血界戦線 : sky blueスカイ
一番最後に数回、番頭さんに名前呼ばれます。
「○○は、ほらこの空を思い出すだろう?」と言う台詞があるので、空にちなんだお名前がおススメですよ、デフォ名はスカイです。
凄まじい爆発だった。常日頃、塵煙で曇るヘルサレムズロットの空は、そこだけぽっかりと大きな穴があき、稀に見る青空が顔を見せた。本日は晴天なり。
真っ青な空、突き抜ける様なスカイブルー。
ーーー君の名前は……。
大破した護送車から這い出てきたのは、白い拘束具を血で真っ赤に染め上げた子供だった。おびただしい出血量からして、明らかに酷い怪我を負っているであろうその子供は、しかし自分の足で立ち上がる。そして空を見上げて立ち竦み、煤けた頬に涙を滑らせ、ほうっと息を吐いたのだ。青い空の真下、黒煙立ち上る凄惨極まりない場所で子供が一人、空を見上げて涙を流す。
あぁ、何という光景か……。
ーーーあれが被験体Xだと言うのか…。
突然入った緊急要請。被験体を護送中ブラッドブリードに襲撃されたし、被験体Xは生かして保護せよ。
例に漏れず出動し全員で対処に当たる、何時もの事だった。何が違うか強いて言えば、駆逐の対象であるブラッドブリードが些か手強かったと言う事。クラウスをいとも簡単に吹っ飛ばし、次いで向けられた矛先は護送車の一番近くに居たスティーブンだった。あれよあれよと車諸共薙ぎ倒され、鋭く尖った触手のような物が腹部とそして後ろの頑丈な車体を同時に貫く。
無残にも背中を崩れた壁に打ち付けられた拍子に、血反吐を吐いた。
そして今 足を投げ出し瓦礫に背を任せ、動かない手足に舌打ちを一つ打つ。覚束ない足取りで此方に向かってくる子供を視界に入れ、さてどうしたものかと考えた。
何とか危機を脱しなければと気ばかりが焦る。
何故ならば、子供から微かにブラッドブリードの気配を感じるからだ。気を抜いたら一意識が飛ぶだろう、それは命を捨てるも同然だ。しっかりしろと自分を鼓舞するが、いかんせん貫かれた左半身が言う事を聞かない上に、出血が酷く、とうとう視界が掠れ始め、ひゅーひゅーと細い息が口から漏れる。手足の先から冷たくなってゆく感覚で、この身が瀕死なのだと思い知る。
下を向けば、こめかみから顎に血が伝う。
「ーーねぇ…しぬの?」
「……」
頭の上に影が差し子供の声が降ってくる、気が付けば被験体Xはスティーブンの前に立っていた。己が身を抱くように両手を拘束していた留め具は外れ、身を覆っていた布はぼろぼろに破れているというのに、そこから覗く細い手足は真っ白で、傷一つ無い。ゆっくりと視線を上げると、あどけない表情の子供が、瞬きを数回し、物珍しそうにスティーブンを見下ろしていた。
あなたしぬの?
いたい?
なおる?
