉で新兵衛を見ていた。
    この後ガチガチにヘアメイクと着付けをされくたくたになるまでポーズを取らされ、二週間後には大きなパネルが届いて玄関に飾られることを、新兵衛はまだ知らない────。

    たなかくんと手袋

    朝の息が白く曇るようになって、しばらくたったころだった。素振りを終え、新聞を取って戻ってきた新兵衛は、ちょうど目の高さの下駄箱の上に何かが置かれているのに気がついた。その一角は持ち物コーナーになっていて、先生のお財布やキーケースなんかがひとまとめに皿に乗せられている。新兵衛用のICカードも一緒だ。たまに電車で出かけるときには、改札機にこれをピッとやって通るのだ。
    そのにぎやかな皿の隣に、乗り遅れてしまったみたいにそいつは佇んでいた。一瞬、うずくまった、黒い小さな動物みたいにも見えた。でも、まばたきしながら近づいたら、生き物じゃないことはすぐにわかった。置かれていたのは、一対の黒い手袋だった。
    先生の手袋だ。そういえば去年の冬も、お出かけのときはいつもこの手袋をしていた。なめらかで、五本指に分かれていて、きちっとしてしゅっとした手袋。先生の手の形にぴったり合っていて、先生だけのために作られたみたいな、特別な手袋だ。こんなところに置かれていたのか。去年の新兵衛はまだ、この下駄箱の上がよく見えなかったのだ。
    先生の手が入っていない、この手袋だけが抜け殻のようにしんなり落ちているのを見るのは変な気分だった。なんとなく、見てはいけないものを見ているような気がしてしまう。ドキドキしながら、指先でちょっと触ってみた。柔らかくて、ほんのりぬくい感じがした。でもこれは、早朝のキンキンの空気の中で、竹刀を握って振り回してきたばかりの指だからかもしれない。体はぽかぽかしているけれど、指先は冷えきっていた。
    ────先生の手袋は、どれくらい暖かいのだろうか。
    新兵衛が去年使っていた手袋は、着脱しやすいミトン型で、毛糸でできていた。先生のこれは、毛糸ではないみたいだけど、何でできているんだろう。好奇心が湧いた新兵衛は、手袋を片方取り上げると、自分の右手にはめてみた。
    内側は、すべすべの表と違って少しもこもこした、毛布みたいな感じになっていた。先生の冬の部屋着にもちょっと似ているかもしれない。先生はこういう感触が好きなんだろうか。ミトンと違って、正しい穴に指を入れるのがなかなか難しい。サイズが違うから尚更だ。できたと思ったら小指と薬指が同じ穴に入っていた、けど、まあいいか。思ったより暖かい。毛糸の手袋より暖かいかもしれない。厚い布団に包まれているみたいだ。
    黒く大きくなった手を、新兵衛は改めて眺めた。先生の手だ。先生の手の形にぴったりの手袋は、新兵衛がはめていても先生の手のように見えた。姿見に映してみても、やっぱり先生の手だ。鏡の自分に手を振ってみると、先生が手を振ってくれているみたいに思える。なんだか嬉しくなって何回も手を振る。そして、新兵衛はすごいことを思いついた────この手で自分の頭を撫でたら、先生に撫でてもらっているのと同じ感じがするのではないか?
    そっと手を頭にやる。前後に撫でる。手袋は大きくても中身が小さいから、先生に撫でてもらうのとは全然違う感触だった。でも鏡に映っているのは先生の手だ。先生の手が新兵衛を撫でている。変な感じだ。でも、いやじゃない。うれしい。新兵衛はしばらくの間、撫で方を少しずつ変えながら、手袋の感触をうっとりと堪能した。ときどき耳も触った。先生は新兵衛の耳をよく触るのだ。夢中だった。夢中になりすぎて、時間が経つのもすっかり忘れていた。

    「────おはよう、素振りは済んだのか?」

    先生がいつの間にか起き出して、すぐそばまで来ていたことにも、新兵衛は全く気づいていなかった。
    「〰〰〰〰〰〰ッッ‼」
    「こういう手袋が欲しいのか? 今年は指の分かれたのを買おうか」
    先生の本物の指が、一瞬で赤くなった耳をふにふにと揉む。揉まれながら新兵衛は、もう二度と人の持ち物に勝手に触ることはしないと固く誓った。

