風車と南風のゆくえ1 @出会う瀬野
南
なんで、なんで、なんで
どうして、どうして、俺が…
満員電車でからふらふらと降り、駅構内のトイレに向かう。濡らしたハンカチでスラックスの太腿辺りを執拗に拭った。
おかしいと思ったのは一週間前、通勤中の満員電車、やけに体を押し付けてくる奴がいると思った。気のせいかと思い2、3日やり過ごし、4日目車内で背後に寄せられた気配、耳元に纏わりつく欲を孕んだ熱い息で、それは確信に変わった。5日目は通勤時間をずらし数本早い電車に乗る、その日は何も起こらず心底ホッとした。6日目ホッとしたのは束の間、またしても耳元で熱い吐息を感じて、目的の駅の二つ前で電車を飛び降りた。
男の俺がなんで、痴漢なんかに…
そして7日目、逃がさないよと耳元に粘り着く声、そして太腿に擦り付けられたのは、自分の股間にもくっついてる男のソレで。白濁がぱたぱたとスラックスに滴る感覚に、身の毛がよだち恐怖に戦慄いた。
「…う、うおぇッ……ぅ」
思い出したら吐き気を催して、前屈みになり手洗い場に寄りかかる。忘れていた恐怖が蘇り途端に身体が震えだした。
『ー逃がさないよ、逃がさない…南君』
(…あいつ、名前…知ってた)
水を出しっ放しだった水道の蛇口をひねり、鏡を見ると顔面蒼白、酷い顔をした自分がいた。堪らず視線を落としギュッと目を瞑って、はっと息を吐いた時だった。
「ーーー君」
「ーッ!!!」
不意に背後から声をかけられ、大きく肩が飛び跳ねた。気道が締まってひゅっと喉が鳴る。洗面台の縁を掴み、かち鳴る歯を噛み締めて、かたかた震える体を押さえつけた。そうして暫く顔を上げられずにいると、思いの他強い力で肩を掴まれ、恐れ戦いて振り返りざまにその手を叩き落とした。
パシンと響いた、乾いた音が耳の奥に残っている。
「…あ、ぁ…」
「君、顔色が悪いぞ」
大丈夫かと言い、叩かれた手など気にしない様子で顔を覗き込んでくる、眼鏡の男は…。
「…警察だ」
「…警、察?」
「たまたま電車に乗り合わせた。君の様子がおかしかったから、追いかけたのだが」
それが原因かとスラックスを指差され、慌てて手元に鞄を手繰り寄せ染みを隠した。すると警察と名乗った男はあからさまに溜息を吐き、俺の腕を掴んで交番に行くぞと言ったのだ。
「ーーや、やだ!」
「やだって、子供か君は」
「お、男がーー」
「こう言う事に、男も女もない」
最後まで言わせないとでも言うように、さっさと言葉を遮った男は、三白眼で此方を見下ろしてくる。腕を掴むこの男は、よく見ると溜息ものの体格の持ち主だった。自分もここまでタッパがあって、顔面に迫力もあると、こんな思いしなくて済んだのにとなんだか悲しくなった。けれどそうも言ってられないと、力の限り腕を振り上げ抵抗の意を示すが、そもそも力で敵うはずなどなく、余計に拘束がきつくなる。
「警察ったって、信用してないからな!離せよ!」
「警察庁公安部 風見だ」
呆れ気味に見ろと目の前に押し出されたのは、紛れもなく警察手帳で、しかも公安部ってと訳もなく冷や汗をかく。抵抗虚しく結局ずるずると引きずられて、駅の交番に連行された。交番のお巡りさんに引き継がれる時、隙を見て逃げるという所業に打って出たら、首根っこを引っ掴まれて酷く睨まれた挙句に、風見自身に事情聴取される羽目になった。
「ーーあ、もしもし瀬野です、すいません。あの痴漢に遭いまして、え、被害者です!ちが、違いますよッ!ちゃんと聞いてーーあ」
「警察庁警部補 風見と言います、瀬野さんは今朝出勤中の電車で被害に遭われまして、現在交番で事情聴取を受けております、はいーーわかりました、その様に本人に伝えておきます」
茶を出され、風見が調書を作成している間、手持ち無沙汰になり、そんな様子を見ていたお巡りさんにに会社に連絡しなくていいのかと聞かれ、思い立った様に慌てて会社に電話をする。電話口に出た上司に事情を説明するも痴漢と言う言葉に過剰反応した人間に、此方の声など届かない様で、お前何やらかした!と責め立てられた。電話の向こうの怒鳴り声に困り果て、おろおろとしていたら、背後からパッとスマホを取り上げた風見は淡々と上司に説明し、あっと言う間に電話を切ると俺の手にスマホを握らせる。
「今日は休んでいいそうだ」
「…あんた、面倒見良すぎて損するタイプだ、絶対」
そう言うと思い当たる節があるのか、苦虫を噛み潰したような顔をしたのでごめんと謝った。結局良い人なんだな、目つき悪いけど。その後暫く事情聴取は続き、警備体制を整え捜査に当たると言われ解放された頃には昼前になっていた。
(お腹も空いたけど、スラックスも気持悪い)
自分の身にとんでもない事が起きた後なだけに、ちゃんと腹が減った事に途轍もなく安堵した。最寄駅まで送ると言い出した風見に、もうとっくにラッシュの時間は過ぎてるのでと丁寧に断りを入れて、駅のホームへと上がった。乗り込んだ電車の扉が閉まるまで見送ってくれた風見に、お礼を伝え忘れたと気付いたのは、家に帰って風呂に入り、スラックスをゴミ箱に放り込んだ時だった。
「あ、お礼言ってない」
あの三白眼を思い出してふと笑う。体の震えは止まってた、吐きそうな程の嫌悪感も過ぎ去った、そしてちゃんと腹も減った。身に起きた恐怖体験がトラウマにならなかったのは、きっと風見が俺を直ぐに見つけてくれたからに違いない。
『こういう事に、男も女もない』
きっぱりと言い切ったあの人は、紛れもなく正義の人だった。
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「警察ってちゃんとしてんだなー」ってなってる夢主くんでした。
※「警察庁 警部補風見です」って名乗らせたのは公安って言うと大概相手がビビるからって言う風見さんの配慮のつもり。ただこんな風に名乗るのかなってすっごい疑問。ふわっとして、お願いします。
風見裕也沼の皆さんおいでまっせ にっか
☆おまけ☆
次のページで夢主くんのちょっとした詳細載せてます、ご興味のある方はどうぞ!(文字のみ)
瀬野 南 25歳 日本男児 168センチと言い張る165センチの社会人。
ベビーフェイスのイケメン(周りの評価)。
中高は勉強に打ち込んだ為、そこそこいい大学卒業。それなりの会社に就職。
ノー残業、週休二日、ちゃんと休もうぜ!っていう社風なのでのびのびお仕事してます。
兄貴肌故 面倒見めっちゃいい、けどチビ。
兄弟あり、180センチオーバーの兄が一人、身長全部兄に持ってかれた。兄は民間の警備会社勤務、そこそこのポジション。
特撮スキ、ヤイバー毎週録画してる。
風見曰く、猛犬チワワ。
お料理上手、得意料理おにぎり。