鈴を転がしたような愛らし声で問うてくる、その姿に言い知れない異様さを感じた。
この子供がブラッドブリードであるならば…。
「しになくないの?」
「…あぁ、死にたくないね…やらなければいけない事が山積みだ」
「助けてほしい?」
「君に何ができるんだい?」
「…貴方の血を、僕にちょうだい」
そう言った子供の目が、赤く、紅く、輝いた瞬間、脳裏をよぎった。これは紛う事なくブラッドブリードだと。身動きの取れないスティーブンへ接近した子供は、血の滴る首筋に顔を寄せて、すんと鼻を鳴らした。そしてステーブンの肩に手を掛けた子供は酔いしれる様に目を細めて顎こめかみ、更には首筋を舐め上げる。
スティーブンは自身の行く末を想像し、恐怖した。
噛まれればこの身も精神も、全てが闇へと落とされる。ブラッドブリードに成り下がってまで生きていたくはない。自己防衛本能が働いたとでも言おうか、舌を噛もうとしたスティーブンの気配に瞬時に気がついた子供は、その口に自らの指を突っ込んだ。
「ーッ!」
子供は小さく呻く。
形振り構わず思いっきり噛んだ子供の指からはしとどに血が溢れ、指を引き抜かないのでスティーブンはそれを否応なしに、えづきながら飲み込む羽目になった。
「…はっ、ぅ、ぐッ…ん…」
「…吐かないで、飲み込んで」
そう言った子供は震え、元々白い顔がみるみる内に真っ青になる。そしてスティーブンは異変に気がつくのだ、腹の辺りが凄まじく熱い。内側から力が湧いてくる妙な感覚に見舞われた。真っ赤な目をした白い子供は、ステーブンの血の滴る首筋をぺろぺろと舐め続ける。不思議な事にぼやけた視界がはっきりとし始め、朦朧としていた意識がじわじわと戻って来たころ、突然口から指を引き抜いた子供は、何かに気が付いた様に立ち上がって背を向けた。
その姿はまるで、スティーブンを守る様に立ち塞がっている様だった。
直ぐそばでもう一つブラッドブリードの気配を感じる。
子供は護送車を襲ったブラッドブリードと対峙する。
「見つけたぞ我が同胞よ」
「…」
子供は返事をしなかった。
「迎えにきた、さぁ共に高みを目指そうぞ」
「…どちらを取っても、同胞殺し…」
「何を言っている?」
「僕は不確定な存在」
スティーブンを背に、ブラッドブリードを見据える子供は、足元に落ちていたガラス片を手にすると、両腕の手首を思いっきり切り裂いた。
それは一瞬の出来事だった。
子供は血の滴る両手の平を地面に叩きつけ、身の毛が逆立つ様な叫び声を上げる。
「うあぁぁぁぁああーーー!!!!」
「ーーーなっ、何故だ!やめろっーーー!」
すると、切り裂かれた腕からごぷりと溢れた血が地面を這い出し、ブラッドブリードを飲み込む様に襲う。驚いた事に、血はみるみる内に凍結し、敵が身を交わす間も無く全身を覆うと瞬時に氷漬けにしてしまったのだ。
そう、子供はスティーブンのエスメラルダ式血凍道を使ったのだ。それも免許皆伝級の威力で、断末魔を上げる隙さえ与えず、見事にやって見せた。
スティーブンは我が目を疑った。
ようやっと駆けつけたクラウスは、氷漬けのブラッドブリードを見て、よくやったスティーブン!と言い、レオナルドが端末に送ったブラッドブリードの名を読み上げ密封する。
そうして全てが終わった。
最後まで事の成り行きを見届けた子供はふらりと後ろに倒れ、スティーブンがその小さな体を受け止めた。そして、動かなかった筈の体が言う事を聞き、自身の体の至る所にあった傷が修復されている事に気がつく。ボロ切れになったスーツから覗く、貫かれた腹の傷さえも完治していた。子供に飲まされた血が再生を促進させたのだと推察する。
スティーブンの腕の中で一瞬気を失った子供は、途端に覚醒しその身を激しく痙攣させた。酷い嘔吐感に見舞われ、何度もえずき、しまいにはその場に嘔吐し始める。吐くものなどない胃からは、胃液と先程舐め上げた血液が混じり流れ、その様子は薬物の禁断症状によく似ており、押さえつけておく事が困難な程に暴れるので非常に手を焼いた。
「スティーブン、無事か!?」
「Mr.エイブラムス、この子が俺の血を舐めて…」