    バイトちゃんとメロい推し

    人の顔を覚えるのが、少し苦手らしい。小学生のころは気にならなかったが、服装や髪型が皆同じになる中学、さらに名札という文化が廃れる高校になるともう、クラスの半分以上は顔と名前が一致しないままで一年間をやり過ごしていた。
    コンビニのバイトは、意外にも客の顔を覚える必要があって、二ヶ月でやめた。いつもの、とか言って顔パスでタバコの銘柄を判断させようとするカスがいるのだ。何人も。番号で言えって書いてあるのに。それに比べると今のバイトはなんて気楽なことだろう。客はみんな預かり票に名前を書くから、いちいち顔を覚えなくていい。だいたいの客は年に数回しか来ないから、バイトの私が顔を忘れていても角が立たない。というか、そもそも客層が良い。コンビニのカス客みたいなのは良い服なんか持ってないから、来ないのだ、クリーニング屋には。
     ゴールデンウィークを過ぎると、冬物を出す人もぼちぼち途絶えて、暇になってくる。そのうちバイトがいらないくらい暇になるので、夏休みにはシフト自体が消滅する。なんなら休み前の試験期間からもう来なくていいと言われる。何とも学生に都合の良いアルバイトだ。
    今日も客はあんまり来なかった。楽なのは嬉しいけれど、受付は歩合制なので実入りは悪い。繁忙期には水商売並みに稼がせてもらったから文句は言わないが……と、本日の歩合をぼんやり計算していると、カウンター正面の自動ドアが開いた。
    「……! いらっしゃいませ!」
     店内に、すっと爽やかな風が吹き込んだみたいだった。どう考えても外の方が暑いのに、入店した人物の涼やかさがそれを打ち消し上回っていたのである。顔面、仕草、立ち姿、どれを取っても非の打ち所がない、私が顔と名前を記憶している唯一の常連さん──というよりもう、推し──タケチさんだ。最高。神。今日シフト入れてて良かった。歩合なんかゼロでもいい、むしろ払う、私が。
    タケチさんはハチャメチャに顔が整っており股下が五メートルあり店員に威圧的な態度を取ることもなく頭良さそうで優しそうで字も上手く服からは少し甘い煙草の匂いがしてメロいとしか言いようがないのだが、どうも結婚はしていないっぽい。まず、女物のコートなんかが一緒に持ち込まれたことが私の知る限り一度もない。それに、取れたボタンとか、ほつれた脇下とかのお直しを頼んでくれるのだ。奥さんがいたら家でやるようなことを。一人暮らしでお家に裁縫セットとか無いんだろうなと思うと、なんかこう、潔さというか、男の色気みたいなものが感じられる、ような気がする。
    「お受け取りですか?」
    「受け取りと、新しく頼みたくて、これを……えーと、ここだ、泥が跳ねちゃって」
    わんぱくかよ……てぇてぇかよ……こんなにも落ち着いた大人の男ですオーラ漂わせといて、衣替えしたばっかの夏物に泥跳ねって……。天を仰ぎたくなるのをグッと堪えつつ、染み抜きですねーと笑顔を作る。
    「……それと、お直しじゃあないんだが、ちょっとした縫い物みたいなことってお願いできるのかな? 多分、普通は家でやるようなことだと思うんだが……」
     あーやっぱりお家に裁縫セットないんだ、できないんだ、助かる、縫い物って何だろう? 店のメニューには無くても、簡単なお裁縫なら私にもできるし、暇だし、お金とかいらないし。むしろ払う、私が。
    「どんなのですか?」
     タケチさんはほっとしたように柔らかい表情になって、提げていたスーツブランドの紙袋をごそごそやった。これなんだけど、とはにかみながら中身を取り出し、カウンターの上にそっと並べた。
    小さな紺色のショートパンツタイプの水着と、
    伸縮タイプの白いお名前ゼッケンと、
    『プール学習のおしらせ』とポップ体で書かれた、折り目のついたプリントを。
    「アイロンでくっつくタイプは家でできたんだが、水着用のは縫わないとダメらしくて……」
     この図みたいにお尻につけてほしい、とプリントのイラストを示す指が長くて爪が綺麗でやっぱり指輪は着けていなくて、全然頭に話が入ってこない。少し恥ずかしそうな声だけはちゃんと入ってくる。声、良〰〰〰〰〰〰っシングルファザーってことですか? 小一の息子さんが? いる? パパなの? 聞いてない、待って、そんなの、ずるい…………良すぎる…………。
    「あ、大丈夫ですよ! そうしましたら、二点で預かり票の記入をお願いします!」
    「良かった。よろしくお願いします」
    タケチさんはニコッとして水着とお名前ゼッケンを重ね、プリントだけ回収して元の紙袋に入れた。パパなんだ〰〰〰〰〰! うわ〰〰〰〰! 知ってしまった。この顔面で授業参観に……⁉ 保護者騒然では? いや待って、息子さんもつよつよ遺伝子を受け継いだつよつよ美少年なのかも……つよつよ美少年の水着を私は今、預かっている……? いやダメだこれ考えちゃ、やめようね。パパのことだけ考えよう、あ〰〰、今日も字、綺麗〰〰。俯くと睫毛長っ。いやこの睫毛で授業参観に……⁉ 無法が過ぎる。今日シフト入れてて本当に良かったな。神に感謝。プール学習に感謝。アイロン接着できない水着用ゼッケンに感謝。夏、最高。

