縞栗鼠の鈍恋:1苗字固定 名前のみ変換です。
デフォルトは 縞 律 です
律
喫茶店の窓辺の席で、唐突に泣き出す客がいる。
その人は、泣きながらパソコンを打ち続けるのだ。
「ずびばせん…サンドイッチくださぃ」
「……はい」
それと珈琲おかわり。
挙手して安室に告げるその人は、眼鏡を押し上げ服の裾で目元をぐしぐしと拭いながら、またパソコンに向き直る。
変な人がいたもんだと、若干の引き気味の安室がサンドイッチの調理に掛かろうとした時だった。
「こんにちは、安室さん。あー、律兄ちゃん!」
「あぁ、コナンくん!ちょっと」
安室はドアベルを軽快に鳴らし入ってきた小さな客人を呼び止めた。
呼び止められたコナン首をこてんと倒してなーに?と言う。
安室は屈んでそっと問いかけた。
「コナン君、あの人知ってるのかい?」
「律兄ちゃん?」
「そう、その律兄ちゃん」
「縞 律さんって言えばわかる?」
「ーーは?」
安室は目を丸くした。
縞 律 と言えば、大人気作家じゃないか。
しかも…
「大恋愛小説家の…縞 律先生?」
「安室さんも、そういうの読むの?」
「も、って、君…あれは少し大人向けすぎやしないかい?」
「あー、えーと」
そうかな?と頬をかくコナンは、窓辺に座る律を見て、あぁまたやってると呟いた。
「書いてる途中で感情が昂ぶると泣いちゃうんだって」
「…はぁ」
執筆中に感情が昂ぶると泣き出すという野暮ったい青年は、期待の新人小説家として注目を集める大恋愛小説家の縞 律だった。
そんな大先生(と呼ぶには些か早い気もする)が涙と鼻水でぐずぐずのまま、下唇を噛み締めて、パソコンをぽちぽちとやっている姿はなんとも珍妙だ。
とことこと縞 律先生の側にゆき、ちゃっかり向かいの席に座ったコナンにオレンジジュースを出してやる。
すると、只ならぬ会話が耳に飛び込んできた。
「コナンくん、昴さんと連絡とれる?」
「…え、どーして?」
「僕、スマホ家に置いて来ちゃって。行き詰まったからさ、昴さんに一度読んでもらおうかなー、なんて」
昴さん暇だといいんだけど、たのめる?とグッと身を乗り出してコナンに問う。彼の真っ黒な前髪がふわりと揺れた。
一方、心中穏やかでないのは安室の方だ。
沖矢昴、赤井秀一、疑惑の人物…。
トレイを握る手に力が入る。
「僕も、読んでみたいですね、先生の作品」
「…うぇ?あ、…誰?」
「律兄ちゃん、ポアロのウエイターの安室さんだよ」
「あぁ、サンドイッチのひと」
人好きのする笑顔でニコリと微笑んだ口元が、若干引き攣った。
今の今まで眼中にありませんでしたと言われたようで、些かカチンときたのは言うまでもなく。
疑惑の人物が絡むと、ついムキになる安室は、さらに続けた。
「先生の作品、全て拝読させて頂きました」
「そ…れはどうも、お世話になってます」
疑惑の人物の知り合いならば、調べるのは必須。
いつもサンドイッチありがとうございますと、頭を下げる能天気な彼を見て、懐柔するには容易そうだと、内心ほくそ笑んだ。
「ファンなんです、もしよかったら…」
「お断りします」
即答、しかも食い気味の。
拍子抜けした表情で安室は律を見下ろした。
「ーーは?」
「ファンでしたら、出来上がった物を是非読んでください、こんな不完全なもの、お見せできません」
「でも、沖矢さんは?」
「ふふ、あの人は…」
「…あの人は?」
「僕の赤ペン先生です」
余りにも楽しそうに言うものだから、安室は目を点にした。
それを見て律は愉快だとでも言う様に笑い、あの人添削って、本当物凄いんですよ!と更に楽しそうに肩を揺らした。
「お好きなのは…確か推理小説らしいですよ、シャーロキアンだって言ってたね、コナンくん?」
「あ、うん」
嬉々として疑惑の人物の話をする目の前の珍獣の態度が、酷く癇に障った。
あからさまに機嫌を損ねた安室を見兼ねて、空気を読んだコナンは、口の端を引きつらせて彼等の話に割り込んだ。
「あ、安室さんも本沢山読むんだってー…」
「!、それはいい事ですね」
それよりも早くサンドイッチが食べたいです、と空気を読む気もない律は、お腹が空いて頭が回りませんと呟いてテーブルに突っ伏する。
「あと、コナンくん、昴さんにでんわ」
「僕が読んでさしあげます」
「結構です」
小説を見せる見せないの攻防戦を繰り広げ、暖簾に腕押し、まったく相手にされない事に腹を立てた安室を尻目に、冷めた目で盛大に溜息をついたのはコナンに他ならない。
〝初めまして、珍獣くん〟
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縞 律 :新進気鋭の大恋愛小説家、感受性強め、めっちゃ泣き虫、20歳 特技 速読