「あぁ、酷い拒絶反応だな…力を使ったか。こいつの母親が牙狩りでな、お前達の様に血を操り奴らと戦う一族だったんだが…」
「まさか、牙狩りとブラッドブリードのハイブリッド?」
静かに聞いていたクラウスとスティーブンは、途端に目を丸くする。
「未知の領域だからこそ、外へは出さず研究対象としてだな」
「監禁していたと?」
「保護と言え、馬鹿者」
スティーブンを睨め付けたエイブラムスは言う、この子は生まれてから一度も外に出た事が無いと。
子供は漸く吐き治った様で、細い腕でスティーブンに必死にしがみつき肩で息をする。
ーーースティーブンは小さな背中を無意識に摩っていた。
目に涙を溜めた子供は、スティーブンにしがみついたままエイブラムスを見上げて口を開く。
「エイブ、あれ、なに?なんてゆーの?」
子供が指を指すのはぽっかりと穴のあいた青空が広がる天上だ。苦しそうに眉を寄せ、しかし目元は赤く恋い焦がれる様に空を見上げていた。
「あぁ、あれが空だ」
「そら、そ…ら、きれい…ね」
あれが本物の空、あの色は知ってる。
子供はそう呟いて満足そうに笑う。
そして、ゆっくりと身を起こした子供はスティーブンの膝の上で、スティーブンに見せる様に両腕を差し出した。
「なんだ、どうしたんだい?」
「僕は被験体X、血 しらべる?注射は嫌い、痛いのは嫌だ、早くおわるといいな」
空さえも見たことのない子供は、自分がなんたるかをその口で告げ、当然の如くその身を差し出す。いくらブラッドブリードと牙狩りのハイブリッド、未知の個体とは言え、こんな小さな子供がと、言いようのない感情に歯噛みした。
スティーブンは差し出された細腕をそっと下ろさせ、煤けた頬を拭ってやる。
すると子供は不思議そうに首を傾げた。
「注射、しないの?」
「しない、痛いのは嫌いなんだろう?」
子供は大きく頷く。
エイブラムスは子供とスティーブンの様子を見て、これはいかんと呟き子供に腕を伸ばした。
「ーさぁ、おいで。帰るぞ」
「Mr.エイブラムス」
「ステぃーブン、辞めておけ」
手に負えなくなる。
片手を上げ、嗜める様なエイブラムスの言葉を遮ったスティーブンは、子供を抱いて立ち上がる。
「社会勉強が必要だろう、幸いうちには子守が沢山いるしな」
「スティーブン…お前」
呆れて肩を落とすエイブラムスににっこりと微笑むと、スティーブンはうちで預かると言外に告げた。人に抱かれる事などまま無い子供は、おっかなびっくりにスティーブンの首にしがみつく。
「あー、君の名前は?」
「僕は被験X、不確定な存在」
「それは名前じゃないんだ」
「……」
それを聞いた子供は目をぱちくりとし、みるみる内に目に涙を溜める。顔を隠す様に首にぎゅっ抱き着いた子供は、今にも消えそうな小さな声で、名前はないと呟いた。その拍子に溜め置けなかった涙が頬を伝い、スティーブンの首を湿らせる。
スティーブンはそうだなぁと呟いて、空を見上げた。
「ーーースカイ、君の名前は今日からスカイだ」
真っ青な空、ほらご覧、眩いほどのスカイブルー。震える背中をぽんぽんと叩き、スカイと呼ぶ。子供は恐る恐る顔を上げ、大空を見上げた。
「僕知ってるよ、スカイブルーは空の色」
「スカイは、ほらこの空を思い出すだろう?」
スカイ、スカイと呟きながら空を見上げる子供の瞳からぽろぽろと溢れる涙を、スティーブンは手の腹で拭ってやった。
「…はじめまして、僕は…スカイ」
「はじめまして、スカイ。僕はスティーブンだ、よろしくな」
小さな手がスティーブンの頬を撫で、涙でくしゃくしゃの顔は、陽だまりの様な笑顔になった。
真っ青な空、眩いほどのスカイブルー。
ーーー君の名前は、スカイ。
end
あとがき
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この後クラウスさんと握手しますね。
ショタ始めて書きました、いくつくらいの子だろうか。10〜13歳くらいに見える18歳とか、そんなだろうか。とりあえず片手で抱けるほど小ちゃいし、精神年齢はお子ちゃまなイメージです。ガチショタでマイフェアレディするか悩み中。どっちがいいかなぁー?
ザップらに自己紹介しまくるお話も書きたい。