    たなかくんとゲリラ豪雨

    五時間目の途中、急に外が暗くなったかと思うと、すごい音を立てて雨が降り出した。ついさっきまでぴかぴかに晴れていて、三時間目にはプールにも入ったというのに、信じられない変わりようだ。雨が吹き込んでくるので、窓を閉めた。風が通らなくなると教室はむしむしして、服が体にはりつくようだった。
     教師の話によるとこの雨は、キコーヘンドーで、ゲリラゴオウらしい。濁点が多くて強そうだ。脅かすみたいな音で雷が鳴り出すと、もう授業どころではなかった。早めに教科書をしまって、帰りの準備をすることになった。
     お家の人のお迎えを待ってもいいことになったけど、新兵衛は自分で帰る組だ。先生は昨日から出張で、今日の午後帰ってくるはずだった。学校の黄色い傘を借りて、いつもの運動靴を履いて、干潟と化した運動場を突っ切って靴下をぐじゃぐじゃにしながら新兵衛たちは帰路についた。水たまりは踏まないよう気をつけたけれど、全くの無駄だった。
    半ズボンから出ている足はあっという間にびしょびしょになった。雨が斜めに降ってくるから、半ズボンもじきにびしょびしょになった。パンツが濡れてるのは汗なのか雨なのか分からなかったけど、こんなに濡れるなら水着を着て帰ったら良かったのかもしれない。左手に提げたプールバッグをちらりと見ると、開き口からどんどん雨が入り込んで、中に小さいプールができていた。
     
     帰り着くころには全身ぐっしょりで、傘を持っているのが不思議なくらいだった。昨日泊まった以蔵はもう帰ったらしい。家には誰もいなくて真っ暗だった。
     こんなにびしょびしょになるのも珍しいから、ちょっと誰かに見てほしかったが、いないのだから仕方ない。別に寂しいわけじゃないけど、ほんの少し残念だ。自分で電気をつけて、濡れた服を風呂場で全部脱いで、体を拭いて、濡れてしまった床を拭いた。それから玄関でランドセルを拭いて、中身もちょっと濡れていたからちょっと拭いた。行儀が悪いとは思ったけれど、暑かったので服を着る前に冷蔵庫から牛乳を出して、コップに入れて飲んだ。
     窓の外が光って、また派手な音が鳴った。あんまり大きな音だったので、少し牛乳がこぼれてしまった。顎と喉に伝った雫を急いで拭う。まるで建物全体を洗っているみたいに、窓の上から下に雨水が流れ続けている。また光った。雷にヘソを取られるなんて話を信じる年齢でもないが、そろそろ服は着た方が良さそうだ。
     先生はまだだろうか。新幹線の切符を見せてもらったけど、細かい時間は忘れてしまった。おやつの時間くらいには帰ると言っていたはずなのだが。服を着替えた新兵衛はなんとなく玄関の方へと足を向け、そこでふと、気がついた。
    ────先生の長い傘が、ぐしょぐしょの黄色い傘と並んで、傘立てにささっている。
    「…………‼」
     先生は傘を持っていかなかったのだ。だって昨日は目が痛いくらいの快晴で、雨が降るなんて誰も思いもしなかったのだから。先生は傘どころかサングラスをかけて出かけていった。こんな天気ではもう、サングラスなんか何の役にも立ちはしない。
     新兵衛は長靴に足を突っ込んだ。一仕事終えたばかりの黄色い傘を引っ掴み、竹刀みたいに長い先生の傘を胸に抱えて、無我夢中で玄関を飛び出した。

