波高家の兄と妹「お兄ちゃん、ただでさえオタクで陰キャってだけでキモいのに戦争ゲームばっかやってんの、もうテロリストじゃん、人殺したいの?」
我が物顔で人の部屋の床に座り込み
ベッドを背もたれにして足の爪に色を塗りながら、あまりにも言葉を選ばない疑問を投げつけてきた。
妹はいつも"こう"だ。言葉を選ばなさすぎるところがある。本人は言葉ほど悪く言ってるつもりは無いけど、それが尚悪いとよく母さんにこっぴどく叱られている。
家の外では随分改善されたらしいけど、家の中でしか妹とは会話をしないので俺はどう改善されたのか知らない。
こうして言葉が悪いせいで誤解されがちだけど、妹は相手がやってほしくない事はやらないように思う。
俺の部屋に入り浸っても最後は片付けていくし
今だって俺のゲームの邪魔をしないようにリザルト画面になるまで声をかけるのを待ってた…と思う。
リザルト画面になるまで俺がヘッドセットを外さないから待ってたのかもしれないけど。
一度コントローラーを置いて肩をゆっくりまわす。
程よくほぐれたらコントローラーを握り直して、ゲームキャラの装備を整える。
整えながら妹の言葉を噛み砕いていく
……オタクで陰キャでテロリストって
「改めて聞くと俺の印象悪いな」
「今さらじゃん」
つまんなそうに呟く妹はそのまま続ける
「ちょっと前にお兄ちゃん居ない時に友達連れてきたんだけどさ、友達がトイレから帰ってくるときに間違えてお兄ちゃんの部屋開けたんだって」
「開けちゃいましたか」
俺の部屋は自分で言うのもだけど、万人受けしない。
勉強机として渡された一番立派な机と椅子はFPS(という種類のゲーム)をするためのゲーム機とPCで埋まってるし、壁の一番目立つ所にはサバイバルゲーム用の電動ガンがよく見えるように飾れるラックが設置されている。周りにもメンテナンス用のスプレー缶やら薬液やら装備品やらが収まってる棚がある。
それ以外は普通だと思うけど、部屋の一角に銃が六丁も飾ってあれば、普通のものはまず目に入らないだろう。
「それでアレ(銃)見てさ、めちゃくちゃ怖くなっちゃったんだって」
「うん」
「で、それを他の人に言いふらしたぽくてさー私の学年、お兄ちゃんの顔みんな知らないじゃん?
だから本気めのヤバい人だと思われてるっぽいんだよね。キレたら刺すタイプの」
「ふふっ怖い」
「ただのダサいオタクだって教えてあげようと思ったんだけどさー、お兄ちゃん戦争ゲーム好きじゃん?だから本当は人殺したい願望があるんじゃないかって思ったワケ」
妹がそこまで言うと急に静かになる。
静かになった部屋の中で、お互いが手だけを動かして自分の作業を続ける。
なかなか続きを言わないのを不思議に思い、コントローラーをいじるのを止めて首だけ振り返ると両手をパタパタ扇いで足の爪を乾かす妹と目が合う。
目が合って納得した。
俺の返事を待ってたのか。
それが分かったので次の対戦に向けて装備を整える作業に戻る
「それで、なんて友達に言ったの?」
「『暴れても山田の方が強いと思う』って言った」
「山田って誰?」
「みんなに横綱って呼ばれてる男子レスリング部」
「…勝てる気がしない」
"横綱と呼ばれているレスリング部員"なんて体が大きくて筋肉ムキムキなイメージだろう。そんな男の張り手を食らったら割り箸並にポキッとやられる俺の姿しか想像できなくて思わず笑いがこぼれる。
そもそも格闘技をやっている時点で俺に勝ち目なんてない。
いくらサバゲで何十キロの装備つけて走ってても格闘技をやっている人には勝てない。
フル装備で銃ありだとしても、BB弾は服越しでも当たると結構…うん、結構痛いけど、至近距離で歯に当たると前歯とかは折れるとは言うけど、それだけだ。
動きを封じたり腕を折ったり、本当の意味で倒したりする事は出来ない。
ゴンッ
と突然背中に軽い衝撃がのしかかる。
何事か振り返ると、マニキュアを塗った足で椅子の背もたれに足を乗せられていた。
足を乗せた本人は低い声で唸るように
「で?」と一音だけを吐き出して凄んだ。
でもこれもいつものやつだったので、ゲーム画面に目を戻して続きを弄る。
「人を、殺したい、願望とか、あんのって、聞いてんの!」
俺の態度が気に入らなかったのか、背もたれをリズミカルかつ小刻みに蹴り揺らしながら喋りだす。
絶妙に操作がズレる、この震動。
「ないよ」
妹は俺の返事を受けると直ぐに椅子を蹴るのをやめた。
「戦争ゲームしてるけど殺したいとか、そんなのないよ」
妹が口を挟んでこないので、言葉を続ける
「相手の戦略とか勘とか、ゲームの流れの読み合いとか、撃ち合いになった時の運とかでどこまでやれるか…みたいな、そういうのが楽しい」
人によると思うけど、と付け加えておく。
背後でうーんと呻く声が聞こえてくる。
「分かんない。もっと小学生でも分かるように言って」
「…クラス対抗ドッジボール。全員ボール持ち」
「すっごい面白そう」
うまく伝わってくれたようだ。
妹はあれで納得したのか背もたれにのせてた足を下ろした。
「じゃあお兄ちゃんはいつもドッジボールをしてるってことね」
「…………まぁ、そんなところ」
俺がドッジボール大好きみたいになったのは少しモヤっとするけど伝わったなら良いとする。
銃や銃を構える姿が格好いいとか上手く勝てたら嬉しいとかそういう話は置いておく。
そろそろ次のゲームに行きたい
「よく考えたらお兄ちゃんに人を殺すような度胸ないもんね。昔、鳥が死んじゃうってギャン泣きしてたし」
「忘れた」
俺はヘッドセットを付けてゲームのマッチングボタンを押した。
そしてやっぱり俺のゲームが始まると妹はゲームが終わるまで話しかけてこないのだ。