音吐に溺れる すり、と相馬の指が耳に触れる。皮膚の上だけを滑るように撫でられると背筋がぞくりと泡立つように震えた。思わせぶりなもどかしい触れ合いに相馬を軽く睨めば、彼は瞳を緩やかに細めて笑う。その赤い瞳の奥に愉悦の灯が揺らめくのを見なければ、ただ愛いものを愛でる柔らかな男と言えたかもしれない。
この男がこの表情を浮かべると己の中のどうしようもない劣情が堪らなく煽られるのだ。恥ずべきことだとわかっているのに、いいようにされて満たされる心がある。完全に捨てきれない理性がいたずらに羞恥心を刺激し、本能が与えられる快楽への期待を叫ぶ。ダメだ、と口からこぼれた言葉を塞ぐように軽くキスをされぺろりと唇が舐められた。それだけで芯に熱が灯り顔が羞恥で赤らんでしまう。……何度施されても慣れる気はしない。
「はは、赤くなっちまったな。可愛い」
「っ、うるせェ」
耳元に相馬の口が寄せられ、吐息の絡んだ低い声が耳朶をうつ。抵抗の意を示した言葉は驚くほどか細かった。びくりと不自然に跳ねた肩を相馬が優しく、しかし確かに押さえつけるように力を込めて掴む。じんわりと手のひらから温もりが伝った。
「さて、今のお前に息をふきかけたらどうなっちまうだろうな。喋るだけでこんなに震えてんだから……」
「っ、う……」
唐突に相馬の『語り』がはじまった。
「さぞ、気持ちいいだろうなぁ」
相馬のゆったりとした喋り方は、しかし息遣い声の掠れ具合で普段とは違う艶めかしさを伴っている。ああ、だめだ。その声で囁かれると過去の情事の記憶が引きずり出される。耳に触れられ、囁かれ息を吹き込まれれば細やかな刺激一つ一つが快感に変わっていくあの様を、何もされていないのに快楽を覚えた体が言葉だけで反応してしまう。
「そのまま胸をかいてやろうか。爪でかりかりされるのお前好きだもんな?」
その言葉で己の胸を相馬の白い指が這う情景が思い起こされる。短く切りそろえられた爪が期待に硬くなった胸の突起を掠める度に、切ない声が漏れてしまうのだ。そしてそれにつられる様に今の自分から短い吐息が何度も吐き出される。まるで愛撫を受けている時のように。
抵抗する力もなく身悶えしていれば、片方の手で空いた耳の溝をなぞる様に触れられもう片方の掌はわざとらしく胸に置かれる。それでも掌をそっと置かれるだけだ。だというのに胸の突起の部分が不自然にジンと熱を帯びて、焦れったさに思わず首がすくんだ。しかし耳を弄る片手がそれを許してくれるわけもなく。ぐるりと首に腕を回され、頭を抱え込まれるように抱き寄せられた。唇が耳に僅かに触れたその刺激だけで小さく声が漏れる。
「本当に耳が弱いなお前は」
「しゃ、べんな、もう」
くすりと笑うその囁かな息で頭の中が白く飛びそうになる。
「このまま舌でその耳を犯してやるのもいい。丁寧に舐めて、奥まで差し込んで摩ってやろう。くちゅくちゅと……気持ちいいよなぁ。されてる時、お前いつも腰揺れてるよ」
「やぁ、う……うぁ……」
脳が沸騰するように茹だり、くらりと目眩がした。柔らかで熱をもったそれで水音を響かせながら耳を舐められる。想像しただけで息が上がり、身悶えしたくなるほど焦れったい期待感に支配されていくのがわかる。吐息も声も熱もすべてが耳から脳へ直接叩き込まれるようで、相馬の全てに犯されるようで一等弱い。だからこそその部位の快楽は鮮明に思い出せてしまう。そして自分が淫らに善がり喘ぐ様を相馬が認識しているのかと思うと僅かに残る理性が嬲られるように悲鳴を上げた。言葉のままに腰が揺れるのも止められない。
己のモノは既に張り詰めていて、声だけで整えられたこの状況に如何に自分がこの声に溺れているのかまざまざと思い知らされた。いやいやと無意識に首を振る宗家をなだめ透かすように相馬は髪を手で梳いて、更に言葉を連ねる。
「こんなになって苦しいなぁ……。ほら、触ってやろうな。お前の雁首の部分を指でひっかけて、漏れる液を掬って口のほうにくりくり塗りつけて上下に扱いてやる。筋の部分擦ったらお前、いつも耐えきれずに声でちまうもんな。」
「や、も、やめ、……はぁッ……」
触られてもいないのに、相馬の手が己のを包んで弄る様が脳裏に浮かんだそれだけで腰が不自然にかくかくと揺れた。まるで手に擦り付けるかのように動くそれは、実際にはなんの刺激も与えられていない。だが相馬の声に犯された脳は言葉ひとつひとつから丁寧に快感を引きずり出し、宗家の身体に反映させる。目尻には涙が溜まり荒い息が絶えず吐き出され、宗家の手が縋るように相馬の服を掴んだ。
「ィ、きたい。な、もう、無理……ッ」
気づけば快楽を懇願する言葉が出てきていた。言葉と声に侵された脳は一切与えられない刺激と溜まりに溜まった快楽の疼きに混乱している。楽になりたい、気持ちよくなりたい。もうそのままその声に溺れてしまいたい。縋るように懇願する宗家の頭を撫で、相馬の弧を描く口元が宗家の耳に更に近づいた。
「イっていいぞ、宗家」
「あ゛っ、あアッあ、あ……!」
ほら、イけ。直接注ぎ込まれた言葉で堰を切ったように快楽が脳を犯していく。びくりと一際身体が痙攣し、己のモノからどくどくと精が溢れていく。全身がどろどろに溶けるようだ。放心し、喘ぎ声と荒い息を吐く俺に相馬が優しく口付ける。
「は、……ぁ…ッ、は、う……」
「偉いな、宗家」
そして甘く、ピアスの付近を噛まれる。急に与えられた刺激に普段よりも大きな声で喘いでしまうが、もうそんな事なにも考えられなかった。更なる快楽を求める表情を浮かべ縋るように自分の名前を呼ぶ宗家を相馬は愛おしそうに抱き寄せると、ゆっくりと横たえさせる。
ああ、もっともっとこの声に溺れてくれ。どうしようもない情念全てを注ぐように耳にそっと口を寄せ、愛おしい名を呼んだ。