     駅までの道は、それほど遠くはない。一人で歩いたこともある。でもそれは、あくまで晴れた昼間の話だ。まだ日没にはだいぶ早いのに夕方みたいに薄暗い、こんなざばざばの悪天候の中で、一人で外に出たことは一度もなかった。
    人影はまばらで、出歩いている人は少ないようだった。何万粒の雨が道路を叩いて、跳ね返るしぶきが煙みたいにもやもやして見えて、いつもの道と違う道みたいだった。水たまりは避けているのに、長靴の中がたちまち水びたしになった。いっそ草履で来ればよかったのかもしれない。がぽがぽする長靴に辟易しながら、それでも新兵衛は駅へ急いだ。空が気まぐれに光ってばりばり音を立てるたび、足の回転は速くなった。ときどき先生の傘に足を引っ掛けて転びそうになりながら、一度も落とさず転ばずに──ついさっき着替えたとは思えないほどびしょびしょにはなってしまったが──何とか、びしょびしょの駅にたどり着いた。
    駅構内には、雨宿りの人たちがちらほら見られた。みんな傘を持っていない。でもその中に新兵衛の先生はいないようだった。新兵衛は黄色い傘をくるくるたたんで、改札口の前をうろうろ歩いた。早く来すぎたかもしれない。時計を見ると、お三時にはあと十五分ある。新兵衛は改札口の見えるベンチに腰掛け、長靴を脱いで順番にひっくり返した。じゃぱ、じゃぱ、と水が出て、ベンチの下は水びたしになった。
    早く着いたのなら良かった。先生を待たせないで済んだ。ここで改札を見張っていれば見逃すことはないし、足もちょっとは乾かせる。ベンチの下で足をぶらつかせながら、はりつくTシャツをパタパタして腹に空気を入れた。
     構内放送が流れる。改札から人が出てくる。立ち上がってよく見たけれど、その中に先生はいなかった。もう一度ベンチに腰を下ろす。濡れたズボンがぐじゅっとなった。
    人の流れが去ってしまうと、暇だった。宿題でも持って来ればよかったか。いや、この雨ではやめた方がいいだろう。漢字ドリルがふにゃふにゃになってしまう。次の電車には乗っているだろうか。早く電車がつけばいいのに。
     あくびがひとつ、喉の奥からのぼってきて、口を押し開けて出ていった。プールの後の国語の時間みたいな、ふわふわした感じがしてきた。体が濡れるとこうなるんだろうか。なんだか力が抜けてきて、先生の傘を取り落としそうになって、慌てて抱え直す。膝で挟んで、足も絡めた、つもりだったけど、雨の音が遠くなって、放送も足音もぜんぶ遠くなって────
     
    「────新兵衛、新兵衛」
     
    ほっぺたを触られて目が開いた。反対側のほっぺたには固い感触があった。いつの間にか新兵衛はベンチに寝そべっていた。なんでだ、さっきまでちゃんと座っていたのに、先生の傘を抱え直して────そうだ、先生の傘、
    「迎えに来てくれたのか」
     飛び起きた新兵衛に、ふわりと優しい声が降った。先生の傘は、持ち主の手にしっくりと収まっていた。
    「大雨で、新幹線が途中で止まっちゃってな……わざわざ来てくれたのに、待たせてしまったな」
    「! キコーヘンドーで、ゲリラゴーウだったので……」
    「気候変動なんて知ってるのか? すごいな」
     先生がくしゃっと笑う。長靴の中はまだぐちょぐちょだったが、構わず立ち上がる。どうせまた帰り道で濡れるのだ。新兵衛の長靴はいいけど、先生のお靴は汚れて平気なのだろうか。替えのサンダルでも持ってきたらよかった。時間はいっぱいあったのに、気が利かなくて恥ずかしい。
     しかし、駅の出口についたとき、そんなうじうじした反省会は一瞬で頭から消し飛んでしまった。
     
