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    あの頃を一杯 まだ寒さの残る三月の始め。三寒四温という言葉の通りに気温は日ごとに移ろい衣替えを躊躇えさせる。不意に強く吹く風は身を切る程ではないにせよ、身体をふるりと無意識に震え上がらせるには十分だった。陽が落ち空に群青が塗り広がる頃。公演を終えた相馬を迎えに来ていた宗家は突然吹いてきた風に思わず身震いをし、さむっと言葉を零した。隣を歩く相馬は眉間に皺を寄せる宗家を見上げる。
    「あー、確かに今日は冷えるなぁ」
    「ったく、昨日は温かかったってのに」
     宗家の拗ねたような口調に相馬はくすりと笑う。存外寒がりな彼だが、昨日の気温のつもりで外出したせいでマフラーを置いてきたらしい。すぐに取りに帰ればよかったものの一刻も早く会いたいからとそのまま出てきたのだとか。理由の健気さに愛おしさがこみ上げるが、寒さに身を震わせる姿はそう見ていたいものでもない。
    「なんか温かいもんでも食べて帰るか?」
    「それもいいな」
     だとすると何を食べようか。そんな相談をしながら進路を変えて繁華街へ向かう道を行く。居酒屋に行って熱燗を呑みながら唐揚げや揚げ出し豆腐をつまむのも悪くないし、シンプルにビールを片手に餃子とラーメンを食べるのも温まっていいかもしれない。空腹のせいか食事の話は弾み、なかなか決まらない。けれどこうして喋るのが楽しいからゆったりと話してしまう。これが二人のいつもなのだ。