    「………………え?」
     
     バケツをひっくり返したようだった雨が、嘘のようにぱたりと止んでいたのだ。それどころか雲が切れて青空まで覗いている。夕方みたいだった空気が、正気を取り戻したように堂々と夏の午後の明るさをしている。長靴がぐちょぐちょじゃなかったら、夢でも見たのかと思ってしまいそうなくらいだ。
    「……あの、さっきまで、雨で……」
    「うん」
    「…………傘が、いると思って……」
    「うん。ありがとう、その気持ちが本当に嬉しい」
    「……あ、あの、傘、持ちます、邪魔なので、」
    「駄目だ、私が持つ。私のために持ってきてくれたんだから」
    「でも、せんせ……」
    「君は……そうだな、これを持ってくれ」
     がさりと目の前に突き出されたものを、咄嗟に受け取る。傘より少し軽く感じるそれは、雨よけのビニールがかかった大きな紙袋だった。
    「帰っておやつにしよう。いろいろ買ってきた」
     日差しの下へ一歩踏み出すと、空気はもう夏の匂いがしていた。

    たなかくんとお味噌汁

    瞼はうっすら開いていたけれど脳の半分はまだ眠っていた。アラームが鳴り出したのを他人事のように聞いていた。カーテンの向こうに朝の気配があった。起きなくては、という意識が徐々に頭をもたげてきて、観念して布団の中で伸びをしたタイミングだった──こつこつと、絵本の世界みたいな音で寝室の戸がノックされたのは。
    「せんせ……」
     小さな声が廊下で鳴いた。珍しい。アラームを止めて時計を見る。六時三十二分。寝坊を心配して起こしに来てくれたわけでもなさそうだ。朝の素振りを済ませて、空腹に耐えかねて朝食の催促にでも来たのか。最近の新兵衛は本当に気持ちよく食べてくれる。食欲の秋というやつなのか、食べ盛りなのかはわからないが──何にせよ、早いところ食べ物を宛がってやろう。そう思って瑞山は身を起こした。ひんやりした空気が体を包む。
    「おはよう。どうした?」
     扉を開ける。腹を空かせた生き物が指をくわえて、冷たい廊下に裸足で立っていた。しかしその口から飛び出した言葉は、意外にも食事の催促ではなかった。
    「ばんそうこうは、どこにしまってありますか」
    「絆創膏?」
     素振りで手のマメを潰したか、という可能性が最初に浮かんだ。よくよく顔を覗くと、唇に血がついている。一度口から出した指をまたくわえようとするから、捕まえて手を開かせる。マメはできていなかった。代わりに人差し指の先がさっくり切れて、唾液で濡れた指にじわじわと出血が広がり続けていた。
    「切ったのか」
    「平気なんですけど、血で汚れるので……」
    「こういうのは、強く押さえて傷口を心臓より高くするんだ……舐めていても血は止まらない」
     小さな手を握り込んだまま、第一関節あたりをつまんで圧迫しつつ顔の高さまで上げさせる。さんざん指をしゃぶっていたらしい仔犬は、ばつが悪そうに唇をぺろりと舐めた。
    「唾にはバイキンもいるから、消毒してから絆創膏だな……それにしても、何で指なんか切ったんだ?」
    「芋が、固くて……」
    「芋?」
     いまひとつ要領を得ない受け答えに首をかしげながら居間に向かう。しかし通り過ぎざま、何とはなしにキッチンを覗いて疑問は一瞬で氷解した──と同時に、ぞっとした。シンク横の作業スペースにまな板と包丁が出ている。いくつかの不揃いな欠片を切り出され、途中で放り出されたらしいほとんど丸のままのサツマイモが転がっている。芋掘り会で掘ってきたと昨日見せてくれた芋だ。あれを切ろうとしていたのか。一人で。こんな小さい手で。
     消毒液を垂らして、傷の周囲を拭う。新しい血が溢れてくるのを絆創膏で覆う。今まで包丁なんて一度も触らせたことはなかった。触りたそうなそぶりを見せたこともなかったから、特段禁止もしていなかった。迂闊だった。ちゃんと言っておかなければいけなかった。今回はたまたま指先を切るくらいで済んだものの、運が悪ければ腱を切ったり、関節ひとつ、指の一本くらい無くなっていたっておかしくない。ふくふくやわらかい、いつも温かくて少し湿った、この可愛い手が────。
    「……せんせ?」
     処置が終わったのに離してもらえないのを訝しんで、白眼がちの大きな目が覗き込んでくる。唇がまだ少し汚れている。まるい頬の産毛が、朝の光に淡く光った。
    「────新兵衛、ちょっと話がある」
     
        ◆
     
     先生は寒いのが得意でないらしい。運動会が終わって、体操着の上に着るジャージを持ってくるよう学年だよりが配られた頃にはもう、もこもこの部屋着で寝起きしていた。ここ最近は、冬眠をする動物みたいに、夏よりも少し長く眠るようになってもいた。朝が冷え込むせいなのか、お仕事で疲れているのかはわからないが──何にせよ、朝の先生が少しでも喜んでくれたらいいと、新兵衛はそう思ったのだ。
    先生が起きたとき、体の温まる朝ごはんができていたら、きっと元気が出ると思ったのだ。学校の畑で引っこ抜いてきたサツマイモで、大きくて立派だと褒めてもらったサツマイモで、味噌汁だったら作れると思ったのだ。洗って、切って、ゆでて、味噌を溶かせばいいだけなのだから。
     ────でも、だめだった。
     
    「包丁はもう触るな」
     
     サツマイモを切るのは、思ったより難しかった。固くて刃が止まってしまうし、ごろごろして狙いが定まらない。力任せに切ろうとしたら指まで一緒に切れた。みるみるうちに赤い血が溢れて──ちょっと血が出るくらい新兵衛はへっちゃらだったが、切りかけの芋やまな板に赤いのがどんどんついてしまって、料理どころではなくなって──どうすることもできず仕方なく先生を起こした。
     絆創膏の場所だけ教えてもらうつもりだったのに、先生に全部やってもらってしまった。結局、新兵衛のやったことは、先生に喜んでもらうどころか、朝から面倒をかけただけだったのだ。金輪際包丁に触れるなと申し渡されるのも、無理もないことだった。
    「…………ごめ、なさい……」
     でも、そんなつもりではなかったのに。先生に味噌汁を作りたかっただけなのに。しかしそれも余計なことだったのだ。喉がぎゅっとなって、声が震えた。
    ついさっきまで、絆創膏を貼ってもらったら急いで芋の続きを切らなくてはと膨らんでいた気持ちが、風船みたいにぷしゅんとつぶれる。先生に申し訳ないのと、恥ずかしいのと悔しいのとで、胸がくしゃくしゃになる。鼻の奥がつんとして、押さえられてじんじんする人差し指より痛くて、泣きそうになっているのがわかる。泣きたくないのに。先生に、泣き虫だと思われたくない。
    「あっ、いや、私が先にルールを決めておかなかったのがいけないんだ。新兵衛は悪くない。ただ包丁は、本当に危ないから……」
    「…………」
    「知らなかっただけだろう? 触るなと前もって言われていれば、絶対に触らなかっただろう?」
     それはそうだ。新兵衛は、先生の言いつけなら絶対に守る。しかし、だからといって、先生が悪かったとも思えない。勝手なことをして勝手に失敗し、先生に迷惑をかけた自分が全面的に悪いはずだ。新兵衛がいくらばかでも、包丁で手が切れることもあるって、そのくらいは知っていた。きっと先生は、新兵衛がべそをかきそうになっているのを見て、お小言に手心を加えてくれたのだ。あんまり情けなくて下を向くと、鼻っ柱を熱い水が伝って、新兵衛はもう顔を上げられなくなった。
    「何か作りたかったのか?」
     手を撫でられている。片方の手で絆創膏のところをぎゅっと握りながら、もう一方の手で新兵衛の手の甲を温めるみたいに、優しく撫でている。新兵衛の手の方が温かいのに。
    「…………おみそしる……」
    「お腹空いちゃったのか。そういうときは起こしてくれてもいいし、バナナでもみかんでも、先に食べていいから――」