     少し歩き、繁華街横にある小さな商店街に差し掛かる。昼間は主婦達で賑わうこの辺りも陽の落ちた今はどの店もシャッターが下りてしんと静まり返っている。ジジ、とか細い音をたてる古い街頭が遠くのネオンと対照的に淋しさを落としていた。
     ふと、宗家の足が止まる。おや?と思って相馬も立ち止まれば、どうやら彼の目線は路地の奥にある自販機小屋に目を取られているようだった。暗く、壁に落書きも目立つ路地裏を通る人間はいくらこの街在住といえどそう多くはない。そんな路地裏の片隅にぽつんとその小屋は立っていた。オレンジと青の塗装は随分と日焼けし色褪せているが、壁のガラスは綺麗に磨かれている。スプレーの落書きもされていない。
    「へぇ、こんなところあったんやな」
     街に住んで長いが、あまりこっち側を通った事がなくこの小屋の存在を始めて知った。そもそも路地裏は滅多なことがない限り見ない。ちらりと横を見れば、宗家はどこか懐かしそうな表情を浮かべている。
    「結構古いぜ。俺が知ってる時からこんなだし」
    「へぇ……」
     あ、と宗家が声を上げる。振り返った表情は今度は少し子供のような、そんな無邪気な笑顔になっていた。
    「お前に食わせたいもんある」
    「食わせたいもん……?」
     自販機を見て何を思い出したのだろうか。相馬が小首を傾げると、宗家はまるで悪戯っ子のように目を細めて相馬の手を引き小屋のガラス戸を開けた。
     中は思ったよりも小綺麗に整っている。カウンターのように一列に机と丸椅子が並べられていて、そのどれもが年季こそあれどヒビなどは見受けられない。壁には自販機が並んでいたが、よく見る飲み物のほかに見慣れない機体もある。よく見てみれば『トースト』『うどん・そば』『ラーメン』と書かれた、これまた年代を感じさせるデザインがあしらわれている。
    「……食えんのか?」
    「食えるんだよ。ビックリだよな」
     少し驚き、興味深そうにそれらを眺める相馬を宗家は満足げに見る。食べさせたいと言っていたのはこれらだろう。
    「お前何食う?」
     そう問われ、改めて自販機を見てみる。トーストには簡潔に『ハム』と『チーズ』の二種類のボタンが。うどんとそばはそれぞれ天ぷらがついているらしく、ラーメンはボタンが二つあるがどちらもラーメンと書かれている。
    「違いないんか、これ」
    「それな。なんで二つあんのかは知らねぇけど……昔っからそうだわ」
    「へぇ」
     相馬は少し悩み、天ぷらうどんのボタンを押した。途端に赤いランプが点灯し自販機から稼働音が聞こえはじめる。恐らく調理中なのだろうが、一体どういう原理で作られているのだろうか?しげしげと自販機を見つめていれば、宗家が相馬の袖を引く。
    「見てみ」
     指さされた先、トーストの機体には赤い点灯表示で「トースト中」と書かれている。本当に焼いてるのだろうか?一体どんな形で提供されるのか全く想像できない。
    「ふは、まんまやな」
    「な」
     何がおかしいわけでもないが、少しシュールさを感じて二人並んでクスクスと笑う。少ししてカコン、という音がした。
    「お、できたみたいだぜ」
     見ればランプが消えている。近づき取り出し口と印字された口を開けてみれば、黄色いプラスチックの器になんともチープさを感じる寸胴のつやつやしたうどんが収まっている。つゆに浸った天ぷらと、油揚げ、かまぼこにちゃんとネギまでちらされている。
    「あっち」
     どうやらトーストも出来上がったらしく、アルミホイルに包まれたそれらしきものを、ぽんぽんと手で転がしながら席まで運んでいた。
    「そんな熱いんか」
    「結構な」
     つんつんとつついてみれば確かに熱い。ホイルを剥がすのも大変そうだ。少し冷ますのを待つ間に宗家は追加を買う事にしたらしく、先食べてなと言われる。でも、どうせそんなに変わらないからと待っていれば宗家はお揃いの器を持って、食っててよかったのにと笑って席に着く。
    「ほい、唐辛子と箸」
    「あ、箸どこにあったんや?」
    「取り出し口の横の……アレ」
    「あぁ……」
     渡された割りばしをパキリと割って、小袋の中の一味をパッパと散らす。ほかほかと湯気と共に立ち上る出汁の香りがなんとも食欲をそそった。
    「いただきます」
    「いただきます」
     二人並んで手を合わせ、箸を動かす。少しつまむだけでぷつりと切れてしまう麺はお世辞にも良いものとは言えないかもしれない。口をつけた出汁も、どちらかといえば薄味だ。だけどいつもと違った環境で、宗家と共にはふはふと麺を啜っていれば店とは違う独特の味わいが感じられた。
    「はは、変わんねぇ」
     嬉しそうに麺を啜る宗家は、あっと声を上げて相馬の器にほいと油揚げを移す。
    「いや、いいよ」
    「いいから食えって。俺もう一杯食べっから」
     確かに同時に食べ始めたはずなのに宗家のそばは半分以下に減っている。器用にトーストも食べているようで、破れたホイルの中にはチーズトーストが見えている。
    「ん……ありがとうな」
    「おう」
     宗家は満足げに笑うと、また箸を動かし始める。相馬もまた麺を啜る。食べていれば全く気にならなくなってくるもんで、これはこれで学生の頃に食べた麺を思い出す。出汁も飲んでいれば丁度いい塩加減に感じられた。
    「食べ終わったらあそこな」
     宗家が指さした先にはダストボックスと書かれた大きい金属製の回収箱が鎮座している。辺りを見回しても飲み残しや食べ残しを回収する箱がない辺り、本当に全部まとめてアレに放り込むのだろう。だから飲み干せるよう味が控えめなのかもしれないな、なんて考えつつ宗家からもらった油揚げを頬張る。じゅわりと出汁の染み出る油揚げは普段とそう変わりないもので、まぁそうかと思わず笑みが浮かんだ。
    「龍治」
     今度はひょいと何かが差し出される。見れば丁寧に一口大にちぎられたトーストだ。こんがりと狐色に焼けていて、見れば見る程自販機で提供されたものには思えない。
    「食ってみ、美味いから」
    「ん」
     差し出されたそれをぱくりと頬張る。さっくりとしっとりの合間、まだ熱いトーストの合間からチーズクリームがとろりと出てくる。マヨネーズが入っているのだろうか、コクのある味がなんとも癖になりそうだ。チーズ好きにはたまらないだろう。
    「うまい」
    「だろ?」
     