     ちがう。確かに腹は減っていたけど、そんなのいくらでもがまんできる。新兵衛はぶんぶん首を振った。撫でられていない右手の袖で、顔をごしごし拭いた。拭いても拭いても汁が出た。目玉に貼って、涙を止める絆創膏があったらいいのに。
    「せ、先生に……! 寒っ、から、あったかいの……朝ごはん、あったやよかち、思っ……!」
     絞り出した声は変にきいきいうわずって、小さい子供が癇癪を起こしているみたいで、全然説明らしく聞こえなかった。かっこ悪くて、恥ずかしくて、それでも止められなかった。たぶん新兵衛は、先生に分かっていてほしかったのだ。誤解されたままはいやだった。どんなときでも、新兵衛のことなんかお見通しでいてほしかった。
    「せんせ、の、おみそしる……っ、作りたかっ、」
    「────っ」
     左手が、ぎゅうっと握り締められた。新兵衛は思わず口を閉じた。おそるおそる覗いた先生の顔は、びっくりしたような怒ったような、それでいて笑いを堪えているようにも見える、読み取りにくい表情を浮かべていた。しかしそれも一瞬のことだった。新兵衛が瞬きひとつする間に、大きな手は頭の上に移動していた。ぐしゃぐしゃ、わしゃわしゃ撫でられて、首がまた下を向いて、先生の顔は見えなくなってしまった。
    「そうか…………そう、いや、そうだったんだな……優しいな、新兵衛は」
     噛み締めるように、味わうように、先生が言う。わしゃわしゃは止まらない。そのかわり涙はぴたっと止まって、もう鼻っ柱を流れなかった。
    「きつい言い方をして悪かった、何もするなと言いたいわけじゃないんだ……私に何か作ってくれるという気持ちは、本当に嬉しいよ」
    わしゃわしゃの手が下りてきて、耳に触れた。新兵衛はすぐに顔を上げた。先生はもう、さっきの顔をしていなかった。ただいつもの、新兵衛が食事をおかわりしたり、風呂で百かぞえたりしているのを眺めるときと同じ、機嫌の良いお顔で微笑んでいた。そのことが新兵衛は何より嬉しくて、ほっとして、背骨がふにゃふにゃになってしまいそうだった。背骨はふにゃふにゃにならなかったけど、腹の虫は急に仕事を思い出したみたいに大きな声で鳴いた。
    「お味噌汁、一緒に作ってみようか」
     
        ◆
     
     新兵衛の朝のルーティンに、新しい仕事が加わった。
     包丁を使わないで、火からは絶対目を離さなないで、味噌汁を作ることである。
     現在新兵衛に許されている具材は、豆腐と乾燥わかめとパックのなめこだ。先生はあつあつの味噌汁を冷ましもしないで飲んでしまう。おいしいねと言ってくれる。毎朝のことなのに、毎朝うれしくて尻がむずむずする。
    ハサミで切ったらねぎも入れられるんじゃないかとひらめいて、新兵衛は週末の買い出しを密かに楽しみにしている。

    たなかくんと ツノ


    ※突然ですがしょたなかくんが仔鬼だった世界線の話です。
     その他の設定は他のお話と変わりません。




    新兵衛は途方に暮れていた。
    シーツの上には、細かく切った柔らかいストローみたいなものが、ぽろぽろこぼれ落ちていた。枕の中身だ。穴を開けてしまったのだ。ここのところ毎晩、額を擦り付けて寝ていたせいだろう。
    そのくらいで穴が開くなんて、と思ってしまう。でもそれは間違いだ。枕は普通で、普通でないのは新兵衛の方なのだ。新兵衛は──今でも実感があまりないのだけれど──鬼の子なのだから。