     そのまま二人、会話を零しながら箸を動かす。自販機で買った紙パックのお茶を開けて、宗家にせがまれるままに学生時代の話をすれば宗家は楽しそうに目を細めて聞いていた。ここは学生もよく来るらしく、怖いもの知らずの部活帰りの学生や不良が小腹を満たしにやってくるらしい。宗家がここを知ったのは黒八鬼組に入って仕事についてまわっていた時で、組の人に連れられて入ってかららしい。柳平と並んで世話を焼いてくれたその人は、ここのチーズトーストを大層気に入っていたんだという。
    「ま、弾当たって死んじまったんだけどよ」
     懐かしむ様な目に寂しさは浮かんでいない。慣れているのか割り切っているのか。どちらもかもしれない。
    「ああ、わり。湿っぽい話したな」
    「いや。お前の大事な人の話やろ?」
     なら、聞きたい。そう呟く。確かに死を想起させる話は心の中をどうしてもざわつかせるが、それでも今は落ち着いて聞ける。それよりも宗家の事をもっと知りたいと思う心が相馬の胸中を穏やかにさせていた。
    「……うん」
     相馬の返答に宗家は穏やかに顔を綻ばせる。世間からすれば後ろ指をさされるとしても、二人が恐れる未来を齎しかねない物騒な仕事だとしても。自分をここまで育ててくれた組は大切な存在だ。だから、それを認めて受け入れてくれる相馬の心がなによりも嬉しかった。だからだろうか、相馬の昔の話も落ち着いて聞けるのは。昔は知らない姿があることがなんとなく嫌でそういう昔話を避けていたこともある。きっとそれは相馬もわかっていて、恐らく口にしたくない過去も多分にあったからか触れられることはなかった。でも今は、何でも知りたいから。相馬の口から語られる話を、彼の全部を知って受け止めたいと思うから昔話をせがんでしまう。まぁそんな相馬も二十代の頃は頑なに語りたがらないが、学生の頃や弟子入りしたばかりの事ならばと色々話してくれるのだ。椎のことを、師匠の事を語る相馬の目もまた穏やかだ。


     古ぼけた自販機小屋に、男が二人。思い出話に花を咲かせるその背中に若かりし面影が滲むのを、自販機だけが見守っていた。
    Link Message Mute
    2024/03/12 1:52:13

    あの頃を一杯

    この間見つけた、なんとも懐かしい自販機で体験した事を。
    あの時は1人だったんですけど、ああいう場所に友人と行くのは楽しそうですね。
    チープな食べ物ってマジで、独特の味わいがある。思い出込みの得難い味だよな。

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      パスはHO4ならおおよそ思いつくだろうアレ(三文字)
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    • 互いの差互いのステータスからくる差っていいよね

      書きたくなった短い話を書きたいままに書いているので、まったくもって短いです。ええ
    • 音吐に溺れる脳イキいいな……という煩悩により休み時間から生み出された雑文。急に始まるし急に終わる
    • てのひらより愛をこめてド健全ド真面目マッサージ話です!!!!!

      三馬鹿のチュートリアル含めて書いたら、だいぶ端折ったはずなのに文字数が。
      最初の方が長いので相馬さんとのやりとりは2ページ目に行ってもらえばすぐ見れます。特に飛ばしても問題はないです。
    • 安寧を飲み込むやや発狂表現あり。おかしいな、ご飯たべてるとこ書きたかっただけなのになんでこんな……
      雰囲気で読んでくださいませ。
    • この意はなんたるや相宗というか

      短い話。会いたくなった話。
      多分この後合鍵貰うんじゃないかな
    • 小さな幸せネタバレ増しましなのでげんみ×

      VOID自陣をお借りして勝手にオールスター気味。一真が風邪を引いた話です。
      手探りで勢いのままに書いたので口調も書き口もブレブレです。
      自陣メンバー勝手に借りてますマジですんません。

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