    額の上、前髪の生え際の辺りに、変なしこりができたのはつい先月のことだった。左右に一箇所ずつ、最初は虫刺されみたいだった。数日たっても腫れが引く気配もなく、それどころかだんだん固くなっていった。竹刀だこみたいにそのまま定着してしまいそうな感じがして気になっていた頃、先生に見つかって、それは角の生えかけだと教わった。自分がヒトでなく、オニの子なのだということも。
    少しびっくりしたけれど、先生がさらっと流してしまったので、深く考えなくていいことなのだと思う。ともかく新兵衛にとっては、自分がヒトかオニかなどという宇宙の始まりみたいな話よりも、このちょこんと尖ったちっぽけな角の方がずっと大きな問題だった────とにかく、むずがゆいのだ。特に、運動した後とか、寝る前とか。
    「せんせ……」
    破れた枕を抱え、こぼれた中身を握りしめて、まだ明るい居間に新兵衛は戻ってきた。電気がまぶしくて、とても目を開けていられない。小さい頃から暗いところは平気だけれど、急に明るくなるのは苦手だ。これも新兵衛が鬼の子だからなのだろうか。
    「あれ、眠れなかったのか」
    椅子を立ち、歩いてくる足音がする。まぶしさがすっとやわらぐ。天井からの光を遮るように先生が立ってくれたのだ。新兵衛は目をしぱしぱさせた。
    新兵衛の話を聞くと、先生はまずホッチキスを出してきて枕の穴をばちんばちんと塞いだ。それからバスタオルでぐるぐる巻いて、とりあえずはこれで我慢しなさい、また新しいの買いに行こう、と頭を撫でてくれた。
    新しい枕が欲しいわけではなかった。枕なんかなくても眠れるし、買ってもまた同じことをして穴を開けてしまう可能性も高い。そんなもののために先生のお金を使うのは良くないと思う。でも、枕がなかったら今度はベッドのマットレスに穴を開けるかもしれない。眠たいときほどむずがゆくて、どうしても擦るのを我慢できないのだ。
    「それはつらいな……体温が上がるときに違和感が出やすいのかな」
    やさしい指が、なだめるように角に触れた。ひんやり、すりすり、くるくる、やわらかな動きで撫でられると、気が逸れるせいだろうか、むずがゆさが気にならなくなってくる。
    「熱があるわけでもなし、氷嚢だと冷えすぎるかなあ……」
    ひんやり、ふわふわ、あんなに気持ち悪かったむずむずが、うそみたいに先生の指に吸い取られていく。そうすると自然、瞼が重くなって、頭が重くなって、先生の手に額を押し付けてしまう。だってもう、とっくに新兵衛は寝る時間で。むずむずさえなかったら。こんな角さえなかったら。
    「…………こうすると気持ちいい? 眠れそうかな」
    頷いたつもりだったけど、首がぐらぐらして、上手にできたかよくわからなかった。枕に巻かれたバスタオルから、ふかふかおひさまのにおいがする。ひんやりの指。つむじにキス。よいしょ、って声がして、体が浮いた。

    週末、新兵衛は新しい枕を買ってもらった。前のと違って大人用の、大きいやつだ。前の枕も捨てないで取っておくことにした。ベッドに置いておいて、また角を擦りたくなったらこっちに擦るようにしようと思ったのだ。
    でも結局、新兵衛は二度と枕に穴を開けることはなかった。
    やさしい指が毎晩、むずかる額をひんやり撫でていてくれるから、角が生えてくる前と同じようにすうっと眠れるようになったのだ。
    角なんかいらないって思っていたけど、悪いことばかりではないかもしれない。新兵衛は少しだけ、自分の角が好きになった。

    ハイジロー Link Message Mute
    2024/09/08 9:53:44

    現パロしょたなかくんまとめ③

    #Fate/GrandOrder #武新 #ショタ #年齢操作 #疑似家族
    しょたなかくん(5~7歳)と保護者の武先とときどき岡田の話です!
    かわいそうなことが一切なく、安心してお読みいただけます。
    ※『バイトちゃんとメロい推し』のみ、武市推しモブクリーニング屋さん視点の話です。
    武新ワンドロ・ワンライ企画へ投稿した5本と、突然の仔鬼パロ1本です。

    9/15のwebオンリーで、しょたなかくんまとめ本③が出ます! → https://haijiro.booth.pm/items/6081491
    まとめ本③では、ここにまとめた話の他に3本の書き下ろしを追加しています。
    書き下ろしは運動会の話、コッペパンが食べたくて仕方ない先生の話、夜のお散歩の話です。

    more...
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